知っていた事、知らない事
流れていく景色が緩やかになった所で、『もう大丈夫』という合図代わりに身体を起こし、ファウスティナ嬢の腰へ回していた腕の力を緩める。身体を離す事で視線が合うと、ファウスティナ嬢は目を細めて笑ってくれた。
「楽しかった?」
「えぇ、とっても!……って、ご、ごめんなさい!わたくし、酷い言葉遣いでしたわよね!?」
あ、自覚はあったのか。貴族の令嬢らしくはないのかもしれないけど、女の子らしい快活さだったし、酷い訳ではないと思うけど。
「そんな事ないよー?それに、ファウスティナ嬢だって、俺の言葉遣いを許してくれてるじゃない。おあいこよ、おあいこ。」
「…ありがとう。」
「それにほら、俺の方がよっぽど酷いと言うか、妙な言葉遣いじゃない?」
初対面でうっかりボロを出すと、結構な率でオネェに疑われますが何か。それを自然に受け入れてくれたんだから、ファウスティナ嬢の懐、深すぎるでしょ。
「妙、とまでは思わないけど…優しい口調よね。雰囲気がとても柔らかくて、私は好きだわ。」
「やだ、ありがとう。俺も、元気で明るい話し方のファウスティナ嬢、好きよ?」
「ど、どうも……」
……何で空の上で告白紛いの事をし合ってるんだろうね、俺達。その滑稽さに、堪らず二人で笑ってしまう。
「…うちは俺が産まれて割とすぐに母さんが死んじゃって。一応貴族の癖にびっくりするくらい口が悪い親父と兄貴の喋り方を真似してたら、メイドさん達にめっちゃ泣かれてさぁ……それにほら、俺、こんな図体じゃない?子供の頃から周りより飛び抜けてデカかった所為か、同い年なのに怖くて泣かれる事が多かったのよ。それで、何か良い方法ないかなーって子供ながらに考えたのが、」
「メイド達の話し方を真似したのね?」
「そうそう。三つ子の魂百までって言うの?意識してればある程度は正せるんだけど……こればかりは治んないのよねー。」
「ふふ、そんな可愛らしい理由があったのね。でも背が高いと威圧的に感じられてしまうのは、私にも覚えがありすぎて…」
なるほど、俺達は似た者同士な訳だ。波長が合って、飾らない事がこんなに楽に感じるのはそれもあるんだろうな。
「……そうだ。ファウスティナ嬢には言っておこうと思った事があるんだった。」
「?何かしら?」
「嫌なことを思い出させるかもだけど……シャノン嬢の連れていた竜。あの子はね、俺からすれば、黄竜なんかじゃない。」
感じ取れたのは、火竜であれば当たり前だろうと言える程度の魔力。鱗の色だって、黄金と言うには少し厳しいだろう。光の加減と言ったところで無理がある。
『千年に一度、世界に降り立つ』という伝説を、『竜の祝福』として顕現すると捉えるのが一般的なようだけれど、ゼレノイ家に伝わる伝承は少し違う。黄竜とは、不老不死の存在であり、唯一無二だ。何を以て『千年に一度』とされるのかは定かじゃないが、黄竜が降り立つのは世界に『異変』が現れた時だろうとゼレノイ家は考えている。『竜の祝福』なんかで、顕れる訳がない。
そんな俺の見解を、ファウスティナ嬢は真剣に聞いてくれている。
「あの子はただの、突然変異…色素が薄いだけの火竜だと俺は判断したし、親父と兄貴にもそう伝えるつもり。」
「……確かに、ラヴレンチ様はあの子の名前を知ってからは、敬称を付ける事もなく名前で呼んでらしたものね。」
あぁ、そこにも気付いてくれていたのか。彼女の観察眼には恐れ入る。そして、話の本題がここではない事にも気付いているようで、彼が『黄竜』ではない事での周囲、引いては国への影響を問われた。流石、政治の中枢を担う公爵家のご令嬢。臣下の鑑だ。こんな彼女を手放すなんて、王子サマってば、見る目がなさすぎるね。
「あの子…レイ自身が納得出来るのであれば、文字通りの黄色い竜ではある訳だし、言い方は悪いけど政治的利用って言うのかな…伝説の黄竜の『分け身』、『象徴』として祭り上げるのが堅実的で、無難な所かしら。王子サマはちょっと盲目的すぎたから、俺もあの場での言及は避けたし…あの人に真実を伝えるのは、しっかり時期を見定めるべきだと思う。その辺は、多分うちの親父が陛下に上手く伝えると思うけど。」
「そう、ですか…」
「それでね、ファウスティナ嬢。君は、どうしたい?」
「?どう、とは?」
さっきも言った通り、レイはきっと黄竜ではない。王子サマがファウスティナ嬢との婚約を破棄した決め手が黄竜の存在であるならば、その理由は根本から崩れる事になる。シャノン嬢への嫌がらせに関しては、ファウスティナ嬢は全くの冤罪だと俺は知っているし、それも親父から陛下に伝えてもらう事だって出来る。
復縁や復学に至るかまでは分からないけれど、少なくとも爵位剥奪の件は撤回してもらえる可能性はあるんじゃないかと俺は思ってる。
「──…だから、君が望むのであれば、俺は出来る限り協力したいんだけれど。」
「…………」
一気に話を進めすぎただろうか。思案顔のファウスティナ嬢を見てそう思い、答えは今日じゃなくても大丈夫だと続けたのだが、それを彼女は首を横に振る事で否定した。
「……ラヴレンチ様。私ね、今日、自分の婚約が破棄される事を知っていたの。爵位を剥奪される事も。」
ああ、やっぱりそうだったのか。いくら何でも、ファウスティナ嬢とオフェーリアさん達は落ち着きすぎていたものね。取り繕うに過ぎない動揺なら、どこかで必ずボロが出るものだけれど、そんな欠片はどこにもありそうになかった。驚きはしない。
「…それは、予言か何か?」
「そうね、似たようなものかしら。でも、私が『知っていた』のは『あの会場を出る』までの『私』。そこから先…こうして、ラヴレンチ様に素敵な経験をさせてもらえる事までは知らなかったわ。これからの生活の事も、勿論何も知らない───」
王子サマは『残り少ない公爵生活を』と言っていたから、まず間違いなく彼女が屋敷を出る事を強制してくるだろう。リンデンベルガー夫妻は揃って人格者であると聞いているし、従者の質の良さは明らか。やっぱり、爵位剥奪だけでも撤回してもらって、これまで通りの生活を続けられた方が、ファウスティナ嬢は幸せなんじゃないだろうか。
「…でもね、ラヴレンチ様。私は自分が平民になる事を知っていたから、一人でも生活出来るように練習だってしてきたし…オフェーリアは、私に付いて来てくれるとまで言ってくれて。不便は、確かにあるのでしょうけど、生活がそこまで大きく変わるとは思わないの。オフェーリアは姉のような存在と思っているから、二人で暮らす事は、正直楽しみでもあるわ。」
ファウスティナ嬢のお父上も、この未来を知らされていたから、資金援助は勿論の事、彼女に付いてくれるならオフェーリアさんにも給金を出し続けると言っているらしい。それなら確かに、生活面での不安は軽減されるだろうけども。
「そこまで分かっていながら、回避する事は出来なかったのかな?」
「そうね…勿論、私も考えなかった訳じゃないけれど。例えるなら、私が知っていたのは『他人』の運命。『私』はその物語の登場人物の一人に過ぎなくて…私の行動は、何一つその物語に影響しなかった。」
断言したと言う事は、既に実証済みって訳か。作中に描かれていない間の登場人物がどこで何をしていたところで、物語は筋書き通り…言われてしまえば当たり前の事だけど、何だか釈然としないなぁ。
「『物語』の主人公に関しては、まだ少しだけ未来を知っているけれど、そこに『私』の名は出て来ない。王族の裁定が簡単に覆ってしまうのも問題だと思いますし…少なくともそこまでは、私に爵位が戻る事はないのでしょう。」
「そっか……でもさ、やっぱり、何もしないよりはマシだよ。物語に影響がないから名前が出て来ないだけで、君に爵位が戻されるって可能性もゼロではないでしょ?」
爵位を取り戻す事で、その『主人公』とやらにどうしても関わらなければならないと言うのなら、ファウスティナ嬢の言う通りかもしれないけれど。関わらなくて済む、関わるつもりがないのなら、もうその時点でファウスティナ嬢は彼女の知る運命から外れているはずだ。舞台から降りた役者は、観客と何も変わらない。
「…ラヴレンチ様、天才では?」
目から鱗と言った様子のファウスティナ嬢。君自身が気付いてもおかしくない事だと思うけど、これまでに散々、俺には想像も付かないような苦悩と葛藤があっただろうから、仕方のない事なんだろう。当事者と部外者ではきっと、見えるものが違うから…
「天才ではない、なぁ。」
これだけは否定しておかないとね。




