始まりの村
目を覚ますと、俺は木々に囲まれた森の中に倒れていた。
立ち上がったばかりの頭を働かせ、自身が今置かれている状況を整理する。
「――ここはもう、俺の知らない世界なんだよな……」
地球ではなく、ルーディスという世界に転生することになった俺は、クレーティオに見送られて新たな人生の一歩を踏み出した。
意識の消失からどのくらいの時間が経過したのかは分からない。つい先程までクレーティオと話していたような気もするし、それでいて普通に睡眠していたくらいの時間が経っている可能性もある。感覚的には、クレーティオとの会話をしていた時間は夢を見ていたような感じだった。
ステータスを開くと、夢ではなく現実だったと教えてくれる。そもそもステータスを開くという行為を行い、実際に出来ている時点で現実だと分かりきっていることのはずなのだが、どうにも自然とステータスを開くことになんの違和感も抱かなかった。
自身の順応性の高さに若干呆れを覚えながらも、ヨゾラの作者という称号を目にして、ようやく身体を動かす気力が湧いてきた。
「俺自身が俺の作者か……随分と詩的なことだな……」
人生の主役は自分などとはよく言うが、世界という作品の中で主人公などはおらず、誰も彼もがただの登場人物でしかない。神という作者に全てを決められていることを知らずに、何もかもがまやかしのままで生きていく。俺は多少の差はあれど、地球においては結局その1人だった。
だが、今から始まる人生は俺が主人公の物語。それを実感すれば自然と心躍る。
「まずは何から始めるか……」
俺はまだこの世界のことをよく知らない。言うなれば見た目は大人、知識は子供というどこぞの名探偵と似た境遇だ。何ならレベルも1なので身体能力も子供でハリボテ状態だ。
クレーティオのことだから、この周辺が危険だということはないだろうが、早めに安全の確保は行っておいた方がいいだろう。
「近くに村があるって言ってたな。まずはそこに向かうか」
周囲はどこも似たような景色なので、どちらに向かえばいいか判断に迷うが、じっとしていても仕方がないので、とりあえず前に進んでみることにする。
歩きなれない森の中は、整備されている道を歩くのとは違って、体力を余計に持っていかれる。俺は何度か休憩を挟みつつ二時間程歩いていると、視界の端の方に人工物らしきものを捉えた。
それは木で作られた柵であり、その先には住むための家など、確かな村が広がっている。
辿り着けたことにほっと一息吐いて村の傍までやってくると、偶々通りかかったであろう村人らしき中年の男性が俺に気が付いて近づいてきた。
「冒険者か? こんな辺鄙な村になんの用だ?」
どうやら俺のことを冒険者だと思っているらしい。
やはり異世界、冒険者という職業はちゃんとあるようで、それも俺のような見た目が弱そうなのも冒険者だと思われることから、かなりありふれたものなのだろう。
冒険者だと証明する物がある可能性もあるので、ここは素直に誤解を解いておく方がいいかもしれない。最悪の場合、騙そうとしていたと捉えられかねない。
「俺は冒険者じゃありません。森の中で迷ってしまいまして……彷徨っているうちにこの村を見つけたって感じですね」
実際殆ど迷っていたようなものなので嘘はついていない。ルーディスの地理を全く分かっていない俺は、森でなくとも、何処にいようとも迷っているようなものだ。
「そうだったんかい……そりゃ難儀なことだ。さっきも言ったがなんもねぇ村だが寄っていきな。もうそろそろ暗くなるし、寝床と飯くらいは用意してやるからどっかに行くなら明日にしな」
「ですが……俺に返せるものは……」
「ははっ、そんなん気にしなくていいんだよ! 困ってる奴を一晩も面倒見れない程生活に困っちゃいないからな」
メイドインジャパンである俺が秘技遠慮を発動すると、おっさんは強面な顔に似合わず暖かく笑って迎えてくれた。
正直今後どうしようか悩んでいたので、一日ゆっくりと考えられる場所を確保できたのは大きい。折角なので、簡単なことを色々と聞いてみるのもいいかもしれない。
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えてお世話になります」
「おうよ! 俺はアルギだ。あんたは?」
「ヨゾラといいます」
「それじゃあヨゾラ、まずは村を案内するぜ。村の奴らにも会うだろうが、皆いい奴だから安心しな」
アルギに連れられて村の中を歩く。
まさに田舎という雰囲気で、会う村人全員が近所の知り合いのようにアルギと一言二言話していく。見慣れない俺に対しても疑問は覚えるようだが、アルギが説明すると直ぐに納得して快く俺に声をかけてくれた。
都会の、さらには一軒家に住んでいた俺には新鮮な感覚だったが悪い気はしない。年齢層が大人と子供しかおらず、同年代がいないので気軽に話せる相手がいないのには不安を若干おぼえたが、心地悪さは無かった。
村自体は、来客が来ることを前提としていないのか、商売という意味での活気はない。アルギに聞くと、食事などは基本的に自給自足で、必要な物だけを時々大きな街に買いに行くらしい。
何だかんだそれなりの時間村の中を歩いて、最後に俺が今日泊る家に連れてきてもらった。
「今はもう使われていない家だから好きに使ってくれ。最低限の家具はあるし、村の婆さん達が時々掃除してるからそこまで汚れてないはずだ」
「何から何までありがとうございます。一つだけ、お願いがあるんですが――地図とかがあったら見せてもらってもいいですか?」
「地図か……そうだな、また森で迷って戻ってきたら笑いもんだ。待ってな、今持ってきてやるよ」
アルギはそう言って出ていくと、数分後には地図を持ってきてくれた。
地図を机に広げて、まずは自身がいる場所と、周辺のことについて把握することから始める。
今俺が滞在している村は、グラヴィウス帝国という国の西側にある辺境に位置している。帝都までは街一つを経由していくことが出来そうなので、街で準備を整えた後に行ってみるのがいいだろう。
帝都に着けば、本格的にこの世界のことを調べることが出来るはずだ。
帝国と聞くと典型的な軍事国家で、強さが求められる国という印象が強い。
今の俺ははっきり言って弱いので少し心配だが、潜在的な部分を見ればクレーティオによって高いものを与えられているので、レベルを上げれば問題は無くなってくる。
肝心のレベルを上げる方法が分からないのが問題だ。
基本に従うのなら敵を倒せばレベルが上がりそうだが。そもそも敵とは何なのだろうか?
魔物のようなものがいるのか、それとも人なのか……随分と哲学的なことだが、空想では何も得られない。明確な答えが必要だった。
「ヨゾラ君、お夕食持ってきたよ~」
これからのことについて色々と考えていると、気が付けば結構な時間が経っていたようで、外は既に暗くなっていた。
村を回っている時に挨拶をした老婆が夕食を持ってきてくれたようで、家の中にいい匂いが広がる。近所のおすそ分けというやつだろうか、どの料理も美味しそうだ。
野菜が中心の中に、メインで肉料理もある。
「この肉はどこで?」
「村の男達が狩ってきた魔獣の肉さね。確か~うるふとかいう名前だったかね? 牙と爪が鋭いんじゃ」
ウルフという名前で牙と爪が鋭いと聞くと、想像通りの狼のような見た目をしていると思って良さそうだ。
わざわざ魔獣と称したことを考えると、普通の生き物とはまた別の括りであることは間違いないだろう。冒険者という職業はこうした魔獣を討伐することも仕事としている可能性がある。
レベルを上げる方法として、魔獣を討伐することが一番有力だとも考えられた。
「そのウルフ――魔獣というのは、この辺だとよく見かけるんですか?」
「この辺で一番見かけるのがこいつなのは間違いないねぇ」
もしそれなりの数がいるんだとしたら、街に行く時に遭遇するかもしれない。レベルを上げるという面でみればいいことかもしれないが、今の俺には戦う術がない。明日の出発前にアルギに相談してみることにしよう。
「ありがとうございます。ご飯、いただきますね」
「若いんだからしっかりと食べるんじゃよ?」
孫と話すような雰囲気で笑う婆さんは、夕食を手渡すと帰って行った。
この世界に来て初めての食事で、地球との差はどのくらいあるのかと気になったが、そこまで大きな差はなく、家庭の味といった感じで美味しかった。
腹も膨れ、この後どうしようかとも思ったが、正直すぐに出来ることは何も無く、明日に備えて早めに寝ることにした。
用意されたベッドに横になると、慣れない環境で疲れていたせいか直ぐに意識が落ちていった。
――――――――――
「やあ、ヨゾラ君。異世界での一日目はどうだった?」
気が付くと俺は白い空間の中におり、目の前ではクレーティオが笑顔で話しかけてきていた。
「随分と早い再会だな。他人の世界に干渉するのは難しいんじゃなかったのか?」
「難しいよ。でも今はルーディスに干渉してる訳じゃなくてヨゾラ君に直接干渉してるからね」
「おかしいな……俺も神に干渉されなくなったはずだが?」
「それはヨゾラ君が僕からの干渉を拒んでいないからだね。言わば僕はヨゾラ君の物語の登場人物として、普通に出てくるキャラクターみたいな扱いになってるんだよ。変にヨゾラ君に危害を加えようとしない限りは、こうして話し掛けるくらいのことは出来るんだ」
それだけ聞くとクレーティオは俺の中でかなり大きな存在となっているように感じる。実際に大きな存在であるのは間違いないことだし、再会出来たこと自体は嬉しいのだが、なんだか釈然としない。
「んで、異世界での一日目がどうだったか、だっけ? まあ、まだ何も分からないし、これからだということしか言えないかな」
「それもそっか。でもすぐに大きなことをしようと思っちゃダメだよ? ヨゾラ君は潜在能力は高くなってるけど今はまだ弱いんだ。無茶したら簡単に死んじゃうからね」
「ちなみに、仮に死んだとしたらどうなるんだ?」
「多分存在ごと消えちゃうんじゃないかな? 正直分からないってとこが本音だけどね」
「それは嫌だな。頑張って生きることにするよ」
存在が消滅と言われてもピンとこないが、地球で死んだときのようにクレーティオみたいな神に拾われることはないのだろう。
そもそも神は俺に干渉できない。存在を拾うということも出来なくなっている可能性を考えて、クレーティオは分からないと答えたのだろうしな。
ちなみに俺が今クレーティオに呼ばれた理由を聞いたところ、ただ単に雑談しようということらしい。そんなんでいいのか神様とも思ったが、俺もクレーティオと話すのは楽しいと感じていたので、何も言わないでおいた。
それから俺の目が覚めるまでクレーティオとくだらない会話を続けて、俺はルーディスでの二日目を迎えるのだった。
???「今作の後書きを担当するのはこの自由の女神ちゃんです! 美少女である僕をここでも見れるなんて幸せだね!」
作者「本当にこいつに任せて大丈夫だろうか……」
自由の女神「なに? 文句でもあるのかい?」
作者「まあやるだけやってみればいいんじゃない?」
自由の女神「そんな訳で、次回から僕がばっちりヨゾラ君の活躍を振り返っていくから楽しみにしててね!」