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この異世界は物足りない  作者: VRクロエ
英傑決戦編
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主の為に

花粉がやばいです……

 英傑として、数々の戦いを繰り広げ、先の戦争では数多くの獣人を屠ってきたリーズハイトだったが、今目の前にいる獣人に傷一つ付けることができていなかった。

 リーズハイトにとって、獣人とはただ蹂躙するだけの存在であり、自信を脅かす存在だとは認識したことがない。確かに人間と比べれば、潜在能力的に高いのは分かるが、それでも英傑に比べれてしまえばなんてことのない相手だと……


「またか……」


 先程まで視界で取られていたはずの敵の姿が、一瞬の隙を突かれては消え去ってしまう。

 その隙も、本当に一瞬別の元に意識が少し向く程度で、本来ならば見失うはずもないのだが、どんだけ気を付けていても見失う。

 なにかしらの力なのだろうとは思うが、その正体は分からない。対処法も分からない。

 できることは、ただその後に死角から来る攻撃を予測でもって回避することだけだった。


 しかし、それでも全てが防げる訳では無い。攻撃にすら気配が希薄になっているため、全てを完全に回避しきることは不可能に近い。

 見たこともあまりない少しの曲線を描く剣でしか攻撃してこないので、魔法が使えないか、魔法の気配までは消せないかの二択なので、広範囲の攻撃手段があれば問題無く倒せただろうが、残念なことにリーズハイトにその攻撃手段は無かった。


 今も死角からきた攻撃をギリギリで回避して、そちらの方向に無造作に剣を振るが、簡単に回避されてしまう。

 戦い始めてそれなりに時間が経つが、目の前の美しいピンクの髪をした獣人には傷一つ付いていなかった。


「くそが……なんなんだよお前は……」

「名をサクラと申します。ただのフラワーキャットの獣人ですよ」


 最初リーズハイトが戦場でサクラを見つけた時は、その美しさに見惚れ、痛めつけてから連れ帰って自分のものにしようという邪な考えでやってきたのだ。

 簡単なことだと高を括ってきたのにも関わらず、実際にはサクラに終始圧倒され、イライラも積もってくる。

 そもそもサクラに限らず、獣人に後れを取るなど、リーズハイトからしてみれば屈辱でしかない。

 そして、その屈辱から何としてでも痛めつけて言うことを聞かせようという気持ちが大きくなり、ここまで劣勢なのにも関わらず、応援も呼ばなければ退くこともしない。


 更には今サクラが名乗ったフラワーキャットという種。当然リーズハイトも知っており、それが最弱の魔物ということも当然知っている。

 それを聞いてしまっては猶更退けなくなる。フラワーキャットの獣人に負けたとなれば、他の英傑達に馬鹿にされることは分かりきっていた。


「ちっ……すかしてんなよ!」


 いつまでも振り回されていては埒が明かないので、リーズハイトはサクラが名乗るために止まったのを見計らって斬りこんだ。

 しかし、サクラはいともたやすくその攻撃を剣で受け止める。

 その後も続けて何度も斬りかかるが、サクラは最小限の動きだけで全てを受け止め、回避し、肌どころか服にすら傷を付けさせない。


「セラフィ様……」


 英傑との戦いの最中だというのに、サクラの頭の中にあるのは自身のもう1人の主であるセラフィのことだった。


 セラフィが攫われたと聞いた時、サクラは酷く後悔した。

 セラフィが断ったとはいえ、自分がしっかりと付いて行けば……自分があんな提案さえしなければ……と、何度も何度も……

 別にサクラは何も悪くはない。だが、周囲がどれほどサクラに言おうとも、サクラはやはり自分を責めた。


 ヨゾラはあまり知らないことだが、セラフィはサクラをとても気に入っており、そしてよく気に掛けていた。

 様々な話をサクラし、多くを教え、レベル上げの際はいつでもサクラを助けられるように立ち回っていた。


 それが、サクラにとってはとても嬉しかったのだ。

 気持ちはヨゾラのものとは違えど、セラフィに対しても確かな愛をサクラは抱いており、慕っていた。


 そんなセラフィが攫われたのだ。サクラは大きな自己嫌悪に囚われながらも、同時にそれすら上回るほどの怒りを抱いている。

 これまで、怒りの感情など殆ど抱いたことのなかったサクラだが、今回は本気で怒っているのだ。


「……早くセラフィ様を救わないと……」

「おい! 俺と戦っている最中に考えごとか? つくづく生意気な奴だ」

「確かにあなたは強いですよ。流石英傑というだけあります……ですが、そろそろ通させていただきます」


 ただステータス任せに戦ってくるリーズハイトにサクラが今更後れを取るはずも無い。

 先程までは中々に決めさせてはくれていなかったが、怒りのままに突っ込んでくるのでれば、それはもう勝敗は決まったようなものだろう。


「……影桜」


 サクラは紅桜の柄でリーズハイトの剣を軽く弾き、そのまま紅桜を手から離す。

 突然のことに、当然リーズハイトの意識は一瞬だが紅桜に吸われることになる。そして、サクラの姿を見失うのだ。


 一瞬奪われた意識……そして軽くとはいえ剣を弾かれた状態でサクラを見失ったのだ。しかもこの至近距離でとなれば、かなり回避が難しい。

 だが、リーズハイトは自身の真横に感じた殺気に敏感に反応する。


「最後の最後で気配を消し去りきれなかったみたいだなあ!」


 反撃は間に合うタイミング……リーズハイトは勝利を確信しながら真横に剣を振った。


「……え?」


 しかし、そこにはサクラの姿は無く。代わりにリーズハイトの剣が当たったのは紅桜の鞘だった。


 頑丈に作られた紅桜の鞘は、リーズハイトの剣で斬られることはなく、鈍い音だけを響かせる。

 それと同時に、リーズハイトの首に後ろから小刀が迫り、その首を容赦なく飛ばした。


「私のステータスでも首を飛ばせて良かったです……こうしてみると、やはり強くなっていることを実感しますね……」


 サクラは若干の安堵をして、紅桜とその鞘を拾い腰に収める。


 今使った影桜という技は、アマリリスとの模擬戦で使った凶刃無閃を応用した技で、まず敵の意識を誘導する紅桜を手放すということから始まり、気配を断った後に死角となる場所で殺気を放ちながら紅桜の鞘を同じように宙に放しまた気配を消す。そこで生まれた更なる死角に潜り込み忍ばせた小刀で止めを刺すというものだ。


 凶刃無閃だと、英傑ほどステータスが高い相手だと無理やりに間に合わせてくる可能性があるのだが、二度の死角からの攻撃に反応はできない。

 そもそも、鞘に残る殺気に大半の奴は反応して、そこで何かしらの行動を起こしてしまうので、本命の攻撃に対しての行動が間に合わないのだ。


「……さて、先を急ぎましょう」


 サクラは倒したリーズハイトに一瞥もせずに、ヨゾラが向かった方向に走り出す。

 道中で沢山の兵士達が戦っているのが見えるが、徐々に押してきているようで、手助けをする必要も無いと判断して、気配を断って戦場を駆け抜ける。

 通りすがりに見えた指揮官のような男を流れで倒し、また前へ進む。


 その様子は、とても最弱の魔物であるフラワーキャットの獣人だとは思えない。

 ヨゾラはサクラを獣人にする時に、いくつかの願いを込めて魔法を使ったのだが、その中にもう虐げられるようなことが無いように、せめて自分の身は守れるくらい強くなれるようにとサクラのことを想いながら魔法を使った。

 そして、今のサクラはその願い通り……いや、それ以上に強く、英傑すらも踏み越えられる強さを手にしている。


 サクラ自身は、虐げられないようにという理由で日々レベル上げなどをしている訳では無い。

 全ては敬愛する2人の主のために……いざという時に己が力を主のために振えるように……


 大好きで、大切なヨゾラとセラフィのために身に着けた力を、サクラは存分に発揮するのだった。

自由な女神「サクラちゃんのせいじゃないのに……こんな健気な子には絶対に幸せになってほしいよ!」

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