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 翌朝、洞穴に差し込む朝日に照らされて目が覚めた。

 ……罠も仕掛けも用意せずに眠るとは、昨夜はよほど頭が回っていなかったらしい。


 昨日起きた出来事は、当然ながら夢ではなかった。

 でもって改めて考えてみたが、ダンジョンマスターによるマスター殺害説もそこまで荒唐無稽だとは思えない。

 もしそうだとしたら、三大迷宮と呼ばれる有名ダンジョンのマスターがやった可能性が高いだろうか。断言はできないが、初手でそこまで大胆な策に打って出たやつなら、生半なダンジョン作りはしないだろうと思う。


 そして、これから俺が取るべき行動方針についても色々と考えてみた。

 とりあえず『何もしない』というのは選択肢から外している。今の俺は金だけではなく、DPも稼がなくては生きていけない身体だ。今まで通りギルドの依頼で日銭を稼ぐ生活では、ほぼ確実に収支がマイナスになってDPが枯渇してしまう。

 一日に自然消費するDPは1440。ギルドのある王都までは、南西に馬車で進んで片道二日弱の道のりだ。最低でも往復四日分……5760DP分の何かを持ち帰ってこなくてはいけない。……どう考えても、今の生活を続けるなら現実的じゃないな。今回はたまたまゴブリン討伐で数日分のDPが確保できたが、こんな依頼はそうそう受けられるものじゃない。


 じゃあどうやってDPを手に入れるんだという話だが……本来なら真面目にダンジョンを経営していくことが一番の近道なんだろうな。

 ダンジョンの存在を近隣に触れ回って、初心者向けダンジョンだと銘打って探索者を呼び込む。もしくは温泉でも作ってレジャー化してみるとか。ここらへんはZ氏がダンジョンマスターと聞いて真っ先に思い浮かべていた案だ。

 なにやら創作物から着想を得たらしいが、無理に100層を目指すわけでもないなら悪くない手だ。圧倒的な実力者は訪れないにしても、数というのは馬鹿にできない。塵も積もれば山となる。薄利多売の精神……はちょっと違うか。


 とまあ決して悪くはないのだが、前述した通りダンジョンマスター殺害説を考えるなら除外するべきだな。探索者を呼び込むために目立った結果、他のダンジョンから刺客を送り込まれてソッコーで殺される展開もあり得る。

 昨夜はミノタウロスがどうとかドラゴンがどうとか阿呆なことを考えていたが、もっと小さくて人型のモンスターが送り込まれるのが可能性としては高いんじゃないだろうか。ヴァンパイアとか、ワーウルフとか。階層のボスとしてよくいるモンスターらしいし。

 それか俺の知らない滅茶苦茶に強い小型モンスターとか。何せ二百年のアドバンテージだ。DP切れで生存が危ぶまれるような俺とは比べるべくもない。


 となると、残る手段はあと二つ……だが、一つは心情的に避けたいところなので実質あと一つ。


 それは、ダンジョンに挑戦することだ。もちろん#俺のダンジョン__ここ__#ではなく、他のダンジョンマスターが作ったダンジョンに。

 他のダンジョンで手に入れたアイテムは、自分のダンジョンに取り込んでDPにすることができる。……というのも、先ほど泣く泣くレアゴブリンの爪をダンジョンに取り込んだところ、『ゴブリンの爪の首飾り』として2万6800DPもの収入になったのだ。

 五年も身に付けているお守りがなくなってしまったのを物悲しく感じつつ……メニューの『アイテム生成』を見たら、取り込んだアイテムは同額で再生成できるらしい。質屋かよ。

 ちなみに手作りの道具なんかを取り込んでも1DPにすらならなかった。ハンドメイドが高く売れるってわけじゃないってことだな。


 なので俺の現在の所持DPは3万と320。王都とここを往復するには十分で、なんならDPを使って低コストのアイテムを生成するくらいの余裕もある。

 ……そうじゃなきゃ、こんな冷静じゃいられないわな。4000DP足らずじゃ三日後には死んでるし、王都への往復で四日かかることを考えるとどう足掻いても絶望だ。近くにあるのはゴブリン討伐依頼を出した村と、街道にある宿場町くらいのもの。どんなに追い込まれても、自分が罪なき人々を虐殺してDPに変えるような人間じゃないと信じたい。……まあすでに半分は人間じゃないんだが。


 というわけで、ダンジョンに潜るのはほぼ確定。しかし、いくつかの懸念ある。

 最も大きな懸念は、ダンジョンに入った瞬間にマスターに俺の存在がバレることだ。もしマスターに存在を察知され、それがマスター殺しの犯人だったら一発アウト。

 それ以外でも、鑑定スキル持ちにステータスを鑑定され、俺の種族がおかしなことになっていることが露見する可能性もある。

 ……絶対に素性を知られないように、鑑定スキルを誤魔化すためのスキル獲得は急務だな。マスターの方を誤魔化せるかは不明だが。


 あと、もう一つ心配事として、俺自身の実力のこともある。

 五年前、死闘の末に討伐したのが、ただのゴブリンじゃなくレア個体のゴブリンであることはわかった。しかし残念ながら、俺は五年前と比べると確実に弱くなっている。ダンジョン外でぬるま湯のような依頼ばかりこなしてきたんだから当然だ。

 基礎鍛錬だけは習慣で続けてきたが、あの頃のように必死で打ち込んでいるわけでもなく、命の危険を感じるような戦いも久しくしていない。

 あの時のレアゴブリンが正しくゴブリン十体分の強さだと仮定すると、だいたい5階層くらいまでは問題なく潜れるはずだが、果たして今の俺にそれだけの実力があるか?


 …………ダメだ。考え出すとキリがない。


 どちらにせよ、俺にはダンジョンに潜るという選択肢しか残されていない。ダンジョンに潜って、DPに変換できるドロップアイテムやお宝を手に入れて、余裕ができたら装備やスキルオーブを生成して、いずれ来るかもしれない刺客に備えて俺自身の強化に努める。それが今とれる最善手だろうな。


「……よし」


 そうと決まれば、村で達成証明の割印を貰い、馬車を出してもらって王都に帰らなくては。

 と思って固い地面から立ち上がった瞬間、ぐぅ~と盛大な腹の音が鳴った。


 ……そういえば、朝飯を食う前に依頼を受けたから、昨日から今まで携帯食料くらいしか口にしてなかったな。

 村に着いたら金を払って何か出してもらうか。外から滅多に人の来ない農村に飯屋などないだろうし……と考えたところで、一つの案が頭に浮かぶ。


 今の俺はダンジョンマスターだ。『アイテム生成』を使えばDPを使って食い物を生み出すこともできる。

 試さないことには使い勝手もわからないし、このくらいの贅沢はしてもいいだろう。飲食物や生活必需品は軒並み低DPで生成できたはずだ。


 さて、カタログに記されたアイテム一覧から、『飲食物』をソートして調べてみると……あれ、なんか知らない食い物がいっぱいあるぞ?


 ……いや、違うなこれ。Z氏の前世――地球に存在した食い物だ。それと俺が知っているものも含めて、かなり膨大な種類の料理や食材がカタログ上に並んでいる。もしかしたら、『アイテム生成』で生成できるアイテムは、ダンジョンマスターの記憶にも影響するのかもしれない。武器やスキルオーブなど基本的なものは共通だとして、その他の細々としたアイテムはマスターが知っているものを出せる、みたいな感じで。


 とりあえずこれだ。100DPの『ツナマヨおにぎり』。手のひらに収まるサイズだが、ゴブリン一体と同じコストだ。

 おにぎりというのは米を三角や丸の形に固めた料理らしく、米自体を食ったことのない俺にとっては初体験だ。Z氏の記憶を辿ってみると、特別美味かったわけでもないが、梅など他の具と比べると評価は高い。どういう味かはだいたいわかるが、ガキの頃に村で拾い食いした木の実くらいには不鮮明な記憶だな。

 ちなみにZ氏がわりと好物だった『牛カルビ焼肉弁当』は500DPなので今はやめておく。買えはするが、まだそこまでの贅沢はしたくない。


 目の前に表示されたホログラムのアイテム名をタップすると、ピロリンと変な音が鳴り、何もないところから『ツナマヨおにぎり』が現れ、手のひらの上に落ちた。


「おお……ほんとに出てきた」


 これ、実際に見るとびっくりだな。

 包装のビニールをたどたどしく剥がし、両端から引っ張ると三角形の黒い塊が現れた。ビニールの間に切れた黒いもの――海苔が取り残されてしまったので、取り出して食べてみる。


 ……うん、別に味はしないな。


 あまり期待せずにツナマヨおにぎり本体に齧り付いてみるが……。


「……うっま!!!」


 いやいや、マジかよZ氏。これが大して美味くないとかマジかよ。


 米は粒がしっかりしており、噛みしめるたびに仄かな甘みが感じられる。中に入っていたツナマヨ――ツナと呼ばれる魚のほぐし身と、マヨネーズと呼ばれる酸味のあるまろやかな調味料が絶妙にマッチし、素朴な米の味を一つの料理に昇華している。味のしなかった海苔も、磯の風味とパリッと小気味よい食感をおにぎりに加えるという重要な役割があったようだ。


 俺は感動した。思わず食レポしてしまうくらいには感動した。感動すると同時に、ちょっとZ氏が憎くなった。


 ふざけんなよあいつ。こちとらクソ不味い土みたいな味の携帯食料と、街にいるときすら固い黒パンとお湯みたいなスープで生きてんだぞ。こんな贅沢しといて「異世界転生やったー!!」とか言ってんじゃねえよ。


 ……まあそれは正確には神様とやらのセリフだったが、そんなことは忘れる程度には怒り心頭だった。

 だが、おにぎりを三口ほどで食いきって、少し冷静になってみたら一つの考えが頭に浮かんだ。


 ……DPを稼げば、異世界の美味い食い物がいくらでも食える。


「…………まあ、なんつーか……頑張るか」


 生きる、という大前提のような目的の他にも、小さな目標ができてしまった。


 ダンジョンに潜ってDPを稼ぐ。殺されないように強くなる。……そして、美味いものをたくさん食う。


 さっきまでの暗澹とした気持ちは、気がつけば少しだけ晴れていた。

『命など、陽と地と詩とで満たされるほどのもの』というのは誰の言葉だったろうか。おそらくZ氏の記憶にある言葉だろうが、夢破れた後悔に苛まれるよりは、小さなことに幸福を感じる方がよほど良い人生だと思う。


 唐突にダンジョンマスターになってしまい、正直言ってまだ心の整理はできていない。

 数時間後には、置かれた状況を思い出して憂鬱に沈んでいるかもしれない。

 それでも今は、死なないために足掻いて、美味い食い物のために頑張ろうと思っている。


 いい加減な目標設定だが、ネガティブ思考の俺には、きっとそのくらい適当な方がいい。


 だから、とりあえず――


「牛カルビ焼肉弁当……食ってみるか」


 このくらいの贅沢はしてみてもいいだろう。

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