魔界陣【大旱慈雨】
黄緑色でコロリとしたイグアナの親分風なのが、迷宮の主・魔神バジリスク。
全長10m、パッ見はドラゴンぽいが、少しマイルドになった印象を受ける。特徴的な八本ある足は、とくに脅威ではなく、砂地や泥濘で歩きやすいくらいしか利点はなさそうである。また、ドラゴンのような火炎吐息こそないが、睨みによる石化と毒液攻撃には注意が必要だ。
眷族はいないが、この環境を好む砂漠鰐や大蠍などには寛容で、好き勝手に住まわせている。それらによる冒険者の消耗を期待しての寛容さであった。
本来は普通の魔物に過ぎないバジリスクが、どのような経緯で魔神の能力を得たかわからない。この魔神の魔界陣【大旱慈雨】は、範囲内の乾燥をさせるもので、渇望ダンジョン付近は荒れ地と化した。また、乾燥により呼吸・魔法の詠唱に支障をきたすので、厄介であった。
ゆえに本体の危険度と、土地への被害から討伐対象になった。
肉食のバジリスクにとって、討伐対象になるということは願ってもないことであった。今まで洞窟から這い出て狩りをしなくてはならなかったのが、獲物自らが目の前に現れてくれるからだ。
この魔神、それら獲物がより集まりやすくするために、財宝をダンジョンに配置するという知恵もある。
貴金属には執着はなく、ただの撒き餌という位置づけで、倒した冒険者から再度奪い、惜しみなくダンジョンに置いていた。
ダンジョンに居を構える魔物は、知能が高いと このようなことをする傾向にあり、だからこそロマンを求めて冒険者になる者が後を絶たない。
そんな この地の王ともいえるバジリスクに最大の危機が迫っていた。幾多の罠をものともせず、砂漠鰐などを蹴散らしながら現れた人間達、ジオルド率いる派閥タイタンズだ。
バジリスクは一目見て、とても敵わないことを悟った。今までの冒険者たちに比べ、動きに無駄がなく、かつ気負いすぎている様子がないからだ。
紺色の鎧に青マントが主体だが、どうやら金糸雀色の鎧に赤マントという目立つ男がリーダーだと察して様子を窺っている。
タイタンズ側も油断はしておらず、新任の聖印徒クインが
「殿下、睨みによる石化を防ぐのは難しいですが、発動には数秒凝視する必要があるので、隙を見せずに立ち回る必要があります。それと、口から吐き出される毒液に注意して下さい!解毒しにくいと聞き及んでおります」念のためバシリスクの危険性を伝える。
そして、父である宮廷魔術師長アジールから譲り受けた魔導書を開き、火・氷・雷の中で効果的な属性をパーティーに付与する魔法【巨人殺】を唱えた。ただ、魔界陣により乾燥している空気で声が嗄れ、咳込みながらなので、思うように詠唱が進まない。
なんとか詠唱を終えた聖印徒クインは、後方支援に専念するため、赤い十字が描かれている大楯を構えて、ジオルドに向かいコクリと頷いた。
「うむ、では討伐を開始する。突撃!!」ジオルドは、突撃の合図として、愛用の王杓を振り下ろす。
それを確認した近衛騎士三人が、雄たけびを上げて一斉に挑みかかった。勇者人間である彼らは、遠距離攻撃魔法も扱えるのだが、今はクインの支援魔法が強力なので斬り込むことが多い。
バジリスクは、小さいながら一人一人驚異的な力を持つ敵を前に、回避することをあきらめ、その巨体を生かし転がって体当たりをした。
砂塵を巻き上げ、二台の馬車が勢いよく横転してきかたような攻撃に、避ける間もなく巻き込まれるタイタンズ。
後方で大楯を構えたクインは無傷、王杓の力で防壁を張ったジオルドは軽傷であったが、まともに食らった近衛騎士たちは打撲や骨折で戦闘力は大幅に下がった。
バジリスクは、相打ちで深手を負い、低い唸り声をあげている。
「捨て身の攻撃とは、なかなか手強い・・・」ジオルドは態勢を立て直すべく、自らバジリスクの前に立ちはだかった。その間に味方の回復を待つのだ。
この窮地に、まさかの援軍が来た。
「おい、ジオルド。こっからは共闘だ!分け前よこせよ!」と、ガーターズが乱入して来たのだ。
(へぇ~、あれが魔神ねぇ。めっちゃ弱そう)
金貨に模した魔物クリーピングコインと対峙していた彼女らは、ルゼッタの知識によって群れのリーダー(やたら精巧かつ、今の貨幣の形)を見つけ出し、シュラが水の入った皮袋を思いっ切りブン投げて撃ち落とした。
統率の取れない集団になった魔物は、戸惑い宙を彷徨う存在となったので、二人は盾で叩き落としてから踏んずけて殲滅した。ただ、残念なことに最初に拾った金貨も偽物だったのでシュラは落胆していた。
一段落して耳を澄ませると、奥で まぎれもなく戦ってる音がしたので、急いで合流しに来たのであった。
シュラは怒りの矛先を向ける相手が見つかって、嬉々として乱入したわけだ。
ジオルドは呼び捨てにされてキレそうだったが、生物学上シュラは叔母であるから、怒声は発せず
「ここは御婦人の憩いの場ではない、立ち去るがよろしい」と冷たく言った。
「従えません。こちらもネオギオンとしての立場がありますので。御不満でしたら、討伐後に名誉と手柄を賭けて一戦してもよろしいですよ、兄上」と、ルゼッタは挑発した。
先に、懲らしめると発言はしていたが、今は兄を救うための方便で、共闘を持ちかけていた。
なんだかんだ言って、勇者人間養成所で苦楽を共にした兄妹であり、彼の真っ直ぐなところなども好きであった。
ただ、行き過ぎた異端者への対応が納得できないだけだが、少し前までは自分も似たような思考だったので、分かりあえるとさえ思っていた。
だが、聖印徒クインは違う。念願かなってタイタンズ専属セイントになった彼は、今まさに出世街道を爆走中。将来、ジオルドが王になってもらわないと困るのである。
ルゼッタとは共に魔神討伐をした仲とはいえ、事務的に接してきたにすぎないので、良好な関係とは言えない。となると、この遭遇を奇貨として彼女を捕えて幽閉するか・・・屠るかしたいと思った。
(ならば、共闘して上手く戦力を削いでから、戦闘時間に始末すべき。あくまでも、寸止めが間に合わなかったという体で)
「殿下、ここは申し出をお受け下さい。共闘によって、楽に討伐してから、ガーターズを料理すればよろしいかと。たった二人で我々に挑んでくるという事は、よほど自信があるのでしょう。戦う前に、彼女らと何らかの約束を取り付けるのです。・・・とくに赤髪の小娘は乗って来るに違いありません」
クインは、少し前までガーターズの専属セイントだったのだ。シュラの性格と能力は熟知していての助言であった。
ついでに言えば、ソドムたちの事も知り尽くしているので、タイタンズは以前のような醜態を晒すことはないどころか、圧勝できると思われる。
「そうだな、危うく感情に流され判断を誤るところであった」
ジオルドは魔物に注意を払いながら、
「承知した、卿らと共闘しよう!その後に雌雄を決する」と、その意思をガーターズに伝えた。
「任された!影王の半身である魔剣ゾルディティンの威力、見せつけてやるぜぇぇぇ~ハブァ!?」
剣を抜いて踊りかかるシュラの顔面に、バケツ一杯くらいの粘り気のある痰がぶっかかった。緑色のネバネバした猛毒の痰が絡んで、転ぶシュラ。
「ひぃぃぃ!シュラさん、大丈夫ですかー!?」パニック気味になりながらも、直接触れずに粘液を剥がそうと奮闘するルゼッタ。
解毒以前に呼吸ができないし、粘液を引っぺがさないと、また毒状態になるので必死であった。
コントのような展開に笑いを堪えるジオルドとクイン。
タイタンズは、この隙に味方の治療を急いだ。
「見事な囮作戦、大儀。ハッハハ」と、ついには笑ってしまうジオルド。
顔にぶっかけられたシュラは、呼吸ができずに苦しみ、ルゼッタと二人 転がるように退散した。
頑丈なシュラでも息ができないと どうにもならない。
そもそも、能書き垂れずにサクッと倒せばいいものを・・・まさに油断大敵であった。
援軍を退けたバジリスクは、毒で騒いでる隙に、目立つ司令塔を凝視した。
見事にかく乱されてしまったジオルドは油断していて、石化睨みの発動条件である10秒ほどの凝視を達成させてしまい、
「し、しまった・・・」と、悔いた時には足元から感覚がなくなり、石化が始まり、後に続く言葉を吐く前に、石の彫像に成り果てた。
石化の次には対象を破壊しに来ると知っていた近衛騎士達は、声も発せず協力してジオルドを担いで、端に寄せた。
間一髪、魔物の巨体をやり過ごした彼らは通路に後退し、迎撃態勢を敷いて、石化が解けるのを待つことにした。
それこそがバジリスクの狙いで、直進したまま出口へ向かって、まんまと逃げ出したのであった。




