修羅の国
スペードの手下三人が階段を上りきった時、女たちは散開して待ち伏せていた。この人数差でも戦う事を選んだようだった。
先頭の無精髭は、この場で戦っても、渋滞しながら次々と上って来る後続七人の邪魔になると思い、まずは唯一の出口を押さえてから挟撃しようと、もう二人に声をかけた。
「おい、出口を押さえれば、袋のネズミだ。他に逃げ場はないからな!」と、無精髭の男は続く仲間に協力を求めた・・・その時、
こじ開けられた扉の外から、「ジジジ、バリバリバリ」という聞きなれない音がした。
不審に思った男たちは、目を凝らして異音のする扉の先を見る。
なんとそこには、大口を開けた竜がいた。竜の口では、嵐でしか見かけないような眩い雷光が、力の行き場を求めて荒れ狂っている。賊たちは危機を悟っても、「あ、あうぅ」などと呟くことしかできず、恐怖で足がすくんで動けない。
「雷遁の術!」扉の脇にいた赤髪の女が叫ぶと、竜は雷の息を放った。
雷は少し蛇行しながらも、一瞬で直線上の賊を襲い、なぎ倒した。即死するほどではないが、感電してうずくまる男たち。
これは、シュラの忍術でも何でもなく、ルーラがあらかじめ召喚して、外に待機させていたドラゴンタートルの攻撃であった。
すかさずシュラが倒れた三人に斬りかかり、「火炎斬!」・・・と、いちいち技名を叫びながら、止めを刺した。斬られた賊は致命傷を受けつつ、【破邪の剣】による発火で、苦しみながら炎に包まれていく。
上の連中が全滅したと悟った七人の賊たちは、我先にと転げるように階段を逃げ降りた。シュラは、相手を更なる混乱に陥れるため、階段を全段すっ飛ばすように地下へと飛び降りる。
「ダン!」と、シュラは両足で着地すると、足元に転んでる連中には目もくれず、3mくらい離れてる男に狙いを定め、飛び蹴りを食らわせた。
「風神脚!」右足の裏に、金剛聖拳の光気を集中させ、敵の右わき腹を蹴り破る。
ほぼ足の形に腹をえぐられ、大きな風穴が空いた男は、「ブベッ」と盛大に血を吐き絶命した。腹の中心を狙わないのは、万が一足が抜けなくなると、思わぬ不覚を取るからだ。
ここまで実力差があると、もう戦いにならない。逃げ腰になった相手を「火炎斬!」とか「風神脚!」とかいいながら、虐殺していくだけなのだから。
辛うじて剣で受けた者もいたが、力で押し切られ、そのまま袈裟斬りにされたり、シュラの纏う光気によって剣ごと壊された。
スペードら三人は、シュラを注視しつつジリジリと後退した。
ルゼッタは、シュラの鬼神のごとき戦いに圧倒され、強い憧れを持った。この若い赤髪の忍者と名乗ったバカ強い娘が、まさか自分の叔母にあたるとは知る由もない。
(なんて無茶苦茶な強さなんだ・・・。蹴りで人を殺せるなんて聞いたこともない。見間違いか分からないが、さっきは、剣を素手で受け止めていた気がしたぞ。人間は鍛錬次第であれほどにもなるのだろうか。勇者人間として過酷な環境で生き抜いてきたつもりであったが、私はまだまだ修行不足ということか)
到底かなわないので、一人生き残った手下は、スペードに助けを求めて後ろに走ったが、赤い死神に追いつかれ、手刀で首を落とされた。シュラが手に光気を集中させ、手自体を魔法剣のような強力な武器にして、彼の首を刈ったのだ。
片膝をついて着地したシュラは、「栗茶狩人!」、と静かに言って、残りのスペードら三人を睨んだのち、後ろで見物しているルーラにドヤ顔でガッツポーズした。
首を落とされた遺体は、激しく血しぶきをあげながら、ゆっくりと座り込むような体勢になった。噴き出した鮮血にランプの光が当たり、首元に小さな虹ができた。別に剣で攻撃してもよかったのだが、そこは趣味というか、一時的な忍者ブームに浸ってるだけであった。
こんな馬鹿げた隙を見逃すスペード達ではない。彼らはシュラが疲弊するか油断するまで、部下という捨て駒をぶつけて、機会を窺っていたのだから。
奥義をかまして悦に浸ってるシュラに、ダイヤとクラブの矢が放たれた。二本の矢がシュラの胴体に命中し、それに合わせてスペードが棍棒を手に、シュラへと襲い掛かる!
「油断したな、ネーちゃんよぅ!」と言いながら、スペードは鉄の棍棒をシュラの頭めがけて、容赦なく振り下ろす。
片手武器とはいえ、鬼の金棒のように突起がついてるので、兜なしで直撃したら、即死もあり得る危険な一撃であった。
棍棒で頭を殴られ、転倒するシュラ。
「ヒャハ、ちょれぇー!」スペードは、棍棒を高くかかげて勝利をアピールし、ダイヤたちにふんじばるよう、目で指図した。
一部始終見ていたルゼッタは、赤髪の女性が自分のために犠牲になったことが申し訳なく、そして悔しかった。
(すまない・・・)
ダイヤとクラブは、さっさと赤髪の女を縛りあげるため、ロープを持って駆け寄る。階段には黒髪のエロい女、そして一階にはまだセイントもいるので、早く無力化しないと勝ち目がなくなるので必死であった。
その刹那、黒い人影が階段を滑るように下りてきて、一気に距離を詰めきた。
素早く動く人影は、呑気に首をあげたダイヤを抜き打ちに斬って捨てた。「なんだろう?」っと前を見ようとしたマヌケな顔のまま、即死であった。
横にいた仲間が斬られたので即座に応戦しようとしたクラブだが、金縛りにあったように手足が動かない。本人は全く状況が理解できていないが、体が動かない原因は、襲撃者であるソドムによるものであった。
ソドムの特殊能力・影武者が、影がクラブを捕らえてる間に、首めがけて剣を突き刺した。
圧迫止血できない首は致命傷であり、回復魔法をかけたとしても間に合わないので、必殺を求められる場面では有効である。
もしも、クラブが怪力の持ち主なら、影武者を振り払い少しは生き永らえたかもしれないが、かつて連邦王国の剣聖と呼ばれていたソドムの二撃目は防げなかったに違いない。
「おい、シュラ・・・油断しすぎ。敵に魔術師がいたら、確実に死ぬぞ。サポートする味方が近くにいない時は、全力で倒せ」と、ソドムは軽く説教しながら剣をスペードに向けて距離を詰めた。シュラは叩かれた頭をさすりながら、ゆっくりと起き上がる。
「あは、決まりすぎちゃって・・・つい」と言って、自分のやられ具合を確認した。物理耐性のため、頭は無傷、腹と胸あたりの矢傷は蚊に刺されたくらいの血が出ていた。それよりも、矢によって穴が開いた服を気にしている。
(あ~あ、戻ったらローズに小言いわれるよなぁ。強敵相手ならまだしも、街のチンピラごときにやられたんだからなぁ)
※ローズとは、タクヤによって差し向けられている掃除人。今回は、スウィートの街に停泊している戦艦にて留守番をしている。
一瞬にして二人を殺されてしまった上に、必殺連携アタックが、全くダメージを与えていないことに絶望したスペードは、交戦を諦め 縛り付けてあるルゼッタを人質にして、この場を切り抜けることにした。今までワルとして、上手く立ち回ってきた人生だったので、スペードの怒りは相当なものだ。
(クソっ、なんで死なねーんだよ!この小娘は。味方は全滅、敵はノーダメ、最悪なんてもんじゃねぇ。しかもコイツら、俺が拉致るの知っててつけて来やがったな)
スペードは、左手でルゼッタの金色の髪を掴み、武器を彼女の首元に当てて、
「動くんじゃねぇ!動けばネーちゃんを殺す!」
が、二人はさっぱり動じない。不思議そうな顔をして互いの目を合わせた。彼らにしたら金儲けのために乗り込んできたわけで、人質の女性は席が隣だっただけの縁、さほどのインパクトはないのだ。強いて言えば、救出失敗してしまうと討伐報酬だけになってしまうくらいだった。
緊迫した空気に合わせ、リュートの調べが場を包む。吟遊詩人のトリスが到着し、場を盛り上げるため演奏しながら、ゆっくりと階段を降りてきた。
酒場での私物の見張りは、防御力自慢の大柄な黒騎士に任せ、任務の成功率を上げるため、ファミリーメンバーがほぼ出張って来た形になる。
プラチナランクは、人数の多いファミリーで活動するため何かと経費がかかるので、デカイ案件がない時は ちょっとした仕事もこなしておけば、余裕ができて贅沢な食生活を維持できるというものだ。シルバーランク以上なら、最低限の食事(クズ肉と野菜の切れ端のスープ、度数が高いだけの安酒)を毎食無償で支給してもらうこともできるのだが、そこまで落ちぶれたくないのが皆の総意であった。
段々と敵が増えていくので、スペードの焦りは増して言った。
(こっちは人質がいる。この現実を理解できないのかコイツらは・・・)
「テメーら、腕は立つのはようだが人質が死ねばギルドの報酬は減るんだぞ?それに俺は賞金首でもねぇ。だったら見逃した方が得じゃねーのか?」と、損得の話をするスペード。結局は金が全ての冒険者には、この手が一番いい。
「・・・」ソドムは腰から布を取り出し、剣についた血を拭ってから鞘にしまった。
(ふむ、人質を解放させ・・・この場にあるであろう金目の物を頂くのが楽なのは確かだ。が、コイツを捕えればギルドが芋ずる式に悪党を討滅できるチャンスを作れるわけだから、それなりの報酬が期待できる。やはり、交渉はなしだな)
勝手に相槌を打って結論を導き出したソドムは、一瞬ではあるがチラリと吟遊詩人トリスを見て合図を送る。それに気がついたトリスは、さりげなく曲を変えてゆく。
その調べはとても穏やかで、場にいる者達の興奮を鎮め こころに安らぎをもたらす。
トリスの魔曲【戦場乃子守歌】が発動しはじめたのだ。
元々、魔曲すら弾けないヘボ吟遊詩人だったトリスだが、ソドムらが寝ていた二十年という期間は、修行には十二分の時間であった。その研鑽を初お披露目する機会が来たのである。
交戦の意思がなくなったと感じたスペードは、人質を立ち上がらせ、じりじりと歩きながら、悦に浸るように持論を展開し始めた。
「いいか?ここは連邦王国じゃねぇ、無法地帯の・・・いわば修羅の国だ。そんで知恵と力があるものが、弱い奴らから税を徴収するってわけだ。追い詰められたって、この通り・・・頭を使っておさらばできるのさ!最高だと思わねーか?ヒャハははぁぁ・・・ぁぁ」と言いながら、バタリと倒れた。
魔曲が効いて、卒倒するようにいきなり寝たのだ。残念ながら、曲の聞こえる場所にいたソドム以下みんなバタバタと倒れて寝た。魔法抵抗が高いルーラですら崩れるように倒れた。さらには、演奏者自身も寝てしまう、強力かつ迷惑なスキルであった。
・・・・最初に眠りから覚めたのはレウルーラ。魔法抵抗とは無関係の運であった。イタズラ好きのソドムとシュラでなくて幸いと言っていい。
レウルーラは聖印徒であるクインを先に起こし、次にソドムらを起こす。目覚めた彼らはルゼッタを解放し、寝ているスペードを柱に縛り付けた。
「参ったぜ、俺達まで眠らされるとは…」ソドムは巻き込まれたことへの怒りはないが、トリスの魔曲の強力さに舌を巻いた。
「でも、簡単に片付いて良かったじゃない」レウルーラはトリスに微笑んだ。
(忖度ってやつよね。もっとも…、人質に向けている武器が棍棒なんだから、振り上げて振り下ろす間に仕留めることはできたんだけど)
「耳を塞いだりして自分らだけ防ぐことできないの?」やや怒り調子のシュラ。倒れたときに顔面を打ったのでイライラしているのだ。
「すいません!耳栓して試したことはあったのですが、見事に寝ておりました。ですが、寝付けない日は便利ですよ」と、銀髪の青年はやんわり返した。
「眠れないことなんてないから!」
冒険者は過酷な環境で活動するため、食べれる時は食べる・寝れる時は寝ておかないと体が持たない。ゆえに大概の冒険者は食べて寝るのが得意なのだ。
「そう責めるな。おかげで任務完了だ」
レウルーラは、呆然としているルゼッタに声をかけた。ルゼッタは、非現実的な戦いぶりの情報量が多すぎて、思考が追いつかないでいるのだ。
「ねぇ、怪我はない?」
「!? ええ、問題ないです」我に返り、手足を動かすルゼッタ。寝ていたとはいえ、興奮状態にあるため、顔のかすり傷には気がついていない。
気が利くソドムが近寄って回復魔法をかけて、ルゼッタの傷を癒やした。なんだかんだ優しい男である。
酒場で隣り合った時、過剰な装飾に加え、女を侍らしていたソドムに、「ろくでもない男」という第一印象を抱いていたルゼッタ。
「貴公は君主なのですか!?」思わず言葉遣いを改めて聞いた。
「まあ、そうなるな。最高司祭パプワ殿に叙任されたのは何十年前か分からんが」
「数々の非礼に加え、救出していただき感謝の言葉もありません」と言って、王族ゆえに頭を下げ慣れていないルゼッタが、ぎこちなく頭を垂れた。何十年前というのは、何かの冗談だと思い軽く流した。まさか暗黒転生した魔人で、年を取らないなどと思いつきもしない。
「言葉がないじゃなく、ありがとうございます とか言えないの?」ちょっと頭の悪いシュラが突っかかった。
育ちがいいので真に受けるルゼッタ。
「あ、申し訳ありません。助けていただき、ありがとうございます」と改めて礼を言った。
「おう。俺は君主のソドム、こっちの魔術師は妻のルーラ。あとは、戦士シュラに吟遊詩人のトリスだ」と、仲間を紹介するソドム。あえてレウルーラの名前は略称にしたのは、二十年前の四賢者として名が知られ過ぎているからだ。
(影王と影王女だがな。ここは連邦王国でないから堂々と暗黒魔法を使っていいのだが、この娘は何かとうるさそうだから、わざわざ言う必要もあるまい)
「皆さん、夜遅くにお手間を取らせてしまい申し訳ありません」
(ソドム・・・、先の大戦の影王と同じ名前か。剣技はなかなかでしたが、この無法の大地では、極悪な名を語って箔を付けないと生きていけないのね)
全てが片付いたので、クインが賊の首領であるスペードを叩き起こすため階段を降りてきた。ルゼッタの横を通り過ぎるときに立ち止まり、
「ルゼッタさん、リベンジで一騎打ちでもしますか?それとも、このまま刺していただいても構いませんよ」と、賊の生殺与奪を彼女に委ねた。
「お断りします。助けられた身で、この男を斬っても気が晴れるわけじゃない。貴方の言う通り、私の慢心が招いた結果なのだから」
「なるほど・・・」口元に微笑を浮かべるクイン。普通のセイントなら、賊を斬るなりして終わるところだが、クインは更なる功績を得たいと、狡猾な策を思案している。ソドムも似た考えを思いついていた。
「クイン殿、余罪がたんまりありそうな このケースは死罪なのだろうか?」
(確か・・・軽犯罪は収監して慈善活動、重犯罪は死罪か追放のはず)
「死罪になります」と、キッパリと答えた。
「だが、ギルドに協力的な態度を示し、利益をもたらすなら・・・」
「追放で済む場合もあります。二度と街に出入りできないよう、顔の目立つ場所に焼き印、もしくは刺青が施されますが」
(激しい尋問ありき・・・ですがね)
「わかった。では、男を起こそう」と言って、手を軽く上げてシュラに合図する。シュラは、手近にあった赤ワインのボトルをスペードの頭上にブン投げた。「ガシャ!!」という大きな音と、飛び散るガラス破片と内容物でスペードは目を覚ます。
「ひぃぃ!」わけのわからない状況に恐怖し、手で頭を覆いたかったが縛られていてできず、それが恐怖心を助長した。
「おい!」と、恫喝ぎみで声をかけるソドム。
「はいぃぃ!」仲間は死に、人質は奪われ、自分は縛られて絶体絶命であることを理解し始めたスペード。さっきまで「修羅の国」がどうとか言っていた威勢は微塵もなくなっていた。
「お前の負けだ。修羅の国って発想は面白かったが、完全無秩序っていうのは気に入らねぇ。やはり、ギルドが治安を維持しないとおちおち眠れんからな」
隣にいるレウルーラは、目を丸くしてソドムを見ている。
(この人・・・、完全にギルドの狗になっちゃってるわね。あくまでもギルドを利用して、魔神を駆逐した後でコキュー島から侵攻するって目的を忘れてるような・・・。魔神討伐の戦利品で民の飢えの心配はなくなったけど、一気に暮らしが楽になる策はないのかしら)
「そんな面白いお前に朗報だ。ここに隠してある財を全て差し出し、取引先の名前を教えるのであれば、助命してやろう」ソドムは、しゃがみ込んで目線を合わせて、優しく笑ってからスペードの肩に手を置いた。物理耐性があるので、トゲトゲ肩パットなど全く気にせず、力いっぱいに。
(どうせ見つけにくい場所にあるのだろう、探す手間を考えれば逃がすほうがいい。キャッチ&リリース、また悪さして貯め込んだところを叩くのも良し)




