勇者ルゼッタ参上!
1年後の連邦歴1031年
北部の港湾都市スウィート
冒険者ギルド
世界的に大波が治まり、下界各地の港町は息を吹き返していた。海運と商売が盛んになったことにより、街や船の護衛のために戦士が必要になり、冒険者ギルドの仕事も大いに増えた。
ここスウィートもその一つで、地理的に東西どちらにも行きやすいため、新しい迷宮が出現したり、急な儲け話がでたときに駆けつけやすいという事で、滞在している冒険者は多い。
土地柄としては、大陸北部とあって冬は厳しい。農耕に向かない痩せた土地なので、雑草などを食肉に変換してくれる・・・放牧が行われている。昔と違って、波が治まったことにより、魚介が捕れるので、食料の心配はない恵まれた場所となった。
街の中心地にある冒険者ギルドは、一階が冒険者管理センター兼 酒場、二階は宿屋となっている。建物は強固な石造り、周りには ぐるりと壁と空堀があり、正面入り口は鉄製の扉と跳ね橋がある。
夜、酒場の営業が終わると、跳ね橋は上げられ、完全な要塞と化し、犯罪者を寄せ付けず、内部の盗人も絶対逃げられない造りになっていた。
前例はないが、万が一 街が陥落しそうな場合、ここに立て籠もり徹底抗戦できる城のような存在であった。
実はこの建物、どの街も規格は同じで、内部も代わり映えがない。理由としては、使いやすさ守りやすさの完成形であることと、図面や材料が同じだと作りやすいからのようだ。
旅慣れたものなら、この堅牢かつ商売に積極的な造りが、影王ソドムのかつての居城ギオン城に似ていると気づくかもしれない。特に一階の酒場のテーブルが炉端焼き用に炭をくべられる構造になっており、まんまパクったとしか思えないシステムであった。
自分たちで焼かせる分 調理人の負担が減らせ、手をかざせば暖もとれる・・・店側も客も両方に益をもたらしていた。
さて、その冒険者ギルドの酒場にある依頼掲示板の前に、一人の戦士が仁王立ちし、喧噪に負けないくらいの大声で、仲間を募集していた。彼女の手には、自分のプロフィールが握られており、それによって実力をアピールしようと懸命になっている。
夜の酒場では自らの冒険譚を語る者、分け前に不満があって口論する者達、カードゲームに興ずる者、愛を語らう恋人たちなどで混沌としており、残念ながら戦士の話など聞いてなどいない。
ギルドの超新星・戦士ルゼッタ。新星だけに無名に等しい。連邦王の娘であり、勇者ゼイターの弟子。駆け出し勇者もしくは勇者見習いといったところだが、一般的な戦士と比べると数倍強い。
魔獣や魔神被害に苦しむ下界の民を救うため、身分を隠し 一冒険者として活動して数か月経つ。
父親譲りの美形と金髪、瞳は青く眼差しは涼やかなれど、祖父ファウストや叔父ゼイターに似てしまった直情的な性格は、時に不幸を招く。
愛とか正義を声高に訴え仲間を募集しているが、名声と金儲けしか考えていない冒険者たちには全く相手にされていなかった。
彼女の装備は、女戦士シュラなどとは違って、質実剛健。武骨な板金鎧は、多少 胸のふくらみに配慮されてる程度で男物とさほど変わらないデザインであった。白地に金縁の盾と鎧は、連邦王国と同じである。
戦闘スタイルは、盾で攻撃を受け止めてから押し返し、怯んだ敵を剣でしとめるのが基本。場合によっては盾で視界を塞いでからの攻撃や、盾自体でぶん殴ったりもする盾戦士といったところだ。
幼少期から数年、兄である皇太子ジオルドと一緒にタイタン城内で、勇者人間の修行として過酷な日々を送り、そのおかげで身体能力は高く、多少の攻撃魔法を扱え、神官並みに回復魔法を扱えた。また、自分のみだが【帰還】の魔法で、瞬時にして戦場から離脱することもできる。
彼女は、成人する前に王都に呼び戻され、叔父である勇者ゼイターのスケジュールが空いてるときに稽古をつけてもらい、それ以外の時間は王族としての所作や学問を徹底的に叩き込まれてきたので、他の勇者人間とは違った個性に仕上がった。
冒険者ランクはゴールド(ランクにあった金属タグを首にかけるか 手に巻き付けて身分を表すもの)、冒険者の熟練度を示すランクは一番上がプラチナ、以下ゴールド・シルバー・カッパーと続くので、彼女は上級者となる。また、上位ランクほどギルドへの支払いが減るため利益率が上がり、脱退時の恩恵も大きくなる。
【カッパー】文字通り銅のタグを身に着けて活動する駆け出し冒険者、もしくは適性がなく昇格できない者。街の警備兵やギルド入り口の番卒、あとは難易度の低い討伐依頼が主な仕事。
昇級につながるほどの手強い討伐対象の場合、ギルドを説得してセイントに同行してもらい働きを見てもらう。
【シルバー】警備の指揮、要人の護衛、盗賊討伐、魔物討伐など任務は多岐にわたる。大多数がこのランク帯である。街の治安圏外での活動が増えるので、派閥に所属して敵を減らし連携をとったり、ハッスルタイムに他の冒険者から攻撃されないよう時間配分なども考える必要がある。
このランク帯から、任務にはセイントが毎回同行して、人や亜人などへ攻撃する場合は、規則に基づき攻撃の認可を行う。そのようにしないと、一般人を襲撃して「盗賊だったので成敗した」などと言って虐殺に走る輩がでるからだ。
セイントが同行することは監視と戦利品徴収という要素だけではなく、メリットもある。元々 勇者人間である彼ら一流戦士が仲間として戦ってくれるので、死傷率が減り かつ光の回復魔法によって怪我人を癒してもらえるのだ。
通常ならば中程度の怪我→即撤退もしくは全滅となるが、セイントの回復魔法のおかげで任務を継続できるのは大きい。
【ゴールド】シルバーの任務に魔神討伐も加わる。緊急性が高い場合は強制出動も覚悟しなくてはならない。
危険度が上がるため、ギルドの取り分は三割から二割へと減って、儲けやすくなる。このくらいになると、名が知れてきて、冒険者や一般人からも称賛される。
ダンジョン攻略は、大人数過ぎると暗闇や恐慌状態になった時に収拾がつかなくなるので、4人でパーティーを組むことがが多い。人数が多すぎると一人当たりの取り分が減るという理由もある。
【プラチナ】派閥の中核人物もしくは 個人の能力が魔神と渡り合えるくらいの伝説的な実力者の証である。ゴールド帯などは、通常4~6人でパーティを組んで冒険するが、プラチナ連中はダンジョン攻略やオーク要塞殲滅・巨大な魔物を討伐するなど大規模な仕事を請け負うため、馬車等を利用して大人数で活動する。
大体は十人くらいで任務にあたり、戦利品の運搬手段があるためゴッソリ稼げる。だが、大人数ゆえに普段の維持費がかかるので、仕事の見極めが重要になる。
また、拠点とも言うべき馬車の護衛も必要なため、ダンジョン攻略の人数配分も難しい。とはいえ、ここまできたらギルドのサポートなど必要ないくらい組織として完成しているのがプラチナだ。
冒険者ギルドを抜けられたら困るために配慮しているのだろうか・・・、ギルドによる戦利品徴収は、たったの一割になるため利益率はグンと高くなる。それと 担当セイントが、パーティメンバー同様 常に一緒に行動する(寝食も)ようになるのも特徴だった。
これらの階級タグには不正防止のため、金属板の表に名前と特徴などの情報が刻まれ、裏面には似顔絵もしくは風貌がザックリとであるが刻み込まれる。
少しでも不審な点がある場合、生まれた年と、ギルドと本人しか知らない四桁の数字を確認するほど管理は徹底していた。
その理由としては、ギルド運営費の一部から引退者への手当て(十年以上活動した場合)が出るので、タグ自体 立派な財産なのである。このように、将来的な財産でもあるため、不正に目を光らせ、引退した冒険者が円滑に受け取れるように身元を徹底管理しているのである。
冒険者としては戦利品を天引きされるのはツラいが、引退後に無一文にならずに済むという安心感があるので好評であった。討伐報酬に関しては満額貰えるので、システム的には悪くはない。
もちろん、ランクによって待遇は変わるので、出来るだけ長く上位ランクにいたほうが、将来 楽な引退生活ができる。
万年カッパーだと、相部屋の多段ベッドに暮らし、支給されるのは晩飯のみ・・・という寂しい日々になるので、冒険者ならばゴールドを維持していきたいものである。
さて、そんな彼女ルゼッタがギルドを通さず、自らの呼びかけによって仲間を募集しているのには、理由(意地)があった。
誰かの下には着かず、自分のパーティを作りたかったのだ。
そのためにギルドに登録しても、ソロ活動してはコツコツと実績を積み重ね、三か月目には見事 魔神を討伐し、いきなりランク・ゴールドになった。
通常はシルバーのパーティーが3つほど共闘して、なんとか討伐するものだが、ルゼッタと担当セイントだけで倒してしまったのだから、業界に与えた衝撃は大きかった。ゆえに、超新星なのである。
そう、彼女は来たことのない街で、たった一人で【ゴールド】になった英雄として華々しくデビューしたかったのだ!残念ながら相手にされていないが。
では、そのソロでの討伐方法は・・・というと他のパーティではできない特殊なものであった。
まず、彼女は相性のいい魔神を探し、北西の小島を根拠とする光魔法に弱いエルダーリッチに目を付けた。
エルダーリッチとは、かつての偉大な魔術師が、死を回避するために、禁術を用いて自らを不死の存在にした魔神。彼の魔界陣により、島の生物は死滅し、動くのは配下の物言わぬ数百もの骸骨だけになっている・・・。
だからといって、スケルトンの軍勢が海を越えて襲撃して来るわけではないので、無害な存在であり討伐報奨は低く、攻略の人気はなかった。つまり、あるかわからない財宝だけでは動くものがいないのだ。
次に、自らのランクがカッパーながらも、魔神討伐したい旨をギルドに頼み込み、王族であるという圧とギルドの取り分を9割にするという条件を出して、強引に許可を得た。
彼女にとっては名をあげることが目的なので問題はないし、ギルドにとっても利益が大きく、最悪 彼女の遺品を回収すればトントンにはなるというソロバン勘定なので、悪い話ではなかったのだ。
作戦は極めて単純。船で一眠りしたあとに上陸し、倒せるだけアンデットを倒して【帰還】の魔法で二人とも最後に寝た船に撤収する。
アンデットは海を渡れないので、アンカーを打ち込んだ船でゆっくり休憩…体力が回復したら、また攻撃に向かう!
それを一ヶ月以上繰り返して、エルダーリッチの軍勢を削りつづけ、ついには護衛すべてを倒した。
残るはトロい骸骨魔術師だけなので、強力な魔法の一撃を耐えれば、素早く接近して、無力な骸骨をしばくだけで終わりなのだった・・・。
ちゃんと彼女のアピールを聞いてあげて、強さと実績(最近すぎて知られていない)を理解すれば、この逸材とパーティーを組んで、栄光の架橋へ踏み出すことができる・・・言い方を変えれば、「儲かる」。これを放っておく手はない!演説して30分・・・、ついに声をかけてくる一団が現れた。