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称号というのは、いわゆる肩書みたいなものだろうな。『迷宮管理者Z』という称号は詳細な記載もなかったので、おそらくダンジョンマスターを引き継いだという以上の意味はないのだろう。
Z氏のゲーム知識によると、称号はストーリーの達成進捗だとか、強いボスを討伐したとか、珍しいお宝をゲットしたとかで手に入るものらしい。ゲームによってはステータスアップの効果や特殊な能力が付くものもある。
称号があるから強くなるってなんだ? 強くなったから称号を得られるんじゃないのか?
と、ゲームに馴染みのない俺なんかは思ってしまうわけだが……そもそも魔法だのスキルだの、この世界の法則がだいぶゲームに寄っている気がするので考えないことにする。考えるな、感じろの精神だな。タイトルはわからんが古い映画のセリフだったはずだ。
で、話を戻すが、改めて俺の持っている特殊称号とやらを確認してみる。
・レア討伐(ゴブリン)
レア個体モンスター(ゴブリン)を討伐した証。VIT値に補正がかかる(効果小)。
・ビギナーズラック
合計モンスター討伐数が0体の状態でレア個体モンスター討伐した証。戦闘スキルの効果に補正がかかる(効果中)。
レア個体モンスター(ゴブリン)を討伐した証。
その意味が理解できた瞬間、俺は恥ずかしながら、ちょっとだけ泣きそうになってしまった。……まあ子供じゃあるまいし、決して泣いてはいない。ただ目元がぶわっとしたというか、涙が出る一歩手前みたいな、そんな感じだ。
俺がただのゴブリンだと思っていたあいつは、ただのゴブリンじゃなかった。おそらく、三連続初回遭遇とかいう天文学的確率で、レアな個体のゴブリンを引き当ててしまったということだろう。もしかすると、同一個体だった可能性もある。
特殊個体モンスターの存在は冒険者の中でも周知されていて、ダンジョンでは稀に通常より遥かに強い個体のモンスターが現れると言われていた。
メニューの『レア個体モンスター』注視して確認してみると、これはマスターが故意に作り出しているものではなく、モンスター召喚の際に一定確率で現れるものらしい。平均的な能力はデフォルトで通常個体の十体分。つまりダンジョンのゴブリン十体に単独で勝ったのとほぼ同義だ。
なんだよ俺。捨てたもんじゃねえじゃんか。
見込みのなさに絶望したりもしたが、俺が寝る間も惜しんで剣を振った時間は無駄じゃなかったらしい。
まあ、VIT値――体力の補正というのはともかく、戦闘スキル補正なんてのは、戦闘スキルを持ってない俺には宝の持ち腐れ――
「…………いや」
……そうじゃない……のか?
今の俺は、正確には人間じゃない。半分ダンジョンマスターだ。
熟練の探索者たちですら滅多に見つけることのできない有用で稀少なスキルオーブを、俺はDPさえあれば実質無制限に生み出すことができる。
この力を利用すれば、今まで見上げるしかなかった探索者たちを超えて、誰よりも強くなることが……。
「……馬鹿馬鹿しい」
そこまで考えて、俺は頭を振った。
一度は捨ててしまった夢だ。今更希望が湧いたところで、あの頃のような熱は持てない。
死なないためにDPを安定的に手に入れる方法は考えなきゃいけないが、俺自身が強くなる必要は別にないだろう。
「そういえば……」
首にかけている首飾りを手に取る。これはかつて俺と死闘を繰り広げたレアゴブリンの爪だ。売ったところで二束三文だと思ってお守りにしていたのだ。
鑑定スキルを持っていないので今は調べられないが、この爪も普通のゴブリンのものと違うのだとしたら、ダンジョンに吸収させたら何DPになるんだろう。
そもそも、他のダンジョンで手に入れたアイテムを俺のダンジョンに取り込むことは…………あ、そうだ。
さっき、何が引っかかったかわかった。
それはダンジョンの数だ。
この世界には合計十個のダンジョンがある。それ以上のダンジョンが発見されたという報告は聞いたことがない。
だが、それはおかしい。Z氏がこの世界に降り立った時、世界中に散らばった二十五人のダンジョンマスターはすでにダンジョン制作を始めていると神は言っていた。
初期DPの話を鑑みると、転生直後にDP切れで死んでしまったZ氏は例外中の例外のはず。
この世界で最初のダンジョンが見つかってから、世界中の人々がダンジョン探しに躍起になったと、一般的な歴史書には記されている。半数以上のダンジョンが、誰も訪れずに人知れず終わっていったとは考え難かった。
……もし、もしだ。
もしダンジョンマスターのうちの誰かが、他のダンジョンマスターを排除するために行動を起こしたのだとしたら?
これには明確なメリットがある。
ダンジョンはその性質上、多くの探索者が呼び込むことがDPを稼ぐ一番の近道だ。そしてダンジョンの数が増えれば増えるほど、一つのダンジョンに訪れる人数は分散してしまう。
例えるなら、同業他社と売り上げ競争をしているような状況だ。間接的にだが、ライバルを蹴落とすことで自社の利益を確実に増やすことができる。
そのための一番簡単な方法は……モンスターをけしかけることか。
俺は例外として――ダンジョンマスターはダンジョン外に出ることができないが、召喚したモンスターは別だ。ダンジョンのモンスター討伐があまりに滞ると、スタンピードと呼ばれる飽和現象でモンスターがダンジョン外に出てしまうこともあるからだ。
……ってこれ、よく考えるとダンジョンマスターが客の呼び込み策としてやってたのかもな。
話を戻そう。
他のダンジョンマスターを出し抜こうと考えた誰かは、最初期に他ダンジョンに高DPの強力なモンスターをけしかけ、迎撃体制の整っていないマスターたちは為す術なく殺された。
一体どうやって他のダンジョンの場所を突き止めたのか。ダンジョンの外に出たモンスターに対する命令権は残っているのか。
色々と疑問はあるが、この考えが一番つじつまが合っている気がする。……ダンジョンマスターには、『何でも願いが叶う』っていうわかりやすい餌もぶら下げられてるしな。
となると……今の状況は非常にまずくないか?
このダンジョンの存在が知られれば、マスターである俺の命も狙われるかもしれない。今のところはダンジョンとすら呼べないようなお粗末な洞穴だが、今後何かのきっかけで探索者がひっきりなしに来る大繁盛のダンジョンになる……かもしれない。俺にその気はないが。
二百年間もダンジョンを運営している熟練のダンジョンマスターなんかに襲われたら一巻の終わりだ。ゴブリンどころではなく、遥かに強力なミノタウロスやらドラゴンやらを数十数百体嗾しかけられるかもしれない。
……これがただの妄想なのか、それとも現実的な予測なのか、俺には全く判断ができなかった。
なにせ、こちとらダンジョンマスターとしては完全なビギナーだ。冷静ぶっちゃいるが、非現実じみた出来事の連続でそこそこ混乱している。
「……とりあえず、今日はもう寝るか」
半分辞めたといっても、人間らしい機能もなくなっていないらしく、頭を使ったら猛烈な眠気で瞼が重くなってきた。
一度寝て、起きてからまた考えよう。
現実逃避気味にそう決めて、俺は再び硬い地面に寝っ転がった。寝っ転がってから、先ほどゴブリンの死体を転がした場所だったと気づくが……面倒だからそのまま目を瞑った。
まあ臭いもしないし別にいいや。たぶんそういう成分まで取り込んだんだろ。ダンジョンの不思議機能に感謝だ。
……願わくば、全てが夢だったら良いなと、望み薄な願望を心の中で呟きながら、俺はそこそこ深い眠りについたのだった。