閑話:理級精霊の戦い
状況は予想もしていなかった方向に向かっており、様々な状況においてそれ程困惑したことのなかったセラフィだが、今回ばかりはおもわず呆けたような表情を見せてしまった。
アノンが勇者だと知ってからヨゾラの行動は基本的に魔王討伐を勇者とすることを楽しむという趣旨の元に行われており、セラフィとしてもそれに従って行動していたのだが、まさか最終目的である魔王がヨゾラだとは流石に予想出来まい。
ヨゾラ自身も勿論困惑していたが、アノンの様子と自身が置かれている状況を見ると、どうするかをすぐに決めたようで、セラフィには英傑であるロニとフーシーの足止めを頼んでアノンに向かって行った。
相変わらず頭の回転は早い。儂によく頭が良いと言っておるが、ヨゾラの方が大概じゃ。普通の奴ならば長く悩むようなこともしっかりと解決策を見つけおる。
ヨゾラ自身はそうは思っていない可能性がある。傍から見ても頭を回転させているようにはとても見えない。
当然の如くヨゾラは何も考えていない訳ではない。短絡的に思考して行動している訳でもない。ここに生じるズレはセラフィと、そしてクレーティオだけが理解出来ている。
思考の速度が速すぎるあまりに思考していないように見えてしまうだけなのだ。ヨゾラ自身がそれに気が付かない理由は、その膨大な思考を感覚的に理解しているためだ。考えたという感覚が無いのだ。
分かりやすく言うと、パラパラと本を捲っていき、最後のページが終わるとその内容を理解しているようなものだ。一瞬目を通しただけなのにだ。本を読んだという感覚は無いが、内容は感覚的に理解出来てしまう。頭が良いなんて言葉が軽く聞こえてしまう程の異常な頭の回転速度だ。
魔王として勇者と戦うという状況を楽しむためにアノンに向かって行った、というのは流石に無いじゃろう……内面では滅多に人に心を開かぬあやつが珍しくアノンのことは気に入っておったからな。じゃが状況が難しすぎるな。今回ばかりはどうするのか見当も付かん。
これまで様々な状況に適応してきたセラフィでも、今回ばかりはどうなるか分からない。
あまり考えていても仕方が無いので、セラフィは自分が任されたことに集中することにした。最後にはどうにかするだろうというヨゾラへの信頼だ。
さて、殺しはいけないのじゃったな。
セラフィは今にも攻撃してきそうな2人に目を向ける。
ヨゾラ以上に他人に無関心なセラフィからすれば別に殺してしまってもいいと考えているし、そちらの方が楽でありがたいのだが、ヨゾラからの指示が足止めであったのでそうする。
その理由は考えるまでもなく分かる。ヨゾラがアノンの味方であることを目指すのならば、ここでアノンの仲間であるロニとフーシーを殺すわけにはいかないのだ。
じゃがヨゾラも中々に難しいことを要求しよるな。英傑2人相手に足止めとは……儂は正面からの戦闘に向かないというのに。まあこれも信頼か……それにアノンを相手にするよりかはマシじゃろう。精々相方の信頼に応えてやるかの。
実際セラフィはヨゾラという頼れる前衛がいてこそ活躍出来る。威力の高い魔法を打つには、いくらセラフィといえどノータイムで発動できる訳ではない。前に比べて――というよりも、その辺の人間に比べれば物理方面の戦闘力も高くはなったが、それでも英傑であるロニには届かない。
だがセラフィにはある程度の余裕があった。先に考えたようにこれがアノン相手であれば足止めではなく殺してよかったのだとしても勝てる可能性は低い。
それこそ神速の発動に反応出来なかっただけで勝敗が決まる可能性すらある。
それに比べればロニとフーシーの相手は楽といえる。足止めという条件が面倒というだけで、そもそも負ける可能性は限りなく低い相手ではある。
折角じゃ、この1年で儂自身どれ程強くなったのか試してみるとしよう。ヨゾラではないが、楽しくなってきたの。いや、ヨゾラの近くに長くいる影響か……
そう考えると笑みが零れた。それを見てかロニとフーシーは顔を顰める。
「僕達2人を相手に随分余裕ですね。あの様子ではヨゾラせんぱ――いや、魔王の援護は見込めませんよ?」
「いやなに、別にそういう意図で笑ったわけではない。それにヨゾラの援護はおぬしらの足止めを任された時から期待してはおらんからな」
「本気で私達2人を同時に相手に勝てるとでも? あなたは確かに強力な魔法の数々を使いこなす強者ですが、それは前衛がいる前提の話です。私の知る限りあなたは近接戦闘に関してはロニに遠く及びません。些か厳しいのでは?」
ロニとフーシーの考えはセラフィと同様のものだ。普通に考えればそういう結論になる。
仮にロニとフーシーが1対1で戦えば戦闘を始める距離にもよるが勝つのはロニだろう。発動に時間の掛からない魔法は英傑クラスになれば多少のダメージを覚悟で突っ込むことも出来る。
しかしロニとフーシーはセラフィという存在を正しく理解していない。いくら強かろうが英傑の延長線の上に立つ若干の格上、といった程度の認識だろう。
だがこと魔法に関して言えば、セラフィは英傑の延長線などというレベルに収まらない。それこそ勇者すら凌駕する神の如き領域。
魔法の権化である精霊の最上位に位置するセラフィは人数差も前衛の有無もある程度力の差があれば関係無いのだ。
そもそもの話、ロニとの近接戦闘もどうにかなるしの。見えていて尚且つ精霊魔法の発動さえ間に合えば道理に従って避けれる。むしろ儂から仕掛けても面白そうじゃ……うむ、そうしよう!
ロニとフーシーはセラフィが魔法を発動するのに合わせて仕掛けるつもりで待っていた。が、2人の予想を裏切るかのようにセラフィは抜剣してロニに向かって行った。
「自分から接近してくるなんて、勝負を捨てましたか?」
「それはどうかのう……」
「っ!?」
ロニはセラフィが振ってきた剣を大した力も込めずに技術で受け流してカウンターを入れようとした。だが受け流すはずだった剣は絶妙に力の方向性を変えてロニの受け流しをものともせずに逆に剣を小さく弾き、その隙を縫うようにロニの身体に傷を作った。
「くっ……この程度!」
「ふははっ! どうした、焦りが見えるぞ?」
傷自体は浅かったためロニはすぐさま体勢を整えてセラフィに斬りかかるが掠ることすらない。
傍から見れば不可思議なことだ。基本的にセラフィの剣術は素人同然にしかみえない。事実素人なのだが、ほんの一瞬だけ達人のような動きで攻撃を掻い潜りながら逆に仕掛けている。
精霊魔法は通常の魔法を行使するよりも体力を使う。特にMPを使っている訳でもないのに謎が深いが、それ故に常に発動するのは滅多なことが無い限りやるようなことではない。なのでここぞという一瞬だけ発動して解除を繰り返しているのだ。
ヨゾラもセラフィの力を借りて行使できるが、セラフィが自身に行使するのでは発動速度に桁違いの差がある。魔道具のおかげかヨゾラに行使するのもかなり早いのだが、行使している本人であるセラフィにはそれでもラグが目立っていた。
その辺の効率化をもっと出来ないかと戦いながらチラッと思ったが、今は忘れて目の前の戦闘に集中することにした。
「ほれ、こんなことも出来るぞ」
セラフィは剣を振りながらロニの足元に魔法を発動させる。
ルーシェとの模擬戦でも使ったシャドウファングだ。突如として地面から生えてきた漆黒の刃にロニは完全に足を止められ動けなくなる。
「今砕きます!」
このままではロニはセラフィの魔法を一方的に食らうだけになってしまうためフーシーが魔法でロニを取り囲むように生えているシャドウファングを砕こうとする。
判断が早く、シャドウファングを砕く程度の魔法であれば発動も早い。セラフィ程ではないとはいえ、フーシーも流石と言えた。
「ふむ、魔法では間に合わぬな……ではこんなのはどうじゃ?」
セラフィは正面に右手を開いて翳し、フーシーの魔法が飛んでくるのが見えてからその手を閉じる。
たったそれだけの動作だった。だが起こったことは魔法に特化した英傑であるフーシーを絶望させるに足るものだった。
「魔法が、消えた……?」
フーシーは無数のロックブラストを放っていた。それも万が一セラフィが魔法の発動を間に合わせて魔法で相殺しにきたとしても数発は残るように全てを複雑に操りながらだ。
それがなんてことないセラフィの動作だけで消されてしまったのだ。もはや訳が分からなかった。
「一体、何をしたのですか?」
「答えてやる義理はない、が教えてもいいじゃろう。まあ原理は簡単じゃ。おぬしが放った魔法に向かって儂は魔法ではない純粋なMPをぶつけて包みこんだんじゃ。数値で言うと2000MP程かの? 正直消耗にみあった技ではないが、出来そうだからやってみたんじゃ」
「ありえないです!? MPとは言わば体内に保管しておける魔力のこと、それを魔法に変換せずに放つなんて、やろうと思えば自然に存在する魔力すら操れる可能性があるということじゃないですか!」
「ほぅ、確かにそうじゃな。今度試してみるとしよう」
興味深いフーシーの発言に感心しながらセラフィは動くことの出来ないロニの身体を蹴りつける。
その蹴りは効率良く人を吹っ飛ばすようになっており、ダメージはそれほど無かったがロニの身体は宙に浮きフーシーに向かって吹っ飛んでいった。
「ぐっ……」
「きゃあ!」
呆然としていたフーシーは避けることが出来ずに吹っ飛ばされてきたロニにぶつかり2人して大きく体勢を崩した。
それなりに距離が空いており、体勢も崩れているとなればほぼ詰みだ。セラフィの魔法は十分に発動するだろう。
「……まさかここまでとは」
「どうしてあなたはそれほどの力がありながら魔王に与するんですか! その力があれば、多くの人を救うことも出来るでしょうに……」
最後の抵抗だと言わんばかりにフーシーが声を上げる。
もっとも、どんな状況でもその質問は無意味なものだが。
「ヨゾラの相方は儂で、儂の相方はヨゾラだからじゃ。それ以上もそれ以下もありはせん。たとえ全てが敵だとしても儂はヨゾラの味方じゃ」
最後の最後でセラフィはなんだか冷めた気持ちになった。
情など請われようとセラフィにとってはなんの価値も無い。生まれてきてから0か100しかないのだ。
これ以上の会話は無意味じゃな。戦意だけしっかりと折ってからヨゾラの援護に向かうとしよう。
セラフィは魔法を発動させる。ヨゾラにすら内緒で生み出したオリジナルの魔法だ。
膨大な力の本流をロニとフーシーは感じる。やがてセラフィの背後には光り輝く天使と漆黒の天使が出現していた。
カオティックセラフィム。セラフィという名前に相応しい最強の神級魔法。
その性質は光属性と闇属性を交わらせているルーディスという世界では唯一の魔法だ。
「化け物……」
「本当に人間ですか……?」
「はて、化け物か人間か、想像に任せるとしよう」
もう抵抗する気は完全にないようでロニもフーシーも諦めたような表情をした。
この辺でいいじゃろう。さて、ヨゾラの援護に――
そう思った瞬間、セラフィの身体に嫌な予感が走った。
完全に直感だ。しかし疑うこともなくセラフィはヨゾラとアノンが戦っている方に目を向ける。
そこにはセイクリッドバインドに縛られ、成す術無くグランシャリオを食らうヨゾラの姿があった。
「!? ヨゾラ!!!」
以前ケルベロスと戦いヨゾラが瀕死になった時以上の焦燥感を感じながらセラフィは叫んでヨゾラのいる方に走った。
自由な女神「オリジナル魔法……今回はその威力までは分からなかったけど、凄く強そうだね」




