魔王討伐に向けて
アノンが勇者だとフロディスから告げられてそれなりの時間が経ったが、俺の学校生活自体にそこまで大きな変化はなかった。
アノンやロニ、フーシーと行動を共にすることは多いが、傍から見れば実力のある後輩と仲のいい先輩という風にしか見えないだろう。
授業などは別々なので、何か特別なことがあると悟られることもなく、強いて言えば英傑であるロニとフーシー、その2人と模擬戦をして勝利した俺とセラフィと一緒にいるアノンが何者だと微かに噂になる程度だった。
勇者だと大々的に公表するのは1年後の魔王討伐に出発する時になるとフロディスが言っていたので、それまでは俺も話すわけにはいかない。
学校内が混乱するのは目に見えているしな。
アノンの実力についてだが、俺も未だに分からない。
普段の授業などでは周囲に合わせるようにかなり実力を抑えているらしく、知っている限りでは多少実力のあるという程度だ。
そろそろ行われる合宿では、是非ともその実力を見せてもらいたいところだ。
本来ならば学年の違う者同士で組んで合宿を行うことは無いのだが、なにやら不思議な力が働いて許可が下りている。
確実にフロディスが手を回したのだろう。
俺に関しては、特に何かをする訳でもなく、今のところは流れに身を任せることにしていた。
1年後の魔王討伐までにレベル上げなど備えることはあるが、現状はそれ以外に何か行動を起こす必要性を感じていなかった。
本来であれば学校を楽しむということ自体はまだ続くはずだったのだ。それが短くなってしまった以上、残りの時間を目一杯楽しむことにしようと思っている。
唯一気になることといえば、クレーティオのことだ。
これまでそれ程回数が多かった訳ではないが、夜にクレーティオと話そうと思えばいつでも話すことが出来た。
しかし、最近は話をしようと思っても一切クレーティオに会うことが出来ないでいる。
魔王が現れたことについてや、何も関係ない他愛ない話などクレーティオと会って話したいと思っているのだが、元々そんなことが出来ないかのように普通に寝ては起きてしまう。いよいよクレーティオに何かがあったのではないかと思えてきた。
俺のことを抜きにしても、敵が多いようなことは言っていた。それが俺の件でさらに増えていそうなのは、細かい事情を知らなくても何となく話の流れで察することは出来た。厄介なことになっていなければいいのだが……
いざとなれば力になってやりたいとは思う。たとえクレーティオの行動に正当性が無くとも、他の神のことを聞いているのもあるが、俺をその神達の手から守ってくれたクレーティオの味方をするのは当たり前のことだ。
神相手に俺が何かを出来るかどうかは怪しいところだが、もしもクレーティオが助けを必要としているのだとしたら力になりたいものだ。
「なにやら色々と考えておるな。あまり1人で抱え込むでないぞ」
「ああ、分かってるさ」
今日はセラフィとのんびり帝都内をぶらついている。
考え事をしていたのがバレたのか、セラフィが声を掛けてきた。顔に出ていたのか、それにしてもよく見ている奴だ。
「まあ正直今悩んでいてもしょうがないことばかりなんだ。もしどうしようもなくなったらセラフィにはちゃんと相談するよ」
「なら良い。それにしても、こうして何の予定も無く過ごすのは久しぶりな気がするのう」
「そうだなぁ……普段は学校だし、休みの日はギルドで依頼をこなすかレベル上げだったもんな。まあ金にもかなり余裕が出来たし、偶にはな」
いくら懐に優しい生活をしているとはいえ、全く金が掛からない訳じゃない。金の出所が無い俺達は自分達で稼ぐ必要があるのだ。
「セラフィは欲しい物とか無いのか?」
「欲しい物か……特にこれといって思いつかん。儂は美味しい飯が食えれば我儘は言わん」
「お前飯に関しては本当に本気だよな。そういや飯で思い出したが、最近茹で卵食ってないけど、いいのか? 前は頭おかしいんじゃないかってくらい茹で卵しか言わなかったのに」
「そ、そんなに茹で卵ばかり言っておらんかったじゃろう! 儂を何だと思っておるんじゃ!」
「茹で卵級精霊?」
「そんな精霊はおらん!」
セラフィがキレて俺の横腹を殴ってきた。意外と痛い、攻撃力が随分と上がったもんだ。
「久方ぶりに茹で卵という言葉を聞いて食いたくなってきたのぅ」
「今日作ってやるよ」
「流石儂の相方じゃ、良く分かっておる」
茹で卵を食えるとなっただけでウキウキしている。可愛いのだが、このそこはかとない残念感はどうにかならないものか……
「ん? あれは……アノンではないか?」
セラフィが何かに気が付いたように視線を向けたので、俺もそちらを向くと、アノンが1人で歩いているのが見えた。
いつもロニとフーシーが共にいるので、アノンが1人でいるのを見るのはかなりレアだ。
このままスルーしてもいいのだが、アノンに忙しそうな様子は無いし、折角なので声を掛けてみることにする。
「アノン、こんなところでどうしたんだ?」
「ひゃんっ!? あ、ヨゾラ先輩とセラフィ先輩でしたか……」
「随分と可愛い声が出たのぅ……」
「す、すいません。突然後ろから声を掛けられたので驚いてしまって……」
「いや、別に怒ってはおらんが……相変わらず身に秘めた強者特有の雰囲気と噛み合っておらんな」
可愛らしい声が出てしまったのが恥ずかしいようで、アノンは顔を真っ赤にして俯く。
もう何度も思ったことだが、こうして見ていると、とても魔王を倒す勇者には見えない。それどころか、本当に戦えるのかどうかすら怪しいように思えてしまう。
まあ心配しなくとも、授業などではしっかりと戦えているようだし、ロニとフーシーもその辺は心配している様子が無いので、問題は無いのだと分かる。
「こんなところで何をしてたんだ?」
「その……何か役に立つ魔道具でも見つからないかなぁと帝都内のお店を見てました。ヨゾラ先輩とセラフィ先輩はそういったお店でいい場所は心当たりありませんか?」
どうやらアノンは魔道具を探していたようだ。
フロディスに相談すればかなり高性能の魔道具を用意してくれそうなものだが、そうしないのは私的な理由が大きいからなのだろう。
アノンの性格を考えればこういう場合遠慮しそうだしな。
それにしても魔道具屋か……帝都にいる時間だけならばアノンよりも俺の方が長いだろうが、あまり帝都内を詳しく見て周ったことは無いので、あまり詳しい訳ではない。
魔道具屋と聞いて出てくるのは、もう500年も前の店だ。ダメもとで行ってみるか?
「まだあるか分からないが、それでも良ければ案内するよ」
「ありがとうございます! よろしくお願いします」
ルピがやっていた魔道具屋までの道のりは何となく覚えている。
俺は記憶を頼りにセラフィとアノンを連れて目的の魔道具屋に向けて歩き出した。
――――――――――
ルピの店はすぐに見つかった。
相変わらず怪しいと言うか、何とも特徴的な店なので近くまでくれば発見するのに時間は掛からなかった。
勿論ルピはいないだろうが、外から見る感じ魔道具を置いているようなので、店自体に変わりはないのだろう。
アノンは本当にここに入るんですかと不安気に呟いているが、俺としては別に躊躇うことは無いのでさっさと店に入ることにした。
店内には魔道具が所狭しと並んでいる。
相変わらず魔道具に関しては詳しくは無いが、ルピがやっていた時と同じなのであれば、かなり良質な魔道具が並んでいるのだろう。
店に入るまで不安そうにしていたアノンは、元々気にしていなかったかのように魔道具に夢中になっている。
買い物はそこそこ時間が掛かりそうなので、適当に店内を見て周ることにした。
俺の隣をセラフィは店内を見渡しながら付いてきている。
「ふむ……何とも怪しげな店じゃと思うが、意外にも中はしっかりしておるもんじゃな」
「そういやセラフィは来たことなかったな。置いてある魔道具の性能もなかなかだぞ」
「ここはルピがやっておった店なのじゃろう? 戦装を貰っておいて今更疑ってはおらぬ。この時代じゃと店をやっておるのはルピに近しい血を持つ者か弟子といったところじゃろう。であれば魔道具の性能も期待できるというものじゃ」
正直店員に声を掛けても困らせるだけだろうから確認はしない。
もしかしたら戦装を見せれば何かしらの話が聞けるかもしれないが、それをするにしてもアノンがいない日に改めてということになる。今は魔道具を見るだけにとどめておこう。
しばらく店内を見ていると、アノンは買い物が終わったようなので店を出ることにした。
買った魔道具はしまってあるようだが、アノンの表情を見る感じ満足出来る買い物をしたようだ。
「ありがとうございます! 良いお店を紹介してもらえてよかったです!」
「どういたしまして。アノンはこの後どうするんだ?」
「特に予定も無いので帰ろうかと思います」
「そうか。なら折角だし一緒に飯でも食うか? セラフィの要望もあって今日は俺が作る予定なんだが、それでもよかったらだけど」
「えっと……いいんですか?」
「俺はいいよ。2人分も3人分も大して差は無いしな。セラフィもいいよな?」
「これは卵が大量に必要じゃのぅ」
いいかどうかを聞いたのに既に卵の心配をしている辺りセラフィらしい。
「ではご一緒させていただきますね」
「ああ。アノンとはゆっくり話したかったしな」
食事にアノンが参加することも決定したので、俺達は買い物をしつつ帰ってきた。
セラフィが狂ったように茹で卵を食べる様子を見たアノンが若干戦慄を覚えたような顔をしていたが、気楽に食事をしながら話していたおかげか、アノンとも大分打ち解けることが出来た。
最後の方はロニやフーシーと話している時のようにはっきりと喋っていたので、俺としても誘って良かったと思えた。
数週間後には合宿を控えている。ロニとフーシー、それからセシルとルーシェの実力は知っているので問題無いが、未だ見たことのないアノンの実力はどれ程のものか……
何も知らない状態で秘境に潜るのは少し怖いと感じながらも、楽しみという気持ちが大きいのは間違いない。
最悪今の俺とセラフィならば戦装を使えばケルベロスレベルの魔獣が出てきても普通に対応することが出来る。
そこまで気にする必要ないと考えるのをやめることにした。
自由な女神「こうやって思い出深い場所が残ってるのは嬉しいよね!」




