未来からの宿題
深夜、カタカタとキーボードからタイピング音が誰もいない大学の研究室から反響する。ホワイトボードには難しい計算式が羅列されていて、壁にも計算式が描かれている。多くのタワー型のコンピュータが配置されている。
その研究室は世間には全く知られていない、地方の研究室だった。熱心に研究に打ち込む学生は彼以外は居ない。永山治は人がいない所が自分の研究が捗るからその研究室に決め、目論見通り、自分の研究に打ち込んでいた。
タイムスリップ
治の夢は誰も成し遂げたことがない事への挑戦だ。
不可能と言われて、何回も挑戦したが、結果は悉く失敗に終わり、コイツだったら、何かやるんじゃないかと期待していた周りの仲間達も徐々に見下していった。
畜生!
治はそう吐き捨てると机に散乱されているレポートを床に落とした。
頭を抱えている治、その時に研究室の扉が空いた。
この研究室には熱心な人物は居ない、深夜の時間に現れた侵入者に治は訝しんでいた。
「この時の俺、まだSC5号使ってたんだ」
設備を楽しむ声が聞こえてきて、治が立ち上がろうとする。
「誰だ!」
声の主が現れると、治は絶句した。
その人物はシャツとズボンを着ていたが、頭部は巷でよく見る宇宙人のように大きく膨れていた。
その宇宙人のような人と言ってもいいのか分からない者は微笑みながら、治の方に歩んでくる。机の上のレポートを投げつけ、歩みを止めさせようとした。
未確認生命体はレポートを見ると身を顰め、そして、治をじっくりと観察した。
「まだ、頭は膨らんでないな」
未確認生命体はそう言うと治に歩み寄る。
治は机の上の鈍器を投げつけようとすると、未確認生命体は手を差し出した。一瞬の出来事に硬直する治。
「え?」
治は間の抜けた声を上げた。
その未確認生命体は近くにあった椅子を持ってきて、治の近くに座った。
「まあ、座れよ」
未確認生命体は穏やかな口調で告げると治は近くの椅子に座り、時計を置いた。
「えっと、その」
未確認生命体は治の様子をにこやかに観察している。
「俺もお前と同じ反応だったんだ、成程、あの時の俺はこんなんだったんだな、それは面白い訳だ」
「あの時の俺?どういう事?」
未確認生命体は歯を剥き出して笑った。
「俺はお前の望んだものだ」
治は驚きのあまり、目を見開いた。
「てことは?」
「そうだ、俺は未来の俺だ」
治は急に立ち上がった。何を話していいか、解らず、口をパクパクと動かす。
未来の治はゴーグルを机の上に置いた。
「これが今の研究成果だ」
治はゴーグルを慌てて、取り上げ見回した。
「時間がないかもしれないから、手短に真相を話すぜ」
未来の治がそう言うと治はビクッと身体を震わせ、座った。
「まずはこの頭だが、未来では知識を詰め込む技術が頭蓋骨が拡張するという副作用付きで成功して、俺はそれを受けた。そして、様々な資料を読んで、知識を蓄え、タイムマシンが完成した。俺に会った俺も同じ様な頭をしていたから、実験を受けるのは同じなんだろう」
未来の治は時計を見て、確認したら顔を治に向ける。
治は顰め面を向ける。
「俺の性ってやつだよ。結局、知識を求める欲求に勝てないのさ」
治は顔を下に向ける。
「問題はタイムマシンを作り終えた後だ」
未来の治は険しい顔を治に向け、治もマジマジと凝視する。
「前に未来から来た俺は俺に会ってから、消滅してしまうんだ」
治は苦笑いした。過去の自分に未来の自分が会えば、異物だと判断して、未来から来た自分は消滅してしまう。
「そうだ、お前が考えている通りの事だ」
「だったら、俺が居ない時間に行けばいいじゃないか」
未来の治は顔を歪めて笑う。
「行ったさ、あらゆる時代を見てきた。でも、逃げられなかった。」
治は苦笑いをする。
「お前のいや、難しい問題を解きたいという科学者の本能に勝てなかった」
未来の治は治の考えでいる事が分かる。だから、自分が何を考えているのかが、分かる。
「だから」
未来の治は言いかけて、治は未来の治に被せる様に話した。
「だから、自分の身体を実験に使って、研究を試してみた訳だ」
未来の治は口を歪めて笑う。
「そうだ、」
治は小さく首を振る。
「時計があるから、直ぐに結果は分かるんだな?」
未来の治は硬い表情で治を見つめる。
「そうだ」
未来の治は硬くそう言うと、時計に顔を向けた。
「10.9.8.7」
未来の治は時計をマジマジと見つめ、呪文の様にカウントダウンを唱えた。
治も息を顰め、カウントダウンを見守る。
異様な緊張感が両者の中に生まれる。
「3.2.1」
治は息を飲んだ。
「0」
ガタ!
未来の治は立ち上がり、手を握り、満面の笑みを浮かべた。
「ヨシ!」
息を呑んで、見守っていた治にも緊張から額から汗が滴り落ちた。
満面の笑みを浮かべた未来の治は愕然とする事になる。
身体が少しずつ透明になっていくのだ。
未来の治は諦観の念を顔に浮かべる。心配そうに見守る。
未来の治は目を開き、懐から書類を取り出した。
治は書類を受け取るとそれは過去から過去の未来の治から連綿と続く、研究結果だった。治は自分だったら、絶対に自分の研究結果を渡すなんてことはしないので、本当に未来から来た自分かと疑った。
「自分の研究結果を渡すなんて、前の未来から来た俺を見た時は正気かと思ったが、俺もやっぱり、同じ心境になったか」
治は自分とはいえ、理解不可能な行動に声を出す。
「正気か?」
消えゆく未来の治は無邪気に笑う。
「過去の自分に期待したくなったのさ」
怪訝な表情で未来の治を見る治
「これは過去の未来から来た俺が言わなかった事だがな、お前の研究結果は俺から見て、とても進んでいる。お前は歴代の中で最も頭がいいと言えるだろう」
消えゆくもう一人の自分に触れると自分も消えてしまうかもしれないと言う恐怖から治は触れる事が出来なかった。
消えゆく未来の治が最後の言葉を口にした。
「頼むぞ」
そう言うと完全に消滅した。
治は何をすればいいのか、呆然と佇んでいた。