『竜』の魔法
ファウスティナ嬢のノリの良さに兄貴もどこか上機嫌で、「それじゃ解説を始めるぞー」なんて言っている。意外と教職に向いているのでは?と思ってしまう辺りがブラコンなんだろうなぁ、俺。
ファウスティナ嬢は今朝食堂を出た時と同じように、スノウの手を持って上に掲げながら元気良く返事していて……何なのだろうか、この光景は。俺を和ませてどうしたいの?
「ジャルパは今のこの大きさがほぼ最大だ。『ほぼ』の意味は後で説明するとして……いや、『最大』と言うのも語弊があるな。実際の大きさだと考えてくれ。んで、何を以て『実際』とするかの鍵が、ジャルパの『祝福』を受けた俺になる。」
「ヴラディスラフ様が?でも人は魔法を使えませんよね?」
「そうだな。俺は、魔法は使えない。」
おぉ。ほんと、ファウスティナ嬢は良いところを突いてくるなぁ。これも、当たらずとも遠からずだ。
「これはどの竜、どのパートナーにも言える事なんだが…『祝福』っつーのは言い換えれば竜との『契約』だ。正しくは、竜がエーテル体となる為には『形』という概念が必要で、その概念を預かるという『契約』がパートナーとの間で成立して起こるのが、『竜の祝福』っつー現象。魔法で送り届けられると言われるのは、パートナーが出来て、そこで初めてエーテル体を持つ事になるからだな。」
「それはまた…世間の認識と、ゼレノイ家の教えはやはり細部が異なるのですね。興味深いですわ……」
思わぬところでオフェーリアさんの琴線に触れている……侍女とは言え、かなり教養が高そうなのよね、彼女。ロルフさんも、随分と自分を過小評価していたけれど、御者と護衛を兼任させられるだけの判断力はあると、信頼されてるって事でしょ?
リンデンベルガー家がそういう人材を雇っているのか、使用人にそういう教育をしているのか……って、他人様のお家事情を探るのは良くないわね。やめやめ。
「えぇと…つまり、ヴラディスラフ様がジャルパの『形』を預かっているから、ジャルパはエーテル体を解いても、元の姿へとマナを結合させる魔法が使えるという事ですわよね?でもその理屈ですと、実際の大きさに戻るのでは?」
「そうだな。ジャルパの魔法はそういう魔法だ。そこで関わってくるのがオド───人間の持つ魔力とその容量になる。ジャルパが言うには、俺は容量だけは底無しらしくてな。結合させる際にマナの一部を俺の魔力に引っ付けて預かる事で、大きさが変えられるって訳だ。」
「なるほど、結合するマナの量はそうやって意図的に減らせるのですね!」
合点が行きました!とファウスティナ嬢はスッキリした顔をしているけれども。いやいや、ちょっと待って?
「あの…兄貴はサラリと言うけど、竜のマナを預かるなんて普通は出来ないからね?竜のマナは『高純度』で『高密度』。頭一つ分のマナだって、普通の人間のオドでは無理よ。」
「……はい?」
あ、やっぱ『何言ってんだこいつは』みたいな顔になるよね。現に出来ちゃってる人が目の前に居るもんね。でも、『何言ってんだこいつは』は兄貴の方です。
「極稀に、兄貴のようなオドを持つ人も居るらしいんだけどね。同じ芸当が出来るかどうかは確認出来ないと言うか……」
一般的な大きさの竜であれば、『小さくなってもらおう』なんて考えも浮かばないだろうし、そもそも『影化』という最高位の魔法を扱える竜自体もかなり数が限られる。
『影化』の魔法を使える、巨大竜のパートナーが、底無しの魔力容量であるという、奇跡の三拍子が兄貴なのです!レア中のレア!あまりにもレアすぎて、俺は一時期、黄竜に会える確率とどちらが高いのか、本気で考えてたもんね…!
───と言うような、俺の必死の説得あってか、ファウスティナ嬢の兄貴を見る目が段々、俺と同じ『何言ってんだこいつは』に。
「因みに竜との意思疎通は本来、実際に触れてないと出来ないものなんだけど、ほんの少しのマナを兄貴の中に預けておく事で、離れていても干渉が出来ちゃうらしくて。だからこうして離れて指示しなきゃいけない時は、『ほぼ』最大の大きさにするみたいよ。」
「まぁ、ほんとに微々たるもんしか預かってないから、ジャルパに返しても数cm程度しか変わらんと思うが。」
先程の、ジャルパの大きさが『ほぼ』最大だと言った理由を止めに、ファウスティナ嬢は諦観の境地に達したようだった。
「ヴラディスラフ様は世界ビックリ人間コンテスト優勝どころか、殿堂入りのお方だったんですね……」
いや、君も何言ってんの、ファウスティナ嬢。目が遠いよ、戻って来て!気持ちは分かるけど!ほら、スノウも心配そうに見てるから!!
スノウの不安げな視線に気付いたファウスティナ嬢は、「大丈夫よ」と安心させるように微笑みかけながら、その頭を撫でて……そこでまた、新たな疑問が浮かんだらしい。
「10m級の巨大竜が世界に数頭しか居ないと言うのは、一般常識として知っていましたが…『影化』の魔法を使える竜は、どのくらい居るものなんでしょうか?スノウも使えたりするのかしら…?」
「うーん…数に関しては、巨大竜の数も含めて曖昧なんだけど……」
どちらもゼレノイ家が把握している数と、実数は異なるだろう。最高位の魔法の使い手は巨大竜よりは多いだろうが、『影化』に限ると何とも言えない。パートナーを亡くす事は、竜にとっては還る『形』を失う事にもなるので、パートナーの存命中には使えていた竜を数えるか否かでも違ってくる。
ゼレノイ家で預かっている以外の竜の力量なんて、知る由もないしなぁ。スノウがどの程度の魔法を使えるかは、ファウスティナ嬢じゃないと分からない事でもあるし……何て答えたら良いか俺には分かりかねるので、兄貴助けてーと視線を送る。
「取り敢えず、俺が把握している数での話でイイか?」
俺の視線を受けて小首を傾げながらも早速、該当する竜を指折り数えていく兄貴。すぐに俺の知る限りの数を超えたので、兄貴に訊いて正解だったわ。その情報網は少し恐ろしい気もするが。
「巨大竜に関してはうちに二頭、野良で確認されてるのが二頭。ルツフェンの大公と、グラストルのラングフォード辺境伯、ブールバックのボルド子爵ん所で…計七頭。この中で『影化』出来るのはうちの二頭と、ブールバックの一頭。現在竜籍登録されてる中では、クレモデナのフリートハイム辺境伯の嫡男と…あぁ、確かハーヴェイの竜も使ってたな。計五頭か。」
───しれっと、うちの国の第二王子サマのお名前が紛れ込んでいたような気がしますね?触れないけど。触れたくないけど。
「スノウが『影化』出来るかどうかってのは、俺達には何とも言えないな。マナの量と流れを考えると、最高位の魔法を使えるだけの素質はあると思うが……」
「使える要因に決まった法則がある訳ではないのですね。」
よし。ファウスティナ嬢は兄貴の言う『ハーヴェイ』が、まさかの殿下のお名前だとは思わなかったみたいね。このまま触れずに済みそうだわ。
「そう言えば竜って、いつ頃から世間で知られているような魔法を使い始めるものなんでしょう?スノウは……」
「キュ?」
「赤ちゃんだもの、まだ使えないわよね。」
当たり前か、とファウスティナ嬢は笑うけれど、その疑問自体は俺と兄貴にとっては青天の霹靂である。殿下の話題に触れたくない事だけを考えていた俺には、どちらかと言うと寝耳に水。
竜がいつから意図的な魔法を使い始めるかなんて、考えた事もなかったわね…!
「……え、ラヴ、お前いつから『影化』出来てたか記憶あるか?」
「ある訳ないでしょ…俺が言葉を話し始める頃には出来てたって、兄貴が後から教えてくれたんじゃん。」
「だよなぁ…俺も物心付いた頃には『影化』は自然で日常だったもんなぁ……」
恐らく、竜も成長過程で本能以外の魔法を身に付けるのだろうけど、竜と一緒に生まれ育つ俺達には、自分の竜が『魔法を使える事』はあまりにも自然に馴染んでしまっていて、それが『いつから』なのかが全く分からない。『いつから』なんて認識も出来ないうちに、使えてしまうものなのよね。
ファウスティナ嬢が敢えて分けて考えてくれた、本能としての魔法を含めるのであれば、『生まれた時から』で正解なんだろうけど。
周りの大人達から見ての『使い始め』が、必ずしも竜自身の『使い始め』ではない事は分かっていたと言うのに、根本的な所を誰も疑問に思わなかったなんて、どうかしてない?
『当たり前』という認識がこれほど恐ろしいものだったとは……ファウスティナ嬢には気付かされてばかりだわ。
「……うん、こればかりは俺達より、これからスノウの成長を見届けるあんたの方が詳しくなりそうだな!役に立てなくてすまん!」
「え、あの、それは別に構わないんですけど…え?ちょっと待って下さいませ?」
兄貴の潔い開き直り…じゃなかった、謝罪を、ファウスティナ嬢は寛容に受け入れてくれたけど、何やら酷く混乱した様子。そして俺がめちゃくちゃ見られてますね?何でしょう?
「あの、ラヴレンチ様も『祝福持ち』なんですか…?」
───…あぁ。そう言えばさっき、兄貴が掘ってくれた墓穴に飛び込んだ気がします。




