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魔王として

 アノンの放つグランシャリオを目で追うことは不可能だ。その証拠に俺は知覚できないままに身体を7度斬り裂かれた。

 痛みすらも追い付いていない。ただ視界に映る自分の血を見たことによってその事実を突きつけられるだけだ。

 セラフィの叫ぶ声が聞こえてきた気がしたが、真後ろを向けるような状況ではない。


「――」


 声になっていない音が口から漏れる。同時に大量の血を吐き出し地面を濡らす。嫌な鉄の味と匂いを感じた。


 セイクリッドバインドにより囚われてしまえば抵抗は出来ない。今の俺ではセイクリッドバインドを振りほどく術は無いので藻掻いてもみっともないだけだ。

 そもそもの話、俺は抵抗する気は無かった。元々こうなることは分かっていたのだから。


 俺は顔を動かしてアノンを見る。

 俺の身体に刺さる剣を持つ手は震えており、顔には大量の涙が流れていた。

 目にハイライトは無く、そこに心が存在しているとは思えないような表情だ。

 それでも涙が流れているということは、まだ辛うじてアノンの心は砕けずに残っている証拠だろう。


「ア、ノン……」


 今度はしっかりと声になるように音を出してアノンの名前を呼ぶ。

 掠れるようなものだったが、目の前のアノンにはしっかりと聞こえていたようで、顔を持ち上げて光の無い目を向けてきた。


 そんなアノンとは対照的に俺は笑顔を作った。


「言っただろ? 俺は死んでやらないって。勇者は悪い奴しか倒せないんだ」


 俺の言葉を聞いてアノンの目に光が戻ってくる。

 数瞬前まではただ涙を流す人形のようになってしまっていたが、今はしっかりと少女として涙を流している。


「ひっ、ぐすっ……ヨゾラせんぱい」


 鎖で縛りつけられた俺の身体は自由になり腹からは剣が引き抜かれる。

 支えになっていたそれらが無くなったことで俺の身体は前のめりに地面に向かって行く。

 そんな俺の身体をアノンは抱きしめて支えてくれた。


「ヨゾラ先輩……ごめんなさい、私……私のせいで!」

「全く……世話の焼ける後輩だな」


 抱きしめられた体勢のまま腕を持ち上げてアノンの頭を撫でる。

 アノンは俺の肩に顔をうずくめたまま泣いていた。


「セラフィ、少し待っていてくれ」


 恐らく後ろから大急ぎでこちらに向かってきているであろうセラフィに声を掛けておく。

 もし万が一ロニとフーシーが仕掛けて来てもセラフィが止めておいてくれるだろう。この状況だともしかしたら殺してしまう可能性があるので2人が動かないことを祈るばかりだ。


「すまんアノン、流石にきついから横になってもいいか?」


 頭をポンポンと叩きそう言うと、アノンは俺の肩に顔をうずくめたまま頷き、顔を離してから俺を優しく寝かせてくれた。


 しばらくあのままの体勢でアノンを落ち着かせてやるのが本当ならばいいのだが、早めにどうにかしないといよいよ死んでしまう。

 グランシャリオにより俺のHPは3桁下位まで減っている。そしてその少ないHPは時間が経つにつれてゆっくりと流れ出ていた。

 そもそもグランシャリオをまともにくらって生きていることが驚きだ。俺とアノンのステータスならば普通にワンパンされる――はずなのだが、どうしてかあの時は絶対に耐えれる気がしたし、事実耐えることが出来た。

 自分への言い聞かせと根性だろうか? 意外と馬鹿に出来ないものだ。


「……ビャク、来れるか?」


 特に大声で呼んだ訳ではない。それでも何となく来る気がした。

 その予想は当たり10秒程経ってから大きな扉が開いてビャクが入ってくる。

 俺の姿を見ても特に慌てた様子は無い。だが俺がどうなろうと構わないという感じではないだろう。

 こいつは信頼してもいいと思った。


「現状で戦場に出ている獣人達を全て撤退させろ。逆らう奴は殺してしまってもいい」

「分かりました」

「あ、だが人間達が攻めてきた時に備えて防衛体制は整ておけよ? やられろと言っているわけじゃない」

「承知しております。ご安心を、一連の事が終わるまでのことはこちらでやっておきますので」

「……助かるよ」


 いや、本当に優秀な奴だ。俺の意図を正確に読み取って自身がすべきことを理解している。


「ヨゾラ先輩……」

「なあアノン、俺は魔王じゃない。もう分かってるだろ?」

「はい……ヨゾラ先輩が魔王だったらこうして会話もしていないですし、私の心は壊れてたと思います」


 落ち着いてしまえば分かることだ。俺が魔王ならばグランシャリオなどを使わなくとも称号のステータス補正だけで圧倒出来る。

 そして、最後には勇者である役目と俺を殺したという事実に心を板挟みにされてアノンの心は壊れていたはずだ。


「……戦争なんて嫌だよな」

「……ですね」


 仕方のないことならば俺は割り切れるかもしれないが、人間と俺が生み出した獣人達が戦争なんかしているのは嫌だ。それは俺の求める異世界らしさではない。誰も幸せにならない。

 偶々勇者になってしまっただけのアノンが苦しむのならば猶更だ。


「……魔王でもいいかなって思ったんだ」

「え?」

「俺が魔王でもいいかなって。アノンの敵である魔王じゃなくてさ、獣人の王って意味の魔王ならさ。だって俺が魔王ならさ、獣人達に命令出来る立場なら止めれると思わないか? 戦争」

「とっても、素敵なことだと思います」

「だろ? だからなるよ、魔王に。俺がアノンを苦しめる戦争を終わらせてやる。だからもうアノンは迷ったり葛藤したり苦しまなくていい、使命に囚われなくていい。俺に任せとけ。言っただろ? 心を守ってやるって」

「あり、がとう、ございます」

「ほら泣くなって、折角の可愛い顔が台無しだぞ」


 俯いてお礼を言いながら泣き止まないアノンの頭を撫でてやる。

 だが、俺もそろそろ限界だった。


「ビャク、ロニとフーシーのことを頼む」

「お任せを」

「悪いセラフィ、少し寝る。俺が起きるまでアノンのことを気に掛けてやってくれ」


 ビャクと入れ替わるようにセラフィはこちらにきて座り俺の額に手の平を乗せる。

 それだけの行為だったのだが、どこか心地良く意識が遠のいていく感覚があった。


「全く、起きたら説教じゃからな。……お疲れヨゾラ、今はゆっくりと眠るが良い」


 呆れるようなセラフィの声に安心感を覚え、額に乗ったセラフィの手に自身の手を重ねて俺は意識を落とした。






 ――――――――――






 目が覚めると見慣れぬ天井が視界に入った。


「む、起きたか」


 ベッドのすぐ横にはセラフィがいた。どこか呆れたような表情をしているようにも見える。理由は考えるまでもないだろう。


「なんだかケルベロスと戦った時みたいだな」

「全くじゃ。あの時あまり無茶をするなと言ったはずなのじゃが……前回のも危なかったが、今回はその比ではなかったぞ。むしろ生きていたことが奇跡なくらいじゃ」

「まあな。俺自身よく生きてるなと思ってるよ。もし俺が死んでたら、お前はどうしてた?」

「悲しみ、怒りのままにアノンを全力で殺そうとしたじゃろうな。そして及ばずに儂も死ぬ。儂とアノンでは相性が悪すぎる。勝てる可能性は殆ど無いじゃろうしな」

「そっか……なら生きててよかったよ。お前とアノンが殺し合いをするのなんか嫌だからな」


 実際俺がグランシャリオを食らった時にセラフィはアノンを殺そうとしていたように見えた。何しろグランシャリオを耐えられるとは思っていないので俺が死んだと思うはずだ。

 生きていることが不思議でならないが、やはり気合でどうにかしたということにしておこう。


「んで、その後はどうなったんだ?」

「そうじゃな、いちから説明するとしよう」


 セラフィはその後に起こったことを分かりやすく説明してくれた。

 まずはビャクが主導となって、現在戦場に出ている全兵士の撤退が行われた。当然のことながら兵士達の間では疑問も多かったようだが、魔王である俺の命令ということで殆どの兵士が従ってくれたのだそうだ。

 一部反対した兵士達は、家族や大切な人を失ったという理由だったらしく、俺は逆らうなら殺してもいいと言っていたのだが、セラフィの指示で拘束するだけということになったらしい。

 その辺の配慮をするのをすっかり忘れていたので、セラフィが対応してくれてよかった。俺のことをしっかりと分かってくれている奴がいるとこういう時に助かるものだ。


 次にアノン達だが、現在はグラヴィウス帝都に戻っているらしい。

 獣人の兵士達が撤退したことにより魔王が討伐されたのだと思った人間側が一気に攻め込もうとしてきたらしいが、そこに介入したようだ。

 聞かない兵士達をロニとフーシーと共に少々手荒に止め、それが問題となりそうだったのだが、事態を聞きつけたフロディスが使いを出して一度落ち着き、アノンに詳しい話を聞くために帝都に呼び戻し、ビャクも同行していったらしい。


 アノンのことは若干心配だが、これから帝都に様子を見に行く訳にもいかない。

 何せ今の俺は魔王――獣人達のトップなのだ。迂闊に帝都に訪れるのはまずいだろう。

 今更ながら変な方向に来てしまったと乾いた笑いが出る。


「満足のいく結果になったか?」

「どうだろうな……楽しかったといえば、まあそれなりに楽しくはあった気がするよ。アノンの抱えてた問題や俺の気持ちを抜きにすれば魔王として勇者と戦うっていうのは俺の望んでた楽しみ方に限りなく近いしな。お前はどうだったんだ?」

「儂か? ヨゾラが死にかけたのだから楽しかった訳がなかろう。まだ説教されたいようじゃな?」

「悪かったって。まああれだな、最善だったとは思うよ」

「これからの面倒は増えたがな」

「言うな。憂鬱になるだろうが」


 自由に生きようと決めたのに気が付けば多くの責任が付き纏うであろう立場になってしまった。今からでも魔王という立場から降りたいが、そうもいかないだろう。


 王になって何をすりゃいいのか見当も付かないな……


 とはいえ、現状で人間と獣人の共存を実現させることの出来る可能性が最も高いのは俺だ。なのでその辺りのことは全力でやろうと思う。

 政治なんかに関してはビャクがいればどうにかなりそうな気もするので、一旦は忘れることにした。


「んで、俺達は何からすればいいんだ?」

「ビャクは準備が出来次第迎えに来ると言っておったぞ。じゃからヨゾラは大人しく傷を癒しておれ。まだまだ十分とは言いにくいのでな」

「そりゃまた優秀なことで……そういやここって魔王城だろ? 来た時に思ったがビャク以外に誰もいそうにないがセラフィ、お前飯とかどうしてんだ?」


 飯を作ってくれる奴もいなければ土地勘も全く無く金も人間と同じものを使っているのか分からないので外で食えているかも分からない。

 どうしているのか疑問に思っていると、セラフィは謎に得意げに口を開いた。


「心配はいらん、この城にはキッチンもしっかりとあったのでな。ビャクに卵を用意させたんじゃ」

「……お前、もしかして……」

「儂とて茹で卵を作ることが出来るのじゃ!」

「こんなオチは嫌なんだが……」


 ちなみに俺は1週間程眠っていたらしい。その間に、一体何個の茹で卵がセラフィの腹に入ったのかは考えたくもなかった。







自由な女神「結局ヨゾラ君が魔王ということになったんだね。これから面倒ごとも増えそうだよ」

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