魔王城
翌日、俺達は装備を整えて獣人の国に入るための門までやってきた。
真昼間なので、獣人の出入りは勿論多く、何だか初めて帝都に来た時のことを思い出した。
この時間に国に入る理由は単純だ。冒険者という職業がある以上、武装していることを怪しまれることは無い。つまり俺達は現在、獣人の冒険者にしか見えないという訳だ。ならば変にこそこそとしたりせずに、堂々と国の中に入る方がかえって安全なのだ。
道行く獣人達が俺達を怪しむ様子は無い。これならば問題は無いだろう。
アノン達の表情を見ると、流石に緊張しているのが分かる。
隣を歩くセラフィはリラックスしている訳ではないが、緊張している様子は無く、言ってしまえばいつも通りなのでアノン達との差が分かりやすくて少し面白かった。
獣人の国には帝都のように入るための身分確認という行程が無い。その辺のことは予め聞かされていたので、何の用意もしてこなかったが、見ている感じは情報通り大丈夫そうだ。
俺達は門を潜り、獣人の国へ足を踏み入れる。
建物は石や何かしらの鉱石で作られているものから、岩肌を切り抜き自然の姿を残しながら作られているものもある。
必要以上の伐採はしていないようで、元々果ての秘境だった名残が多く残っているが、それでも人の身に合わせた環境作りはしっかりとされていて、自然の中に街を作ったという感じではなく、必要ないものと必要なものを区別し、自然と人工の両立がなされた、環境に優しい都市といった感じになっていた。
人の国に例えると、グラヴィウス帝国の帝都とスプリトゥス聖国の聖都を足して2で割ったらこんな風になりそうだ。
国内は様々な獣人達が活気よく生活している様子が見え、住んでいる場所の違いからか、見たことの無い食べ物や装飾品なども数多くあり、大変に目を引かれる。
先程まで緊張していたアノン達も、普段見かけない物に目移りしており、興味深そうに色々と眺めていた。
元が秘境という特殊な場所だからだろう、かなりの高低差がありあまり先の方までは見えなかった。
魔王城までの道順が分からないので、とりあえず上の方に行くように歩いていると、噴水とベンチなどがある、分かりやすい広場に出た。
丁度そこが中心部なのだろう、人通りも最も多く賑わっている。
そして、そこまで来てようやく俺達が目指している場所が見えた。
「あれが……」
アノンが若干の戦慄が混ざったような呟きを吐く。
だが、それも無理ないだろう。なにせ目に映る魔王城は、国の中の雰囲気とは似つかないような姿をしていた。
黒を基準としており、巨大なまさしく城という形を基準に何個もの塔を美しいという表現が相応しい配置で並べ、それらを繋ぐ外壁などにある道は要塞を彷彿とさせる。
自然的な要素を省き、威厳と力を誇示し、見る者を圧巻させるその城は、まさに魔王城と呼ぶにふさわしかった。
あの魔王城を見ただけで、魔王がどれ程の存在なのかが何となく想像出来てしまう。
「立ち止まっておっていいのか? 目指すべき場所が見えたのならば、儂らはそこに向かうだけじゃ。あまり長く足を止めていては要らぬ不安も湧いてくるぞ?」
流石と言うべきか相変わらずと言うべきか、セラフィは魔王城を見ても特に気圧された様子は無い。
俺自身、魔王城に見入ってしまったが、セラフィの言葉で素に戻る。
アノン達も同様に、はっとしたように動き始めたが、その顔に浮かぶ緊張感は強くなっているように見えた。
魔王城に続く道は、先程までと比べると別の場所に来たかのように獣人の通りが少なかった。
そんな場所を見知らぬ俺達が歩いていると目立って声を掛けられそうなものなのだが、俺達のことを見はするものの、特に声を掛けられることもないし、怪しまれることも無かった。
どこか違和感も感じるが、何も起きないようならそれでよし、気にしないフリをして進むことにした。
魔王城目前までやってくると、ただでさえ少なかった獣人が一切いなくなる。だが、それが不思議と緊張感を増長させて、魔王が住む場所に相応しい空気を作り出していた。
そして、俺達は遂に魔王城に辿り着く。
遠目から見ても巨大に感じたその城は、目の前まで来るとさらに存在感を増し、頂点まで見上げる首が痛かった。
入り口と思しき門の前には誰もいない。誰かが来たことを知らせる何かがあるのかと見える範囲で確認してみたが、そういった物も存在しなかった。
こういう言い方はアレだが、魔王が住んでいるとは思えない程に警備がザルだった。滅多に来客が無いのだとしてももう少し警戒するもんだが、自信の表れか何なのか……
まあなんにせよ、こちらとしては都合が良い。
「……準備はいいですか? ここからは、本当に引き返せません」
「……大丈夫だ。僕もフーシーも、元から覚悟は出来てる」
「私達はアノンと共に行くだけです」
ロニもフーシーも緊張してはいるが、魔王城を見つめる瞳には確かに覚悟が宿っていた。
「俺とセラフィも問題無いよ」
「うむ、今更恐れたりはせぬ」
全員の返事を聞いたアノンは、1度だけ深く息を吐く。
その次には剣を引き抜いて、前を向いた。
「全員で生きて帰りましょう! それでは……行きます!」
アノンは剣を構えたまま先頭を走り出した。
ロニとフーシーもそれぞれ剣と杖を構えてアノンの後ろについていく。
「俺達も行くぞ」
「何だか気持ちが高まってきおったな」
セラフィは楽しそうに笑っている。
俺も同じだ。文字通り命を懸けた戦いになるだろうが、気持ちが高揚している。
ここまでの高揚感は、擬人化の魔法を使う時以来かもしれない。楽しくて、ワクワクしてしょうがなかった。
俺の求めていた異世界はこういうのだ。
魔王城の入り口の前に、鉄柵で作られた扉がある。鍵なんかもあるかもしれないが、わざわざ開錠したり、別に入れる場所を探したりはしない。
戦闘を走るアノンが剣を数度振ると、いともたやすく扉は崩れ去り、俺達は勢いを止めないまま魔王城の入り口まで走ってきた。
勢いのまま行くといっても、流石にここを斬っていくことは出来ない。黒く大きな扉は、破壊すること自体は出来るだろうが、先程の鉄柵で作られた扉を壊した時とは違いかなりの音が出るだろう。
ロニとフーシーが左右に扉を開く。鍵は掛かっていなかったみたいだ。
アノンが踏み入り、周囲の状況を探る。俺達もそれに続いて中に入った。
大広間となっているその場所は、外見の黒に比べるとやや明るい色で、思った感じは煉瓦で作られた建物の中に入ったといった感じだ。
装飾はやはり豪華で、洋風な城のイメージをそのままに作ったような印象を受ける。
廊下へ続く道が多くあるが、それらはきっと魔王のいる玉座の間には繋がっていない。中央にある二股に分かれた螺旋階段の上、一際目立つ扉の先がそれらしさを醸し出していた。
周囲を警戒するが獣人は見えない。今のところ警報などの侵入者を知らせるような物も作動していないし、罠の類も無い。
俺達は剣を振るのに邪魔にならない感覚を保ちながら螺旋階段を上り扉を開ける。
その先は、レッドカーペットが敷かれた長い廊下になっており、その突き当りには巨大な扉が見える。
魔王がいるのはその扉の先に違いないと俺達は確信した。
レッドカーペットの上を歩いて行く。
流石に戦闘になるだろうと思っていたのだが、獣人が出てくる様子は無い。
もしかしたら丁度魔王が何処かへ行っているのだろうか? とも考えたが、仮にも王が住む城に警備もなにもないのはおかしな話ではないだろうか?
魔王城に到着する前から違和感だらけだが、この先に行けば分かるだろうということにして、感じる違和感は無視することにした。
廊下は非常に長い。突き当りに見える扉があまりにも大きいのでぱっと見だとそうは感じないのだが、歩いているとその長さを実感した。
歩いている間は誰も何も喋らない。変に声を出して何処かにいるかもしれない獣人に気付かれないようにするという意味も勿論あるだろうが、俺とセラフィはまだしもアノン達に喋っている程の心の余裕が無いのだろう。この場の雰囲気も相まってそういう気持ちにさせられているのだと思う。
やがて巨大な扉の前まで辿り着くと、アノンは足を止める。
セラフィを除く俺を含めた全員が扉を開けた瞬間から戦闘が出来るように剣を構えた。
いよいよ始まるのだと全員が分かっている。
「……」
先程と同様にロニとフーシーがそれぞれ扉を左右に開き、遂に魔王がいる玉座の間が姿を現した。
人が通れる程に扉が開いた瞬間にアノンが中に飛び込んでいく。
俺とセラフィもそれに続いて玉座の間に飛び込んだ。
中には1人の獣人がいた。
スラッとした長身で黒い耳と黒い尻尾を生やした狼系統の魔獣がベースとなった獣人だろう。
見た目はまだ若く見えるが、その立ち姿は落ち着いており、どこか洗練されたものを感じる。
確実に只者ではなかった。
だが、そいつが魔王ではないということは考えるまでもなく分かる。
身に纏うものが執事服だということもそうだ。だが、それよりももっと分かりやすいものがある。
玉座の後ろ、壁に飾られた巨大な肖像画。それを見てアノンは、俺もセラフィも後から入ってきたロニとフーシーも固まっている。
仕方のないことだろう。何せ欠片も予想していなかったのだ。
肖像画に描かれた人物は、俺だったのだ。
「お帰りなさいませ、魔王ヨゾラ様。ご帰還、心待ちにしておりました」
狼の獣人は洗練された所作で頭を下げる。
言葉通り、そこには喜びの感情が大きいのが分かる。
混乱する俺を、セラフィ以外の全員が信じられないというような顔で見つめていた。
自由な女神「とんでもない急展開だね!? ヨゾラ君が魔王だったなんて……僕も知らなっかったよ……」




