帝国の思想
年に一度開催される剣闘技大会と遜色ない、どころかそれ以上とも言える盛り上がりを見せた将来有望な四人の若者の模擬戦が終わった夜、豪華な飾り付けがされた一室には、皇帝であるフロディス・ヴィア・グラヴィスやセシルの父親であるザルバ、それからあの場にいた貴族や重要な役職にある者達が集まっていた。
フロディスはただでさえ厳つい顔なのにもかかわらず、眉間に皺を寄せているので、周囲は下手なことを言わぬように言葉を探していた。若い頃は皇族特有の色の濃い金髪の髪と男として頼りになりそうにみえる顔付きで大層モテたものだが、立場も相まって今となっては簡単に声を掛けてくれる者はあまりいない。
そのような立場で、昔から付き合いのあるザルバなどといった人物は大変に重宝するものだった。
「フロディス皇帝陛下、全員が集まりましたのでそろそろ」
「ああ。にしてもザルバ、お前に皇帝と丁寧に呼ばれるのは何年、何十年経っても慣れんな」
この二人は親友と言ってもいい間柄だが、フロディスが皇帝となってからは、丁寧な口調で喋ることは少なくない。
フロディスとしてはいつも通りに話してほしいという気持ちがあったが、それが難しいことも理解はしている。
ザルバも友人であるフロディスの気持ちは分かっているので、心苦しい気持ちはあった。
「はぁ……こういった場では我慢してくれ。貴族という者達は曲者が多いんだ」
「分かってるさ。悪いな我儘を言って。お前も、疲れているというのに」
「お互い様だよ」
小声でやり取りをする二人は互いに小さく苦笑いをして、周囲にバレない内に真面目な顔に戻った。
こうして貴族などが招集されることは少ない。今回集められたのにはそれ相応の理由があるのだ。
あの場にいた者達であれば何となくで理由を察しているが、いなかった者達は学生同士の大きな模擬戦があったと話を小耳に挟んだ程度だろう。
まず話の入りをどうするかフロディスは悩んだが、軽い話から入ることにした。
「この中には見ていた者もおろうが、将来を担うであろう学生の中でも実力がある者達が模擬戦を行った。タッグ戦ということだったが、とても見事なものであり、連携や個人の実力、どれをとっても相当にレベルが高かったと俺は思っている。正直に言おう、すぐに騎士や兵士となっても活躍が見込める程だ。ザルバ、今回模擬戦をした者達の情報を」
「分かりました」
ザルバは元々用意していた資料を取り出して、そこに書かれている情報を読み上げる。
「まずは知っている者も多いと思います、私の息子であるセシル。年齢は18歳で剣での近接戦闘を得意としています。現時点で、小隊を任せられる実力があります」
実際には中隊を任せられる実力はあるのだが、実戦経験がまだ浅いのと、生徒という立場であまり持ち上げては貴族から要らぬ反感を買ってしまう可能性があるので、この場では若干だが下に見積もった評価を話した。
「次にセシルと組んでいた女生徒はルーシェ。セシルと同じ18歳で、昔からの付き合いもあります。今回の模擬戦で見ていた限りだと、兵士相手でもいい勝負をしそうな感じはしましたね」
ルーシェのこともザルバは個人的に知ってはいる。将来は自分の息子と共に帝国を引っ張って行ってくれることを幼い頃から期待していた。
実力こそセシルに劣るものの、あの二人は長く共にいたこともあり、連携に関しては誰と組むよりもいいものを見せてくれる。仮にセシルをルーシェ以上の実力がある誰かと組ませても、セシルの実力を十全に発揮させることは出来ないだろうという程にはだ。
そこまで実力を広く知られていなかったルーシェだが、今回の模擬戦で実力を示すことが出来て良かったとザルバは考えている。
ザルバは二人の将来を考えて胸が熱くなりながらも、ページを捲って今回とてつもない実力を示したもう片方のペアの情報を直視しつつ口に出す。
「ヨゾラとセラフィという名前の二人に関しては情報が少ないですね。あれ程の実力者なのにも関わらず、名前を聞くようになったのはほんの最近――帝都剣魔学校に通い始めてからです。年齢は20歳、出ている情報は、ヨゾラは剣と魔法の両方を使えるオールラウンダーで、技術こそそこまで高い訳ではないが、ステータスが相当高いであろうということ。出身は不明、今までは冒険者をしていたらしいですが、活動拠点も判明していません」
不可解なくらいには情報が無さすぎた。
実力者というのは、ひっそりと活動していても、どうしても情報が集まってしまうものだが、ヨゾラは実力に対しての情報が一般人のものよりも少ない。
どういう意図で学校に編入したのかは不明だが、将来的に兵士や騎士にならない可能性も大いにあった。
セシルとルーシェをほぼ1人で止めていたという凄まじい実力者は、何が何でも引き込みたいというのが正直なところだ。
そして、その相方であるセラフィという女は、さらに規格外の存在と言えた。
「セラフィはヨゾラと同じ20歳。剣の腕は素人と言っていいレベルのようですが、魔法に関しては破格の実力を持っています。既に神級の魔法を二種類使用したのは勿論、王級や聖級の魔法を相当の幅で使いこなすそうです」
部屋の中がざわめきだす。今回の模擬戦を見ていた者達も例外ではない。何しろ、ただでさえ使うことの出来る者などいないと言っていい神級を模擬戦で使ったもの以外にも使ったと聞かされれば驚くのも仕方がないだろう。
聞くだけの実力ならば、帝国の誰よりも強いのではないかとまで思えてしまう。
現在人が扱うことの出来る神級魔法は、あるにはある。しかしそれは、個人で発動させる訳ではなく、特定の者達が聖級の魔法を合わせて発動するという形でしかないのだ。
それこそ聖国の巫女達のような存在でなければ片鱗すら触れることが出来ない。
「静まれ!」
各々が様々な思考を巡らせ小声で話し合っている中、フロディスは一喝して全員の口を閉じる。
「ザルバ、なるべく早くその2人を呼び出せ」
「分かりました。手配しておきましょう」
実力があり、しかし目的が分からないとあっては、他の貴族に取り込まれる可能性が高い。
それでいい方向に動けばいいのだが、野心の高い貴族に使われるようなことがあっては帝国を揺るがしかねない。
仮に敵対したとして、負けることはないと考えているが、出るであろう被害が想像できない。ならばできるだけ早く話をしておいた方がいいだろう。
逆に、上手く味方に引き込むことができればかなり美味しい話だ。
実力は勿論だが、あの2人が表舞台に立てば士気も上がるだろう。
2人共若く、ヨゾラは顔もそれなりに整った好青年という感じで、セラフィに関しては控えめに言ってすら美しい。
英雄となれる素質が十分に備わっていた。
この2人は、今のところは敵となる可能性がそこまで高くないので、それ程心配する必要はないだろう。
問題は、あの場に突如として現れた、セラフィに負けず劣らずの美貌を持ちながらも、理解のし得ない実力を披露したもう1人の女だ。
審判だった男をデコピンの一発で負かし、威圧感だけで全てを抑えつけたクレーティオという人物。
「ザルバ、あのクレーティオという女の情報は掴めたか?」
「申し訳ありません。何一つの情報すら上がっておりません。強いて言えば、ヨゾラと親しそうにしていたこと、それから模擬戦の後、今回模擬戦を行った4人と酒場に入っていったことくらいです……」
「そうか……」
フロディスは皇帝でありながら、帝国内でも大半の者が相手にならない程の実力者だ。そのフロディスから見ても、クレーティオは恐ろしく感じていた。
それこそ、クレーティオ1人で帝国を滅ぼせるのではないかと考えてしまう。
限りなく手加減をした結果があのデコピンだろう。本気を出したらそれこそ理解できない領域になると確信していた。
取り込もうとは微塵にも考えていない。敵対しないようにだけできればいいのだ。
そのキーとなるのは、ヨゾラなのではないかとフロディスは正確に見抜いている。だからこそ、ヨゾラの扱いも決して雑なものにするつもりはなかった。
クレーティオ自身が悪ではなさそうだというのは、今日の模擬戦で観客に人気があったことからも分かるが、悪ではないからと敵にならない訳ではない。
正義と悪、味方と敵は滅多なことでは交わらない。
獣人が悪ではなく、敵であるように。
「この場にいる者達全員に伝える。クレーティオという人物には決して下手なことを考えるな。その兆候が微塵にも見えたならば即座に首を刎ねる。心しておけ」
身近にいるザルバすら息を呑んだ。それ程の威圧感がフロディスにはあったのだ。
横暴だと声を上げそうな貴族達も、言い返しても意味は無い、フロディスは本気だということを察して黙るしかなかった。この場で異を唱えることすら、フロディスのいう兆候に捉えられかねないという判断が固く口を結び付けておいてくれたのだ。
「忘れてはならん、人間の敵は獣人であり同じ人間ではないのだ。無益な争いを起こすことがないように信じておるぞ?」
獣人との戦争は年々激化していっている。最近だと獣人達が崇める魔王が復活したなどという噂が流れている。
魔王の存在自体は知っていたが、姿も名前も一切の情報が無かった。どういうわけか封印されているということを知っていたくらいだ。
そこでふと脳裏を過る。クレーティオがその復活したという魔王なのではないかと。
もし本当にそうであったのならば、あの強さも理解出来なくはないが、わざわざ帝都にやってきた意図が分からない。
「杞憂だろうな……」
誰にも聞こえないように呟いたフロディスは即座にその考えを振り払った。
考えるべきことは多いが、上手くいけば状況が一気に良い方向に傾く。獣人との戦争に終止符を打つことができるかもしれない。
結局は、実力のある若者の出現に喜ぶフロディスだった。
自由な女神「とりあえずは大丈夫そうかな? ヨゾラ君の手出ししたらただじゃおかないけどね」




