獣人の国へ〈3〉
それなりの期間野営生活をしていたので、皆それなりに疲労が溜まっている。なので、数日間は休みたいと考えていた。
バルドの様子から歓迎されていることは伝わってきたのだが、他の村人達はどうだろうかと心配していた。
しかし、それは杞憂だったようで。むしろ、こちらが遠慮したくなってしまう程の勢いで歓迎された。
借りた空き家は丁寧に掃除されていたし、飯に関しては色んな人が持ってくるので、もはや食べきれないだろうというような量になっていた。
ただ、この歓迎を喜べているのは俺とセラフィだけ。アノンもロニもフーシーもどこか微妙そうな、やり難そうな、そんな感じに俺の目には映った。
実際、それは間違いじゃないのだろう。
では、俺達とアノン達との差は何か。そんなもの、考えなくても分かる。獣人に対するイメージや印象。それと立場だ。
俺にははっきり言えば、獣人と戦う理由は一切無い。魔王にしても、戦いはするだろうが、悪い奴じゃなかったり、何か理由があって人間と戦争している訳ではないのならば、殺すようなことはするつもりはない。
だが、アノン達には理由がある。3人の過去を詳しくは知らないので、もしかしたら立場だけではない理由もある可能性すらある。
3人からすれば、獣人は明確な敵なのだ。そんな相手に、ここまで優しくされてしまえば反応にも困る。
それでもフーシーとロニは、自分なりに折り合いをつけて心を整理出来ているように見える。
そして、勇者であるアノンだが、目に見えて迷いが浮かんでいる。
「儂では力にはなれんじゃろうな。向いとらん」
「お前は自分に正直過ぎるからな。時々なんも考えてないんじゃないかと心配になるぞ」
「考えずに感じておるだけじゃ! まあそれはともかく、ヨゾラであればアドバイスが出来るんじゃないか?」
確かに、地球で嫌な奴ともそれなりに上手くやってきた俺ならば、アドバイスが出来るかもしれないな。
内容は違くとも、性質は似通っている。
それにしても、地球にいた頃の俺を知らないくせに、セラフィは俺という人間をよく理解している。大した奴だ。
もしかしたら、人と精霊という関係がそれを可能にしているのかもしれないが。
「近々、様子を見て話をしてみるか」
「うむ。ロニとフーシーには聞かれぬようにな」
「分かってるよ」
いくら整理がついていようと、勇者であるアノンに迷いが生まれているとはっきりと聞かされてしまえば、ロニもフーシーもさらに不安に思う可能性がある。
ならば、気が付いているにしろ気が付いていないにしろ、聞かせるべきではない。
「勇者や英傑といっても、結局は1人の人間だからな」
「それはヨゾラも変わらんがな」
何だか呆れているようにセラフィが呟き、俺はそれに対して苦笑いをした。
――――――――――
獣人の村で数日を過ごし、明日には出発することとなった。
その間のアノンの様子は、日に日に迷いが大きくなっているようだった。
現在、俺達は村の中心部にて、何だか祭りのようになっている状態の中にいた。
特にこれといって特別なことがあった訳ではないのだが、滞在中に俺達は村の周辺に現れる魔獣を狩ったりと、それなりに村の為に働いていた。
その感謝や、倒した魔獣が多すぎて村の獣人達だけでは腐る前に食べきれないということで、こうして最終日に俺達をもてなすためにこのような場を用意してくれたのだ。
最初はそこまでしなくてもいいと言ったのだが、獣人の子供達がこの話を小耳に挟んだ時から楽しみにしていたらしく、1度断ると悲しそうな顔をされたので、2度目は断れなかったのだ。
酒も振る舞われており、適度に酔っているというのもあるだろうが、ロニとフーシーに数日前に見えた迷いは見えなかった。
今は酒を片手に獣人達と楽しそうに話をしている。
俺の個人的なものもあるが、いい傾向だと思った。
「隣、いいか?」
「あ、ヨゾラ先輩。どうぞ」
そんな中、相も変わらず晴れない表情をしていたアノンの隣に座る。
アノンは酒を飲んではいないようで、多少の食べ物が乗った皿を持ったまま、わいわいと騒ぐ獣人達を眺めていた。
「アノンは酒は飲まないのか?」
「元々あまり得意ではないですけど、それとは別に飲む気分になれないというのはありますね……」
「まあ、あるよな、そういう時も」
「ですよね」
小さく笑うアノンはやはり無理をしているように見えた。
俺はしばらく何も言わずに、アノンと同じように目の前の光景をただ眺めていた。
その間、アノンも何も言わなかった。
ロニとフーシーはもしかしたらこちらの様子に気が付いているかもしれなかったが、それでもこちらには目を向けずに獣人達と楽しそうに会話をしている。
セラフィは獣人目線でもやはり飛び抜けた容姿のようで、獣人の男達が話しかけているが、それを軽くあしらいながら大量に飯を食べている。
一呼吸置き、アノンの方を向くと、それを羨ましく思いながら見ているような気がした。
あの3人とアノンに大した違いはないのにだ。
それを見ていると、俺はアノンの迷いをどうにかしてあげたいと思った。
先程までは、旅に支障が出る可能性があるという理由だったのだが、今はただアノンの力になってあげたかったのだ。
「分かんなくなったか?」
「…………」
「こうして近くで過ごして、人と獣人に大した差は無いって理解出来て。それとも単純に優しくされてか……獣人達は敵であるはずなのに、敵意を抱けなくなって。獣人の存在、戦争の意義……本当にこの優しい人達のトップにいる魔王が悪なのか。その迷いが浮かんでしまって、勇者である自分の役目も揺らいできたんだろう?」
アノンは勇者としてならば強い。だが、勇者という部分を切り取ったアノンという少女を見てみれば、そこには少女相応の弱さ――心の不安定さがある。
だからこそ、勇者という部分に迷いが、揺らぎが生じれば不安にもなるし迷いもする。
それは、勇者になり急激に強くならざるをえなかったことや、重くのしかかる責任のせいで歪に成長してしまったことが原因なのだろう。
よくよく考えれば可哀そうだ。こんな少女が背負うにはあまりにも重すぎる。
そんな状況を作りだした根本は俺にあるので、そんなちんけな同情をする資格など無いのだろうが、それでも俺は勇者としてのアノンではなく、ただ1人の少女としてのアノンの力になってあげたいのだ。
「……私は、勇者失格なのかもしれませんね。多くの人の期待を背負っているのに、その期待を裏切るように迷ってしまっている。お話したことはありませんでしたが、私は獣人を実際に殺したこともあります。それを考えれば、獣人の――この村の方々にこんな感情を抱いてしまっているのも、最低なことだと思います。何だか、私は何処に立っているのか、分からなくなってしまいました。何を憎んで、何と戦っているのかも……」
アノンが獣人を殺したことがあるというのは初めて聞いた。
まあ、考えてみれば、獣人を殺したことが無く、いざとなった時に殺せるか分からない勇者をそのまま送り出す程、俺の知ってるフロディスは馬鹿ではない。
「不躾な質問だが、どういう経緯で獣人を殺したのか聞いてもいいか?」
「単純ですよ。戦場を見に行った時に偶々斬りかかってきたのを反射的に、という感じですね」
「そうか……俺の知ってるお前は馬鹿じゃない、分かってるんだろ?」
「はい。意図的にそういう状況を作られたのでしょうね」
「戻ったらフロディスを殴ってやんないとな」
「そんな事をしたら今度は人が相手ですよ」
「任せとけって。俺が代わりに壁にめり込むような威力で殴ってやるから」
「ふふっ、それじゃあお願いしますねヨゾラ先輩」
アノンはどこか嬉しそうに笑ってそう言った。
その表情を見ると、不意にドキリとさせられてしまう。冗談ではなくフロディスは殴っておこう。
「…………私は、どうしたらいいんでしょうか」
アノンは顔を伏せて絞り出すように俺に問いかけてくる。
今にも泣きそうになりながら出てきたその言葉は、そんな事を相談出来る相手もおらず、抱えて抱え込んで抱えきれなくなったアノンが零した心の涙だ。
それを軽くしてやれるのが俺だけならば、俺が全力で力になってやろう。
「俺が思うにアノンは、いやアノン以外の大半の奴が勇者というものを神格化し過ぎだな」
「神格化、ですか?」
「アノンはさっき勇者失格だと言ったが、そもそも勇者である資格だとかなんだとか、そんなことを考えるのが間違ってると思うぞ。勇者ってのは清廉潔白で、迷いもせず誰にも負けずに役目を全うするような奴なのか? 勇者はアノン以前に誰1人としていないのに、どうしてそうだと決めつける?」
「で、でも! それが求められる勇者というものじゃないですか!」
「それはその辺の大したこともしてない奴らが勝手に求めてるだけだ、無視しとけ。それに考えてみろ、もしアノンが勇者失格だと大勢が言ったとして、そいつらはアノンから勇者という立場を奪えるのか? 剥奪出来るのか? 無理だろ? 迷っていようが、悩んでいようが、アノンは勇者ということだ」
勇者というものに固執したあまり、そこにシステムのような完璧な性能を期待して、人間だということを忘れている奴が多すぎる。勇者であるアノン本人がそうなのだから目も当てられない。
店員は奴隷では無いし客は神ではない。それと同じように勇者はシステムでは無い。
こんな少女に背負わせ過ぎだ。
「迷ったって悩んだっていいんだ。敵だと思えないなら戦わなくていいんだ。敵だと思ったなら戦えばいいんだ。優しさに人も獣人もあるか! 人にだってクソみたいな奴もいれば、獣人にも優しい奴がいる。固定概念で縛られるのはよくないぞ。そもそもアノンの目指すところは獣人の殲滅じゃなく戦争の無い平和な世界だろ? 人と獣人が仲良くしてる世界だっていいじゃないか」
「っ!? そうでした……私は別に獣人を滅ぼしたい訳じゃない……」
「だろ? だったら人を正義と、獣人を悪とするんじゃなくて、正義を正義と、悪を悪とすればいいじゃないか。獣人に対しての印象が変えられないのならば、自分の心に落としどころを見つけて、良好とはいかなくとも敵対しなきゃいい」
「つまりは……」
「他人に自分の意志を縛られずに、アノンが思った通りに思ったように相手と接していけばいい。正直に、自分が納得できるように行動すれば、そんな泣きそうになることもないんじゃないか?」
「なっ、泣いてません!」
「まあ、安心しろ。アノンが俺の知ってるアノンであるなら、俺もセラフィもお前の味方だ。それにロニとフーシーもそうだと思うぞ。だから、もっとアノンらしく行動しろ。そっちの方がきっと楽だし楽しいぞ」
「……ありがとうございます。そうですね、私はこの村の人達が好きです! もう、自分に嘘はつきません!」
話を終えると、アノンは先程までの不安そうな表情が嘘だったかのように綺麗に笑った。
「よし! 私もこのお祭りを楽しむことにします! ヨゾラ先輩! お酒、付き合ってくださいね!」
「おう! 存分に飲むぞ!」
笑うアノンと共に酒を貰いに行って、遅れての祭りを楽しむことにした。
自由な女神「まあ勇者といえ人間だからね、悩むこともそりゃあるさ。ヨゾラ君がしっかりフォローしてとりあえずは吹っ切れたみたいだね」




