転生
神の中でもかなりの力を持つというクレーティオの加護が掻き消されたのなら、俺が獲得したヨゾラの作者は相当な力があると考えてもいいのだろうか?
この称号を獲得する前のクレーティオの口振りからするに、神に干渉されなくなる称号もこれだけではなくいくつかありそうだ。でなければ獲得する前に明言していただろう。
つまり、神に干渉されなくなることは前提として、それ以外の副次効果がどれ程の能力になるかは完全に未知数だったに違いない。
改めてヨゾラの作者の説明を見る。
他からの干渉を防ぎという部分は何となく分かった、要するにこれが神から干渉されなくなるということだろう。
問題はその後だ。ヨゾラだけの物語を紡いでいくという部分。
どういう捉え方をするのが正解なのだろうか……ヨゾラだけの物語、孤独とも捉えられるし、俺が中心の物語とも捉えられる。
「なあ、クレーティオは称号の説明の最後、どう捉えてる?」
「んー、この称号は確実にヨゾラ君固有のものだし……正直僕から言えることは何も無いよ」
まあ、俺以外にこの称号を持っている奴がいたら驚きだけどな。いや、同名ならワンチャン……あるかもしれないな。
「何か変化はあった?」
「特に何も感じないな。この称号を獲得してる最中はなんだか変な感じがしたが、今は怖くなるくらいスッキリしてる」
「スッキリしてるか……ふふっ」
「なんだよ」
「多分それは本当の意味で自由になったからじゃないかな? 人というのは縛られる生き物だ。その縛りの一番大きな縛りから解き放たれたからだと思うよ。感情的なことだろうけどね。ヨゾラ君は僕の話を聞いて、心の奥底で神に縛られていることに苦痛を感じていたんだ。だから、解放されてスッキリしてるんだよ」
まるで自分のことのように話すクレーティオだが、俺はどうも実感を得られなかった。
別に間違っているとは思わないが、何だかんだ自分の底にある感情というのは分かりにくい。自分のことでも案外分からないものだ。
「まあそこまで気にする必要はないんじゃないかな? 称号のことなんてこれから理解していけばいいし、称号が全てって訳じゃない、ヨゾラ君の行動の結果がヨゾラ君の物語になっていくんだから」
「俺の行動の結果か……」
異世界に転生してやってみたいことは沢山思いつく。
剣を使って戦ってみたいし、魔法も使ってみたい。精霊というのがどんなものなのかも気になるし、人とは違う亜人や獣人なんかもいるだろう。
俺の起こす行動の結果がどんなものになるのかは、今はまだ分からないが、満足出来るように頑張ろうとは思う。その為の力も称号もクレーティオは用意してくれた。後は俺次第という訳だ。
「今僕から与えられる物は全て与えた。準備はいいかい?」
「これ以上は高望みし過ぎだな。俺はいつでも大丈夫だ」
与えられるばかりでも楽しくないしな。
クレーティオは何もない空間に手を翳す。するとそこに輪っかのような形をした何かが出来上がる。
「ここに入るとルーディスに行けるよ。場所は森の中。すぐ近くに村があるから行ってみるといい。ちなみに言葉に関しては地球と同じだから気にしなくていいよ」
「分かった。――そうだクレーティオ」
「なんだい?」
「またいつか、会えるかな?」
「それはヨゾラ君次第だね」
本当に短い間だったが、クレーティオと過ごした時間は楽しかった。出来ることならばまた会いたい。それも俺次第みたいだが。
俺は輪っかまで歩いて行き、いよいよ新しい人生への一歩を踏み出そうとする。
手を伸ばし、そこからゆっくりと身体を中へ入れていった。
「クレーティオに拾われて良かったよ。ありがとう、行ってくる」
「うん! 行ってらっしゃい!」
そのやり取りを最後にして俺は完全に輪っかの中に入った。
眠るように意識を落としていきながら、俺は新たな世界への期待を込めて目を瞑った。
――――――――――
「行っちゃったか……」
ルーディスへと旅立ったヨゾラを見送った後、クレーティオは寂しさを感じながらしばらくの間、ヨゾラが最後にいた場所を眺めていた。
既にそこには何も無く、ただ白い背景が広がっているだけ。その様子が、さらに寂しさに拍車をかけていた。
「クレーティオに拾われて良かった、か。全く、嬉しいことを言ってくれるよね」
クレーティオにとって、ヨゾラという人物と出会えたことは本当に奇跡的だった。
神になると決めたその日から、クレーティオはただ孤独に歩みを進め、その目的が果たされてからも孤独が無くなることは無かった。
自由を手にする代償に、彼女は対等に接しようと思える相手と出会えなくなってしまったのだ。
何かにそうさせられている訳ではない。単純に感情的な問題だ。人であった頃から、あまりにも聡明で、それ故に他者との関わりが苦手だったクレーティオは、力も手にしたことによって、さらに他人との心の距離が増えてしまった。
人で無理なら他の神とも考えはしたが、そもそもクレーティオが神になると決めたのは、神による理不尽な支配とも呼べる状況から脱するためであり、人であったクレーティオからすれば、神は明確な敵だった。
神達も、人から神へと至ったクレーティオを認めるはずもなく、結局持て余すだけの自由だけが残ってしまったのだ。
一時とはいえ、地球を担当する神の1人となったのも、気まぐれに過ぎない。見るだけで何もする気はなかったし、興味も全く無かった。
有り余った時間を少しでも消費できればよかったのだ。
そんな些細な理由から地球を眺めていたクレーティオは見つけたのだ、皆月夜空という人間を。
神の意図せずに生まれた夜空は、頭の回転が速く、多方面への興味から様々な知識を持ち、人付き合いが上手いながらも、変に聡明なせいで心の奥底では他者と一線を引いている。
クレーティオは似ていると思った。しかし決定的に違う部分もある。
夜空は、自身が他者との線引きをしていることに自ら気が付き、友達と呼べる存在を本当の意味で近しい関係になれていないことに苦悩していた。
早々に諦めてしまった自分とは違い、夜空は思い悩んでいたのだ。
クレーティオは夜空に興味が湧いた。自分と夜空はこんなにも似ているのに、何故ここまでの違いが出たのか、それが知りたかった。
そこからのクレーティオの行動は早かった。夜空が悩む原因が、武力という面で比べることがない地球という環境が、聡明さを悩ませる原因になっていると分析し、力が必要な世界へ夜空を送り込むことを決める。
都合の良い世界を探し、さらには夜空が死んだときに他の神の手に渡らないように力を行使する。
夜空が他の神の手に渡れば、おもちゃとしてその存在を使われることは目に見えていた。クレーティオは断じてそれを許すことが出来なかった。
幸いにも今は自分が地球の管理をしている。夜空の死後、自身の元に引き込むことは難しくない。
転生するにあたって夜空に必要な物、自由を与えるのが最もネックだった。
だが、クレーティオはすぐに悩むことを辞めた。何故なら、自身が似ていると感じた夜空ならば、自由になれる素質は十分だと信じたからだ。
その予想は正しく、夜空は最高の称号を獲得した。
「――ヨゾラの作者か……本当に君は最高だよ」
クレーティオは自身のステータスを開く。その称号欄にはいくつかの称号に紛れて作者の文字があった。
ヨゾラの持つ固有の称号ではなく、神であれば誰でも所持しているであろうありふれた称号。世界を生み出す権利の源であり、神以外のものを縛る元凶とも言える。
「世界を描くんじゃなく、自身を描くか……これが本当に自由ってことなんだろうね」
ヨゾラにはぼやかしたが、自身の物語、そこに登場する他者すら自由にしうる効果があるとクレーティオは考えている。
「僕のことも、ヨゾラ君は登場人物としてくれるなら嬉しいな」
ヨゾラとの会話をクレーティオは心の底から楽しいと感じていた。生まれてから長い間孤独を過ごしたクレーティオに殆ど無かった感情。それを出会ったばかりで齎したヨゾラは、やはりクレーティオにとって特別な存在だった。出来ることなら、また会って話したいとクレーティオも思っている。
「その為にはやらないといけないことも多いね」
クレーティオの呟きと共に、ヨゾラを招くために作り出した世界が割れる。
崩壊する世界の外側には、数体の神の姿があった。
「皆月夜空をどこへやったクレーティオ」
「教えると思ってるの? 大した力もない木っ端神が……あんまり調子に乗らないでほしいな!」
クレーティオがいくら力のある神といっても侮れない相手はそれなりにいる。しかし、今目の前にいる神達は言ってしまえば小物。
そもそもクレーティオを相手にするのに何の準備もせずに、ただ世界を壊し引きずり出すというのが間違いなのだ。それすら理解できない相手など、いくら数がいようと脅威にはなり得ない。
「ヨゾラ君を、渡したりなんかしない!」
クレーティオは神達をなぞるように指を動かす。すると、その軌道上にあったもの全てがズレるように斬り裂かれた。
そこにいた神達も、神達が能力を十全に発揮するために生み出された世界も、全てが平等に無力だと言わんばかりに、何の抵抗も許されることは無かった。
クレーティオは何も無くなった空間を鋭い目で見つめる。
「哀れな神達だ、ヨゾラ君の魅力も分からずにただ自身のおもちゃにしようとして……絶対にそんなことは許さない。やっと見つけた僕の大切な人を、必ず守ってみせる」
膨大な年月を孤独に過ごし、何も起こそうとしなかった女神は決意する。それがどれだけ大切で、手に入れ難いかを理解しているから。
「今回は大したことのない神達が先走ったって感じだったけど――今後力を持った神達がどう動くのかは分からないな……対策はしておかないと。ヨゾラ君の称号は自身っていう物語に干渉されなくなるだけで、世界には干渉されてしまうだろうから」
神の手から離れたヨゾラを手に入れるために殺そうと動く神は出てくる。クレーティオがそうだったように、神に干渉されない術を手に入れたヨゾラは、神にとっては今まで以上に無視し難い存在なのだ。
本気で神がヨゾラを殺そうと世界に干渉した場合、今のヨゾラではまだ対応することは出来ない。いずれは神にも届きうる存在になる可能性もあるが、時間はかかるだろう。
しかしクレーティオは気付いていなかった。いや、気が付けなかったという方が正しいだろう。それだけヨゾラと話せたことに舞い上がっていたせいで。
ヨゾラの作者という称号が秘めた可能性は限りなく高い。何しろ作者となる神が不在とはいえ、1つの世界という物語に根底から介入していくのだ。
地球という特定の神がいない世界ですら、好き勝手に干渉できない。それを考えれば、自身の歩み次第で好きなように物語を進行出来るヨゾラの作者は異常と言えた。クレーティオですら、ヨゾラをルーディスに送り込むので精一杯だったのだ。
ヨゾラのポテンシャルにクレーティオが気が付くのはまだ先の話。ヨゾラという物語は始まったばかりなのだ。
あくまでもクレーティオは――この世のヨゾラと関わってくる全ての要素は、ヨゾラの物語に登場する一要素でしかない。
そこにどのように関わってくるか、重要なのはそれだけなのだ。