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魔王の正体

 誰がこんなことを予想出来ただろうか……

 数か月の道のりを経てようやく獣人の国に辿り着き、遂に魔王を倒すべく魔王城に乗り込んで魔王がいるであろう玉座の間にやってくると、そこで待っていたのは1人の獣人と俺の肖像画。訳が分からないとしか言いようがない。

 人違いをしている可能性は皆無だ。なにせただ1人いる獣人は俺の名前を呼び、俺を魔王と呼んだ。


 アノンとロニとフーシーは信じられ無さそうな表情をしながら俺を見て固まっている。普段あまり驚いたりしないセラフィですら驚いたような表情をしている。


 俺は混乱しつつもどうにか頭を働かせて状況を整理する。

 まず間違いないのが、俺が人間と獣人が共に魔王と認識している人物その人なのだろう。状況的にここまで揃えられてしまえば、たとえ俺自身が違うと言ってもそうなのだろう。

 では何故俺が魔王という認識になってしまったかだが、これに関しては大体の予想が付く。俺が500年前にこの場所で擬人化の魔法を使って回っていた際に初めの方に擬人化した獣人に見られたのだろう。接触はしていないので、どうして魔王と崇められているのかという部分については分からないが、それ以外は考えられなかった。


 ただ、俺は魔王と()()されているだけで、実際には魔王ではないのだ。

 アノンに勇者という称号があるように、魔王には魔王という称号が必ずあるはずなのだが、俺はその称号を持ってはいない。

 ここで言う魔王は獣人の王的な意味合いであり、勇者の対になる存在としてではない。


 まあ、だからなんだという話ではあるが……

 現在人間と獣人は敵対している。その獣人の王であるのならば、勇者の敵ではないかもしれないが、現時点で俺は人間の敵だということになる。

 つまり、アノン達は敵というわけだ。


「さて、どうしたもんかな……」


 誰にも聞こえぬように小さく呟く。

 俺としてはアノン達と――というよりもアノンと戦いたくはない。しかもここでの戦いは模擬戦とは違い、本気の殺し合いということだ。

 正直ロニとフーシーに関しては状況的に仕方が無いのであれば戦ってもいい。この2人にそこまで大きな感情は持っていない。敵となってしまったのならば、殺してしまうことも受け入れることが出来る。

 だが、アノンとは戦いたくないし殺したくない。自分勝手な感情だが、俺は正直に生きると決めたのだ。


 まずは落ち着いて話してみることにしよう。


「えっと、あんた名前は?」

「ビャクと申します」

「そうか……俺が魔王というのは間違ってないんだな?」

「はい。間違いありませんし、間違えるはずもありません。かつてそのお姿を拝見させていただきましたが、私の記憶に刻まれた通りの容姿です。セラフィ様も同じく」

「なるほど。じゃあビャク、魔王として命令する。この部屋から退室しろ。それから誰もここに近づけるな。だがお前だけは呼んだらすぐに来い。その耳は飾りじゃないんだろ?」

「ええ、勿論でございます。いつでもお呼びください」


 出会ったばかりで上から命令されてもビャクは嫌な顔をせずに従う。

 綺麗な所作で礼をして、ビャクは玉座の間から出ていった。


 さて、まずはアノン達と話をしないと――


 そう思って扉に向けていた目をアノンの方に向ける。すると目の前に剣が迫っており、俺はギリギリで反応することが出来て紙一重で避けることが出来た。

 冷や汗が出た。攻撃を仕掛けてきたのはアノンなので、食らっていれば大きなダメージになっていただろう。

 そもそもアノンであればこのタイミングならば、俺が避けることの出来ない速度で攻撃出来たはずだ。俺が避けることが出来たのは、動揺か迷いかアノンの剣筋が鈍ったからだろう。


「ヨゾラ!? アノン、おぬし……何をしておる!!!」


 セラフィが激怒する。避けることが出来たとはいえ当たっていれば致命傷だ。セラフィもまさかアノンが仕掛けてくるとは思っていなかったのだろう、完全に反応出来ていなかった。


 セラフィはアノンに向かって魔法を放とうとする。攻撃してきた以上はセラフィは敵とみなして容赦なく攻撃する。


「やめろセラフィ!」


 セラフィが魔法を放つ前に止める。その後即座に剣を取り出してアノンの剣に当てるように振ってから距離を取る。

 そこへ今度は岩の槍が飛んでくる。フーシーの魔法だ。

 回避が中々に難しい状況だったが、セラフィがアノンに向けて構えていた魔法をぶつけて相殺してくれた。

 仕掛けて来てはいないが、ロニも剣に炎を纏わせて完全に戦闘態勢だ。


「アノンやめろ、俺はお前と戦いたくない。そもそも、俺が魔王じゃないことはそれなりに一緒にいたお前も分かるだろ?」


 アノンは俺が剣を弾いた後、顔を若干俯かせていたのでどんな表情をしているのか分からなかったが、俺が声を掛けたことによって顔を上げた。

 その顔には様々な感情があった。

 信じられないという気持ち、裏切られたという気持ち、騙されたという気持ち、悲しいという気持ち。負の感情は数えればキリがなさそうだ。

 だが、その中にほんの少し覗いていた。俺と戦いたくないという気持ちが。

 それでもアノンは勇者として俺と戦うことを決めたようだ。


「魔王じゃなければあの獣人に命令出来るはずがありません! 魔王城に近づくにつれて獣人が少なかったのも不自然でした。初めから、私達をここへ誘導して有利に戦うために騙していたんですね……仲間だと思っていたのに……頼れる先輩だと思ってたのに! あの日、獣人の村での言葉も、私を信用させるために言っただけなんですよね……」


 アノンは今にも泣き出しそうな震えた声で言葉に感情を乗せてぶつけてくる。


「嬉しかったのに……私はヨゾラ先輩にはそこまで好かれていないと思ってて、でもあんなに優しく諭してくれて、迷いを軽くしてくれて、距離が縮まったように感じて……ヨゾラ先輩が近くにいてくれれば、魔王がどんなに強くても勝てる気がして……全部、ヨゾラ先輩の手の平の上で踊っていただけなんですね……」

「違う! 落ち着いて聞いてくれアノン――」

「もう嫌です……これ以上、ヨゾラ先輩の言葉は聞きたくない!!!」


 アノンの姿が消える。俺は反射的に身体を反らすと頬が軽く斬り裂かれた。

 後ろでアノンが着地した音が聞こえる。アノンの勇技神速、直線的に高速で移動する技だ。


 今の状態のアノンと話をするのは不可能だ。どうあっても戦闘は回避出来ない。

 勇者の仲間として魔王を討伐するということを楽しみにしていたはずが、気が付けば勇者と戦っているのは俺というのは何だかおかしな話だ。

 頭の片隅に、魔王として勇者と戦うのも異世界っぽくて面白そうでは? という考えが浮かんできたが、すぐに振り払う。

 どれだけ異世界っぽくともアノンが悲しむのでは俺としても面白くは決してない。そんな楽しみ方は本意ではないのだ。

 だが、心情はそうだとしても俺とアノンが剣を向け合う構図を変えることは出来ない。逃げることは頑張れば出来るだろうが、逃げたとしてもアノンが苦しむ時間が伸びるだけだ。ならば今の構図のまま、結果をアノンが俺の話を聞いてくれる方向に無理やり持っていくしかない。


 あまり長く考えている時間は無い。俺はパッと思い付いた案を採用することにした。

 かなりリスクの高い内容だが迷うことは無かった。


 アノンは勇者だが俺は魔王じゃない。大丈夫だ、俺は魔王じゃない。


 深層心理まで自身の考えを染み込ませてから剣を握る力を強くしてアノンの方に振り返り戦闘態勢に入る。


「セラフィ! ロニとフーシーの相手を頼む! 殺すなよ。それとお前も絶対に死ぬなよ? 死んだら許さないからな!」

「誰に向かって言っておるんじゃ! 2人の足止めは任せよ。それよりもヨゾラの方こそしっかりと自身のやることを失敗しないように気張るんじゃぞ! 流石に今から何をするのかは分からぬ、これ以上のサポートを求められても困るでな」


 出来ればアノンとの戦いを邪魔されたくはない。俺は視線をアノンに向けたままセラフィに向かって声を掛ける。


「分かってるさ。……さてアノン――いや勇者、待たせたな。やろうか……」

「……覚悟してください魔王。今の私は加減出来るような状態じゃないので気を抜けば死にますよ」

「ま、俺が勇者に倒される運命にある魔王なのか、その剣で確かめてみるといいさ」


 挑発するように言うとアノンはさらに顔を険しくさせて睨んでくる。心が痛むが、それを無理やり抑え込んで俺は不敵な笑みを浮かべた。


 アノンと戦うのは初めてだ。これまで模擬戦すらしたことが無い。

 理由はいくつかある。アノンが戦うことをあまり好まないことや、勇技を――特にグランシャリオを食らうと結界指輪が意味をなさないのでその辺の技を使えないと勇者としての戦闘を行う上で模擬戦と実戦ではあまりにも違いが出てしまうこと。そんな感じの理由だ。


 ステータスでは若干俺に分がある。俺が本当に魔王だったのだとしたらアノンのステータスには補正が掛かり大きく抜かれていただろうが、改めて見ても俺の称号に魔王は無い。

 アノンも落ち着いていればステータスの補正が掛かっていない時点で俺が魔王ではないと気付いただろうが、今のアノンはそれにすら気付けない程に余裕が無いということなのだろう。

 さっきの反応を見るにそれを指摘してもまともに聞いてくれないだろうから、寄り道せずに自分で考えたルート通りに事を進めていくことにする。


 最後には全員が笑えるようなそんな結果になることを祈って、俺は剣を構えてアノンに突っ込んだ。


自由な女神「もう言い訳出来ない状態だね。ヨゾラ君はここからどうするんだろう?」

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