子猫の懸念
翌日、俺とディアは予定通りダンジョンを訪れていた。ダンジョンの入口に着くまでに何度か話しかけられたが、俺がテイマーになった噂が広がったのか、一々説明をする必要はなかった。
前々からの顔見知りには、「ずいぶんと遅咲きだな!」と笑われたりもしたが、本当にその通りだと思う。普通、この歳まで全く芽が出なければ、探索者を諦めるだろうからな。
……ちなみにギルドに立ち寄った際、エミリさんとディアに間にひと悶着あったがそれは割愛する。ディアがエミリさんをより警戒することになったとだけ言っておこう。
さて、都合五度目となるダンジョンアタックだが、前回までの不安混じりの緊張感はない。浅層では問題なく戦えることが分かったからな。
俺の剣とディアの魔法で、一体どこまで潜ることができるのか。本音を言うと結構ワクワクしている自分がいた。
「それじゃあ、行くぞ」
「あいあいさー。大船に乗ったつもりでどうぞ」
口笛でも吹きそうな調子で応えるディア。普段ならイラっとするところだが、この場に至っては頼もしいのが逆に腹立たしい。……結局イラっとしてるな。
階段を降りていき、薄暗いダンジョンの1階層へ。
ここで遭遇するモンスターはゴブリンだけだが、僅かながらレア個体が出現する可能性もあるし、油断は禁物だ。
と、早速前方からゴブリンが三体ほどやってきた。
「ディア。戦闘準――」
「とりゃ!」
と、俺が言うより先にディアは何やら魔法を使用した。
命令より先に先制攻撃とは、めちゃくちゃ好戦的だなこいつ、と思ったが……。
「……これは……あいつら、気付いてないのか?」
「そういう魔法ですからね」
ゴブリンは俺たちのすぐそばまで歩いてきたが、何事もなかったように横を素通りし、曲がり角を曲がって行ってしまった。
どうやら、認識を阻害する魔法らしい。この感覚からして……相手ではなく、自分たちに作用しているようだ。
「ゴブリンは実入りが少ないので、わざわざ戦う必要もないでしょう」
「……まあ、そうだが」
ダンジョンに入る前に教えてくれ。……いや、このドヤ顔を見るに、俺を驚かせるためにわざと黙ってたな。一発小突いておいた方がいいだろうか。
「つーか、こんな魔法があるなら、街中でも目立たないようにできたんじゃないのか?」
「一般人には通用するでしょうけど……効果はINT値に依存していますから。今の能力では高位の探索者には通用しないでしょうからね。探索者の方に変に警戒された方がデメリットじゃないですか?」
む、それは確かに。
「この手が使えるのは浅層だけです。消費魔力は軽いとはいえゼロではないので、5階層からは解除しますよ。そのつもりでいてください」
「……了解」
少々想定外ではあるが、無用な戦闘が避けられるならそれに越したことはない。
そのままゴブリンを横切りながら1階層を最短ルートで移動する。すると、約三十分後には2階層の階段に着いてしまった。前回の半分以下の時間だな。
「サクサク行きましょ~」
続いて、2、3、4階層と一度も戦わずに通り抜けた。前回オークと戦った5階層に到着するまで、二時間と経っていない。
浅層は直線距離でいえば広くないとはいえ、驚異的な進行速度だ。周囲をほとんど警戒せず、普段と変わらない歩幅で進むと、こんなに違ってくるのか……。
途中で駆け出しらしきE級探索者パーティとも遭遇したが、こちらに気付いた様子はなかった。実力が離れていると人間相手でも通用するみたいだな。
「ふふん。褒めてくれてもいいんですよ?」
と、見慣れたドヤ顔を披露してくるディア。頭を突き出しているのは撫でろって意味か? ……それに乗るのは癪なため、焼かつおの猫用おやつを生成して口に放り込んでおいた。
「んおっ!? ……これは、猫缶とは違いますがいいものですな~」
……まあ、満足しているようなのでいいだろう。
しかし、ここから先は強いモンスターも現れ始める。そろそろ気を引き締めないとな。
一応釘を刺しておこうと考えた時、ディアの耳がピクンと動いて、真剣な表情に切り替わった。
「…………来ます」
果たして、曲がり角の向こうから現れたのは……一体のオークだった。
見た目はレア個体と変わらないが、前回感じていた不可視の威圧感のようなものを全く感じない。直観だが、たぶんこいつは通常個体のオークなんだろう。
「ブモオオオォ!」
こちらに気付き、愚直に突進してくるオーク。
「――行くぞ! 援護してくれ!」
「がってん!」
ディアは首肯し、街道でハウンドドッグに使ったものに似た魔法を発動する。目くらましのような効果なのだろう。オークの顔の周りに黒い霧が纏わりつき、オークの動きが目に見えて遅くなった。
「ブッ、モオォ!」
手に持っていた棍棒を振り下ろしてきたので、小さく横跳びで躱す。
ディアの魔法の効果か、それだけで俺の姿を見失ってしまったらしく、無防備に晒された首元に剣を一閃した。
「しっ!」
「ブッ――!?」
首を両断されたオークが光の粒子となって消える。
……なるほど、今までずっとソロでやってきたが、支援役がいるとかなり戦いやすいな。
一瞬の油断すら命取りになる戦いにおいて、行動阻害ってのはかなり強力だ。
オークが消えたあとに残ったのは、前回見た豚バラブロック――よりも一回り小さく見える肉の塊だった。
オーク肉は味が良いので持ち帰れば高価で売れるが、保存方法が難しく、普通は手に入れても探索中に食べてしまうことが多いらしい。……日帰りとなると浅層までが限界だからな。氷魔法を使える魔法使いか、仕舞った物の時間が止まる『収納』のスキルを持ったメンバーがいないと厳しい。
と、俺がそんなことを考えている間に、ディアも何やら考え事をしていたようで、顎に手を当てながら小さく唸っていた。
「う~ん……」
「どうした?」
「いや、え~と……」
ディアが珍しく言い淀んでいる。
「オークって、そもそもこの階層ではあまり出てこないんですよね?」
「そう言われてるな」
オークは基本的に、『彷徨いの迷宮』では10階層以降に現れるモンスターだ。モンスターが自分から階段で昇ったという目撃報告はないので、9階層以下で見かける時は各階層でスポーンしていると推測される。
ダンジョンマスターが手動で生み出しているのか、俺の知らない『モンスター召喚』の仕様で何かランダム性を出しているのか、実際のところは分からない。そういうのはディアの方が詳しいだろうしな。
「オークがどうかしたのか?」
「え~と……主さまって、最初にダンジョンに入って、レア個体のゴブリンと三回連続で遭遇したんですよね?」
ディアに話した覚えはないが、召喚された時に得た情報なのだろう。
俺は「そうだな」と首肯した。
「……で、五年ぶりのダンジョンアタックでは、5階層に入った途端、遭遇確率の低いヘルハウンド、さらにはレア個体のオークに遭遇」
「…………」
「そして、今回も5階層に入って一発目でオークに遭遇しました」
「……俺のリアルラックが低いって話か?」
そう訊くと、ディアは呆れたように首を横に振った。
「そうではなく……何か、意図的なものを感じませんか?」
「――――」
……たしかに、言われてみればそうだな。
そして、俺が強敵とばかり遭遇するのが、何者かの意図によるものだとして……その何者かとは一体誰なのか。
「それは……」
それは、ダンジョンのモンスターを自由に操れる存在――ダンジョンマスターしかいないだろう。
「俺の正体に気付いて、俺を殺すためにモンスターを嗾けてる……とか?」
俺は『ダンジョンマスターの命を狙うダンジョンマスターがいる』という前提で、殺されないために立ち回っている。『彷徨いの迷宮』に挑戦したのは、ここのダンジョンマスターがその犯人じゃないと信じ、決して小さくないリスクを飲んだだけだ。
だがもし、このダンジョンが"ハズレ"だったとしたら……。
「……いえ、それでは主さまが普通の人間だった頃に、レア個体のゴブリンと連続遭遇した理由が説明できません。それに、その気になればオークなどではなく、もっと強力なモンスターを使うはずです」
……う~む。そりゃそうか。
「……それで、結局何が言いたいんだ?」
「すべては仮定で、憶測の域を出ませんが……今は、今後も階層の難易度に見合わない、強力なモンスターが現れるかもしれない、とだけ」
「不安を煽るなよ……」
「主さまが死んだら私もお陀仏ですからね。危険はあらかじめ伝えておかないと」
認識阻害の魔法のことは黙ってたけどな。
けどまあ、本当に大事なことはちゃんと報告してくれるってことだろう。
「とりあえず、わかった。気をつける」
「そうしましょう。……まあ、気をつけたところで、どうにかなるわけじゃないですが」
ディアはなおも思案深げだったが、やがて気持ちを切り替えたのか「あと、主さまのリアルラックは高いですよ。なんたって私と出会えたんですから」とドヤ顔で言ってきた。
場の空気を変えるためと分かっていたので、俺も「はいはい」と適当に合わせて5階層の探索を続けるのだった。




