サクラを連れて帝都へ
サクラは大分今の環境に慣れてきたようだ。
基本的にサクラは俺とセラフィの身の回りの世話をしてくれている。と言っても着替えを手伝ってもらったりというようなことではなく、単純にお菓子の用意や茶の用意、部屋の掃除等がメインとなる。
その為常に傍にいるということはなく、それ以外にも色々と仕事をしているようで、時々その様子を見かけるのだが、とても楽しそうに仕事をしていた。
ミヤとも仲が良さそうで、サクラに影響されたのか、ミヤも最近ではあまり緊張せずに話してくれるようになった。
ちなみに料理長なのだが、作ってくれる料理が美味しいのはいいことなのだが、かなり気が弱く、まともに話をするのが難しい。
グレイトベアーという魔獣の獣人で身体は大きいのだが、性格は身体の大きさでは決まらないようだ。
「どうしましたヨゾラ様?」
「ん? ああ、サクラも大分慣れてきたなって思ってさ。こうして俺とセラフィと一緒にババ抜きをするくらいには」
「お誘いいただいたのに断れませんよ」
「嫌だったか?」
「……その聞き方は意地悪です。仕事終わりにこうしてお2人と遊ぶ時間は、私の1日の1番の楽しみですよ」
「それ以外にもサクラとは一緒にいることがあるけどな」
「儂とヨゾラがサクラの耳や尻尾を撫でたくなった時じゃな」
「触り心地が最高だからな」
「は、恥ずかしいです……」
俺達はそれなりの頻度でなんの用も無いのにサクラを呼び出しては耳や尻尾を撫でていた。
何というか、とても撫で心地が良く幸せな気分になるのだ。流石は猫。
地球だったらセクハラで訴えられてもおかしくないのだが、残念ながらここはルーディスで、俺は王だ。
まあサクラが嫌がるなら勿論やらないが、撫でてやると恥ずかしそうにしながら喜んでいるのが隠せていないので、嫌だという訳ではないのだろう。
「真面目な話、サクラのことは従者というよりも家族に近い感覚なんだ。そりゃサクラとの時間は作るし、大切にするさ」
「そうじゃな。サクラのことは対等な関係だと儂は思っておるぞ」
「ヨゾラ様……セラフィ様……」
嬉しそうに笑いながら瞳を潤ませるサクラ。美少女がやると破壊力が半端ない。
「んで、そんなサクラが望むことは極力叶えてやりたいんだ。サクラは自分から何かを望んだりってことが無いからな」
「私は……既に多くの、大きすぎるものをもらっていますから……」
とまあ、このようにサクラは我儘を言ったり、俺に何かを求めてきたりしない。
ただそれだけならば欲が少ないや、真面目という言葉で片付けてしまえるのだが、サクラの場合は何と言うか、そういうのとは違う気がするのだ。
自らの意志で何かを欲しくならないようにする、望みができないようにする。そんな感じで、硬い意志で抑え込んでいるように思う。
この話をした時にサクラが今のような返事をするのは想像出来ていた。なので、俺はそれに対抗すべく、考えてきたことがある。
「サクラ、これは俺の我儘なんだ」
「ヨゾラ様の……ですか?」
「ああ、俺がサクラがしたいことをさせてやりたいし、サクラが欲しい物を与えてやりたいんだ。この我儘が叶わないと俺は夜も眠れず食事も喉を通らなくなってしまうだろう。しまいには発狂するかもしれん」
「ただのアホではないか……」
「うるさい! ババ抜き最弱は静かにしてろ」
「ぬぁ!?」
茶々を入れてきたセラフィの手札からババでは無い方を引き敗者を黙らせる。
「そんな訳でサクラ、なんか我儘をよこせ。これは俺の我儘だ」
「え……えっと……」
サクラは困ったように考え出す。
少し可哀そうだが、これもサクラが今後もっと気軽に俺達に接することが出来るようになる為には必要なことだ。
しばらく考えた後に、サクラは遠慮するように小さく口を開く。
「で、では帝都、という場所に行ってみたいです。それと、ヨゾラ様のご友人にもお会いしてみたいです」
「帝都に行きたいか……なんていうか意外だな」
「帝都はヨゾラ様が最も長く生活した場所なのですよね? その場所を見てみたいのです」
「確かに帝都での生活が一番長かったな。分かった、んじゃ帝都に行こう!」
正確に言えばルーディスで俺が最も長く過ごしたのは、この果ての秘境だ。さらに言えば地球での時間の方がよっぽど長い。
秘境のことは正直今の状況で持ち出してもあまり意味は無いし、地球でのことは話せないので、そうなると帝都での生活が最も長いのは間違いない。
「それじゃあ旅行の準備をしなくちゃな。サクラも持っていくものを纏めとけよ」
「はい! 分かりました」
サクラは嬉しそうに笑う。尻尾もその感情につられるように動いていた。
どうやら、俺の選択肢は間違っていなかったようだ。
――――――――――
数か月後、俺達はようやくグラヴィウス帝都にやってきた。
ノーヴィストからここまで来るのにそれなりの時間が掛かるのはそうなのだが、今の俺は立場上事前に訪れるということを連絡しておかなければいけないのだ。
というのも、行くこと自体に問題は無いのだが、ある日突然街中に一国の王が普通に歩いていたとなれば、周囲は混乱する。
俺としても無駄に騒がれたくは無いので、面倒だがしっかりとした手順を踏まなくてはならない。
地球であれば情報伝達も早かったので楽なのだが、この世界だと書面での通達となり、それを運ぶ魔獣を使って送ることになる。
返事が来るのをしばらく待ち、問題無いという返事がもらえて、ようやく出発することが出来たのだ。
今回、ビャクは連れてきていない。
別に何か問題があるとかそういう訳では無いが、言ってしまえば観光に来ただけで、堅苦しいことがある訳ではないので、留守番を任せた。
一応フロディス達のところに顔を出しに行くつもりだが、公の場でも無いので大丈夫だろう。
馬車が帝都の門を潜ると、サクラはソワソワして落ち着かなそうだ。
周囲の声や音に合わせて耳が少しだけ動いている。サクラ本人にその自覚はなさそうなのが可愛い。
「久々じゃが、あまり変わっておらんな」
「そりゃそうだろ。俺らの国と繋ぐ道の整備なんかもあったんだ、街を大きく変えてる余裕なんてないだろ」
帝都は最後来た時とそれほど変わってはいない。
目新しさは無いが、安心するという意味ではいいことだと思う。
「それじゃあ、行くか」
馬車を止めておく場所まで着いたので、俺達は馬車を下りて身体を解す。
若干視線を感じるが、騒ぎになったりはしない。
フロディスが事前に俺達の訪問を勧告しておいたのだろう。非常に有難い。
「どこからいくか……サクラ、どこか行きたいところとかってあるか?」
「でしたらヨゾラ様とセラフィ様がよく行っていた場所などに行ってみたいですね」
よく行ってた場所か……定期的に行っていた場所となると冒険者ギルドくらいしか思いつかない。
「セラフィ、どっかあるか?」
「学校でよいじゃろう。最も長く居たとなると、儂はあの場所が一番に思いつく」
「あー、それもそうだな」
言われてみればそうだ。寮で生活していたこともあって、あの場所が断トツで長く居た場所だろう。
だが突然訪れても大丈夫だろうか?
少し悩んだが、サクラが望んでいるし、後からどうとでもすればいいと開き直って学校に向かうことにした。
学校に向かいながら、気になった場所には寄ったりと、気楽に歩いて行く。
立ち寄った店の店員が必死に対応しているのを見ていると、なんだか申し訳ない気持ちにもなるが、サクラが楽しそうなので我慢してもらおう。
サクラは、ノーヴィストとは違った雰囲気や売り物を楽しんでいるみたいで、商品を目を輝かせて眺めている。
気になった物があれば買ってあげるつもりだったのだが、サクラはしっかりと給料を貰っているので自分で買うと言う。
これまであまり金を使ってこなかったので、こういう場で金を使うのも楽しみの1つなのだろう。それに関しては俺の我儘で奪う訳にはいかない。
俺はサクラが買い物をしている最中は手を出さずに眺めていた。
「んで、お前は何か欲しいもんとかないのか?」
「儂か? 特にはない。強いて言えば若干腹が減ってきたので食べ物じゃな」
「ブレないな……学校に行った後に飯にするからそれまで我慢しててくれ」
「うむ、美味い物を望む」
「仰せのままに」
セラフィはどこまでもいつも通りだった。
学校に着き、若干だが外観の変わった建物を眺める。
門のところからでは寮までは見えないので、そちらがどうなっているかは分からないが、校舎を改装したのであれば、恐らく寮の方も改装しているはずだ。
変わってはいても、懐かしさはしっかりと感じる。
何だかんだでアノンと共に旅立ってからはここには来ていない。実に2年ぶり程になるだろう。
少しの間じっと眺めていると、門の向こうで知った顔が歩いているのが見えた。
声を掛けようかと思ったが、向こうもこちらに気が付いたようで、慌てた様子で近づいてくる。
「よ、ヨゾラ様にセラフィ様!? どうしてこのような場所に!?」
「そりゃ一応母校だからな。来ることもあるだろ」
「そうじゃな」
「で、ですがおもてなしの用意も何もしておりません……」
「別に要らないよ。それはそうと、久しぶりだなサリー」
顔を引き攣らせながら俺達と話すのは、俺達の入学試験を行った教師のサリーだ。
「変に気を遣わないでくれ。今日来たのはこっちにいるサクラが、俺達の過ごしていた場所を見てみたいと言ったからってだけなんだ」
「サクラと申します。私の我儘で驚かせてしまったようで申し訳ありません、サリーさん」
「い、いえ、取り乱してしまってごめんなさい。よろしくお願いします、サクラさん」
人を安心させるような声で丁寧口調で話すサクラを見て、サリーは落ち着きを取り戻したようだ。
「少し散策するが、問題無いか?」
「はい、それは問題無いのですが……出来る限り生徒を驚かせないように出来ますか?」
「分かった、なるべく気を付けるよ。それと、あまりかしこまらないで昔みたいな感じでいい。別に誰かに見られてる訳でもないしな」
「そう……ですか。相変わらずですねヨゾラさんは……」
そう言って小さく笑うサリーを見て、何だか嬉しい気持ちになる。
サリーと別れて俺達は学校内を散策する。
それなりに敷地が広いので、そこそこ時間は掛かるが、昼飯時までには回れるだろう。
校舎の中を見ている時に何度か生徒に見られてしまったが仕方が無い。少し騒ぎになっていたようだが、そのくらいならばサリーも許してくれるだろう。
「どうだ? サクラ」
「何と言うか……不思議な感覚のする場所です。この場だけ、特別な時間が流れているような、そんな気がします」
「まあ実際、ここだけに関わらず学校はそんな感じだな。学生時代ってのは、人にとっては特別な時期って言えるからな」
「ヨゾラ様とセラフィ様にとってもそうだったのですか?」
「んまぁそうだな。大切な友人も出来たし、期間は1年程だったが、特別な時期だったのは間違いないよ」
「儂にとっては、友人以外のことは特に気にするようなことではなかったという印象じゃな」
むしろセラフィにとっては煩わしかったことの方が多かったんじゃないだろうか?
何せ男子生徒から声を掛けられる回数が尋常では無かった。他者にあまり興味の無いセラフィにとっては、ただただ鬱陶しかっただけだろう。
「そのうちノーヴィストにも学校を作る予定なんだが、もし気になるならサクラも通ってみるか?」
「そうですね……いえ、やめておきます」
「それはどうして?」
「ヨゾラ様とセラフィ様の傍にいる時間が、私にとっては1番特別な時間だからです」
「そっか……なら今後も頼むよ」
「はい! お任せください!」
サクラがそう思ってくれているのは本当に嬉しかった。
おもわずにやけそうになる口元を抑えながら、俺はもっとサクラが楽しめるように、気合を入れて学校内を案内した。
自由な女神「何だかんだで帝都に来たのは久しぶりなんだね。まあ気軽に来れないなら仕方ないかもだけど」




