アノンと精霊祭2
時間が経つにつれて聖都内の賑わいは大きくなっていき、昼前には昨日同様、祭りらしい雰囲気になっていた。
「やっぱりお祭りというのは楽しいですね!」
まだ特に何かをした訳では無いのだが、アノンはとても楽しそうだ。
「結構祭りとか行くのか?」
「私は結構行きますね。こうやって国規模でやるお祭りもそうですが、私は色んなところに行くことも多いので、街や村単位のお祭りにも参加することがあるんです。意外と知られてないだけで、お祭りをやっているところって多いんですよ」
それは初耳だった。勇者として、今でも色んなところに行き、魔獣の討伐等をやっているアノンだからこその経験なのだろう。
小さな祭りも、その場所特有の雰囲気で、こうした祭りには無いような感じになっていそうなので面白そうだ。
日本でも、田舎とかだと大きく特色が出ていたりしたので、結構楽しかった記憶がある。
「そういえば、昨日はどんな感じで祭りを回ったんだ?」
「基本的には何も決めずに見て回っていただけですね。セラフィ先輩が色々と食べたがったので、食事を出している屋台に行くことが多かったですね」
「……なんかセラフィがごめんな」
「いえいえっ! セラフィ先輩が見つける屋台の食べ物って外れが無くて美味しく食べて楽しめたので良かったですよ!」
「折角スプリトゥスの祭りに来てるんだから、もう少し精霊っぽい楽しみ方をしても良いと思うんだがな……まあ、楽しいに越したことは無いけどさ」
「こう言ってはアレですが、セラフィ先輩ってあんまり精霊っぽくないですもんね……」
擬人化している精霊はセラフィだけなので、基準というのもは無いが、確かに精霊のイメージとセラフィはかけ離れている。
今でこそ、ノーヴィストの王として理級精霊だということがそれなりに知られているが、何も知らない状態でセラフィが精霊だと聞かされて信じれる奴の方が少ないはずだ。
「光と闇の理級精霊じゃなくて飯の理級精霊名乗った方がいいんじゃないかって最近思ってる」
「セラフィ先輩が聞いたら怒りそうですね……」
今となっては俺よりも色々と食べてそうなセラフィだが、相変わらず茹で卵は好きなようで、定期的に強請られる。
別に作るのも簡単なので作ってやっているのだが、俺がキッチンに行った時に城の料理人達が驚くので、今度作り方を教えておくか……
まあ、俺が作ったのを美味そうに食べてくれるのを見るのも好きなので、それでも定期的には作るだろう。
「アノンは料理って出来るか?」
「人並程度ですが出来ますよ。基本的にご飯は自分で作っているので」
「そうだったのか。普段はどっかしらで食べてると思ってたんだが、意外とそうでもなかったのか……今度俺にもなんか作ってくれよ」
「それは全然構いませんが……私の料理って、本当に普通の家庭で食べているようなものですよ? 先輩の口に合うかどうか……」
「って言っても、前までは俺も一般市民だったしなぁ」
「あっ、そういえばそうでしたね……でしたら今度ご馳走しますね!」
「ああ、楽しみにしとく」
アノンはいい意味で見るからに家事が万能そうなので楽しみだ。
そんな感じで、適当に話をしながら祭りを楽しむ。
基本的には売り物を見たりといったのがメインだ。身体を動かしたりするような出し物もあるのだが、俺とアノンがそういったものに参加すると酷いことになりそうなので、遠慮しておこうとなったのだ。
幸いなことに、周囲の人々も祭りを楽しんでいるため勇者がいると気が付くものはいない。
アノンは色々な場所に行っているので、世界でも屈指の顔の広さだ。普段あまり出歩かない俺とは正反対で、何処に行っても顔が知られている。
人々がアノンに抱く感情は感謝が大きく、歩いていると騒ぎになってしまうことも度々あるらしいので、騒ぎになることが無く祭りを楽しめているのは嬉しい誤算だ。
「そういえば祭りを楽しんでいて忘れてたが、精霊はどうするんだ?」
アノンの近くには雷の理級精霊がいるというのはセラフィが言っているので間違いはない。だが、だからといって必ず契約できる訳では無いので、アノンは契約出来ないかもしれないという思いから未だに契約していなかった。
今回スプリトゥスにきたついでとして、アノンはアルジェから精霊について詳しい話を聞くということになっていた。
「一応話は聞いてみたのですが、精霊に関してはセラフィ先輩以上の人はいないということで、セラフィ先輩が必ず契約出来る訳では無いと言っている以上は、いいアドバイスは中々思いつかないと言ってました」
「アルジェでもそれなら、正直もうどうしようもないな」
「ただ、やはり契約の際に気持ちを込めて呼びかければ、精霊も答えてくれることがあると言っていたので、私の気持ち次第なんでしょうね……」
俺の時はセラフィの存在など知らなかったが、セラフィ自身が俺と契約したいという強い想いで周りの精霊たちを刎ねのけたらしい。
アノンの近くにいる精霊はどうなのだろうか? 契約していない精霊とはっきりとした意思疎通はセラフィでも出来ないので、知る術は無い。
だが、ずっとアノンの近くにいるというのならば、俺は大丈夫だと思う。
「それでですね……本当は先に言うべきだったんですが、今日精霊と契約しようと思います。あまり長い間うだうだしていても仕方が無いので」
「それはまた突然だな……」
「先輩、契約する時は一緒にいてくれませんか? 先輩と一緒だったら、気持ちも強く持ってられるんです!」
もしかしたら、アノンは俺と祭りを回ることが決まった時から、今日精霊と契約すると決めていたのではないだろうか?
唐突に思いついたとも思えないし、まあだからなんだという話ではあるのだが……
俺がアノンの頼みを断る訳もない。
「分かった。それじゃあ今日契約するか」
「はい! それでですね先輩、何処か落ち着いて契約出来るいい場所とかってありませんか?」
「いい場所か……俺もあまり聖都について詳しいわけじゃないからなぁ……もし良かったら、何処か大聖堂で場所を貸してくれないか、アルジェに頼んでみるか」
日が沈み始め、夕日が眩しい中、俺達は一度大聖堂に戻ってきた。
教皇であるアルジェは、祭り中に大聖堂で行われている催しに顔を出すという役目があるために、大聖堂内にいる。
アルジェがいる部屋の扉をノックすると、中から返事が聞こえてきた。
「悪いアルジェ、少しいいか?」
「ヨゾラさんとアノンさん? いかがいたしました?」
「大聖堂内で何処か落ち着けて人が来ない場所を貸してくれないか? アノンの精霊契約をする場にする」
「まあ、それは……アノンさん、決心が付いたみたいですね」
「はい、先輩が近くにいてくれれば何も怖くないので」
「私としても勇者であるアノンさんの精霊契約には十全のサポートをしたいと思ってました。それで、場所でしたよね? もしよければこちらの鍵をお持ちください」
そう言ってアルジェは机の引き出しから鍵を取り出してこちらに渡してきた。
「これはどこの鍵だ?」
「大聖堂の最上階……聖都を一望できるテラスへ出るための鍵です。ここからですと、すぐ右手の階段を上がっていただければ一番上のフロアまで行けるので、そこからは中心に向けて歩けばテラスへと続く階段が見えてくるはずです」
「分かった。ありがとうアルジェ」
「ありがとうございます!」
「いえいえ、良い結果をお待ちしております」
アルジェにお礼を言って、俺達はそのテラスへ向かう。
大聖堂はとても大きな建物で、それこそ帝国の王城に匹敵するか、それよりも大きく、その大聖堂の一番上のフロアまでの階段となると、結構ありえないくらい長いのだが、残念ながらと言うべきか、登っているのは俺とアノンなので、この程度で疲れたりすることはない。
それほど時間も経たずに登り切り、そこから中心に向かって歩いて行くと、大きな螺旋階段が見えた。
その階段を更に登っていくと、鍵の掛かった扉があったので、その鍵を開けて外に出る。
「うわぁ! 凄い景色ですね!」
「そうだな……屋台の明かりもいい感じだし、最高のタイミングで来れたな」
自然豊かな帝都に咲くように屋台などの光が零れており、最高の景色となっていた。
それなりに騒がしいはずなのに、あまり声が届いておらず、聞こえてくるものもいい感じのアクセントとなっていた。
しばらく静かに景色を眺めていたが、やがてアノンが動き出す。
「それじゃあ、精霊との契約をしようと思います」
「ああ」
そのまま契約を始めるのかと思ったが、アノンは俺の方を向いたまま少し恥ずかしそうにしている。
「そ、その……先輩……手を、握っていてくれませんか? アルジェさんにはああ言いましたけど、やっぱり少し不安で……」
「分かった。ずっと近くにいてやるから存分にやれ」
俺はアノンの左手を握って安心させるように言う。
アノンの手はとても小さく暖かい。とてもこの手で剣を振っているとは思えなかった。
今でもアノンの背負っているものはそれなりに大きい。俺も出来る限り力にはなるつもりだが、常に傍にいてやるのは難しい。
だからこそ、常にアノンの力になってくれるような精霊が来てくれることを心から願う。
それが雷の理級精霊であることに越したことは無い。
「ありがとうございます……では、始めます!」
アノンは自身の右手の人差し指を噛んで少しだけ血を流す。
「これからも沢山の人達を守れるように……そして今までお世話になった人達の助けになれるように……先輩の力になれるように……私と共に歩んでくれる精霊よ、力を貸してください……私の名前は……アノン!」
精霊契約の際の言葉は、その人の本質が現れると俺は思っている。
別に多くに精霊契約を見てきた訳では無いが、俺がそうだったように……そして、アノンがそうであるように……
勇者にしては臆病で、だが誰よりも心優しいアノンの言葉は、絶対に精霊に届いただろう。
その証拠にほら……
「……せ、先輩! この子が……」
「ああ、アノンの精霊だよ」
一見すると光属性のようで、決定的に違う。周囲に小さく稲妻のようなものを纏っている精霊は、間違いなくアノンの近くにいた雷の理級精霊だろう。
精霊はアノンに寄り添うようにアノンの肩の近くまでやってくる。
「先輩、もし良かったらこの子に名前を付けてあげてくれませんか?」
「俺でいいのか?」
「はい! 先輩がいいです!」
「お前も俺でいいのか?」
精霊は仕草のようなもので感情を伝えてくるので聞いてみると、縦に小さく揺れる。
セラフィの時の同じならば、これは肯定だ。
アノンから望まれて、精霊もいいというのならば、俺が名前を付けることにしよう。
少し考えて、俺の中で決まったのでその名を告げる。
「レクト……とかどうだ?」
「レクト……はいっ! なんだかしっくりきます! あなたはどう?」
アノンが聞くと精霊は嬉しそうに小さく回る。どうやら気に入ったようで良かった。
「ありがとうございます先輩! これからよろしくね、レクト!」
アノンはレクトを手の平の上に乗せるようにして嬉しそうに笑っていた。
そんなアノンは、テラスの景色も相まって、とても綺麗だった。
自由な女神「良かったねアノンちゃん! これからはきっと力になってくれるはずだよ!」




