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 結論から言えば、Z氏は死んだ。


 彼がこの洞穴で目を覚ました時、状況的にはもうほとんど詰んでいたと言っていい。

 ダンジョンマスターとしての能力でメニューを起動したが、目の前に表示されたゲーム画面じみたUIのホログラムには、残り58DP――あと一時間もしないうちに死亡してしまうという現実が記されていた。


 しばし放心。やがて思考は回復したが、打てる手は何一つとして浮かばない。

 ダンジョンらしいダンジョンを作ろうにも、手持ちのDPではモンスターの一体すら召喚することができない。使用可能なスキルの中で、唯一有用そうなのは50DPの『隠し部屋作成(低)』のみ。低というのは天井が低いわけではなく低級という意味らしい。

 固有スキルとやらは、何やら不穏なことが書いてあったので選択肢から除外した。


 一体どうすればいいのか、悩んでも答えは出ず、ふと思い立ってダンジョンの外を覗いてみた。透明な壁に阻まれて出ることはできないが、外の様子を伺うことはできたのだ。

 ダンジョンの外は何の変哲もない森の中だったが、よく目を凝らしてみると、少し離れた場所で何かが動いているのが見えた。もしかして人間かと期待したZ氏だったが……そこにいたのは一頭の大きな狼だった。


 つぶらな瞳の鹿の喉元に食らいつき、豪快に肉を引き千切って捕食する野生動物の姿。それは現代日本でぬくぬくと育ったZ氏には衝撃だったようで、狼と目が合った瞬間にパニックに陥ってダンジョンに逃げ戻った。

 そのまま隠し部屋作成で壁に作った隠し部屋に大急ぎで引っ込んだ。Z氏が入った瞬間に穴は塞がり、大きく安堵のため息を吐く。


 ……そして、残り時間があと五分しかないことに気づいた。 


 そうなったら後の祭りだ。使用できるダンジョンスキルは何一つない。狼をおびき寄せてダンジョンに引き入れればDP源にもなったはずだが、頭に浮かんでも実行できたかは微妙なところだろう。


 刻一刻と減っていくカウントをただ呆然と眺め……そこでふと、改めて固有スキルの欄に目を通した。


固有スキル:他力本願

スキル詳細:死亡時、自身の記憶とダンジョンマスターとしての権限を委譲する。


 それを見て、Z氏は渇いた笑いを漏らした。


『君にはダンジョンマスターとしてのダンジョンスキルと、君自身の心象を現した固有スキルが発現する』


 神様はそう言っていた。なら、それがZ氏自身の本質だったということだ。

 怠惰で、甘ったれで、結局のところ他人がなんとかしてくれると心の底では思っている。

 あの世界、とりわけあの国にはそういう若者は多かっただろうが、Z氏はそういった性質をより濃く持っていたのだろう。……とまあ厳しい言い方かもしれんが、今はとても他人のように思えないので許してほしい。


 残りDPが0になった瞬間、スキルは正しく発動した。

 Z氏の記憶とダンジョンマスターとしての力は小さな玉――コアに集約され、彼の肉体は分解されて生物としての死を迎えた。そして、固有スキルの効果により、最初にコアに触れた誰かが記憶と力を引き継ぐことになった。

 ……あわよくば、その誰かさんに自分の意識が上書きできれば、などと考えていたようだが、今の俺の状態を考えるとそれは叶わなかったようだ。


 それが日本からやってきたZ氏――#安田真輔__やすだしんすけ__#、三十三歳の最期だった。



▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲



「ダンジョンマスター……ねぇ」


 ダンジョンについての情報は王都の図書館で片っ端から集めた時期もあるが、ダンジョンを管理する『ダンジョンマスター』なるものに関する記述など一つもなかった。

 探索者たちの情報網も日々更新されているので、俺が遅れているだけの可能性も残っているが……十中八九ないだろうな。こんな世界を揺るがすような事実が明るみになれば、流石に俺みたいな名誉F級探索者の耳にも届く。

 それよりも、今一番気にすべきことは……。


「これだよなぁ」


 目の前に表示されるメニュー画面には、残り1890DPという文字が浮かんでいた。

 今のままだと丸一日と七時間半程度で俺は死んでしまうことになる。存在ごと消えてしまったZ氏のように。

 なんだかやけに計算が早くなっている気がするが、D氏の記憶の影響だろうか。まあいいか。


 Z氏の記憶とダンジョンマスターとしての能力は無事に俺に引き継がれたらしい。

 能力はともかく、この記憶というやつが少々厄介で、Z氏の体験やら経験やらを何もかも鮮明に覚えているわけではない。

 例えるなら……ガキの頃の思い出に近いな。何かのきっかけがあったら思い出せるし、ふとした瞬間に頭に浮かんだりもする。Z氏の記憶は、神様とやらからこちらの世界に送られる前後ははっきりとしているが、日本にいた頃の思い出なんかはかなり曖昧だ。そのくせラノベやらゲームやらの知識はしっかり頭に残っているのは謎だが……。


 ちなみに、俺が触れたZ氏のコアは跡形もなく消えてしまった。あれは人間で言うところの心臓そのものらしく、今は俺の胸の中にあるようだ。

 普通に心音もしているので、今俺の胸部がどうなっているのかは不明。開いてみるわけにもいかないしな。


 ……とりあえずそこらへんは置いておこう。

 大事なのはダンジョンマスターとしての力についてだ。Z氏に対する恨み節もそこそこに、まずは生き残るために何ができるかを考える。なっちまったもんは仕方がない。そういう割り切りは昔から得意だった。

 幸いと言っていいのか、熟考する程度の時間は残されている。


(メニューオープン)


 そう心で呟き、一定時間が経過して消えてしまったメニュー画面を再度表示する。

 メニュー画面に表示されているのは残りDPと各種スキルの項目だ。一つの項目に意識を集中すると、より詳細な画面に切り変わり、さらに集中するとスキル詳細がわかる。

 ここらへんはZ氏が嗜んでいたテレビゲームと操作感が近いおかげでスムーズだな。


 ダンジョンマスターとしての権能は大きく分けて二つ。ダンジョンスキルと固有スキルだ。そのうち固有スキルの方はグレーアウトしていて使えない。Z氏の『他力本願』がすでに役目を終え、その効果でマスターになった俺にはそんな特典はないということだろう。


 ダンジョンスキルの方はさらに五つに分かれており、そのどれもが大なり小なりDPを消費することで使用できる。


 まず一つが『増築』。その名の通り、ダンジョンの階層を増やすスキルだな。初めの方は安いが、20層を超えたあたりから加速度的にコストが跳ね上がるようだ。試しに30層まで増やそうとしてみると、赤い文字――おそらくコストオーバーという意味だろう――で8億DPと表示された。

 ……これについては一旦スルーで。自称神は100層まで作ったら何でも願いを叶えると言っていたが、生憎と俺にはそこまでして叶えたいような願いなどない。


 次が『地形操作』。これはダンジョン内の地形を自由に操作できるスキルのようだった。壁に穴を空けたり、道を広くしたり、はたまた迷路のような凝った造りにしてみたり。これは1000DPでワンフロアを自由に改装でき、『増築』と比べるとかなり良心的だった。『隠し部屋作成』などの一風変わった部屋作りもこのカテゴリだ。

 あとは追加でDPを支払うと森のような階層にできたり、天井を空のような見た目に変更できる。……もうなんでもありだな。

 ちなみに対象階層に生物がいると『地形操作』は使用できない。ただこれは後述するが、ほとんど人間に限定した話なので問題ない。


 続いて『アイテム生成』。装備品やポーション類、スキルオーブなど、アイテム一覧の中から自由に生み出せるらしい……が、それはD氏の記憶――ダンジョンマスターの基礎知識として知っているだけで、メニューに表示されているのは食料品と日用品の類だけだ。

 保有DPによってラインナップが増えていくのか、他に特殊な条件が必要なのかは不明だ。


 四つ目は『モンスター召喚』。アイテム生成と勝手は同じで、こっちはモンスター一覧の中から選ぶようだ。『アイテム生成』と同じく、今持っているDP以上のモンスターは表示されていない。

 表示されている中で最安のゴブリンでも消費DPは100だ。これは……『地形操作』とかと比べるとやたら高い気がするが気のせいか……? 階層を丸ごと自由に作り変えるのとゴブリン十体が同額とは、少々バランスが悪い気がする。まあ今はいいか。


 最後が『配置』だ。生成したアイテムや召喚したモンスターをダンジョン内に自由に配置できる。これで宝物や階層ボスをダンジョン内のそれっぽい場所に置くんだろうな。『地形操作』の問題は、この『配置』によってモンスターを一時的に別階層に移動すれば解決できる。


 こんな感じで、他のダンジョンマスターたちは、ダンジョンスキルを駆使して各々のダンジョンを作り上げたんだろうな。と納得したところで、


「…………あれ?」


 ふと、小さな疑問が脳裏を掠めたが、自分でも何を疑問に思ったか分からなかったので頭の隅に追いやった。


 ダンジョンスキルをどうするか考える前に、一つだけ試さなくちゃいけないことがあった。……というか、これができないと普通に詰むので、現実逃避してスキルについてあれこれ考えていたというのが本音だ。


 俺は隠し部屋から出て、洞穴の入り口まで戻った。


 緊張の一瞬だ。これによって俺の命運が決まると言ってもいい。

 意を決してダンジョンの外に一歩を踏み出し……。


「出ら……れたな。普通に」


 拍子抜けするほど簡単に、無事ダンジョンの外に出ることができた。Z氏の時にはあったはずの透明の壁に触れることはなかった。

 俺が普通のダンジョンマスターとは違う存在なのか、それとも何か別の理由があるのか、詳しくはわからないが、とりあえず最初の関門はクリアだ。


 あとは刻一刻と減っていくDPをどうするかだな。外出不可のルールは適用されなかったから、実はDPがなくなっても死なないんじゃないかという疑惑もあるが、生憎とそこまで楽観的にはなれない。……というか、DPがなくなったら絶対に死ぬという謎の確信があった。


「確か、ダンジョン外のものを吸収するとDPになるんだよな」


 それなら、うってつけのものが近くにある。

 少し歩くと、昨日討伐したゴブリンは野生動物にも食い荒らされず、そのままになっていた。

 一度あげた餌を取り上げるのは申し訳ないが、背に腹は代えられない。


 俺は状態の良さそうな一体だけを洞穴に持ち帰り、ダンジョンの地面に置いて"取り込む"と強くイメージした。

 するとゴブリンの死体は、滴っていた青い血ごと光の粒子になってダンジョンに吸収された。


「おお、どれどれ…………意外と高い……のか? 野生ゴブリン」


 ゴブリンを吸収して増えたのは200DP。相場が分からないので何とも言えないが、今のDP残高を考えると決して無視できない数字だった。

 ダンジョンと森を往復して残りのゴブリン十一体を取り込むと、残りDPはちょうど4000になっていた。これで三日ほどは生き延びれる計算だ。


 改めて『アイテム生成』を確認してみると、ラインナップがいくつか増えている。やっぱり保有DPによって解放される、で正解らしい。自然消費で4000を切っても4000DPのアイテムは表示されたままなので、一度表示されたら消えないようだ。


 あとは、ものは試しとばかりにそこらへんの石ころも吸収してみたが、DPは1も増えなかった。もっと大量に入れれば違うのかもしれないが、少なくとも今は試す気になれないな。


「一安心……とはいかないが、ちょっとだけ猶予は延びたな……」


 時刻は日付が変わる少し前といったところだが、状況が状況なので目は冴えている。

 しかし、改めて落ち着いて考えると、いくつか疑問が浮かんでくるな。


 まず最初に気になったのは、ダンジョンマスターの力を引き継いだ直後に1890DPも所持していた理由だ。

 マスター不在の間にもDP回収機能は正常に働いていたと仮定しても、近くにあるのは辺鄙な村くらいなのに、なぜこんなに高い数値だったんだろう。

 ギルドにゴブリン退治を依頼するくらいだし、村に実力者なんていないだろうからな。


 俺がダンジョン内で野宿したからか?

 ……いや、ゴブリンの死体の状態を考えるに、俺が洞穴に入ってから目を覚ますまで、ほとんど時間は経過していなかった。

『モンスターとそこそこ戦える生き物が中で一時間でも過ごせば2000DPくらいになる』という神の言葉を思い出す。普通に考えれば、ダンジョン1階層で挫折した俺ではまともな収入にはならないだろ。

 ということは、この洞穴には他の誰かが長期間寝泊まりしたことがあるか、野生動物の寝床になったりしていたんだろうな。


 これって履歴とか見れないのか? とDPの欄を集中して見ると、今まで獲得したDPが一覧として表示された。非常に便利だ。

 一番上の欄は先ほど吸収したゴブリン。一番下はD氏が初期に与えられた58DP。スクロールするまでもなく1ページで完結する内容だ。


 Z氏の58DPが自然消費で55DPになり、55DPが『隠し部屋作成(低)』の使用で5DPになり、あとはまた自然消費で0。ここまでが約二百年前の出来事。……ダンジョンが世界で初めて発見された時期と一致するな。


 そして、次の収支履歴の更新が今日で……今日?


『十月十四日 個体名ノイドが五十六分滞在 +1892DP』


 履歴にはそのようなことが書かれていた。この世界の暦は三十日×十二ヶ月の計三百六十日。十月は古い言い方で暁の月と言ったりするが……使われなくなって久しいのでどうでもいいか。

 どうやら予想は外れ、俺が滞在したことでかなりのDPが入っていたらしい。2DP消費していたのは自然消費の分だな。


「ん~……わからん」


 そこでふと、自分自身のステータスが確認できるというD氏のダンジョン知識が頭をよぎる。

 鑑定スキルは一部の者しかもっていない超レアスキルだが、ダンジョンマスターは自分と自分のモンスターに対して疑似的な鑑定を行うことができる。……らしい。


 よし。


(……ステータスオープン)


 Z氏の記憶の影響か、若干の気恥ずかしさを感じながら心の中で唱えると、俺自身の情報を表す、メニュー画面と同様のホログラムが表示された。



名前:ノイド

種族:人間(ダンジョンマスター)

所持スキル:なし

称号:迷宮管理者Z

特殊称号:レア初討伐(ゴブリン)

     ビギナーズラック


MP:32

STR:82

VIT:103

DEX:70

AGI:79

INT:15



 どうやら、ダンジョンマスターのステータスオープンは、生き物に使っても名前・種族・所持スキルくらいしかわからない鑑定スキルとはかなり勝手が違っているらしい。

 MPだのSTRだのは、たぶんZ氏のハマっていたRPGゲームとほぼ同じ意味だな。MPが魔力、STRが力、VIT体力、DEXが器用さ、AGIが敏捷性、INTが知力といった感じだ。知力が低いのは魔法攻撃力的な意味で、決して馬鹿なわけじゃないと信じたい。

 それとこの手の数値で王道のHPがないのは、生命力は単純な数値で測れないという意味だろうか? まあHPが0になった瞬間に死ぬとか、冷静に考えると意味がわからないからな。

 あとは種族が人間(ダンジョンマスター)になっていることと、称号の迷宮管理者Zは別にいいだろう。実際のところよくはないが、意味はなんとなく理解できる。


 いまいち飲み込めないのは特殊称号という欄だった。称号と何か違うのか?


 その部分だけを集中してみてみると、例によって詳細な情報が表示された。

 そこには……。



・特殊称号

特殊条件達成で得られる称号。所持しているだけで様々な効果がある。


・レア討伐(ゴブリン)

レア個体モンスター(ゴブリン)を討伐した証。VIT値に補正がかかる(効果小)。


・ビギナーズラック

合計モンスター討伐数が0体の状態でレア個体モンスター討伐した証。戦闘スキルの効果に補正がかかる(効果中)。



 …………。


 ……なんじゃこりゃ?

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