好奇心の末に
記念すべき第一話! ごゆるりとお楽しみください!
俺は今――自身の中に湧き上がって来た好奇心と全力で向き合おうとしている。
自然な体勢を維持しつつも、身体には力が入り強張り、緊張感も高まっている中、一瞬でも気を抜けば失敗してしまうという恐怖に駆られているため、額には一筋の汗が流れ出る。
大学に入って2年目――20歳にて、ここまで大きな試練が訪れたことがあるだろうか……普通にありそうだ。
一体俺が何をしているか、そろそろ教えておこう。
俺は読書や、調べ事が趣味で普通の人が知らないような知識や、専門的な知識をその身に宿している。かっこいい言い方をしたが、俺が持っていても何の役にも立たない知識を沢山持っているという訳だ。
雑学と一般的に呼ばれているその知識は、時には他人に披露したり、試せそうなことがあれば試してみたくなる。実際そう思ったことがある奴は結構いるはずだ。
俺の持つ雑学――『う○こを光の速さで出すとどうなるのか?』というものの答えは、仮に大阪に住んでいたら、う○こが出た衝撃で大阪が消し飛ぶというものを、俺はう○こをしながら唐突に思い出した。
東京に住んでいる俺だが、大阪が消し飛ぶのならば東京も消し飛ぶだろうと俺は考えている。
しかし困ったことに、俺が光の速さでう○こをすることは不可能だと言える。むしろ誰か出来るならやってくれ……
普通ならここで諦めるところなのだが、俺の好奇心くんは収まるということを知らないらしい。
なので俺は、自分が持てるだけの力を振り絞り、出来るだけ空想に近づく為に奮闘することにした訳だ。糞だけに――やかましいわ。
う○こがトイレの水に叩きつけられて尻に水が跳ねてこようが関係無い、やると決めたからには、俺はやる。
「ふーーーーーーーっ」
大きく息を吸い込んで、一気に溜める。父さん、母さん、俺を応援していてくれ。
「くらえ東京! くらえ地球! 滅びの! バーストストリーム!!!」
全てを滅ぼす勢いで放たれたう○こは、下らない思考の間に肥大化しており、俺のケツを強引に広げてシャバの空気を吸う。
水に叩きつけられた音が鳴り、水が火照った俺のケツを冷やすが、今の俺にそれを感じるだけの余裕は残されていなかった。
「っっっ!!?」
ケツに来たあまりの痛みに、俺は声にならない悲鳴を上げながら意識を失った――
――――――――――
目を覚ますと、俺は白が強調された空間で倒れていた。
何でトイレが白いか知ってるか? 清潔感を出す為と、排泄物をチェックしやすい為なんだぜ? 勉強になったろ。
まあ俺が倒れていた場所はトイレじゃないみたいだが……
病院という訳でもないようで、やたらと豪華な装飾品なんかがチラホラ見えるのに、質素なベッドや座り心地の良さそうなソファーが置いてあるせいで妙な生活感もある曖昧な場所だ。
場所がトイレではなく、パンツもズボンも履いていることから、人の手によって何処かへ運ばれたことだけは確かだ。
「つまり俺は下半身丸出しで、しかもケツを拭いてないどころか、ケツから血を流している可能性があったのを誰かに発見されたってことか……」
冷静に言葉にしてみたが、かなりやばい。
恥ずかしいどころの話ではなく、黒歴史という言葉すら生ぬるい程の醜態。これがまだガキの頃であればよかったかもしれないが、俺は20歳、成人男性だ。見つけたのだとしたら一緒に暮らしていた両親だが、正直顔を合わせるのが嫌だ。
「周りに誰かは……いないな。にしてもほんとに何処だここは……? よく考えたら床に倒れてたのもおかしな話だな。運ばれたならあのベッドとかソファーの上に普通は運ぶと思うんだが……」
状況は不可解なことが多い。これだけ把握出来る状況が少ないと、動くに動くことも出来ない。人と顔を合わせるのは心情的に避けたい部分もあるが、早く誰か来て説明してほしいものだ。
一先ず部屋の中の物を弄って何かあったら嫌なのでじっと待っていることにする。
何もしないというのは実に退屈で、これでも不安を感じているのか、思考も上手く纏まってくれない。
「はぁ……」
「どうしたんだい? ため息なんかついて」
ままならない状況にため息を溢すと、それに反応するように後ろから声を掛けられた。
突然のことで一瞬身体が跳ね、心臓の鼓動が早くなる。
乱れた呼吸を整えて後ろを振り返ってみると、そこには見慣れないピンク色の髪の毛を背中の中腹程まで伸ばした少女が笑顔を浮かべて立っていた。
「……君は?」
「ははっ、驚かせてごめんね。僕はクレーティオ! 君をここに連れてきた張本人だよ」
クレーティオという名前に聞き覚えは一切なかった。つまりは赤の他人。しかし俺をここに連れてきた張本人だということは、それ即ち誘拐である。
だがあくまでも見た目での話だが、このクレーティオという少女が犯罪に手を染めているようには見えない。子供っぽい笑顔がとても似合っている美少女といった感じだ。
「あー、その顔で大体何を考えているか分かるけど、別に君を人質に両親にお金をーとか、死ぬまで奴隷のように働いてもらう! とか言ったりしないから安心していいよ。ま、今から話す内容を聞いて落ち着いていられるかはわからないけど……」
「怖いこと言うなよ……で、俺は今どんな状況に置かれてるんだ?」
「お? 話が早くていいねぇ。でもそんなに焦っちゃダメダメ。まずはお互いのことを知るところから始めよう」
「いや、婚活じゃねぇんだから……」
軽い感じのクレーティオのノリにペースを崩される。悪い奴じゃないんだろうなぁとは思うが、いい加減話を進めたいところではあった。
「まあお互いのことを知るって言っても、僕は君のこと、何でも知ってるんだけどね――皆月夜空君」
「俺はお前の名前しか知らんぞ」
「むしろ知ってたら驚きだけどねー」
何でも知っているというクレーティオの言葉に、嘘つけと言いたくなったが、クレーティオの余裕というか、俺を揶揄うような表情を見ていると本当なのではないかという思いが湧いてくる。
俺の怪訝な表情を無視して、クレーティオはベッドまで歩いて行き、そこに座ってこちらを見つめ直す。
「それじゃあ改めて――僕はクレーティオ。夜空君をこの領域に呼び込んだ、神様でーす!」
「……あ?」
「まあ簡単に言うと、夜空君は死にました! まあ、死因はあえて言わないでおいてあげるけどね」
つまりこの飄々神様が言うには? 俺は死んで、こいつにここに呼ばれたと? んで死因が、目を覚ます前までの記憶の通りだと、う○こをしてその痛みで死んだと。それを信じろと? 無理に決まってんだろ。
「お前が神だっていう証拠は?」
「証拠かぁ……だったらこんなのはどお?」
クレーティオが指を鳴らすと一瞬で景色が切り替わり、俺の住む家の中に移動した。
リビングにあるソファーにクレーティオが座る形になっており、その周囲には俺の両親が暗い顔を浮かべている。クレーティオと俺に気が付いている様子はない。
「父さ――」
「本当に、馬鹿な息子だったな……」
「ええ。でも、何だかんだで優しくて、いい子だったわ」
「友達もあんなに沢山悲しんでくれて……本当に何をやってんだか」
両親の会話は俺が死んで悲しんでいるような内容だった。
その後も暗い雰囲気のまま両親の会話は続いていき、それに耐えられなくなった俺が別の場所に顔を向けると、そこには俺の遺影が飾ってあった。
「嘘……だろ……」
「まだ信じられないかい?」
景色を戻したクレーティオは、俺を揶揄うような様子を引っ込めて、真面目な表情で聞いてくる。そんなクレーティオの様子を見ていると、到底信じられないようなことでも、何故だか真実なのだと思えてくる。
「ごめんね……流石の僕でも死んだ人間を生き返らすことは出来ないんだ。ううん、出来るには出来るんだけど、地球でそれをすることは出来ないんだよ」
申し訳なさそうなクレーティオを見ていると、こちらまで何だか気持ち的にきつくなってくる。
「いいよ、お前のせいじゃないしな」
そう、元々は俺が馬鹿なことさえしなければ良かった話だ。
それに思っているよりも死んだことに対して忌避感が無い。両親を悲しませたことには罪悪感があるが、自分の死に対しては正直殆ど何も感じてはない。
まだそこまで実感が湧いていないということもあるだろうが……
「とりあえず俺が死んだってことは……理解した。でだ、1つ気になってたことなんだが、お前が俺をここに呼んだって言ってたな?」
「そうだよ、僕が呼んだ。というよりも、君の魂を引っ張り込んだって感じかな?」
「まあその辺の難しいことはいい。俺が言いたいのは、普通死んだ時に他の奴はこうして神? に会ったりはしないってことだよな?」
「お察しの通りだよ。夜空君は特別だね」
特別……特別かぁ。そう言われるとなんだか嬉しくなるが、如何せんクレーティオが俺をここに呼びよせた意図が分からない。
怖い気もするが、もうこうなってしまった以上はある程度のことは諦めるしかない。
「説明してくれるんだろ?」
「それは勿論するけど……地球でのことはもういいのかい? 他に知りたいこともあるよね?」
確かに気になることは多いが、どうしようもないなら別にいいやという気持ちも嘘じゃない。そもそもの性格上切り替えは早い。あまり1つのことに固執しないタイプと言えば聞こえは悪いが、俺はそんな自分の性格が嫌いじゃない。
「なんだ? まだお前が罪悪感を感じてんのか? お前みたいなチビ神様に心配される程俺のメンタルは弱かねーよ」
「むっ? チビって言ったね? 言っておくけどね! 僕は155㎝だよ! チビじゃない! それにね夜空君、女性は少し小さいくらいの方が可愛いと思うんだ」
「まあ、それに関しちゃ否定はしない」
「だろう? つまり僕は女性の魅力を引き出すのに丁度いいサイズなんだ!」
「お、おう」
まさかここまで勢いよく力説されるとは……女性に身長や体重、年齢のことは聞くもんじゃないな。
その後もしばらくの間クレーティオはチビ発言に物申していた。終わりが見えないその会話に、俺は自分が死んだと聞かされた時以上の絶望感を感じ始めている。
「分かった、悪かったって! 確かにお前はチビじゃないし可愛いよ! 美の女神様だ!」
「え? そ、そうかな……ま、まあ分かってくれたならいいよ。うん」
べた褒めするとクレーティオは急にしおらしくなり頬を染めて口数が少なくなる。思っていた以上にうぶな反応をされてしまい、俺も次の言葉に困ってしまった。
実際クレーティオが美少女なのは間違いない。それを否定する気は全くないが、冗談めかして褒めてこの反応だと、自分の言った言葉が恥ずかしく思えてきた。
「こほん。とりあえず話を戻そうかな」
「ああ、そうしてくれ」
気まずい空気は流れたが、クレーティオのテンションがいくらか戻ってくれて良かった。ここまで話していてクレーティオが良い奴だというのは十分に伝わってきた。それに加えて見た目美少女のこいつが、いつまでも浮かない顔をしているのは、いくら出会ったばかりとはいえ嫌だったからな。
「何から話そうかな……」
どうやら話すことは多いようで、クレーティオは何から話すか迷っている。
数秒間唸ってから、何を話すかが決まったようで顔を上げた。
「まずは地球という世界についてから話そうかな。他の話をするにしても、前提知識はあった方がいいからね」
「スケールがでかそうだな」
「そりゃ勿論大きいよ! 何せ僕だけじゃなくて他の神達も関わってくるからね。それと、常識じゃ語れないような到底信じがたい話になるだろうから覚悟してね?」
「こうして神と話している時点で正直信じがたいがな」
「それもそっか」
今更だと2人で笑い合い、いよいよ話が始まる。
「ふふっ、それじゃあ説明しようか。地球という作品……その作品に組み込まれたシステムについて――」