VSケルベロス
ペンダントを握りながらケルベロスという名前以外が思いつかないような、巨大な魔獣の前に出る。
「ヨゾラ君!?」
後ろでルーシェの驚いたような声が聞こえてくる。
その声でロウも俺達に気が付いたようで、こんな状況だというのに、憎しみすら籠っていそうな顔を向けてきた。
正直こいつのことなど、見捨ててもいいと思っている。だが、ここで俺とセラフィが戦わなければ、セシルやルーシェが無理をする可能性もある。それは流石に見過ごすことは出来ない。
「来るなルーシェ! セシルもだぞ! お前も早く下がれ、邪魔だ」
万が一にも戦闘に参加しないようにセシルとルーシェに釘を刺し、いつまでも足元で腰を抜かしながら俺を睨みつけているロウにキツイ言葉を投げる。
「邪魔だと……貴様……」
「いいからさっさとしろ。死にたいのか?」
「貴様などに助けてもらわなくとも……」
「あの魔獣に勝てるってか? 今回の合宿でお前がどこまで強くなったかは知らないが、そんな恰好で言っても説得力はないぞ。俺だって簡単に勝てる訳じゃない。いいから下がってろ」
いつまでも強情にしているロウにさらにキツイ言葉を浴びせて無理やり下がらせる。
ドラゴンの方はセラフィが上手く注意を引いてくれたようで、それなりに距離がある状態となる。これならば思いっ切り戦えそうだ。
倒れていたロウの班員はサリーによって安全な場所まで運ばれている。この辺りの判断が早いのは助かる。流石教師といったところだろうか。
「さて、やるか」
俺は握ったペンダントに魔力を注いでいく。
身体が軽くなるのを感じるとともに、瞬時に戦装が俺の身を包む。
その様子を見ていたセラフィ以外の全員が呆気にとられたような表情をしているが、無理も無いだろう。
「ヨゾラ、その姿は……?」
「奥の手ってやつだよ。とりあえず、こいつは任せてくれ」
今回の合宿でレベルはかなり上がっている。戦装によって受けれる恩恵も同様に上がっている。勝てると信じたいが、明らかにドラゴンよりも格上っぽいケルベロスに勝ち切れるか、確信はなかった。
簡単に負けるとも、思わないが。
俺は地面を蹴ってケルベロスに接近する。
相当な速度だったと思うのだが、ケルベロスの頭の一つはしっかりと俺の姿を追いかけており、見失っているというのは期待出来そうにない。
死角には簡単に入れそうにないので、様子見も兼ねてそのまま剣を振り下ろす。
左の頭に目掛けて振り下ろした剣は、相当な剣速があったが、首を捻るだけで簡単に回避され、二撃目を振るおうとしたところで真ん中の頭が口を大きく開いた状態で襲い掛かってくる。
空中だったが、高いステータスのお陰か無理やりに身体を捻って襲ってきた頭の鼻辺りを蹴って回避する。
地面に転がるように着地すると、そこに右の頭が炎玉を飛ばしてきたので、慌てて横に飛んで事なきを得た。
即座に崩れた体勢を立て直してケルベロスを睨む。
「正直普通に勝てると思ってたんだけどな……本当に秘境の魔獣ってのは頭おかしいな。こんだけ強くなっても楽させてくれないなんて……」
悪態をつくが弱気なことばかり言ってられない。俺がやらなければ全滅するのは目に見えている。
小さく息を吐いた後に、持てる最高速度で駆けだす。正面から見合った状態では埒が明かないので、場所を広く使ってどうにか隙を伺うことにした。
ケルベロスのヘイトは完全に俺に向いていたので、俺を追いかけるように移動を始める。
パルクールをするように走る俺に対して、ケルベロスはしっかりと成長した木々だけを避けて、それ以外は薙ぎ倒しながら進んでくる。
立体的な軌道で移動する中、丁度背中の真後ろを取られたタイミングで顔は向けずにフォトンレイを放つ。
突然のフォトンレイにもケルベロスは反応してきたが、身体が巨大だったということもあって回避はしきれずに浅く被弾してくれた。
グルァァァァァァァァァ!!!
それなりに防御面も高いだろうが、フォトンレイはそれだけで防げるような魔法ではなく、痛みがあったのだろう。ケルベロスは怒ったような鳴き声を上げて、さらに速度を上げて接近してくる。
追い付かれる前にいくつものフォトンレイを追加で放つが、対応力が恐ろしく高く、ダメージを与えるどころか大した足止めにすらならなかった。
俺は一瞬だけ周囲を見渡した。地形を頭に入れておくためだ。
確認し終えてから着地した場所を思いっ切り蹴って急激な方向転換を行う。
そのまま次の足場も同じように蹴って、ロウとの戦いで使った戦法をさらに上がったステータスで鋭く早く行い、ケルベロスを中心にドーム状に移動し続ける。
ケルベロスは三つの頭を巧みに使って俺が視界から外れないようにしているが、上下左右にかなりの速度で移動する俺を常に捉え続けることは難しい。
やがて一瞬だけだが、死角に入ることに成功した。
この機を逃さずに俺は後ろ右足を大きく斬りつける。
「まだだ!」
血飛沫が上がるが、そこで満足せずにもう一度斬りつける。
だがここで決めきらせてくれるほど甘い相手じゃない。二撃目が入ったところでケルベロスは巨体を軽快に翻して前足の爪を振り下ろしてきた。
俺はジャンプしてあえて爪に向かって突っ込んでいき、爪と爪の間をスレスレで通り抜ける。
予想外であろう俺の行動にケルベロスは反応が遅れる。俺は無防備になっている右の頭目掛けて剣を突き立てた。
顎から突き刺さった剣を使って上手い事体勢を変えて、ロッククライミングをするように口の上に乗ってから、引き抜いた剣で一直線に目を斬り裂いた。
これで右の頭は使い物にならないとまではいかないだろうが、それなりに大きなダメージになったのは間違いない。
これならばいけるのではないかと、そのまま接近戦に移行することにした。
正面からの戦いは二度目だが、先程よりは俺の方が有利に進んでいた。
右の頭を潰して以降、大きなダメージは与えられていないが、小さな傷を増やすことは出来ている。
それでも、どこかあと一歩足りないというのが正直なところだ。
まだ勝ちを確信することは出来ない。力はほぼ拮抗していると言って良いが、俺は一撃でケルベロスを仕留める程の攻撃が出来ない一方で、ケルベロスの攻撃は一撃でも俺を殺しうる可能性がある。
ステータス上での体力が一瞬で消えるという訳ではないが、人という身である以上、致命傷を食らえば、そのまま死んでしまう可能性はある。あまり防御面を信用しすぎるのはリスクが高い。
極限まで気を張る戦闘が続いており、自分の汗が散っているのが目に映る。
集中して勉強している最中に、不意に一瞬だけその集中が切れて聞いていた音楽が現実に戻すように頭を埋め尽くすことがある。ここで視界に映りこんだ汗はまさにその音楽のような感じだった。
気にすることでもないそれに、気が取られてしまい感覚で戦っていたところに思考が戻ってきてしまった。
そのラグは戦闘の大きな転換期となる。
「やばっ、いっ!?」
その意識の隙間を縫うように避けられないタイミングで前足の爪が横薙ぎに振るわれた。丁度ジャンプしており空中にいる状態の時だった。
先程のような避け方は出来ないどころか、もう覚悟を決めて受けるしかなかった。
歯を食いしばって爪の軌道上に剣を持ってくる。
次の瞬間には大きな衝撃と共に、俺の身体は弾丸のような速度で大きく吹き飛んだ。
木にぶつかっても簡単に止まることは無い。激痛が走る中、HPが全損しないことを祈りながらどうにか意識が飛ばないように気合で耐える。
やがて地面をするようにして勢いが止まる。
「ヨゾラ君!?」
後ろの方でルーシェの声がした。どうやら戦闘が始まった場所まで吹き飛ばされてきたようだ。
俺は痛む身体を無理やりに持ち上げる。攻撃を受けた時に剣を持つ支えをメインで行っていた右腕は完全に折れており、肋骨なんかも折れているのか喉を通って口から血が出てきた。
傷は大きいが動くこと自体は出来る。こちらに向かってきているであろうケルベロスに備えるべく剣を構えた。
「ヨゾラ!!」
「セラフィか。そっちはどうなった?」
剣を構えると、慌てたような声色のセラフィが俺の身体を支えるようにしてくれる。
「こっちはほぼ終わった。まだ倒しきってはおらんが、動くことは出来ないじゃろう。そんな事よりもヨゾラの方はどうなった! その傷は!?」
「ああ、思ってた以上に強くてな……倒せそうなんだが、どうしても攻め切れない」
「安心せい、儂も参加する」
「それなんだが、恐ろしく反応が早くて、動きも早い。魔法だと殆ど避けられると思うんだ」
諸々が早い相手というのは、ルーシェとの模擬戦でも分かったが、セラフィの天敵だ。
ケルベロス程になると、それなりに範囲の大きい神級魔法すら避けてきそうな予感がする。
そもそもの話、今の状態の俺ではセラフィを守りながら戦う前衛の動きは出来ない。
「どうするんじゃ?」
「そうだな……」
本当にあと少し俺が強ければ倒しきれるのだ。そのあと少しをどうにかする方法を考える。
「……セラフィ、ドラゴンはまだ倒しきってないんだよな?」
「うむ、止めを刺そうというところでヨゾラが吹っ飛んできたのでな」
「そのドラゴンはどこにいる?」
「あの辺りじゃ」
セラフィが指を差す方向に目を向けると、そこには生きているのかどうか怪しいレベルでボロボロになったドラゴンが三匹地面に転がっていた。
俺はそちらに走って地面に倒れるドラゴンに剣を突き刺していく。
流石と言うべきか、俺はレベルがそれなりに上がるのを感じた。二十くらい上がっただろうか?
戦装を纏っている状態であればそこからさらに二倍強くなったことが望める。届かなかったところに届くには十分と言って良い程の上昇だ。
「ヨゾラ、いけそうか?」
「ああ、大丈夫だ。皆の守りを頼む」
「うむ、任された」
何となく俺の意図を察してくれたのだろう、セラフィは俺の突然の行動には何も聞かずに、倒せるかどうかだけを聞いて離れていった。
レベルが上がったことによって多少戻ってきたHPのお陰で身体はそこそこ軽くなった。
俺は身体の調子を確認するために、軽くジャンプしながらケルベロスが来るであろう場所に立って剣を構える。
「やめろヨゾラ! そんな傷でどうやって戦うんだ!」
セシルが俺を心配するように叫んできたので、小さく笑って問題ないとアピールする。
顔を戻した時には、木々を薙ぎ倒しながら走ってくるケルベロスが見えた。
「さて、決着を付けるか」
自由な女神「ヨゾラ君大丈夫かなぁ……いざとなったら僕が……」




