『お楽しみ』解禁
「ラヴ様、こちらを。」
エントランスに着くと、エドガーのじいちゃんが一通の手紙を差し出して来た。ちゃんと剣を抱いた翼竜の紋が押された封蝋で封じられている。
良かった。親父はこちらの仕事もしてくれたようだ。やれば出来る人なんだけどなぁ……どうにも真面目な時と、だらけてる時の比率がね。後者が大きすぎるのが残念なところ。
「変な事書いてなければ良いけど……」
「私も目を通しましたので大丈夫ですよ。」
「そうなの?それなら安心ね。」
親父のこの、息子からの信用の無さよ。それを分かっていて、じいちゃんも目を通したんだろうな。うーん、流石。
大事な手紙だ、落としては困るので胸ポケットではなく、腰のポーチへとしまっておく。礼装だとこうはいかなかったので、軽装を許されて良かった。
一応、婚約の許可を貰いに行く訳だし、礼装で行くべきなのではと心配になったのは、朝起きていざ着替えようとした時だった。我ながら気付くのが遅い。
慌ててメイドさんを呼んで、ファウスティナ嬢に確認してもらい、「普段通りの服装で大丈夫です」との返答を貰った時には心底安心した。
礼装って、着るだけで妙に緊張するのよね。平然と着こなしてる貴族の皆さん、ほんと凄い。いや、俺も貴族なんだけど。
「ラヴレンチ様、お待たせしました。」
奥からパタパタと、スノウを抱えたファウスティナ嬢と、荷物を抱えたオフェーリアさんが小走りで向かってくる。急がなくても大丈夫って言ったのに…本当、公爵令嬢とは思えない謙虚さである。
「あ、髪結んでる。可愛い~。」
「へっ?えぇと、あ、ありがとうございます……」
アリアに乗ってもらう時に俺がお願いした事を、ちゃんと覚えていてくれたのだろう。先程まで下ろされていた髪が、オフェーリアさんとは少し異なる形のシニヨンに綺麗に纏められているのを見て…──また思ったまんまを口に出してしまったらしい。
相変わらずファウスティナ嬢も照れてるんだけど……もしかして、賛辞には慣れていても不意打ちには弱いのだろうか?
「お嬢様は『可愛い』と言われ慣れてないんですよ。」
「オフェーリア!」
不思議に思って首を傾げていたら、オフェーリアさんがそう教えてくれて、ファウスティナ嬢が慌てて止めているが、もうしっかり聞いちゃいました。
言われ慣れてない?え、何で?
「え?可愛いよね?」
「それはもう。」
別に俺の目がおかしい訳ではないはずと、思わずじいちゃんに確認したら即答だ。当然よね。
「しかしそうですなぁ…ファウスティナ様のような容姿ですと、凛とした雰囲気がございますので、『綺麗』や『美しい』と称される事が多いのでしょうか。」
「そうなんですよ。侍女の私が聞き飽きる程度には。ですので、私にとってもラヴレンチ様のお言葉は何だか新鮮ですわ。是非!もっと沢山言ってあげて下さいませ!」
「な、何を言ってるの!オフェーリアったら…!ラヴレンチ様、相手にしてないで行きましょう!?」
顔を真っ赤にしたファウスティナ嬢が、俺の手をグイッと引っ張って、外に出ようと誘導してくる。
あの、思いの外しっかり手を握られてしまっていて、ちょっと照れ臭いんですが……これは握り返したらアウトなやつよね……でも、『離して』なんて、とてもじゃないが言えるはずもない。詰んでる。
屋敷を回り込むような形で敷かれる通路を抜けて、竜舎が並ぶ裏の草原へと進む。視界にはもう兄貴とロルフさんの姿が映るが、ファウスティナ嬢が俺の手を離す気配はない。兄貴にからかわれるかもしれないけど…離すタイミングもなさそうだ。諦めよう。
「ヴラディスラフ様!お待たせしてしまって申し訳ありません!」
「おー、別に………」
気にすんな、とでも続けたかったのであろう言葉は途切れ、兄貴の視線は俺達の手元へ釘付けに。ロルフさんにもしっかり見られている。そこで漸くファウスティナ嬢も、俺の手をしっかり握り込んでいる事に気付いたらしい。
パッと手離されてしまって、少し残念な気持ちも覚えるけど、兄貴にからかわれる事で彼女に恥ずかしい思いをさせるのも可哀想だしな…なんて思ったのに、彼女は恥ずかしがるどころか、逆に顔を青くしている。何でだ……
「もっ、申し訳ありません!殿方を力任せに引っ張って来てしまうなんて…!」
「あぁうん、大丈夫。」
なるほど。ファウスティナ嬢としては、俺の手を握ってしまったと言うよりは、俺を引っ張って来てしまった事の方が衝撃だったのか。
まぁ、どうせなら俺がエスコートするべきところだったかもだけど。ご令嬢としては、それくらいではしたない行動になっちゃうのかしら。うちでそんな貴族の小難しいしきたりやらは、気にする必要なんてないのに。
……流石に、俺があんまり男として意識されてない、って事はないわよね?
「すみません…お嬢様も少し天然な所がありまして……」
「そうなんだろうなぁ。」
ロルフさんと兄貴が昨晩とは逆の会話をしているが、兄貴に謝る理由は何なの……いや、俺に謝られても困るけども。兄貴からすれば俺も天然らしいし?
と言うかお二人さん、なんかめちゃくちゃ仲良くなってません?
あんな言動なのに人の懐にスルッと、いや、ヌルッと?入り込む兄貴、ほんと恐ろしい。
少し遅れて出る形になったオフェーリアさんとエドガーのじいちゃんが追い付いた事で、この話題は自然と終了になる。俺とファウスティナ嬢にとっては大変有り難い事だ。好んで墓穴は掘りたくないもの。
「んじゃまぁ、面子も揃った事だし、出発するか?」
そう言って兄貴が親指で示したのは…───うん、『箱』だよね。巨大な箱。
前に一度だけ見た事はあったんだけど、記憶より完全に箱だったわ。
出入り口部分には、飛行中の落下防止の為だけでしかなさそうな、付け外しの容易な柵しか取り付けられてない。元々馬車をそのまま運ぶ目的で作られたものらしいし、それを考えると合理的な作り…なのかな…?
平らな屋根の四隅には、鉄製のペグが取り付けられていて、それをジャルパが掴んで運んでくれるのだけど。
「あの、想像以上に大きいのですが……ジャルパに負担は掛からないのですか?」
高さこそ、馬車の客車ギリギリではあるが、幅も奥行きもまだそれなりに余裕がある。一般的な竜であれば、それこそ四隅のペグを使って、四頭で運ばなければならない大きさだ。
勿論それも不可能ではないが、相性の良い四頭を選ばなければならないし、連携も意識しなければならない。それが手間と言う訳でもないのだけれど、一頭でこなせる事をわざわざ四頭でやる必要もないだろう。
ファウスティナ嬢の凄い所は、ジャルパが本当にこれを『運べるのか』の心配は既にしておらず、ただ純粋に、ジャルパへの『負担の大きさ』を心配してくれる所だと思う。俺達、ゼレノイ家への信頼は勿論有り難いが、それ以上に、こうして竜達へ敬意を持って接してくれるのが嬉しくて。
兄貴もそう感じているのか、ファウスティナ嬢を見る目が、俺に向けてくれるそれのように、とても優しい。
「ジャルパなら余裕って言ったろ?なぁ、ジャルパ?」
兄貴の呼び掛けに、昨晩と同じようにその足元から銀色のマナが溢れ出す。ただし、その量も溢れ出る速さも昨晩の比ではない。段々と象られていく竜の形、その大きさに、ファウスティナ嬢達は息を呑んだ。
それも無理もない事だろう。昨晩、小振りな竜の姿であったはずの彼は、目の前の『箱』を難なく抱え上げる事の出来る程の大きさで、その姿を現したのだ。
「世界に数頭しか居ない、10m級の竜……うちに居ないとは言ってないぜ?」
悪戯成功!とでも言うように、兄貴はとても良い顔で笑った。




