魔道具
鮮やかな夕焼けが出始め、活気ある帝都内の雰囲気が別の活気に変わりつつある。
俺は買い物をする人や武器を持った屈強な人達の中を掻き分けながら歩いていき、ソフィアが印を付けてくれた地図を見ながら魔道具を売っている店に向かっていた。
魔道具を買う金に関しては問題ない。ストロングアントの討伐依頼は結構な金になった。合同依頼というのは本来であればもう少しだけ大人数でやることが前提とされているため、報酬金が多い。その報酬と、討伐証明部位の買い取りで結局1回の依頼で金貨8枚を稼ぐことが出来た。
アイテムボックス(収納袋)以外にも何か役に立ちそうな魔道具があったら買おうと思っている。あんまり買い物をし過ぎると危ないが、いざとなったらそれなりに報酬のいい依頼を受ければいい。ソフィアならばまた丁度いい依頼を斡旋してくれるだろう。
地図に記してある通りに歩いてくると、明らかに魔道具屋っぽい雰囲気の建物が印と重なるように建っていた。
オカルトチックな雰囲気の店で様々な魔道具がいい感じ色合いで並べてあり、何かの儀式でも始めそうな店だった。
雰囲気に負けないように堂々と店の中に入ると、外からは分からなかったが意外と店内は広く、奥の方まで魔道具が並べてあった。
客の姿は見えない。それどころか店員の姿すら見つからなかった。
俺は魔道具のことを殆ど知らないので店員に聞こうと思っていたのだが、困ったことになった。仕方がないので店内を見て周ることにする。
店の一番奥の方まで来ると会計用のカウンターがあった。その上にも何か置かれているようで、遠目からは見えないが、何か黒い物のようだ。
何が置いてあるのか気になったので近づいてみる。
「え……」
暗めな店内で近づくまで良く見えなかったが、カウンターの上にあったのは魔道具ではなく、突っ伏した人だった。
人のいない店内、その奥でカウンターに突っ伏す人。事件現場にしか見えなかった。
「ちょっと!? 大丈夫ですか!?」
慌てて駆け寄り声をかける。突っ伏しているのは長い黒髪の女性だった。
その女性は俺の声に反応したようで顔を上げる。
「んあ? ああ、客か。全く、気持ちよく寝てたのに」
「寝てた……だけ……?」
目を擦りながら欠伸をするその女性に何かがあった様子は無い。本当に寝ていただけのようだ。紛らわしいにも程がある。
「しかし私の店に客が来るとは珍しい。最後に客が来たのは確か……4日前だったか」
「いや、来なさすぎだろ……」
「どうやら私の店は入りにくい雰囲気のようでね。逆に君は何故こんな店に入ろうと思ったんだい?」
「ギルド職員にここがいいって紹介されたんだ」
俺の言葉にその女性はじっと俺のことを見ながら何かを考えている。
「あー、君が最近帝都に来た新人冒険者か。確か名前は……ヨゾラだ」
思い出したように手を叩きながら俺の名前を言う。
「なんで知ってるんだ……」
「ソフィアというギルド職員がいるだろう? 彼女に聞いたんだよ。ソフィアにしては珍しく楽しそうに話していたもんだから覚えていたんだ。うん、特徴も聞いていたのと一致している」
「覚えてはいなかっただろ……ていうか、ソフィアの知り合いなのか?」
「ああ、彼女とは友人でね。先日食事に行った時に聞いたんだ」
なんというか、正反対な2人という印象だ。ソフィアは美人で悪戯っぽいところもあったがキッチリとした感じなのに対して、この人は美人というよりは可愛いという感じの顔立ちでマイペースな感じだ。背もクレーティオよりも小さい――というか子供にしか見えない。
「それで、今日は何でここに来たんだい?」
「魔道具を買いにだが?」
「まあそうか。私はルピ、今日は私が手ずから魔法具のことを教えてやろうじゃあないか」
ルピはカウンターから出てくると歩いて行く。急だったがとりあえず俺も付いていくことにした。
「欲しいのはこれだろう?」
店内を歩いていたルピは袋のような魔道具の前で止まった。色はスカット達の持っていた物とは違うが、アイテムボックスだろう。
「どうして分かったんだ?」
「新人の冒険者で収納袋を持っている様子も無く、魔道具が欲しいとなったらこれが一番に出てくる。私は長く魔道具と向き合ってきたんだ、このくらいは予想出来てもおかしくはないだろう?」
ソフィアが紹介したのだから心配はしていなかったが、ルピは優秀なようだ。これで店の様子を入りやすいようにすれば繁盛するだろうに。
「この収納袋はその辺で買える物よりも入る容量は多い。役に立つと思うが、どうだろうか?」
「俺としてはありがたいが高いんじゃないか? まあ、それなりに金は持ってるが……」
「そうだなぁ……金貨10枚でいい」
「市販のやつは20枚くらいはするって聞いたんだが、いいのか? 仕入れ値は高かったんだろ?」
「何か勘違いしているようだから訂正しておこう。この店に置いてある魔道具は全て私が作った物だ。素材の採取から自分でやってるからそもそも仕入れ値など存在しない」
「マジか……」
「魔道具を作るのに必要なのは魔獣の素材と魔法だ。普通魔道具を作るのには専門的な魔法が必要で一般人はその魔法を知らない。でも私は自身で魔道具を作る魔法を作り出せるからな、わざわざ高い金を払って仕入れるくらいなら自分で作った方が早いんだ」
ヒーツから魔法の基礎を教えられた時に、大事なのはイメージと言っていた。魔道具を作る上で必要な魔法がどんなものなのかは分からないが、知らないものを想像だけで使えるようになるのは難しい。俺は自分で1つ新しい魔法を生み出したが、それでも魔道具を作る為の魔法となると欠片のイメージも湧かない。それをルピは自身で生み出せるのだと言うのだからその凄さは分かる。それに素材の採取もこなせるのなら、戦いもそれなりに出来るのだろう。
「金貨10枚でいいなら買わせてもらうよ」
「うむ、若いのが遠慮するな」
「あんたの方が若く見えるけどな」
「まあ若いのは否定せん。ヨゾラよりは年上だが、そう簡単に年齢を教えてやるほど私は安い女じゃないがな」
初めてソフィアと似た部分を見て思わず笑ってしまった。
「他に何か欲しいものはあるかな?」
「んー、俺は魔道具のことをよく知らないし……逆に俺が持っていて役に立ちそうな物はあるか?」
「勿論さ。折角だ、魔道具を紹介しつつ、魔道具について色々と教えてやろう」
ルピは様々な魔道具を紹介しながら魔道具のことを詳しく教えてくれた。
魔道具とは、言わばMPを使わずに魔法を使う為の道具らしい。
理論上は現存する魔道具の殆どは魔法として使用することが出来るらしいのだが、そのイメージを生み出すことが非常に困難らしく、数多ある魔道具を魔法のみで実現するのは気が遠くなるレベルの実力とイメージ力が必要になるのだそうだ。
例えば今回俺が買った収納袋――アイテムボックスは袋の中に空間を拡張する魔法を使うことで作りだすことが出来るらしいのだが、まず空間を拡張する魔法に関しても、袋が伸縮するのをイメージすることで使えるのだが、それが建物になるとどうだろうか……仮に家が岩で出来ているのだとして、岩が伸縮するイメージを出来る者がいるだろうか? 一見用途が広い魔法に思えても、イメージが出来ない限りは何も実現できないのだ。
そこに袋という下地が無くなればどうなるだろうか、答えは簡単だ。誰も何もない空間を拡張できるイメージなど湧かないし、物を収納できる空間を生み出すイメージも出来ない。
このようにイメージという小さいように見えて大きい制約のせいで、魔法では再現できないからこそ魔道具が存在するのだ。
「魔法は限りないイメージを生み出せる者が使えば神羅万象すら操ることが出来る可能性があるが、神でもない限りはそんなことは不可能なのだ。それを人の身で近づかせていくのが魔道具。どうだ? 夢があるだろう?」
魔道具のことを語るルピは、出会った時のイメージとは全く違って輝いていた。魔道具が好きだからこそ、市販の魔道具よりも質の良い物を生み出すことが出来たのだろう。
客が寄り付かないのが、本当に勿体ないと思った。
「ヨゾラ、世界を見て周るのならば魔道具は頼りになる相棒だ。妥協はしないように」
「? 俺が世界を見て周ることを話したっけ?」
「ソフィアが言っていたのだ『ヨゾラさんはいずれ帝都を出て行ってしまうでしょう。いつか、秘境にも挑みそうな何かを感じました』とな。ま、だからこそ私の店を紹介したのだろうが」
ソフィアには敵わないな。きっと初めて俺が冒険者ギルドに来た時からそんなことを思っていたのだろう。人を見る目がある人には全てお見通しのようだ。
結局俺はアイテムボックス以外にも3つの魔道具を買った。
【導きの印】
首飾り型の魔道具。この魔道具がある場所を念じるだけで感じられるようになる。
【応急処置】
伸縮自在のリストバンドの形をした魔道具。傷を負った場所に巻くとピッタリとくっ付いて止血してくれる。
【精霊補助】
透き通った綺麗な宝石の魔道具。精霊魔法を使用する時に発生するタイムラグを少なくしてくれる。まだ精霊を持っていない俺にはあまり意味は無いが、今後のことを考えて念のために買っておいた。
どれも便利な魔道具だ。いざという時の備えとしては持っていて損はないだろう。
魔道具のこともよく知れたし、それだけでもルピの店に来た意味はあった。今の俺に必要なのは何よりも知識だからな。
出費の面で見ても全部で金貨25枚、予想よりもかなり安く済ますことが出来た。
金も多少浮いたので俺は帰りに武器屋によって金貨5枚を払って剣も新調した。といっても、明日も依頼を受ける予定はない。
折角精霊補助が手に入ったので、明日は色々と調べてみようと思う。精霊についても何かしら知ることが出来るだろう。
――――――――――
「やあソフィア。今日ヨゾラ君が私の店にやってきたよ」
「そうですか。しっかりと対応してあげましたか?」
「勿論さ。もしかしたら今までで一番良くしてあげたかもしれない」
夜、ルピの店にソフィアがやって来た。
ソフィアとルピは幼い頃からの友人であり、今でもほぼ毎日夕食は共に食べている程だった。
「あなたの目から見てヨゾラ君はどうでしたか?」
「そうだねぇ……とても強いけど、危なっかしいという感じかな」
「そうですか。私も同じ意見です」
ルピの目から見たヨゾラは、あの年齢からは考えられない強さを感じた。それはステータスの数値といった戦闘での強さのことを表しているのではなく、思考の深さだ。
自身に必要なことと、そうでないことを少し魔道具のことを聞いて判断する。実際ヨゾラが買った収納袋と精霊補助以外の2つの魔道具はヨゾラが自身から要望を出した物であり、十分な戦闘力があるヨゾラに必要な部分を補ってくれる物である。
「秘境に挑むという話、今では否定しきれないな……」
先日ソフィアがルピに語ったヨゾラの話の中に、いつか秘境に挑むのではないかという話があった。
秘境というのは世界の中でもほんの一握りの実力者のみが挑める正真正銘の魔境であり、冒険者として登録したばかりの奴が言われるようなことではない。
だが、ソフィアの――ルピの気のせいでなければヨゾラにはその一握りとしての可能性を感じた。
「仮に秘境に挑んだのだとしても、しっかりと帰ってきて顔を見せてほしいものだ」
「ええ、そうですね」
ヨゾラの物語がどのような展開になっていくのか、それは神羅万象を操ると表現された神にさえ分からないことだった。
自由な女神「魔道具ってのも複雑だねぇ。世界によって全然違うから僕には難しいよ」




