いつもの
「もう! 遅いよレカム!」
尋問部屋を出たレカムが自室へと戻ると、そこにはたくさんの種類様々なケーキと、飾り付けられた部屋に出迎えられた。これはレカムとライラの【いつもの】という、ナイトメアの任務を無事に生きて帰れた事を祝う、ふたりだけのパーティ。
いつもライラが張り切って用意してくれている。
「仕方ないだろ? 尋問がかなり厄介でな。それに、総司令のオダマキが来たんだ」
「オダマキだって!? 大丈夫だったのそれ!?」
「ああ、だが事は思っていた以上に深刻かもな」
そのまま技術部に謎の男の遺体を任せられたなら、きっとその正体を耳にする事が出来たはず。しかし、おそらくオダマキが直接出向いたということは、知らない所で何かが起こっている……そう思えてならない。
だがもしそうだとしても、今は考えるのを止めたい。
「気にしても仕方ない。せっかく用意してくれたんだ、楽しまないとな」
(気になるけども)
「そ、それもそうだね! 何はともあれってね!」
(気になるぅ……)
グラスに注がれた、ライラの大人シリーズを持ち、ふたりでそれを掲げる。
「今回も、レカムが無事に帰ってきたってことで……順調に僕等の目的に、また一歩近づいたよ」
「戦いの無い、平和な世界の為に……」
「僕らの理想郷の為に、乾杯!」
その声が終わるのと同時にグラスの中の大人シリーズを一気に飲み干す。あいも変わらずむせ返るような甘さが、こうして生きている事を実感させられて、緊張の糸が解れるようだ。
「みてみて! 今回はね、結構いいケーキを揃えてみたんだ」
「俺の金だがな」
「いいでしょ別に! レカムはどれがいい? 取ってあげるよ!」
「そうだな。俺は――――」
色とりどりのケーキを選ぼうとした時だった。
突然レカムの部屋のドアが勢い良く開かれ、息を切らしながらズカズカと入ってくる誰か。呆気に取られるレカムを後目に、不機嫌そうにしながらレカムとライラの間に座るのは、王立騎士養成学校 指揮統括の天才美女、【シオン・アング】だった。
何が起こったか理解できずに、ただシオンを見つめるしか出来ないレカムに対し、ハッとしたような表情をしたかと思えば、ニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべるシオン。
「どうしてここに? って顔をしてるのね」
「ははっ、レカム変な顔だよ!」
「ってそれどころじゃない!」
「えっ?」
急に机を強く叩いて怒りを露にすると、レカムからグラスを奪い取り、大人シリーズを注いで一気に飲み干す。その間も呆気に取られるレカムを後目に、豪快な飲みっぷりでグラスを空にすると、ようやく話し始めた。
「もう! 私まで謹慎になっちゃったじゃん!」
「へ?」
「かはっ!」
呆気に取られすぎて、息すら止めていたレカムが息苦しくなってようやく我に返った。
(なんだ、なんなんだこれは?)
(こいつが来て、こいつが騒いで、人のグラス奪って……なんなんだ?)
(何処へどう考えても情報が今度は多すぎる)
(まだついてないのか……俺は)
(それより今、謹慎って言わなかったか?)
(何故こいつも? 意味が分からない)
(……)
(……)
(ああ……うるさいな俺)
自分の心の中があまりにうるさくて、もう何処にも逃げ場が見当たらない。流石にウンザリしてきて、ガクッと項垂れるようにチカラが抜けていく。
そんな様子のレカムを見て、密着するようにしてレカムの顔を覗き込むシオン。その距離に反応してすぐさまシオンから離れる。
「なんのつもりだ?」
「そんなに私といるのが嫌なの?」
「……」
「まただんまり……それって、図星ってことだよね?」
きっとそれは半分そうで、半分違う……そんな曖昧な答えになるのだろう。近くにいられるとかなり困るが、嫌という訳では無く……いや、今は嫌ということにしておいた方が良さそうだ。
ため息を吐きながらグラスを奪い返し、大人シリーズを注いで一気に飲み干す。
「……そうかもな」
「ふーん……まっ、私は好きなようにするけどね」
(どう答えても転ぶことに変わりなかった)
「ところでさ、どうしてシオンも謹慎なの?」
「あ、そうそう! 話の続きよね」
前回と同様に気まずくなる空気を察したのか、ライラが話を本題へと戻す。ストローで大人シリーズを飲むライラの顔はホッとしたような表情を浮かべていた。
「そもそも、今回の件で悪いのはナイトメア本部であって、むしろよくやったと言われるべきじゃない?」
「だよねー。僕も謹慎なのは納得いかないよ」
(なんの話しだ?)
「でもごめんねライラ。関係無かったのに巻き込んじゃって」
「ううん、全然気にしてないよ! それに、レカムは僕の相棒だから」
話の内容からすると、俺とレカムの個々通信をした事による掟破りの事。だが、これはライラ、レカムと、ライラに通信を指示した指揮統括隊の騎士におけるもので、シオンが謹慎になる理由は全く分からない。
いや、本当は分かりたく無かった。
ここまで言われて理解できない者がいるものだろうか。ふたりの自然なやり取り、そして作戦中に聞いたことのある声、そして同じ謹慎という処罰が下ったという事実。
答えは自ずとひとつしか見えてこない。
「そうか……お前が指揮官か」
レカムがそう呟くと、キャッキャと話していたシオンが黙ってレカムを見つめる。少しの間レカムとシオンが見つめ合っていると、我慢できなくなったのかシオンの口元が何故か嬉しそうに歪んだ。
コホンと咳払いをしてから座っているレカムの前に立ち、腰に両手を当てて自信満々に声を上げた。
「そう、私がナイトメア前線戦闘部隊をまとめる、新しい指揮官、天才美女のシオン・アング! 私の指揮は凄かったでしょ?」
初めて新しい指揮官の声を聞いた時に感じた、あの不思議な感覚の正体はコレだった。そしてあの奇抜な作戦は自身で言うように、常人のものでなく天才的で自由な発想だった。
それだけでない。
素早い状況判断能力に合わせて、的確な指示……今回は謎の男により特殊な状況に追われたが、それでもディアスキア軍を一掃させ、全員無事に帰還できたのは言うまでもなく、彼女のセンスの賜物。
「ああ、完璧な采配だった。流石は天才美女だけはある」
「また! ひとつ抜けてる……って、アレ?」
「何だ? 自分でよく言ってる言葉だろ」
「え? いや、そう……だけどさ」
驚いたような顔をしながら、何故か困惑しているシオン。元気だったはずが急にしおらしくなって、先程は横暴に座っていたのに、縮こまるようにして、顔を赤く染めながらチョコンと座る。
(褒めたはずだが?)
(はあ……よく分からない)
変な空気がふたりの間を流れるのを、ただ見ていただけのライラ。
(あれ……? なんだろう、なんだろうこれ?)
「どうした? 借りてきた猫みたいに」
「えっと、急に褒められると照れるよ……」
「それにライラへ即座に連絡を入れてくれたおかげで、無事に帰還することが出来た。ありがとう」
「……や、やめーっ! レカム、もういいから!」
(僕は何を見せられてるんだろう?)
顔を真っ赤にして、レカムの背中をポカポカと叩くシオンは、いつもの高飛車のしたり顔ではなく、どこにでもいるような女の子に見える。
(もしかして、僕……邪魔?)
そう困惑しつつも、レカムが他の誰かと仲良くしているのは嬉しく思うライラだった。