アノンと精霊祭1
日が明け、精霊祭二日目が始まる。
基本的には全日程で大きく内容が変わることは無いみたいだが、出店などの申請をする必要があることに関しては、日替わりで変わったりするみたいで、全てではないが新しい出店なども見れるということなので、それも楽しみの一つだ。
この二日目は、アノンと精霊祭を回ることになっている。
思えば、アノンと2人きりというのはかなり久しぶりな気がする。それこそ、勇者パーティーとして旅をした時以来ではないだろうか?
「先輩! 準備が出来ましたよ!」
勇者であるアノンは、魔獣の討伐なんかで色々な場所に行くので、普段から早起きをしているとここに来る時に言っていたので、どうせならばまだあまり人が出ていない時間から祭りを回ることにした。
現在の時間は朝の五時頃で、普段の俺はまだ全然寝ている時間だが、アノンに合わせて今日は早起きしたのだ。
俺も準備が出来ているので、出発することにする。
扉を開けると、村娘っぽい私服を着たアノンがいた。
村娘っぽいと表現したが、別に変な服という訳では無く、普通にお洒落の部類に入る。
だが、アノンは勇者なのだ。
この世界では歴史上初めての勇者だが、現在アノンの立ち位置は上級貴族並のものとなっており、それに比例してマナーなども学んでおり、元は村娘とはいえ貴族の仲間入りをしている。であれば、貴族らしい服なども着るようになるかと思いきや、アノンは貴族等が多く集まったりする場以外では、一般市民と変わらない格好をしているのだ。
出会った時と比べると、すっかり頼もしくなった後輩だが、こうしてみると変わらぬアノンだと分かり安心する。
まあ、お洒落な村娘といった感じの服を着ているアノンだが、その辺の奴らとは比べるまでもない美少女なので、目立つことは間違いないだろうが。
「おはようアノン。それじゃあ、行こうか」
「はい!」
アノンと並んで大聖堂の外に出る。やはり人は殆どおらず、出店の準備をしているのがチラホラと見えるだけだ。
聖都の元の雰囲気と合わさって、かなり落ち着く。田舎で朝の散歩に出ている感覚だ。
とはいえ、俺もアノンも朝食は取っていないので、どこかこの時間でもやっている場所があればいいのだが……
「あ、先輩、あそこのお店もう開いてそうですよ」
アノンが俺の服の袖を可愛らしく引っ張りながら指を差す。そちらに目を向けると、確かに相手そうな雰囲気で、意識して分かったが、微かに香ばしい匂いがする。
「とりあえず行ってみるか」
他にやってそうな店も無いので、行ってみることにする。
近づいてみて分かったが、どうやらパン屋のようで、朝食にも丁度いいだろう。
「いらっしゃい! あら、若いカップルさんかい、随分と朝早くから起きてるんだねぇ」
「あ、い、いえっ……カップルってわけじゃ……」
「そうなのかい? お似合いに見えたんだけど……まあいいさ、朝食だろ? この時間はどこもやってないから食べてきな」
出迎えてくれたのは、元気なおばあちゃんで、見た感じここの店主のようだ。
どうやら俺とアノンがカップルに見えたようで、アノンが顔を赤くして照れているのが可愛い。
外から見えたように、パン屋のようで、席もあるのでここで食べていくことにしよう。
色々と種類のある中から、アノンは野菜が入ったパンを選び、俺は肉が入ったパンを選んで席に着く。それを見て、店主が紅茶を出してくれた。
「精霊祭を見に来たんだろう? どっから来たんだい?」
「俺ノーヴィストからで、アノンはグラヴィウスからだ」
「離れて暮らしているのに、祭りに来るくらい仲が良いんだね」
「一応私達以外にも一緒に来た人たちがいるんです。先輩とは、学校が一緒だったんです」
「先輩と後輩なのかい。いいねぇ」
どうやら俺とアノンのことを知らないようなので、わざわざ言って気を遣わせる必要も無いだろう。俺もあまり派手な格好をしている訳ではないので、知らない者から見れば俺もアノンもただの祭りを見に来た冒険者なんかに見えているはずだ。
「それにしても、こうしてノーヴィストから来てるって聞くと時代の流れを感じるねぇ。昨日も獣人が結構来ていたし、数年前じゃ考えられないことだよ」
「まあ、そうだろうな。そういえば、この国はあまり戦争に参加していなかったみたいだけど、実際に獣人のことってどう思ってたんだ?」
「そうさね……やっぱり感覚としては相容れないとは思ってたのが殆どだね。ただ、別に恨みがあった訳でもないし、そもそもが良く知らないから、実際には特に何かの感情を持ってた訳じゃないよ。受け入れるのも早かったしねぇ」
今更だが、どうしてスプリトゥス聖国は戦争に参加していなかったんだろうか? 場所的には確かにノーヴィストとはかなり遠いので、そもそも関りが無かったというのはありそうだが、不思議である。
「こうして獣人達と関わるようになった思たんだけど、良い子達が多いよ。人間よりも礼儀もいいし、よく笑うんだ。あたしも獣人の子達と話すのは楽しくてねぇ。戦争を終わらせてくれた勇者様には感謝してるんだ」
店主はそう言いながら嬉しそうに笑っている。俺の向かい側に座っているアノンは少し恥ずかしそうにしながらも、どこか嬉しそうだった。
アノンが勇者として色々と悩みながらも頑張ったのがこうした形で報われているのは俺としても嬉しい。出来ることならば、声を大きくしてアノンのことを誇りたいのだが、アノンはそういったことを望まないので、いくら俺が自分勝手に生きているとはいえ、我慢する。
「こうして教皇様が祭りの開催っていう大きな動きをしたのも、世界が平和になったからなのかねぇ」
「どうですかね……お優しい教皇様であれば、民の為に楽しめる行事をしたかったって可能性もありますよ」
そういえばアノンには言ってなかったが、アルジェが祭りをやろうと思った理由だが、一番の理由はセラフィを招きたかったからだった気がする。
当然店主やアノンが言った理由もあるだろうが、意外とアルジェは精霊のことになると現金になるのだ。
「おや、アノンちゃんは教皇様のことをよく知っているみたいだねぇ」
「あっ……い、いえ、少しお話する機会があったというだけです……」
「そうかいそうかい。ふふっ、ありがとうねアノンちゃん」
「んっ……どういうことでしょうか……?」
店主は優しく笑ってアノンの頭を撫でる。当のアノンはくすぐったそうにしながら不思議そうにしていた。
もしかしたらだが、店主はアノンの正体に気が付いているのではないかと思う。俺達が誤魔化しているから気付いていないことにして普通に接してくれているように感じる。
お礼に関しても、戦争を終わらせてくれたことや、普通の心優しい少女にしか見えないアノンが頑張ってくれたことに対してではないかと思う。
俺の勘違いかもしれないが、勘違いではないのならば、こうして分かってくれている人がいるのは嬉しいことだ。
ほっこりしながら、パンも美味しく食べれて満足だ。
「ごちそうさま。美味かった……」
「はい! とっても美味しかったです!」
「それだけ喜んでもらえて嬉しいよ。それに、年寄りの話に付き合ってくれてありがとうね。よかったらまた来ておくれ」
「勿論です! 絶対に来ます!」
どちらかというと人見知りなアノンだが、店主にはかなり懐いているようだ。
パンも美味しかったし、またアノンと一緒に来たいと思える。たまたま見つけた店がここでよかった。
「良かったなアノン、頑張りを分かってくれている人がいて」
「そうですね、こうして直接話を聞けることって無かったので嬉しかったです。でも先輩……頑張れたのは先輩がいたからですよ」
「俺もアノンだから助けようと思ったんだよ」
これは嘘じゃない。いくら異世界らしく楽しむといっても、俺は勇者がアノンだったからこそ、あそこまで助けようと思ったんだ。
元は俺が原因だった戦争だったが、それでアノンの心が砕けてしまうことが無くて本当に良かったと思う。
今となっては俺のことも助けてくれる頼もしい勇者となってくれたが、今後もアノンが困ったことがあれば、俺は全力で助けることだろう。
アノンもまた、この世界でできた俺の大切な人物なのは間違いないのだから。
「さて、店も開き始めたし、祭りを楽しもうか」
「エスコートお願いしますね先輩!」
「お任せくださいお嬢様」
自由な女神「アノンちゃんの頑張りはしっかりと報われてほしいよね。それだけ頑張ってきたんだからさ」




