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この異世界は物足りない  作者: VRクロエ
英傑決戦編
114/137

誰よりも大切な……

「くそっ……くそ、くそっ!?」


 ロウは薄暗い廊下をセラフィを掴みながら早足で逃げていた。


 まさかレナードが負けるとは思ってもいなかった。万全の状態ならばヨゾラが勝つことは分かりきっていたが、戦場にもこの街にも相当な人数の英傑が揃っており、消耗した状態のヨゾラであればレナードが勝つと考えていた。

 実際ヨゾラは相当消耗しており、戦闘の流れを見てもレナードが圧倒的に優勢だった。


「なんなんだよあいつは!」


 しかし、虫の息というところまできてヨゾラは突然見たことも無いような魔法を使い始め、レナードを追い詰めていった。

 あの光の剣を見た瞬間、ロウは嫌な予感を感じた。そして、その予感はそのままに的中し、最終的に立っていたのはヨゾラだった。


 魔王という存在を侮っていた訳では無い。ヨゾラという個人を見くびっていた訳では無い。だからこそ、周到に準備をし、この戦争でほしい物を手に入れるために立場も使って画策した。

 だが届かない。初めて屈辱を味わった時も、秘境で屈辱を味わった時も、結局勝つのはヨゾラだった。


 これが三度目の屈辱。今にも叫び出しそうなくらいには腸が煮えくり返っているが、それをどうにか理性で押さえつけながら身体だけは動かす。

 ここで逃げ切ることができれば、目的の一つであるセラフィは手に入るし、セラフィさえいればヨゾラを倒す機会はまた訪れる……


「ふん、無様じゃな」

「……なんだって?」

「結局のところ何をしてもおぬしはヨゾラには勝てん。そも、今回もおぬしは何もしておらんではないか。他者に戦わせ、ヨゾラとの直接の衝突を避け、最終的には逃げる……」

「黙れぇ!!!」


 しばらく静かだったセラフィがロウを煽り出す。

 そこで我慢していたものが限界に達し、ロウは足を止めてセラフィを殴りつけた。


 身動きが取れない状態で殴られたセラフィは吹き飛び壁に身体を打ち付ける。

 しかし、腫れた頬がまるで嘘のように、セラフィは毅然とした顔でロウを見る。


「おぬしに出来るのは精々今こうしたように、力を封じられている儂を痛めつけることくらいじゃ。ほんに情けない男じゃ……そんな男に儂が屈服すると? 馬鹿らしい……」

「っ!?」


 セラフィの追撃に、ロウは顔を真っ赤にしながら再びセラフィを殴る。更には地面に転がったセラフィを執拗に蹴り飛ばした。


 レベルが上がりヨゾラに脆いと馬鹿にされていたのが嘘のように、普通の人間と比べてもかなり防御面のステータスも高くなったセラフィだが、現在の落ちたステータスでは、ロウの蹴りですらかなりの痛みがある。

 HPだけはそのままなので死んでしまうことはないだろうが、HPの残量と痛みはあまり関係ない。高いHPが無くなる気配は無いものの、重たい痛みにセラフィは歯を食いしばる。


 わざわざロウを煽ったのは、足止めの為だ。

 かなり怪我の酷いヨゾラが追いかけて来れるとは傍からは思わない。当然ロウもそうだ。

 だが、セラフィはヨゾラが追ってくるのをほぼ確信していた。

 これも信頼からくるものだ。


 であれば、ボロボロのヨゾラにあまり無理をさせないように……走ることができなくとも追い付けるように、無力ながら今の自分には何ができるのかを考えた結果、こうしてイラついているロウを煽り、こうして痛めつけている間に追い付けるようにしているのだ。


 そのセラフィの目的はしっかりと達成される。

 ロウがセラフィに罵声を上げながら蹴りを入れている音が響いていると、その音に混じって足を引きずるような音が聞こえてきた……






 ――――――――――






 足を引きずりながら薄暗い通路を進んでいく。

 本当だったらもっと急ぎたいのだが、流石に無理をし過ぎた……走れる程身体が上手く動いてはくれない。

 ここまで来て逃がしたくないという気持ちもあるが、今の俺だとロウにすら殺させる可能性がある以上、無理やり突っ込んでいって攻撃を食らってしまうと、セラフィを助けることもできなくなってしまう。


 足元には埃の上に残った足跡が確かにある。隠し扉がある訳でもなく、ここを進んで行っているのは間違いないので、焦らずに進んでいこう。

 それに、俺が追ってきているとセラフィは信じているはずだ。ならば、可能ならば何かしらの方法でロウを足止めしておいてくれている可能性もある。

 あまり無茶なことはしないでいてほしいが、先程セラフィが俺を信じてくれたように俺もセラフィを信じる。


 しばらく進んでいると、遠くの方から声と音が聞こえてきた。

 微かに聞こえる声はロウのものなので、確実に追い付いてはいる。

 薄暗く、まだ姿は確認できていない。それにこれ程静かな空間ならば、かなり遠くの声も聞こえるだろうから、距離的にはまだまだだろうが、いつでもセラフィを助け出せるように、俺はもう今となっては最も手軽に使えるようになったフォトンレイを発動させておく。


 慎重に進んでいくと、ロウの声が段々と鮮明に聞こえるようになってくる。

 その声を聞く感じ、かなりキレているようで、聞こえてくるものの大半は暴言のようなものだった。


 そして、薄っすらと視界に見えるようになったそこには、ロウと地面に倒れ蹴られるセラフィの姿があった。


 一気に頭に血が上った。先程までは慎重に行こうと思っていたことなどすっかりと頭からは無くなり、ロウに対する怒りで全てが塗り替えられていく。


「何してんだお前ぇぇ!?」


 俺は怒りのままに叫び、フォトンレイをロウ目掛けて放つ。

 しかし、俺の声に反応したロウが咄嗟に身体を捻ったため、フォトンレイはロウの頬を掠めただけだった。


「ヨゾラ!? ちっ、もう追い付いて来たのか……いや、これが狙いでこいつは俺を……? やってくれたな!?」


 ロウは俺の姿に驚きつつも、何かに気が付いた様子で、更に怒りをみせ、セラフィを蹴り飛ばす。


「おい、お前……覚悟は出来てるんだろうな?」

「ふん、まあいい。そこまでボロボロであれば、俺自身の手で地獄に送ってやる。貴様の方こそ、覚悟はできているんだろうな?」


 ロウは蹴り飛ばしたセラフィには目もくれずに、俺の方を向いて笑い、そして魔法を放ってきた。

 この戦争で食らってきた魔法の中だったら可愛いものだったが、狭い通路と俺自身の状態も重なり避けるのがかなり難しい。

 氷の針が飛んでくるのを、どうにか回避しようと動いたが、全てを回避することは出来ずに、いくつかが俺の身体に突き刺さった。


「今思えばそうだ……逃げずにこうしていればよかったんだ! 全く、無駄に時間を使ってしまったよ……だがいい、こうして貴様を俺の手で葬れるんだからな!」

「くっそ……」


 ロウは手を休めることもなく、どんどん俺目掛けて魔法を放ってくる。

 回避に専念せずにフォトンブラスをを溜めればロウは倒せるだろうが、ステータスが著しく下がっているセラフィをも巻き込んでしまう。


 俺はロウ目掛けてフォトンレイを放つが、これだけ暗い空間だとフォトンレイを放つ予備動作が丸分かりで、普通の奴の中ではそこそこ強いロウは掠ることも無く回避する。


 かなり積んでいる状況で、怒りは残っていながらも頭を回転させる。

 そして、俺は一度立ち止まってからフォトンレイを放った。


「足を止めるとは……遂に諦めたか? 哀れな奴だ!」


 俺が足を止めたことを諦めたと思ったロウが、俺に向かって更に密度高く魔法を放ってくる。

 モロに食らった俺は、残り少ないHPを更にごっそり減らされて地面に膝を突いた。


「魔王と呼ばれた貴様もこれまでのようだな。安心しろ、貴様の相方は俺が存分に使い潰してやるからな! それをあの世から見てるがいい!!」

「――誰を使い潰すって?」


 ロウが優越感に浸って俺に話しかけた直後、ロウの背後から迫ったセラフィがロウのことを殴り飛ばす。


「んなっ!? 貴様どうやって首輪を……まさかさっきのは!?」

「そうだよ、わざわざ足を止めてフォトンレイを打ったのはお前に当てる為じゃない。セラフィの首輪をしっかり狙う為だ」


 フォトンレイをあの状況でロウに当てることはどう頑張っても難しかった。だが、戦闘の最中に俺はセラフィと一瞬目が合い、セラフィが伝えたいことが分かったのだ。

 この薄暗い中でロウよりも遠くに倒れるセラフィの首輪を魔法を避けながら壊すのは難しかったので、魔法を食らう覚悟で足を止めてしっかりと狙ったのだ。


「ヨゾラ!?」

「セラフィ……」


 倒れそうになる俺の元へセラフィが駆け寄ってきて身体を支えてくれる。

 セラフィに蹴り飛ばされ壁に激突したロウがこちらに魔法を放ってくるが、セラフィが目もくれずに全てを魔法で防いでいる。


「だい、じょうぶか、セラフィ……」

「こちらのセリフじゃあほたれ! こんなにボロボロになるまで無茶して……」

「お前がピンチなら、いくらでも無茶するさ……」

「儂としてはもうしてほしくないが……まあ今はいい。それよりも、どうするんじゃ?」

「そうだな……とりあえず、終わらせるか。悪い、支えてくれるか」

「もちろんじゃ」


 俺はセラフィに支えられて立ち上がる。

 こうしてセラフィを取り戻すことはできたが、それで終わりじゃない。今回の黒幕……かどうかは分からないが、個人的にもロウとは決着を付けなければいけない。

 結局セラフィに手を出したのはロウなのだから……


「やめろ……来るな……来るなぁ!?」


 ロウは一心不乱に叫びながら魔法を放ってくるが、力が戻ったセラフィがいる以上、ロウ程度が放つ魔法が届くことは無い。

 威力も種類も、何を取ってもセラフィが圧倒している。

 仮に剣を抜き、戦ってきてもステータスの面でもセラフィに届かない以上、ロウにもう取れる術は無い。

 こうしてセラフィを解放できた時点で、ロウは既に積んでいるのだ。


「さて……俺の相方が世話になったな」

「どうしてだ……ここまでやっても、まだ勝てないのか……?」


 ロウはもうどうしようもないことを悟り、無駄な抵抗を辞めて呆然としたように俺に向けて言葉を投げる。


「確かにお前には散々迷惑を掛けられた。が、別にそんなことはどうでもよかったし、敵だとも思ってなかった。だけどな、ここまでやった以上お前はもう俺の敵だ。容赦はしない」

「結局……俺は貴様に敵としても認識されていなかった訳か……」


 そうだ。正直は話をすれば、俺はロウを敵としては認識していなかった……それどころか、今日まで存在すら忘れていたレベルだ。

 こうして思い出せば、確かに学生時代なんかに迷惑は掛けられていたが、それでも迷惑という範囲で俺の中では消化できている。


 まあその時その時の感情は人それぞれだ。いじめは、いじめられていた側は覚えていても、いじめていた側は覚えていないことが多いとはよく聞くが、人の記憶なんていじめに限らず似たような状況はよく起こる。

 今回のことに関しても、俺の中の感情の大きさと、ロウの中の感情の大きさが異なっていただけということだ。


 しかし、敵対……しかも最も手を出してはいけないセラフィに手を出した以上、俺が許すことはない。

 地球にいた時であれば、ある程度我慢しなければいけない状況もあっただろうが、残念ながらここはルーディスで、俺自身も好きに生きると決めている。


 ロウにはここで退場してもらおう。


「……じゃあな」

「……くっそ……」


 最後は抵抗もなく、憎しみを込めた視線だけを送ってきて俺の剣に貫かれた。


 薄暗い通路に静けさが戻る。それが、戦いの終わりを告げているようにも思えた。


 身体から力が抜け、俺は地面に倒れそうになる。それをセラフィが支えてくれて、ゆっくりと地面に座る形となった。

 流石に力が入らず、目を閉じれば眠ってしまいそうな虚脱感が襲ってくるが、どうにか意識を保ってセラフィに笑いかけた。


「無事でよかった……」

「儂よりもおぬしじゃ。全く……どれだけの無茶をしたんじゃ……」


 セラフィが呆れたように言う。確かにもう一生分の無茶をした気分だ。


「無茶した甲斐はあったよ。こうしてお前を取り戻すことができたんだからな」


 俺は力の入らない腕をどうにか動かしてセラフィを抱きしめる。

 こうしていると、様々な感情が湧いてくるが、どれも悪いものではない。

 何ならいつまでもこうしていたい程だ。


「……心配かけた」

「いいさ。こうして無事なら」


 意識が沈んでいく。流石に限界のようだ。

 目を瞑りながら思うことは、誰よりも大切なセラフィを無事に取り戻すことができてよかった、ということだけだ……

自由な女神「よかった……無事にセラフィちゃんを助け出すことができて。これで無意味な戦争も終わりだね」

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