激突!勇者と影王
「立てよ冒険者たち!この勇者ルゼッタと共に魔神を駆逐し、下界と呼ばれしこの地を住みやすい場所に変えるために!」と、握りこぶしを振るって演説しているルゼッタ。ずっと熱く語っていたが、話しかけてくるのは冷やかしの酔っ払いだけ・・・。少し、心が折れそうであった。
そこに・・・ようやく、趣旨に共感し 仲間になろうとする者達が現れて、少し涙ぐんだ。
声をかけてきたのは、四人組。戦士が三人と斥候らしき女性一人。戦士系ばかりだが、普通の冒険者といったらこんなものである。
強力な魔法を使う魔術師は、わざわざ危険な冒険に身を置かずとも、王侯貴族に仕えたり、自ら魔道具を製造して販売すれば十二分に暮らせるので、理由がない限りは冒険者になどならない。
回復魔法を扱う神官も、平和に暮らせる天界(連邦王国)での暮らしを捨ててまで、下界の民を救おうなどというものは・・・まずいない。
英雄譚などで描かれるバランスのいいパーティーというものは中々おらず、存在するとすればリーダーの資質に感化され、魔術師などが協力している場合であり、強いのは当然だろう。
※斥候は非力な女性でも鍵や罠解除で活躍でき、一般人に扮して偵察もできるので、なかなか便利な存在。
話しかけてきたリーダー格は、スペードと名乗った。身長は180くらいと高め、身軽そうな革鎧に反して個性爆発気味のスパイク付きショルダーが印象的な男で、武器は片手持ちの鉄こん棒。もう二人の男も身軽な革鎧を着こみ、クロスボウとナイフで武装している。印象からして、戦いでは奇襲をメインでこなし、普段は街の守備兵をしていると思われた。
「凄いよ、アンタ。デビューでいきなりゴールドランクになっちまうなんて!」と、スペードは超新星の偉業を称え、その手を握った。
「お、おお。ありがとう。そんなに凄いことなのか・・・」と、照れ隠しに謙遜するルゼッタ。嬉しさを隠しきれず、少し口元が緩んでいる。
「ああ、そりゃそうだろう。俺たち二年活動しても・・・コレだぜ」と言って男は胸元のシルバータグをチャラリと取って見せた。もう二人も仕方なく合わせてタグを見せる。
「皆、苦労しているのだな」
(鮮烈デビュー成功ぉ~!さあ、私を必要だと言いなさい)
「そこで・・・だ。俺たちも、そろそろゴールドになりたい・・・。で、相談があるんだが」スペードは助力を切り出しにくいようで言葉に詰まった。気を使って別の男が会話に割って入る。
「立ち話もなんですから、一杯やりましょうや勇者殿。もちろん、俺たちのおごりです」茶髪の男は軽くルゼッタとスペードの肩を叩いてから、奥の四人掛けテーブルを指さした。
断る理由もないし、褒められて気分がいいので、ルゼッタは彼らと一杯やることに決めた。
(そういえば、夕食はまだだった。最近、ここの料理が美味くなったと聞く。魔神戦では、パンとチーズの日々が続いたから、たまには食事を楽しむのもいいだろう)
席に座ると、茶髪の男は仲間を紹介した。
「俺はダイヤ、もう一人が相棒のクラブ、こちらのレディはハートって言います。さあ、好きなモン注文しちゃってください!」そう言って、ウェイトレスにメニューを持ってくるよう声をかける。
ルゼッタは後ろの席の男女五人組が、若干騒がしいと思ったが、「ここは冒険者の街、王宮ではない。下々の暮らしを体験するのも、また一興」と思い直して今は我慢した。
並々とビールが入った木樽で乾杯し、小一時間経った頃・・・スペード達は後悔していた。酒をチビチビのんで軽くツマミを食う程度の予算でいたのだが、ルゼッタが ガッツリめに飲み食いしているからだ。高いメニューも容赦なく・・・。
「美味い!故郷(宮廷)の味だ。魚も肉も新鮮だから、より一層美味しい。ああ、食事で幸せを感じたのは初めてかもしれない・・・」と、感激しながらも、彼女の手は止まる気配はない。
しかも、炉端テーブルでの焼き肉は、初対面のスペードらに焼くよう指示してくるから堪らない。命令しなれているのか、反論の余地がない独特の威圧感があった。
落ち着いたらパーティーの話を切り出そうと思っていたスペードが苦笑いしている。
(おいおい、どんだけ食うんだよ。銀貨2枚の予算でいたのによ~、このままじゃ金貨吹っ飛ぶぜ・・・)
そんなスペードの悲壮感を払いのける僥倖・・・女神、いや、ルゼッタの後ろの若い女性客が、大食い大会状態に待ったをかけてくれた。
「ふふ、お料理がお口に合ったみたいで良かったです。ここの料理は、ウチの主人が監修して宮廷料理を取り入れましたの」と、声をかけてきたのだ。
せっかく話しかけてきたので、無視するのも無礼と思い、ルゼッタは食事を中断して、
「このような辺境で、美味しい料理にありつけるとは思いませんでした。自慢のご主人のようですね」と、角が立たぬ程度に話を合わせ、チラリと後ろの客を見た。
格好は様々だが、黒が基調の一行で、食事しながらTRPG【テーブルトークロールプレイングゲーム】に興じている暇人ということを瞬時に理解した。しかも、彼らの首元に光る銀色のタグを見て・・・「シルバーか、話にならない」と、思った。
話しかけてきた女性は、色白で綺麗な顔立ちに、しなやかな長い黒髪、その物腰から育ちの良さも感じられる美女なのだが、それとは真逆のきわどい服装が印象的であった。
冒険者ギルドの酒場にいるのだから、冒険者なのだろうが・・・ミニスカという出で立ちは珍しい上に、非合理的と思えた。同席している赤髪の娘は、ミニスカだけでなく、胸を強調するようなビキニトップ姿で、明らかに戦いに向いていない服装であった。まあ、さすがに実戦では鎧を着こむのだろうと思ったが。
そして、なんとなく偉そうな・・・左手に黄金の籠手をはめている成金ぽい黒髪の男に嫌悪感を抱いた。もちろん、影王ソドム一行だとは知らない。
(主人が・・・という発言・・・つまり、長髪の娘は、この男の所有物なのだろうか。む、赤髪の娘は乳首付近に虫のブローチという辱めを・・・、しかも顔には床上手という刺青が!これは奴隷ってことね。銀髪の優男は雇われ吟遊詩人で、大柄な黒鎧は護衛だな。この状況からすると、連邦の地方貴族が下界に降りて、女を買い漁りながら放蕩三昧といったところか。下界の冒険者ギルドでTRPG・・・、なるほど、冒険した気分になれるのだな。いずれにせよ、クズと取り巻きといったところか)
うまく食事が中断したので、すかさず話題を逸らすスペード。
「あ~、そうだ!俺たちのアジトに年代物のワインがあったんだ」
「お、いいね!場所移して飲みなおそう。いつ開けるのかと待ってたんだぜ!」ダイヤと紹介された男が立ち上がる。
「おう、ルゼッタさんが俺たちのリーダーになる祝いだ。開けるに決まってるだろ!」と、親指を立てた握りこぶしを力強く前に出すスペード。やっとパーティーに誘うことができた。
「え、いいのか?私で?」と、ルゼッタが一応確認した。
(ついにパーティ結成か・・・。私とスペードが前衛、回復役は私とセイントがいるから、悪くはない)
「お願いします、私たちにチャンスをください!」とスカウトの女が頼み込んだ。この女性は、話の腰を折らないよう相槌中心でいたのだが、ここにきてスペードの応援に入った。
「わかりました、共に正義のために戦いましょう」と、ルゼッタは快諾した。
「やった!恩に着る」そう言って、スペード達は喜びを分かち合い、乾杯した。そして、
「よっしゃ、俺たち先に外出てます。騎士殿は、そいつを飲み干してから来てください」と、ルゼッタが半分しか飲んでいないジョッキを指さして、男三人は外に出た。
スカウトの女は、男たちがいなくなると解放されたように、両腕を上に伸ばした。それから、甘い音色を奏でる銀髪の吟遊詩人トリスに視線を向けた。他の女たちとの距離感を観察し、「いける」と思ったのだろう、ルゼッタを置いてけぼりにして、ジョッキをもってトリスの近くに行き、彼の演奏に聞き惚れつつ、何やら話しかけている。
さりげなく自分たちのテーブルに来た乱入者だが、ソドムは何も咎めない。妻であるレウルーラがナンパされたら激怒するだろうが、独身のトリスの色恋などに口を出す気は更々なかった。
そんなことより、世間知らずそうな後ろの席にいる女騎士が気がかりで、どうにも落ち着かなかった。お人好しなので、つい声をかけてしまうソドム。イスの背もたれに片肘を引っ掛け、体を半分だけ向けてルゼッタに忠告した。
「悪いことは言わねぇ。田舎に帰りな、娘さん。強くて、いい子なのは見てわかるぅはぁぁ。だが・・・、ごみ溜めのような下界じゃぁぁ長生きできん・・・ぞ」案外まともなことを言ったつもりだが、酔いが回って ろれつがあやしいので、残念ながら絡んできたとしか思われない。
わざわざ口外はしていないが、連邦の王女に対して酔って絡むなどあってはならないことで、当然 ルゼッタは激怒した。
「慮外者!貴公のようなゲスに指図されるいわれはない、不愉快だ!」そう言って、ルゼッタは椅子を蹴り上げるように立ち上がり、ソドムらを一瞥してから、盾と兜を手に取り、席を後にした。店を出る前、冒険の癖でなんとなく兜を被るルゼッタ。
周辺の席の者たちは、一気に静まり返り、トリスは悲しそうな曲に切り替え これから来るであろうシュラの反応を静かに待つ。
「あっははは、ゲスだってぇー!見る目あるわあの子。フヒヒヒ」と、シュラが腹を抱えて笑い出す。それに合わせて、トリスは楽しげな曲に切り替え、笑いを誘った。
「初めて会ったのにゲスはないわよねー」と、フォローしながらも笑うレウルーラ。
「なんか、俺って誤解されやすいよなぁ。そういえば、シュラの妹のラセツもそうだった」
「うんうん、新婚旅行の時でしょ。まるで生ごみを見るような目だったわね」
「あとでラセツに聞いたんだけど、私のことを奴隷にしてたと勘違いしてたらしくて、馬車の護衛が終わったら、アンタのことを殺すつもりでいたんだって」と、言ってまた笑うシュラ。
「勘弁してくれよ、俺は悪人には容赦ないが、一般人には優しいつもりだぜ」ソドムは、しょんぼりしながら酒をあおる。確かに行いは善人であるが、属性的には暗黒転生した魔人であり、人類の敵・影王というのが世間の印象だということが、あまり分かっていないソドムであった。
「次、シュラちゃんよ」それはそれで、TRPGを進行するレウルーラ。なんだかんだ言って、ソドム達はポーカーなどより、TRPGにハマっていた。
「あい。じゃあ、シュラの金剛聖拳で壁を壊すわ、判定お願い」と、自分ソックリのメタルフィギアを撫でながら、キャラの行動宣言をする。
「だ~か~ら、英雄系は禁止しよっ!鎧も貫通できる金剛聖拳なら、壁を崩せることになるし、それでダンジョンを一直線に進まれたら物語が破綻するのよ!」意外にも熱くなるレウルーラ。
「だって、自分のキャラ使いたいじゃん。せっかく買ったんだし。街ごとぶっ壊せる冴子さんやルーラを使うよりマシじゃない」と、シュラは抗議した。
どうでもいい論争だが、ソドムが間に入って仲裁する。
「まあまあ、英雄系は強すぎるから、NPCとして登場してもらったらどうだ?冒険ものは、キャラクターが成長していくのも醍醐味だから、普通の戦士とかでやってみよう、な?」
(俺はいったい何をしているのだ・・・。そう、魔神を狩って儲けることが使命。魔神を駆逐してから、大陸に軍を進める・・・。けど、別に征服とかしたくねーんだよなー。結局、守るために戦いはなくならないし。俺は不老なんだから、ずっとそんな生活もどうなんだ?だが、投げ出そうにも、タクちゃんの掃除人が見張ってるしなぁ)などと、酔って思考が堂々巡りになってるソドム。もう、眠りたかった。
ちなみに、夜の営みに関してはソドムは厳格であった。関係を結べる女性が三人いようが、プレイするのは週末の夜だけと、自らを律していた。
理由は、飽きない為であった。美食や女でも、度が過ぎれば飽きる。裸の美女とて、四六時中自由にできるとならば、特別感もなくなり、我が身体同様に当たり前のものに成り下り、さして関心がなくなってしまうだろう。
不老の存在である彼が、三大欲に飽きてしまっては、つまらない日々になってしまう・・・それを回避する知恵?なのだ。
そんなわけで、トリスにぞっこんな女には興味はないのだが、
「貴女は行かなくていいのか?」と聞くソドム。
女は意外そうな顔になり、
「え?私は話を合わせるように言われただけ。報酬はすでに貰っているから、行かなくていいの」と、仲間でも何でもないことを隠さず言った。
その時、屋外から「ガン!」という金属音が聞こえてきた。
そういうことか・・・、ソドムは全てのことがわかって、隣に座るレウルーラに目で合図した。次にシュラを見て頷く。
すぐにシュラも頷き返すが、もちろん何のことか全然分かっていなかった。