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第9話 真祖吸血鬼 2/4

「ぎゃぁぁぁああああああ!! ぎゃあ! ぎゃあ! ぎゃあああ!!」

「リョ、リョウコさん落ち着いてください。これは悪霊の仕業ですっ!」

「ぎゃあ! ぎゃあ! ぎゃあああ!!」

「ちょっ、リョウコさん何しようとしてるんですか!?」


 恐怖でパニックに陥ったであろうリョウコを見たトウカは、思わず固まった。

 三角巾をかぶり、ゴーグルをつけ、マスクをしたリョウコが、片手にホウキ、片手に殺虫剤を構えていたからだ。


「ぎゃぁぁぁああああああ!!」

『こ、こら! 何をする!? やめろっ!』


 リョウコは奇声を上げながらコウモリの群れに突撃し、ホウキを振り回しながら殺虫剤を振りまく。


「何やってるんですか!? 悪霊を怒らせちゃいますよ!?」

「悪霊もへったくれもあるかっ! コウモリってのはなあ、ノミ、ダニ、寄生虫にバイキンの塊っていう空飛ぶウンコみてぇなやつなんだよ!」

「はぁ?」

「ンなもんが店ン中で大量発生したって知られてみろ! 鬼より()ええ保健所様から営業停止をくらっちまう!」

「は、はあ」


 呆然とするトウカを尻目に、リョウコはホウキと殺虫剤を振り回す。


「出てけ! 消えろ! 死ね! この不快害虫!」

『わ、我を害虫呼ばわりだと……』

「ああン? 焼き鳥にもならねえ空飛ぶウンコが一丁前に人間様の言葉をしゃべってんじゃねえ!」

『この誇り高き吸血鬼を、言うにこと欠いて、ウ、ウ、ウンコだと!? 絶対に許さぬ!』


 店内に満ちた邪気が高まり、コウモリがさらに密度を増す。

 舞い狂うコウモリたちで空間が黒く塗りつぶされ、息をするのも難しくなったときであった。

 羽音の嵐の向こうから、鈴を転がすような声が静かに響いた。


「レヴ、それくらいにしておくのですわ」 

『我が君よ。しかし、それでは我が誇りが……』

「ヴラドスゥ家に代々仕えし真祖吸血鬼にしてわたくしの守護者、レヴナント・フメレーツィクィイの誇りとはその程度のことで傷つく安いものでしたの?」

『ぐっ、承知した。ここは我が君の顔を立てて退いてやろう』


 邪気が急速にしぼまり、無数のコウモリが一箇所に集まっていく。

 コウモリたちは絡み合い、溶け合い、陽光さえも吸い込みそうな漆黒の塊となると、それが徐々に人型を成していく。

 そして現れたのは、病的に青白い肌をした痩せた少年であった。片目を黒い眼帯で覆い、残る瞳も黒曜石の如く黒い輝きを放っている。髪は濡れた烏よりもなお黒く、またそれに劣らず黒く染め抜かれた外套を羽織っている。


「わたくしの従者が失礼をいたしましたわ。深く謝罪をいたしますの」


 漆黒の少年の隣に立ったのは、対照的に純白の少女であった。

 新雪よりもなお白い長髪。色素の薄い灰色の瞳。釉薬(ゆうやく)を塗ったように透ける肌。欧州貴族を思わせる、フリルとレースがふんだんにあしらわれた白い衣装を身にまとっている。

 少女はロングスカートを両手でちょんとつまむと、膝を軽く曲げて優雅に礼をした。


「あ、あなたはまさか……」


 それを見たトウカの顔が驚愕に染まった。


「ご挨拶が遅れまして申し訳ございません。わたくしは東欧黒魔術協会の長、ヴラドスゥ家の次期当主にして、全国除霊師ランキング新人部門第1位、メアリー・アナトーリエヴナ・ヴラドスゥですわ」

「我はヴラドスゥ家の守護者レヴナント・フメレーツィクィイ。定命の(くびき)を断ち不死に至りし最初の者」

「はぁ、どうも長ったらしくておぼえらんねぇな。えっと、メアリーちゃんとレヴ君でいいのかい? あっしは間田木リョウコってんだ。よろしくな」


 メアリーとレヴナントの大仰な挨拶に、リョウコは顎をかきながら応じる。


「貴様っ! 我が君を気安く呼ぶな!」

「控えなさい、レヴ。それよりも先ほどの魔力行使でおなかが空いたでしょう」

「はっ。しかし我が君よ、今朝も血を抜いたばかりで……」

「大丈夫ですわ。これが当家と不死の王(ノーライフキング)レヴナントとの契約なのだから」


 メアリーは腰のポーチから注射器を取り出した。

 その針を白い二の腕に突き立てると、シリンダーの中が真紅に満たされる。そしてそれを引き抜き、うっとりとした表情でその中身をレヴナントの舌の上に垂らしていく。

 レヴナントもまた、それを恍惚とした顔で受け入れ、真紅をねぶり、味わい、飲み込んでいった。


 そこにパチパチパチ、と拍手が送られる。

 拍手をしているのはマスクとゴーグルを外したリョウコであった。


「いやあ、すっげえな。さっきのコウモリのやつ、イリュージョンってやつだろう? あっしもすっかり真に受けちまったぜ」

「なっ、我が魔術を手妻(てづま)などと一緒にするな!」

「そのあとの演出もかっけぇな。オペラの一幕みてぇだったぜ。まっ、オペラなんざ生まれてこの方見たことも聞いたこともねぇがな」

「ぐうう、貴様、なお愚弄をやめぬか!」

「役に入り込むその姿勢、あっしは好きですぜ。でも、うちはそんな大道芸なんて見せてもらわなくっても大丈夫だから安心してくんな」

「貴様は先ほどから何を言ってるんだ!」

「ははは! 遠慮するこたァねえよ。あれが目当てなんだろう?」


 リョウコが指した先には、1枚のポスターがあった。


【子ども食堂/毎日14:00~17:00まで(定休日除く)。中学生以下の子どもは無料でごはんが食べられます。大人の同伴不要。あんまり高けぇもんを頼まれると困るが、腹いっぱいまで食わせることは約束するぜ!】


「ど、どこまでも我らを侮辱するか……」


 レヴナントの額に青黒い血管が浮かんだ、そのときだった。

 白い少女が足元がふらふらと揺れ、その場にくずおれてしまったのだ。

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