VSケルベロス2
身体がありえないくらい痛い。この世界に転生してきてから、ここまでボロボロになったのは初めてだ。
そもそも地球でこのレベルの怪我をしていたら普通に死んでいたかもしれない。クレーティオによって身体を作り替えられていたおかげか、この世界のレベルやステータスという性質上なのかはハッキリとは分からないが、ありがたいものだ。
剣を構えながら送る視線の先には、それなりにHPが削れているであろうに、弱っている様子がそこまで見えない、相変わらず恐ろしい見た目をした魔獣ケルベロスが走ってきている。
戦装を纏った状態の俺と素早さがそこまで変わらないので、逃げることは不可能に近い。俺とセラフィだけだったならば逃げることも可能かもしれないが、セシルやルーシェを見捨てることは出来ないので、出会ってしまった時点で逃げる選択肢は無かったので戦うことになった。
戦装込みでかなり強くなっていたので、勝てると楽観的に考えていたのだが、もう少しよく考えればよかった。
地球にいた時はもう少し頭を回していたと思うのだが、最近は何かを深く考えることも無く、やりたいようにやっていたので抜けていた。
気を遣わずにいいセラフィやこれまで出会った人達のお陰で、いい方向に俺自身が変わっている証拠でもあるが、忘れてはいけないこともあるというのには気付かされたな。
反省はあるが、それは終わってからすることにしよう。
俺は精霊魔法を発動させる。先程まではセラフィもそれなりに全力で戦闘を行っていただろうから使っていなかった。
精霊魔法はセラフィが近くに居なくても使うこと自体は出来るが、俺が個人で発動させている訳ではなく、使っている間は、離れていようともセラフィの意志も必要になる。
セラフィがそれにリソースを使うことは変わりないので、セラフィが集中して戦闘出来ない要因にもなってしまう。
2人で戦っていて、セラフィが後衛で魔法を集中して準備できる余裕がある時ならばまだしも、1人で戦ってもらっている時に使うにはリスクが高すぎた。
精霊魔法が正常に発動したことを確認して、俺は走ってくるケルベロスに迎え撃つように突っ込んだ。
ケルベロスは走りながら炎弾を飛ばしてくる。それを速度を落とさないように避けてさらに接近する。精霊魔法により効率よく身体を動かせるようになった今ならば簡単なことだ。
十分に接近したところで、まずは傷を負っている右の頭を完全に潰すべくジャンプした。
俺がジャンプしたのを見て、ケルベロスは右の頭を庇うように体を捻ったと思うと、その捻った勢いを活かして左の前足を大きく持ち上げて振り抜いてくる。
鋭い爪が迫ってくる。俺はそれを避けることはせずに、剣を振り抜いて爪を逆に斬り裂いてやった。
恐らく精霊魔法があっても、先程までは爪を斬ることは出来なかっただろう。ドラゴン3匹で底上げしたステータスがあってこそだ。
「さっきのお返しだ!」
爪が斬られることを予想していなかったケルベロスは痛みも相まって大きく体勢を崩す。
着地した俺は剥き出しになった腹に向かって全力で蹴りをかました。
呻き声と涎を吐き出しながらケルベロスは仰け反る。右腕と折れていそうな肋骨のお返しはこれでおっけーだ。
蹴りの勢いで後ろに跳んで着地する。すると完全に体勢が崩れたケルベロスに無数のフォトンレイが放たれていた。セラフィによる援護射撃だ。
俺のものと比べて数も威力も数段上のフォトンレイはケルベロスに確かなダメージを与えている。
フォトンレイは継戦能力のある魔法ではないので直ぐに途切れる。俺は被弾の心配をする必要はないので、即座に突っ込み、右の頭を庇うようにして体を捻った為に俺側に向いてきた左の頭を大きく斬り裂いた。
大きすぎて一太刀で斬り落とすのは無理だが、半分程斬られた左の頭は完全に死んだと言って良いだろう。
大量の返り血を浴びたが、戦闘中に気にしていられない。藻掻くように暴れまわるケルベロスとの真正面からの戦いに移行する。
とはいえ、迫る爪は剣で斬り、噛みついて来ようとすれば回避してカウンターを入れる。先程よりも速度が上がった俺の攻撃は、反応が恐ろしく良かったケルベロスですら避けきることは出来ずに、結果的に俺が一方的にダメージを稼げている状況になっている。
大量の傷を作り、地面に染み込むのが間に合わない程の血を流したケルベロスはやがてその大きな体を支えていることが困難となり地面に倒れることとなった。
最後の抵抗とでも言うように、辛うじて機能している真ん中の頭に付いた目が俺を鋭く睨みつけて威嚇するように唸る。
後は止めを刺すだけなのだが、流石に俺の方にも限界がきたようで立っていることは出来なかった。
そんな俺のことを心配するようにセラフィは傍に寄ってきた。
「……悪いんだけど止めを頼む」
「了解じゃ」
既に精霊魔法は解除されている。無理やりここまで発動させていたのでしばらくは使えないだろう。
セラフィは使い慣れたフォトンレイをケルベロスに向かって放った。真ん中の頭を飲み込み、それは最後まで俺を睨みつけていた頭が無くなるまで止まることは無く、完全に消滅させた。
残されたのは、2つの頭とボロボロになった巨大な体だ。レベルが上がるのを感じたのでもう動くことは無いだろう。
俺とセラフィはペンダントに魔力を流して戦装を解除する。戦闘終了の合図だ。
残っているHPは2割を切っている。ここまで削られたのは初めてだが、骨折なども相まって身体は動かせそうにない。
呼吸をするにも身体が痛む中、戦闘が終わったのを察してセシルとルーシェ、それからロウの班員の避難を終えたサリーが慌てたように俺とセラフィの元にやってきた。
「大丈夫かヨゾラ!?」
「生きてる!?」
「生きてるよ、ギリギリ」
「ロウ君達は私達が使っていた仮の拠点に避難させました。後に事情を聞くことになります。ヨゾラ君達にも色々と聞きたいですが、一先ず安全な場所まで移動しましょう」
秘境のど真ん中では休むことも出来ない。とりあえずは、秘境から出ないといけないのだが、俺は動くことが出来ないので困った。
「セシル、ヨゾラを背負うんじゃ。ルーシェとサリーはセシルのすぐ傍で足元などを注意してやってくれ。襲ってくる魔獣は儂が全てどうにかしよう」
セラフィは指示を出すと、もう1度戦装を纏う。
「ごめん皆。苦労をかけるな……」
「何言ってんだヨゾラ、お前が戦ってなかったら全員死んでたかもしれないんだ!」
「そうだよヨゾラ君! 私達は守られてたんだからこのくらいやらないと!」
「そうですね。本来ならば私が守らなければいけなかったんですから」
そう言ってセシルは俺のことを背負ってくれる。ルーシェとサリーは剣を抜いて警戒しつつ、セシルのすぐ前に立って先導するように歩き出した。
俺の怪我が怪我なので進む速度はあまり早くない。そうなると、魔獣が格好の獲物を見つけたように次から次へと襲ってくるが、その悉くが姿を現した瞬間にセラフィによって倒されていく。
途中でロウ達を回収していくのかと思っていたが、秘境の中を行くのには足手まといにしかならないということで、この状況では連れて歩くのは余計な危険が増えるので、後に迎えに来るということになった。
数時間歩き続けてようやく秘境を抜けることが出来た。全員が疲労困憊となっており、馬車に乗り込むとぐったりとして誰も喋らない。
俺の傷が深い為、近くの街では十分な治療が困難ということもあり、急いで帝都まで戻ることになった。
怪我をしている状態だと、HPが継続的に減っていく。幸いと言うべきか、血を流し続けるような怪我が無かったのでHPが減る速度自体は遅いが、それでも帝都に着く頃には1割を切っていた。
勿論そんな状態で意識を保てる訳がない。俺は気絶を繰り返しながら運ばれる状態となっていた。
意識が戻った時に見えるセラフィの心配そうな、泣きそうな顔を見ると心が痛む。何か声を掛けたかったが、そんな元気もなかった。
帝都について俺は急いで治療院と呼ばれる場所に運ばれた。要は病院だ。
この世界には回復魔法もあるが、それは万能なものではない。人の持つ自然回復力を促進してくれるという効果だけなので、メインの治療は人の手によって行われる。
1歩間違えば治療でHPが無くなる可能性もあるので、回復魔法を掛けつつ治療していくのがメインのようだ。
俺の意識は完全に無かったのでどんな治療が行われたのかは分からない。ただ、意識が無くなってからのことを詳細に知っているのは、無事に生きていたからこそだ。
目が覚めた時には三日が経っていた。セラフィにその辺の諸々を聞いたのだ。
今回のごたごたに関する話などは、俺が万全の状態まで戻ってからにするとのことだ。
「あまり心配させるな」
「悪かったよ」
「正直な話をすれば、儂はロウの阿呆なんぞ助けなくてもよかったと思っておる。ヨゾラが死にかける事態にまでなるとなれば猶更じゃ。大切なものと、そうでないものの区別を、もう少しハッキリした方がいい。仮に救える可能性があったとしても、切り捨てる選択肢も持ってほしいと儂は思っておる。それとも、これは儂の我儘か?」
「軽率だったのは認めるよ。俺は多少強くなって考えが浅くなってたとも思う。お前がそれで悲しんだりする結果になりそうなら、今後は気を付けるよ」
「そうじゃな。あまり儂を心配させたり、ましてや悲しませたりするでない」
「ああ」
俺は腕を伸ばしてセラフィの美しい髪を撫でる。
普段ならば恥ずかしさもあってそんなことはしないのだが、どうやら死にかけて感情が不安定になっているみたいだ。
「ありがとうセラフィ、お前がいてくれて良かったよ」
「なんじゃ突然……」
照れたようにセラフィは視線を逸らす。
これまでもセラフィには散々助けられてきたが、今回こそはセラフィがいなければ終わっていた。どうしても感謝を言葉にしたくなったのだ。恥ずかしさなど、気にならない。
「もう少し寝るよ」
「うむ、今は身体を休めよ。儂はいつでも傍にいるでな」
その言葉にはとてつもない安心感があり、俺は髪を撫でていた手を意識と共に落とした。
最後に手に感じたのは、小さいながらも温かく包んでくれる感触だった。
自由な女神「無事でよかった……あんまりヒヤヒヤさせないでほしいよ」




