フラワーキャット
猫の魔獣を抱えた俺達は大急ぎで秘境から出た。
戦装を纏い精霊魔法まで発動させての大疾走で、目の前に出てくる魔獣を薙ぎ倒しながら進むのは中々に体力を消耗したが、そのお陰もあって猫の魔獣が死んでしまう前に医者の元に辿り着くことが出来た。
ビャクは流石に付いてこれないので、病院がある場所を事前に俺達に教えて、自分は後から追い付くと言っていた。
それから数日が経ち、猫の魔獣の容態が安定したという報告を受けて、俺とセラフィはビャクを伴って病院を訪れた。
俺達のことを見た医者が若干テンパりながらこちらへやってくる。
「これはヨゾラ様、セラフィ様、おもてなしも出来ずに申し訳ございません」
「別にいいさ。それで?」
「はい、傷は完全に治りましたが失った体力が戻るにはもう少し時間が掛かるようで、まだ意識は無い状態となっております」
「分かった。下がっていいぞ」
医者は伝えることだけ伝えると、俺の言葉を聞いて下がって行った。
それにしても助けるとは言ったものの、よく生きていたものだ。
猫の魔獣はそれはもう死にかけという状態で、急いでいたためステータスを見てはいないが、HPも限界まで減っていたはずだ。
仮にもしここがノーヴィストではなく他の国だったら助からなかった可能性も大いにあるだろう。
ノーヴィストは獣人の国ということから獣人を治療する技術はそうだが、魔獣を治療する技術も人間の国と比べて進んでいる。
初めに聞いた時は魔獣を治療することなんてあるか? とも思ったものだが、意外にも役に立つ日が来た。
医療技術の発展に意味の無いものなど無いと確認させられた。
病室に入るとそれなりに大きめの籠に詰められた布の上で俺達が拾ってきた猫が寝ていた。
サイズは地球の一般家庭で飼われている猫と変わりない。
俺は生粋の猫派だ。猫より可愛い動物はいないと言い切っていたし、本心からそう思っていた。
家では猫を飼ってはいなかったので、偶に猫カフェに行ったり、動画なんかでも結構な頻度で見ていた。
そんな俺が死にかけている猫を見かけて放っておく訳がない。
幸いなことに、今の俺には猫を連れ帰っても問題無い環境が整っている。
たとえ魔獣というカテゴリーであろうとも、俺に文句を言う奴はいない。
王なんかに本当ならなりたくはなかったが、こうした場合には大変助かるのは事実だ。
変に権力を振りかざすつもりは無いが、俺が必要と思った時はこれからも迷わずに権力を使っていこう。
「……ビャク、こいつについて教えてくれ」
「かしこまりました」
助けたはいいが、俺はこの猫のことを何も知らない。
ビャクならば何か分かるかもしれないと聞いてみると、知っているみたいだ。
「まず種族名はフラワーキャットといいます。魔獣の中ではかなり弱い種で、それ故に多くの群れを作って行動します。様々な色がおり、それが群れる様がさながら花畑に見えることからフラワーという名前がついております」
「弱い種なのか? 確かにぱっと見強そうには見えないが、果ての秘境にいたくらいなんだから、何か特殊な力でも持ってるもんだと思ったんだが……」
「いえ、そういった類の話は聞いたことがありません。そもそも果ての秘境に生息していた訳ではないのでしょう。何処か別の場所から流れてきたはずです」
「なるほどな……にしても流石に場所が悪かったな」
「ですね。果ての秘境はフラワーキャットが生きていくには過酷すぎます。それも群れではなく1匹となるとむしろ生きていたことが幸運なくらいですね」
ビャクは基本的に俺に分かりやすいように説明する。そのビャクが、弱いと言ったのならば、ビャクと比べてということではなく、魔獣全体を見てのことだろう。
「果ての秘境に流れてきたということは、元々いた群れが強い魔獣に襲われたってことか」
「その可能性もあるでしょうが、私は別の可能性を考えています」
「別の可能性?」
「はい。フラワーキャットという魔獣は確かに様々な色のものがおります。実際に見たこともあります。それも1度や2度ではありません。ですが、私が見てきたフラワーキャットの中に、この個体のような色のものは見たことがありません」
「それはつまり、ピンク色のフラワーキャットは普通いないってことか」
「そうです。赤や青、それ以外にも黄色などが一般的です」
「……特殊個体ってことか」
魔獣には特殊個体というものがいる。
俺自身は見たことが無いが話だけは知っており、ビャクが見たことが無いというのならば納得が出来る。
特殊個体などと言われているが、必ずしも通常のものよりも強いという訳ではない。
ただ見た目などが変わるだけの場合もあるみたいなので、俺達が拾ってきたフラワーキャットはそのパターンなのだろう。
「特殊個体というのは群れの中で拒絶されるのです。感覚的にはそうですね……獣人と人間が和平を結ぶ前は互いを受け入れられなかったようなものです」
「ただ少し違うところがあるというだけでか……」
「残念ながらその通りです。私は魔獣だった頃ブラックウルフという種の特殊個体でしたが、群れからは弾かれ1匹で生きていました。このフラワーキャットもそうなのでしょう」
何だかモヤモヤする話だ。魔獣の中でもそういった迫害があるとなると、人との違いはそんなにないように思えてしまう。
ビャクも同じ経験をしたので、このフラワーキャットが果ての秘境にいた理由を察することが出来たのだろう。
「助けることが出来て良かった……今後は俺達が大切にしてやろう」
「そうですね」
過去がどうであれ、俺が拾ってきたからにはこれ以上苦しい思いはさせない。
懐いてくれるかなどの問題もあるが、最悪その辺は時間を掛けていけばいいだろう。
「……ヨゾラ」
「ん? どうしたセラフィ」
「どうやら起きたようじゃぞ」
俺とビャクが話をしている間、静かに猫を見つめていたセラフィが振り返る。
セラフィの腕の中には大人しく抱きかかえられている猫がおり、嫌がっている様子は無い。
こちらに対して威嚇もしてこないので、先程の懸念は無用に終わったようだ。
俺はセラフィの前に行き、猫の頭をそっと撫でる。
「にゃ~」
猫はそれに対しても嫌がることはなく、それどころか俺の手に頭を摺り寄せて甘えてきた。
完全に懐いていると言ってもいい状態だ。
多分だが、自分が俺達に助けられたということを理解しているのだろう。敵意がないことも俺達の様子から察しているはずだ。
「うむ、こうして見ると可愛いものじゃな。ヨゾラが助けると即答したのも頷ける」
あまりこういったものに興味を示さないセラフィですら猫の可愛らしい姿を見て頬の筋肉が緩んでいる。
抱きかかえる手も。よく見てみると指先で小さく猫のことを撫でていた。
「とりあえず傷も完全に治ってるみたいだし、このまま連れて帰るか」
「そうじゃな。いつまでもここでこうしておる訳にもいかぬしな」
「飯とかも食わせてやらないと。悪いビャク、頼めるか?」
「お任せください。ヨゾラ様とセラフィ様の食事もご用意いたします」
「助かる。ほら、いくぞセラフィ」
俺はビャクに猫が食べれる物の調達を頼み、猫を抱きかかえているセラフィを連れて城に戻った。
城の中で猫を下ろすと、最初は自分の体を確かめるように動き、しばらくしてからは俺とセラフィから離れずについてきた。
食事の時も風呂の時もついてきて、寝る時も確実についてくるのは分かっていたので、玉座の間に布団を敷いてセラフィと並んで寝ることとなった。
ちなみに玉座の間でこうして寝るのは初めてではなく、既にそれなりの回数同じことをしていた。
ボードゲームなどの遊びをセラフィとした時なんかは深夜まで平気でやってたりするので、眠気で部屋に戻るのが億劫な時はこうしてセラフィと並んで寝るのだ。
こうして改めて考えると幸せなことだ。
そこに可愛いペットも加わり、いよいよ家族のような形になってきたと思う。
セラフィはその辺り、どう思っているのだろうか?
気にはなるが、気恥ずかしいので聞くことはない。
翌日からも変わらずに猫は俺達について歩いていた。
時折ビャクを見かけると、そちらの方に行ったりもするが、すぐに戻ってくる。
自由な環境のはずなのだが、俺達についてばかりでこの猫は満足なのだろうか?
猫といえば自由に何処かへ行ったり、かと思えば急に甘えてきたりする動物のイメージがあるのだが、やはり普通の猫とは違うらしい。
それとも、何か目的があって俺達についてきているのだろうか?
はっきりとした意思疎通が出来ないというのはもどかしい。
まあしばらくはこのままでもいいだろう。
ビャクが何とか意思疎通出来ないものかと、色々とやっているようなので直に解決するはずだ。
それまでは、この猫の名前でも考えて待つことにしよう。
自由な女神「魔獣の世界にもそういうのがあるんだね……ヨゾラ君のとこで幸せになってほしいよ」




