獣人の国へ〈2〉
魔王討伐に向けて旅立ってから数か月、俺達は現在森の中で野営をしていた。
これまでも野営をすることはあったが、それは街から街への道中に、ほんの数日する程度だったが、その野営が今日で半月が経とうとしている。
その理由は、次の街までが遠いのではなく、ここから先に人間の街が無いからだ。
「獣人達の国までは後半月程ですね……」
そう、ここから先にあるのは獣人達の住まう街しかない。
俺の勝手な思い込みだったのだが、獣人の国というのは果ての秘境のみだと思っていたのだが、そうではなく人間の国と同じように、街や村があるらしい。
魔王の城があるのが果ての秘境に出来た王都なので、最終的な目的はそこなのには変わりないが……
この500年で獣人達の数も大幅に増え、果ての秘境だけで暮らすのには限界があったようだ。
獣人の街というのは、様々な種がいる中で同じ種同士が集まって出来ているように想像してしまうが、実際はそうではない。
そもそも、純潔種――1つの種族の血しか入っていない獣人というのは今では珍しく、混血種――2種類、もしくはそれ以上の種の血が混じり合った種の方が断然多く、1つの種のみで街を構成するのはほぼ不可能なんだそうだ。
種族が違うからといって争ったりするようなことはないらしい。魔獣から獣人になった時に獲得した人間らしい思考能力からそうなっているのか、人間という共通の敵がいるからかは分からないが……
詳しいことは流石に知っている奴はいなかった。獣人の出自を知っている者がいないので予想が付かないのも仕方のないことだ。
その辺のことは、獣人の村なんかに着けば分かるかもしれない。このまま野営を続けて王都に向かうのは無理があるので、何処かで獣人の村や街に入ることになる。
ご丁寧なことに、獣人に変装するための魔道具をフロディスが用意していた。
それを付けると、ケモ耳や尻尾が生えてきて、更には理屈は分からないが匂いに敏感な獣人の鼻を誤魔化すことも出来るらしい。
といっても、魔王に仕える幹部のような相手には見破られてしまうらしく、魔王城に潜入したりといったことは出来ないようで、これまでは獣人の街や村に潜入して情報収集をするくらいの使い方をしていたと言っていた。
つまりは王都に入った段階から、ほぼいつでも戦闘を行えるようにしておかなければいけない。気を抜いていい訳ではないが、ある程度安心していいのは王都に着くまでとなるだろう。
これからのことを色々と考えながら、俺はパチパチと音を立てる焚火に追加の薪を投げる。
周囲には誰もいない。今日の見張りは俺で、他のメンバーは魔法で簡易に作ったコテージのような場所で寝ている。
ゆっくり焦げ落ちていく薪を見つめていると、コテージから寝ているはずのセラフィが出てきた。
「どうしたセラフィ?」
「何だか目が覚めてしもうてな。茹で卵不足で体調が悪いのかもしれぬ」
「いや、それだけは無いから安心しろ」
寝ぼけているのか、開口から中々に頭の悪いことを言いだした。
セラフィは戻る様子もないので、魔法で適当な椅子を作ってやると、その上に腰を下ろした。
「冗談はさておき、獣人達の住む場所が近づいてきてから調子が良くての。まあ、はっきりと理由は分かっておるんじゃが」
「その理由ってのは?」
「儂は精霊じゃからの。周囲の魔力が豊富になればその分だけ調子が上がるんじゃ。こうして人の身となってもその特性は変わっておらん。こうして起きてしまうのも、身体が睡眠をそれ程必要としておらんからじゃろう」
「ここに来て新しい設定が出てきたな。そんなの初めて聞いたぞ……」
「言っておらんかったからな」
凄いじゃろうと無い胸を張るセラフィは、正直いつもと変わらないように見えるのだが、本人がそう言うのであればそうなのだろう。……たぶん。
「にしても、周囲の魔力量なんてそんなに変わるもんなのか? 秘境とかならまだしも、いくら獣人の国に近づいてきたとはいえ、ここはまだただの森の中だぞ?」
「ふむ、その辺の細かいことは流石の儂にも分からんな。獣人による影響か、魔王による影響か……まあ、気にすることでもないじゃろう。特に何か害がある訳でも無し、むしろ相方の調子が上がったんじゃ。喜ぶがいい」
「わー、嬉しいなー」
「……さては喧嘩を売っておるな?」
適当に流すとセラフィは若干ピキっていた。
そんなことはさておき、セラフィの調子がいいのは実際喜ぶべきことだ。戦闘面でどれ程の違いが出てくるかは分からないが、もし少しでも火力なんかが上がったとなれば、大変心強い。
アノンの勇技を含めても、セラフィの方が火力自体はある。そこまでの火力が必要になるかは分からないが、それでも火力を担当する以上は、高くなっておく方がいいだろう。
「そういえば、セラフィも獣人の街に入る時はアノン達にセラフィが精霊だってバレないように変装するけど、変装しなかった場合ってセラフィは敵って獣人に認識されるのか?」
「どうじゃろうな。儂も括り的には獣人ということにはなるが、話を聞く獣人よりも見た目は限りなく人間に近い。微妙なところじゃろう」
「結局は実際に獣人に会ってみないことには分からないことが多いな」
「そう先を急ぐことでもなかろう。直ぐに答え合わせは出来るのだから、今はあまり考えなくてもよいんじゃないか?」
「そうだな」
半月後には獣人の街か村に入ることになる。今、答えが分からなくて悩む必要は確かに無いだろう。
「それはそうとヨゾラ、儂は腹が減ったぞ」
「……お前が起きてきた理由、目が覚めたんじゃなくて腹が減っただけなんじゃないのか?」
いいことを言ったと思えばすぐにこれだ。
俺はそんなセラフィに呆れた笑いを投げつつ、仕方が無いので飯を用意してやることにした。
――――――――――
あれから半月程進み、俺達は魔道具を使って獣人に変装していた。
まだ森の中を歩いているのだが、この辺りからいつ獣人に遭遇してもおかしくないということで、念を入れて変装することにしたのだ。
全員、種族はバラバラだ。
アノンとセラフィは猫耳と猫尻尾が生えている。犬よりも圧倒的に猫派の俺は最初とてもテンションが上がったものだ。
感覚はしっかりとあるらしく、いきなりセラフィの猫耳を触った時は驚かれ怒られた。
ちなみにフーシーが狐でロニが犬、俺が狼となっている。
頭の上に耳があるというのはとても違和感があり、俺は未だに慣れずに風なんかが吹くと耳がぴくぴくと反応してしまうのでセラフィに大爆笑される。
こいつ、次は尻尾を触ってやろうか……
誘っているようにしか見えないフリフリ揺れるセラフィの尻尾を横目に見ながら歩いていると、前を歩いているアノンが足を止めた。
何かあったのかと思い、俺も前に目を向けると、そこには人間が住んでいるようにしか見えない村があった。
だが、そこに歩いているのは明らかに人間ではない。俺達のように変装しているわけでもない本物の獣人達。
遂に初めての獣人の村に到着したのだ。
皆の緊張が高まるのを感じた。
一見平和そうな村で、ここから見える村人達がのどかな雰囲気をしているとはいえ、相手は戦争をしている種族なのだ。万が一変装がバレれば不味いことになる。緊張するのも仕方が無いだろう。
俺とセラフィは、そもそも獣人をそれ程敵視していないので、あまり緊張はしていない。ここは変に緊張している3人よりも俺達が先に行った方が良さそうだ。
立ち止まっているアノン達を追い越して俺とセラフィは村に向けて歩く。
最初は驚いた様子だったが、俺とセラフィに緊張している様子が無く意図を察してくれたようで、何も言わずに後を付いてきた。
村の目の前まで来ると、村人の1人が俺達に気が付いたようで近づいてくる。
俺の耳に付いているのと似た狼の耳を生やした、男の老人だ。
「こんな辺境の村にお客人とは珍しい。ようこそ冒険者方、儂はバルト、この村の村長ですじゃ」
怪しまれないか心配だったが、杞憂だったようだ。バルトと名乗った老人は丁寧に挨拶をしてくれる。
「俺はヨゾラだ、よろしく頼むバルド村長。早速で悪いんだが、少しの間でいい、この村に滞在させてもらえないか?」
俺は冒険者らしく最初から言葉を崩して喋る。変に違和感を抱かれない為には重要なことだ。
「滞在、ですか……それは勿論構いませぬが、どれ程おられますかな?」
「そうだな……仲間達もしばらくの野営生活で疲労が溜まっている。5日程を考えている」
「5日ですか、でしたら問題はありませんな。この村に宿はございませぬが、空き家がございます。食事などもこちらで用意いたしましょう」
「それはありがたいが……いいのか?」
「ええ勿論。助け合いこそが獣人のあるべき姿。儂らでは出来ないことを普段あなた方冒険者が行ってくれている。なれば、儂らは出来ることで手助けをするのは当然のことでありましょう」
随分と気持ちのいいことをバルドは言う。こうなると騙している側である俺達は罪悪感が強くなるが、ここである程度の休息と補給はしなければいけないので、心の中で申し訳ないと思いながら、言葉に甘えることにした。
初めて訪れる獣人の村は、人の作る村と殆ど変わりがない。
その温かさも、俺が転生してきたばかりのころに世話になった村とよく似ていた。
それでも、出来うる限りの情報収集は行わなくてはならない。
色々と複雑な感情が混ざった、獣人の村での短い滞在が始まった。
自由な女神「結局人も獣人も心に大した違いはないんだね。ほんと、何で戦争なんか始めちゃったんだろうね」




