たくさんの脳を届けてくれてありがとう
上の階へ移動した。
モンスター1匹と出ないごく平凡な道を進んでいると、すぐに目的の場所へたどり着く。
「戸波さん、えらく早いご帰還で……ってあれ、なんでこんなところに煌坂さんが!?」
するとまず初めに驚きを見せたのは陽介。
「え、ほんとだ!」
その後、続いて陽菜も声を出す。
「なるほど、海成が仲間だといっていた2人ってのは君達のことだったんだね」
3人の反応を見るに、どうやらお互い面識があるようだ。
よく考えればみんな本部直属の冒険者のはずなのだから、知っていて当然と言えば当然か。
「で、君が『テイマー』の冒険者?」
「あ、えっと……」
続いて悠真さんが視界に入れたのは、あの青年。
俺達がここを去った時と同様、地面に座り込んでいる姿は変わりなく。
あまり見張る必要もなかったようだ。
そんな彼は悠真さんと目が合って視線を少し泳がせていたが、しばらくして完全に俯いてしまう。
「……うんうん、危険はなさそうだね」
と、一頻りお互いの現状を把握した後、陽介と陽菜には悠真さんの手によってこのダンジョンが突破されたことを伝えた。
「……ということは、このダンジョンから出られるわけですね!?」
「陽介くんっ! やっと出られるよぅ!」
陽菜は勢いよく陽介に横から抱きつくと、陽介はびっくりしつつも彼女をなだめるように包み込んだ。
人前で堂々と抱きつけるあたり少し若さを感じてしまったが、きっとそれだけじゃない。
このダンジョン攻略にあたって、よほど彼らは不安だったってことだろう。
そう思うと、俺の心にも今更ながらに安堵感がやってきた。
あぁ、ようやく終わったんだと。
「……海成くん、お疲れ様」
紗夜さんだ。
このタイミングで声をかけてきたということは、彼女も同じように思ったのかもしれない。
「紗夜さんこそ、お疲れ様でした!」
さすがに俺らが抱き合うことはなかったがお互い気が抜けたのか、自然と微笑み合う形となった。
「さっ、みんな! ゲートを通って帰ろう。彼のことは任せてくれ。僕が責任持って本部へ連れ帰るよ」
悠真さんが言う彼。
もちろん『テイマー』のことだ。
「え、そんな煌坂さんだけにお任せするのは申し訳ないですよ」
彼の提案に引き目を感じる陽介に、その横でうんうん、と首を縦に振る陽菜。
それに関しては俺も同意見。
ちょっと変わった人だけど、この人は陽介、陽菜とも面識ある本部直属の冒険者だ。
ボスまで倒してもらっといて不審な青年の身柄まで任せるとなると、少し気が引ける。
「大丈夫。このテイマーさんはC級の冒険者みたいだし、この中で一番強い人が見張る方がいいでしょ? それに僕がこのダンジョンにきたのも、本部の上層部へここの状況を伝えるためだしね」
そんな俺の心配なんて裏腹に、悠真さんは相も変わらず甘いフェイスで言葉を返してきた。
「……わかりました。では私達はお先失礼しますね」
そう言って一礼し、この場を颯爽と去ろうとする紗夜さん。
それに急いで俺は後を追った。
もちろん悠真さんには誠意を込めて一度頭を下げてから。
「海成、次もよろしくね」
彼の言う次も、それがいつのことかは分からないが、とりあえず「はい」と肯定の意を示してここを後にした。
少し進んでから、紗夜さんに質問した。
「紗夜さん、少し足早ですがどうしました?」
正直、さっきから紗夜さんの様子がおかしい。
口数も少なかったし、『テイマー』の件についてもアッサリ引き下がった。
まぁ特に俺達が食い下がる必要もないわけだが。
それに、どことなく顔色もよくない気もするし。
「……ううん、なんでもないの。ただあの人、あまり信用できないなって」
そう言う紗夜さんの表情は、やはり優れない。
たしかに謎が多そうな人だし、失礼かもしれないがどことなく胡散臭さみたいなのもあった。
だけど、今のところは悪意も感じなかったし、少なくとも俺はある程度の信用はしてしまっている。
「……あの人は謎多き人ですからね〜」
紗夜さんの問いに答えたのは、いつの間にか追いついてきていた陽介。
「まぁいい噂も悪い噂も聞かないので、なんとも判断はつきませんが」
と、陽菜は彼の言葉に少し補足を加える。
「と、とにかく! 今は無事に帰れることを喜びましょうよ!」
何か紗夜さんに声をかけねば。
そう思った瞬間、俺は思い浮かんだ言葉をスラスラ口にした。
「……そうね。みんな生きて出られてほんとよかった。それを噛み締めなくっちゃ!」
彼女から漏れる安堵の息。
そしてその笑顔を見るだけで、本心だということが分かる。
そんなこんなで、もうゲートの前。
後はここに飛び込むだけだ。
「よし。じゃあみんな改めて、帰ろっか!」
「はい!」
「はい!」
「はい!」
自分含めたみんながそれぞれ紗夜さんに返事をしたところで、俺達は帰りのゲートに飛び込んだのである。
◇
海成達が帰りのゲートを通った頃――
煌坂悠真は今も尚その場にうずくまる青年と言葉を交わしていた。
「零くん、たくさんの脳を届けてくれてありがとうね」
悠真は零に冒険者の死体を最下層へ運んでくるよう依頼していた。
それを【テイム】により使役したモンスターがしっかりと届けてくれたおかげで悠真はボス戦前に『冒険者の脳』という嗜好を堪能できたのだ。
「……いえ。届けたのは僕じゃなくて僕の家族達です」
零がそう言ったのは決して謙遜などではなく、紛れもない本心。
彼がテイマーとして使役していたモンスターを心から大切に思っていた故の言葉である。
「うんうん、そっか。お礼を言いたいところだけど……」
「もういないですよ。みんな死んじゃいましたから」
零は一度も悠真の顔を見ることなくそう言う。
「えーっと……また、モンスターが多く出るダンジョンがあれば、逐一紹介するからさ。しばらく本部で監禁されることにはなると思うけど、できる限り早く出られるようにもするし。ねっ?」
「……わかりました。約束ですよ、悠真さん」
悠真の謝罪で彼はようやく顔をあげ、その場から立ち上がる。
「じゃあここから出ようか」
そう呼びかけ、先を進む悠真に零は問いを投げた。
「そういえばさっきいた4人、始末しなくてよかったんですか?」
「……あぁ、あの中の1人が特別美味しそうでね。食べ方にはこだわりたいんだよ」
「食べ、方……?」
零は悠真の発言に首を傾げる。
「これは僕の主観なんだけどね、恐怖を味わった直後の脳は不味い。じゃあどんな感情がいいのか? 喜び? 怒り? 悲しみ? 零くんはなんだと思う?」
「えっと、喜び、ですか?」
そんなの分かるわけがない。
そう思いつつもこの人に逆らってはいけないという絶対的服従心が彼の口を開かせた。
「……正解はね、【無】だよ。感情を抱いちゃいけないんだ。大脳が働くと、なぜか味がグッと落ちる」
「え……無?」
「そう。とは言っても完全なる無はダメだよ? つまり死や仮死状態。この場合、脳への血流が滞ってしまうから味はより一層落ちることになる」
「じゃあどうすれば?」
零の問いに悠真は得意げに笑み、答える。
「睡眠中、気づかぬ間の死。これが1番新鮮な味なんだよ。……まぁ寝てる時もある程度感情の起伏はあるはずなんだけどね。色んな状態の脳の味を比べてきたけど、なぜだが睡眠中の脳が1番美味しかったんだ」
そう語る悠真はその時満たした嗜好を思い出して頬を紅潮、目をとろんとさせている。
そんな姿の悠真を見て、零は言葉を失った。
この人が脳を喰べることは知っていたけど、ここまでこだわりを持っているとは思いもしなかったからだ。
「……零くん、どうしたんだい?」
「い、いえ……なんでもないです」
「そ? ならいいけど。じゃあ零くん、本部まで同行いいかな?」
「あ、はい」
悠真は零を出口のゲートまで案内を始めた。
そしてちょうど目の前に差し掛かった時、一度立ち止まり、零に言葉をかける。
「零くん、分かってると思うけど、何を聞かれても僕のことは……」
そう言って悠真は自身の口に人差し指を当てた。
「わ、分かってますよ、悠真さん。それが僕を本部から解放してくれる条件でしょ?」
「うんうん、零くんはよく分かってるねぇ。じゃあここから出ようか」
それから改めて向かった2人。
ゲートを通る直前、悠真は後ろを歩く零に聞こえるか聞こえないかくらいの静かな声音で一言呟いた。
「海成、待っててね。きっとすぐ会えるから」
彼のことを考えると腹の虫が鳴き、生唾が口腔内に沸いてくる悠真。
そんな衝動を必死に押さえ、彼は零とダンジョンから脱出したのだった。




