焼き鳥
次の日、俺は冒険者ギルドには寄らずに、ポイズンスネークの生息地に向かっていた。
俺があれだけのウルフを狩ったのにも関わらず、掲示板にウルフが張り出されていたことを考えると、そこまで簡単に掲示板に張り出されている魔獣が変わるとは思えなかったので、見に行かなくても大丈夫だろうということで、少しでも時間を短縮するために寄らなかったのだ。
ポイズンスネークの生息地は、湿原のようになっており、地面の泥濘に足を滑らせないように気を付けながら歩かなければならない。しかもポイズンスネークは木の上にいる可能性もあるので、上にも注意を向けなければならないので面倒くさかった。
ちなみにこの湿原に生息している魔獣はポイズンスネークだけではない。掲示板はどうやら生息地ごとに区切られているらしく、昨日チラッと見た限りだと、他にも何種類かの魔獣が生息していた。
その中の一匹に早速遭遇する。
「あれは……ヘルフロッグか」
ヘルなどという大層な名前だが、見た目はでかいアマガエルだ。まあそのでかさが何と人の二倍ほどもあるのだが……
ヘルフロッグは俺を見つけると、大きな口を開けながらぴょんぴょん跳ねて迫ってきた。
泥が跳ねまくっており服に着いたら最悪だ。俺はヘルフロッグが跳ねた瞬間を狙って斬りかかり、すれ違いざまに剣で斬りつける。
でかいだけで硬いということもなく、剣がすんなり通った場所から血を噴き出しながらヘルフロッグは絶命した。
「こいつの討伐証明部位ってどこだ?」
掲示板に張り出されているのを見ただけで、詳しい内容を確認しておらず、狩ったはいいもののどの辺を持って帰ればいいのかが分からない。
ウルフなんかは、爪や牙など知らなくても何となく見当がつくが、カエルはこれといって特徴的と言える部分は無い。強いて言えば舌だろうか?
討伐に大した労力は使っていないので、このまま放置していってもいいのだが、勿体ないという気持ちはある。
少しの間ヘルフロッグの死骸の前で悩んでいると、背後から何かの気配を感じた。
殆ど直感的なものだったが、振り返ってみると、そこにはこちらを――いや、ヘルフロッグの死骸を凝視する強大な蛇の姿があった。
「あー、こわ……」
そこまで大きくない蛇だったら俺も地球で見たことがあったが、大きいのとなると動画なんかでしか見たことが無い。画面越しだとそこまで恐怖は伝わってこないが、いざこうして目の前で見ると足が竦んでしまいそうなくらい怖かった。
目算で大体のサイズを測れるような技能は持っていないが、10メートルは確実に超えているだろうというのは分かる。まさしく大蛇という大きさだ。
こいつが今回の目標であるポイズンスネークで間違いない。掲示板で見た姿と全く同じだ。
ポイズンスネークはどうやらヘルフロッグの死骸がお目当てのようで、そちらに注意を向けている。だからといって、下手に動けば俺に向かって毒液を吐いてくるかもしれない。この距離で毒液を回避できるかどうかは微妙なところなので、判断に迷う。フォトンレイでも一発ではやりきれないだろう。あれは威力が高い代わりに攻撃範囲が狭いので、ここまでの巨体を一撃で倒すには不十分だ。
まあ一発でなければいいのだが。
「練習の成果を見せますか。まあ、見てるのはポイズンスネークだけなんだけど……」
俺はフラッシュレイを発動させる。昨日初めて使った時のように手は翳さない。その代わりに、俺の周囲に5つ程の光の玉が出現した。
光が出現したのと同時にポイズンスネークは驚いたように光の玉に向かって毒液を吐く。蛇は目が悪く、熱などで周囲の状況を把握するらしいので反応したのだろう。
当然毒液を吐いたところで光の玉に変化はない。実態は俺の魔力が変質したものに過ぎないので、毒液はすり抜けるだけだ。
光の玉は3秒程経ってポイズンスネークに牙を剥く。光の玉が針のように細くなって飛んでいき、そのままポイズンスネークの体を通りすぎた。
体に穴を作ったポイズンスネークは、少し膠着した後に力なく地面へと吸い込まれていった。
「ふぅ……上手くいったな」
昨日俺はフォトンレイにもう少し多くの使い方が出来ないかと色々と試していた。その結果が今の光の玉だ。
魔法は必ずしも手からしか出せない訳ではなく、自身の近くであればある程度自由な場所から出すことが出来た。さらには複数同時の展開もすることが出来ると分かり、安定して使えるように練習を重ねた結果、それなりに意識を集中させていれば5つまで同時に発動することが出来るようにまでなった。
しかし欠点もある。まずは発動までの時間だが、手からであればほぼタイムラグ無しに使うことが出来るが、空中などからだと敵に飛ばせるようになるまでに3秒程の溜めが必要になるということ。さらには光の玉を出現させた段階で設定した場所にしか飛ばせず、移動などされてしまえば簡単に回避されるという致命的な欠点だ。
今回は的が大きく、かつ相手が動かなかったので全弾当たったが、小さい相手や速い相手などには普通に手から放った方がいいだろう。
なんにせよ勝てて良かった。今はそれだけで十分だ。
俺は次に行くために討伐証明部位の剥ぎ取りに移る。ポイズンスネークの討伐証明部位は牙と舌だ。
舌など何に使うのかと思ったが、ポイズンスネークの舌は伸縮性があるにも関わらず丈夫だということで、弓の弦などに使われるらしい。
舌をなるべく長く剥ぎ取った俺は、剣を腰に戻して立ち上がる。
次はどっちの方向に行こうか迷っていると、不意に俺の立っていた周辺の場所に影が差した。
「雲が日を隠したのか? 森の中だから日が隠れると暗いな――」
そんなことを思って顔を上げたが、頭上に広がっていた光景に思わず声が詰まった。
日を隠したのは雲ではなく、今しがた倒したポイズンスネークと同じくらい大きい鳥だった。しかも蛇と比べて体積の大きい鳥は体感さらに大きく見える。
「何だってんだ……次から次へと……」
鳥はゆっくりと翼を羽ばたかせながら降りてくる。その瞳は、地面に転がるポイズンスネークではなく、今度こそ俺を標的にしたものだった。
黒い色をした鳥は、冒険者ギルドの掲示板には載っていなかった魔獣だ。恐らくは、どこからか飛んできて偶々標的にされたのだろう。何とも運のない。
前提情報がない魔獣とは正直戦いたくなかったが、こうなってしまった以上戦うしかないだろう。逃げようとしても捕まるのは目に見えている。
フォトンレイを使おうと手を翳した瞬間、その鳥はとてつもない速度でこちらに迫ってきた。
だが、発動の速い手からのフォトンレイは俺に辿り着く前に鳥の片翼を貫き地面に叩き落とす。
チャンスだと思い剣を握って走ると、地上に落ちた鳥はすぐに体を起こして羽を羽ばたかせる。飛ぶことは叶わないようだが、大きな翼は片方に穴が開いていようとも強い風を巻き起こした。
「おわぁ!?」
踏ん張ろうと足に力を込めたが、如何せん地形が悪い。泥濘で満足に踏ん張れなかった俺は風で吹き飛ばされた。
背中から地面に落ちてそのまま転がる。上下の感覚が分からなくなりながらも、地面に剣を突き刺して無理やり前を向いた。この辺はレベル上昇によるステータスの向上に助けられた。
鳥は自身で生み出した風を利用して、滑空するように低空で飛んできた。翼で飛べないなりに工夫したようで、魔獣といえどかなり頭が回るようだ。
俺は迎撃するために、自身の周りに光の玉を展開する。発動までに時間が掛かるとはいえ、吹き飛ばされたおかげもあり距離はあった。間に合いはするだろう。
「オラっ!」
溜めが完了しフォトンレイが鳥に向かって飛んでいく。しかし鳥はまるで木々の隙間をすり抜けるように器用に全てのフォトンレイを躱してのけた。光の速さとはいかないがフォトンレイはかなりの速度がある。それを躱すとなると、目が相当いいのか、それとも読んでいたのか……どちらにせよ凄まじい。
「どうすっか、な!」
迫る鳥の爪をギリギリで回避する。ステータス上では何とかなっているので、後はどうにかして攻撃を当てたいところだった。
鳥がどうやって止まるのかと眺めていると、体を真っ直ぐに畳んだ状態から翼を広げて大きく羽ばたき急ブレーキをかけたかと思うと、そのまま自身の真下に風を起こして大きく飛び上がった。
上空高く上がった鳥は、そのまま俺に向かって一直線に急降下してくる。
「ちょ! マジか!」
もう一度光の玉を展開してフォトンレイを放つが、やはり全て避けられてしまう。迎撃に失敗した俺は全力回避を試みたが爪が太もも辺りを軽く削り、鳥が地面に着地した衝撃で抉れた地面が俺の頬を傷つけた。
ルーディスに転生してから初めて傷を負った。頬の傷はまだしも、太ももに負った傷は結構な痛みを伝えてくる。
だが、俺は痛みを忘れる程の感情に包まれていた。
「はぁはぁ……いや、参ったな。結構楽しいぞ」
そう楽しいのだ、戦いが。
バトルジャンキーかと思われてしまうかもしれないが、そういうことではない。俺がルーディスに転生して味わった戦いは、どれもぬるいものだった。
戦闘だけではない。ここに至る数日の日々は、俺の想像していた異世界に比べてあまりにも難易度が低かったのだ。
しかし今は異世界の、戦いの厳しさを実感することが出来ている。心の何処かで物足りないと感じていたのを満たしていく。
それを感じることのできたこの戦いは、どうにも心が躍って仕方がなかった。
「どうした? 来いよクソ鳥。そんなんじゃ俺はお前の腹に収まってやんねーぞ?」
最近は丁寧な口調ばかりだったので、こうして素で話すのは久々な気がした。本来の俺は、それなりに口が汚く、割と適当に喋るのだ。
鳥に俺の言葉など通じる訳がないが、それでも挑発されているのは何となくで悟っているようで、鳥は鋭い目で俺を睨みつけていた。
「ははっ、来ないんならお前は焼き鳥決定だ!」
俺は剣を構えて走り出す。鳥からすれば獲物が走ってくるわけなので、鋭い爪が生えた足を持ち上げて待ち構えていた。
だが俺はそんなことは気にせずに鳥の目の前まで走って行き、力の限り剣を振り下ろした。
ヒーツに驚かれたステータスによる渾身の一撃。それは鳥の足によっていとも簡単に受け止められた。
剣が弾き飛ばされて俺は丸腰になる。その隙を鳥が見逃すわけがなく、鋭いくちばしが俺の頭に迫ってくる。
「言っただろ? お前は焼き鳥決定だって」
その言葉と同時に鳥の足元から5つのフォトンレイが放たれる。
完全に不意を突いたその攻撃は、鳥の体に風穴を開けて、仄かに香ばしい匂いも残した。
フォトンレイは自身の近くからでも放てる。それは何も空中ではなく、地面からでも問題は無い。
接近したのはこのためだ。剣を振る俺に注意を向けさせて、本命であるフォトンレイに気が付かせない。いくら剣が弾き飛ばされたといっても、剣を振る瞬間に発動すれば3秒を間に合わせることは簡単だ。
訳が分からないまま絶命した鳥は、くちばしで攻撃しようとしていたために俺に向かって倒れてくる。勝ちに浸る前にしっかりと一歩下がって回避した。
「って、冷静になると足痛ぇ……今日はここまでだな。しかし強かったなこいつ。焼き鳥焼き鳥言ったが、食えるのか? まあその辺はヒーツに聞いてみるか。全部持って帰んのは無理だから足と肩翼だけ頑張ろ」
流石に10メートルを超える巨体は他の全てを捨てても持って帰ることは出来ない。勿体ないが、足と翼、それから爪とくちばしだけを持って帰ることにする。ギルドに戻って報告すれば、誰かしらが取りにくる可能性もあるので放置でもいいだろう。
俺は足の痛みを我慢しながら剥ぎ取りを済ませて、素材を抱えながら真っ直ぐに街に向かって歩き出す。
今から焼き鳥を食べるのが楽しみで仕方がなかった。
自由な女神「素の口調になったヨゾラ君も素敵だね! 転生してからは気を遣って喋ることが多かったみたいだけど、これを機に元の雑な口調で喋ることが増えるといいね!」