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アノンの正体

 ロニとフーシーと模擬戦をしてから1週間が経った。

 この1週間は、予想していた通り、クラスの奴らから色々と聞かれたり、後輩となる新入生達から声を掛けられたりと慌ただしい日々だったが、問題自体は何も起きていなかったのでそれだけは安心だ。

 それと、ロニとフーシーが英傑だということは、学校内では周知の事実となっている。その2人に勝った俺とセラフィに対して、あからさまに距離を取るようになった奴らもいた。

 特に貴族にその傾向が強かったのだ。ルーシェが言うには、英傑にも勝てる程の力がある俺とセラフィに対しては、地位なんかで圧力をかけることが効果的に働かないという見方をして、貴族としての地位を振りかざしていた連中には厄介みたいだ。

 そんな奴らはそもそも俺達も仲良くする気など微塵にもないので、結果的には丁度良かった。


 週末、俺は何かを知っていそうなフロディスに話を聞きに行こうと思っていたのだが、タイミング良くと言うべきか、向こうから呼び出しがかかった。

 セシル経由だったので、セシルも一緒に来るのかと思っていたが、そうではないみたいだ。どうやらセシルの父親であるザルバから伝えておくように言われたらしい。

 別に緊張するということもないのでいいのだが、俺とセラフィだけで城に行ったとして通してもらえるのだろうかと心配だったのだが、そういえばフロディスからいつでも城に入れる通行証のようなカードを貰っていたことを思い出し、それを門の前で警備している兵士に見せるとすんなり通してくれた。

 俺達が来たこともすぐに伝わり、案内の兵士がやってきてフロディスが待っている部屋まで通してくれる。

 部屋に入ると、フロディスとザルバとフリザーブだけではなく、ロニとフーシー、それからアノンもいた。


「来たか。久しぶりだなヨゾラ、セラフィ」

「久しぶりだフロディス」


 フロディスと軽く挨拶をすると、あまりにも気軽な態度にロニとフーシーとアノンが驚いていた。

 やはり普通は皇帝に対してこんな態度は取らないのだろう。今更直すつもりは無いので、3人の様子には気が付かないフリをしてやたら豪華なソファーに腰をおろした。


「それで、話ってのは?」

「まあそう焦るな。――まずはお前達の模擬戦、実に見応えがあった。実力のある若者がこうして集まったことを嬉しく思う」

「恐縮です陛下」

「勿体なきお言葉です」

「え、えっと……私もです……」

「ヨゾラとセラフィよ、この2人と戦ってみた感想はどうだった?」

「世辞なしに強かったよ。少なくとも、俺が今まで出会った中では1番強かったのは間違いないな」

「うむ、まさか魔法で儂の知らない技術を見せられるとは思うていなかった」

「なるほど……それは前回話に出たクレーティオという者よりも、ということか?」

「クレーティオは抜いての話だな。そもそもクレーティオと比べるという発想が俺にはなかった。あいつと比べたら俺やセラフィでも弱いって言えるからな。まあ、実際クレーティオが本気で戦ったらどのくらい強いかなんて俺も知らないんだけどな」


 ロニとフーシーは強い。自分で言うのもなんだが、この世界でスペックだけで言えば最高クラスの俺とセラフィが言うのだから間違いないだろう。

 ただ、神という人間とは領域の違うクレーティオと比べてしまうのであれば、誰であっても弱くなってしまう。ステータス自体は知っているが、クレーティオの強さが俺が見たステータスだけで測れるとは思わないしな。


「その……クレーティオという人物はそんなに強いのですか?」


 クレーティオのことを知らないのであろうロニが、恐る恐るフロディスに質問した。

 前回の模擬戦を見てなかったのならば知らないのも無理は無い。あの場にいたとしても、殆どの観客はクレーティオの強さを測ることは出来なかっただろう。何が起こっていたのか、理解するのすら難しかったはずだ。

 そんな状態では、クレーティオの噂すらそれ程出回っていないのは不思議ではない。そもそも名前すら知らないのだから。


「ザルバ、軽くでいい説明してやれ」

「直接目の前で見た俺の感想で言えば、アレは化け物だ。戦場で獣人の兵士100人のど真ん中の放り出された方がまだ勝機はあるだろうな」

「冗談でしょう?」

「いいや事実だ。たとえどんなに不意を突いたとしても勝てるような相手ではない。それは俺だけじゃなく、この場にいる全員に言えることだろう」

「……」


 ザルバの言うことはほぼほぼ事実だろうな。

 正直に言えば、戦装を纏った状態のセラフィの火力があればクレーティオのHPを削りきることが出来なくも無いだろうが、それはクレーティオが何の抵抗もせずにセラフィが全力の魔法を何度も打つことが前提となるが。


「それ程の実力者が認知されずにいたなんて……」

「俺も前の模擬戦までは知らなかったからな。この場にいる中だと、ヨゾラとセラフィしか知らなかったんだ」

「ちなみに言うが、儂も前の模擬戦で初めて会うまで知らなかったぞ」

「ではヨゾラだけだったということだ」

「ロニ達にも言っておくが、クレーティオのことは詳しく話せないぞ」

「それはセラフィにもか?」

「セラフィは別だ」


 実はクレーティオのことについてはセラフィには話している。今更隠す程の仲ではないし、俺のことについても話をしてある。

 その時の反応はセラフィらしいと言えばいいのか、そこまで大きな反応は見せなかった。事実を事実のままに受け止めたという感じだった。


 ロニとフーシーはとても気になるようだったが、俺は話す気はない。

 妙な空気になりつつある中、フロディスが話を元に戻すために口を開いた。


「まあ今はそれは置いておこう。一先ずヨゾラとセラフィがこの英傑2人に対してどれ程の評価を持っているのかは理解出来たしな。――それでヨゾラ、気になっているのではないか?」

「ん? 何がだ?」

「そんな英傑2人と行動を共にしているアノンのことがだ」

「わ、私ですか……?」

「まあ、気になってはいるな」


 アノンが英傑ではないことは聞いている。だが、ただの一般人が英傑2人と行動を共にしているのは明らかに不自然だ。

 俺はアノンと初めて会った時に軽く自己紹介した以外では話したことがないので、アノンがどんな人物なのかを詳しくは知らないが、見ている限りでは気の弱い女の子という印象が強かった。

 にも拘わらず、アノンからは無視できない何かを感じているのもまた事実だ。何かしらの秘密があると俺はみている。


「アノン、ヨゾラとセラフィの話してもよいな?」

「えっと……ロニ君とフーシーちゃんと模擬戦をしたってことは、そういうことなんですよね?」

「俺はそのつもりだ。元々、模擬戦などしなくても俺は問題ないと思っていたがな。貴族連中を黙らせるには必要があったというだけだ」

「陛下がそこまで信頼されているのであれば、私は問題ありません」

「そうか……」


 フロディスとアノンは何やら意味深なやり取りをしている。

 話の文脈から察するに、俺とセラフィに何かをしてほしいのだろう。俺達に一言も告げずに話が進んでいるのは解せないが、内容が分からないので一先ず大人しく話を聞いておくことにする。


「では話すことにしよう。まず、初めに言っておく。ここにいるアノンは勇者の称号を持っているんだ」

「……それは本当なのか?」

「ああ、本当だ。そして、勇者となった者がやるべきことが何だか分かるか?」

「魔王を倒すことだ」

「そうだ。アノンは数か月前に勇者の称号が発現し、それからは秘密裏に魔王を倒すべく訓練してきた。魔王討伐に動くことになるのは、今から1年後になる」


 魔王を討伐するということは、獣人との戦争に終止符を打つということを意味している。勝った場合は勿論、負けた場合に別の勇者が現れるかは分からない。負けの場合は人の敗北という結果で戦争が終わるはずだ。

 こうなってくると、俺が目指していた獣人との友好を築くことは難しくなった気がする。俺の勝手な推測でしかないが、勇者という存在が現れた以上、獣人全てか魔王という存在が人間にとっての悪だということが断定されたと考えていい。


「アノンが学校に来たのは、そこでさらに力を付けるためか?」

「力を付けるにこしたことはないが、目的はそれではない。今のアノンは魔王に対抗するのに十分な力を持っていると、俺は思っているからな」

「じゃあどうしてだ?」

「俺はヨゾラとセラフィにアノンが魔王を討伐するのに仲間として同行して欲しいと思っている。ただ、急に仲間として加わっても上手く戦えるとは思えない。だからこの1年でヨゾラとセラフィのことをよく知り、背中を預け合えるようになればと考えたのだ」

「なるほど、そういうことか……」

「どうだ? 頼まれてはくれないか?」


 俺は以前に、帝国に仕える気はないとフロディスにはっきりと言った。だからこそ、頼みやすい場を整えたのだろう。

 ロニとフーシーが俺達と模擬戦をしたのも、この2人がアノンと共に魔王討伐に赴くからだろう。先に俺達が実力をある程度知って、この件についての回答を出しやすいようにしたのだ。


 事の流れは、俺が望んでいた方向に無い。獣人との友好を築くにあたっては、魔王の討伐はさらなる亀裂を生みかねないからだ。

 だが、俺の答えはすぐに決まった。そもそも根底で俺が目指しているのは、異世界を楽しむことだ。


「分かった、魔王の討伐には協力する。勇者であるアノンの手助けをすればいいんだな?」


 勇者パーティーとして魔王を討伐するなんて、異世界の醍醐味だ。俺が見逃すわけがない。この際、獣人との友好は魔王を討伐してから考えるとしよう。

 何だか急に異世界らしくなってきてワクワクしてきた。学校に通っていられるのが後1年なのは少しだけ寂しい気もするが、欲張りばかり言っていても仕方がない。目の前のイベントを楽しむとしよう。


「ここにいるメンバーは魔王討伐の仲間となる。当面は出来る限り行動を共にして交友を深めてくれ」


 魔王がどのくらい強いかは分からない。それまでに出来る準備はしておこう。

 合宿なんかはこのメンバーを含めてセシルとルーシェを誘ってレベル上げをしてもいいかもしれない。学年は違うが、その辺は融通してくれるだろう。

 今年は去年とはまた違った学校生活になりそうだ。魔王討伐もそうだが、そちらも楽しむことにしよう。


 アノンとも、もう少し詳しく話をしたかったが、今日のところはとりあえずこの辺にして解散することとなった。

 何かあればフロディスに頼ることも出来るので、そこまで心配することもない。

 俺は楽しみな気持ちだけを抱えて、明日からの生活に臨むことにした。



自由な女神「遂に勇者の登場だね! いよいよ異世界っぽくなってきたよ」

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