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幻覚と幻聴

 謎の男との戦いを終えて、溜まっていた肺の中の空気を一気に吐き出す。心の奥底で未だに不安が残るレカムだったが、謎の男の正体を探るべく、動かなくなった身体を調べる。


(こいつは……)


 暗視ゴーグルを外して謎の男の顔を直接覗いた時、その顔に何処か見覚えがあるような……どこか違和感のようなものを覚えた。それでも、この男のことは知らない。


 謎の男が着ている服は、ナイトメアの正式装備に似てはいるが、やたらと重い。繊維の中に沢山の鉄くずを混ぜてあるのか、そこらの刃物ではダメージを与えられない強固なもの。胸の傷を見れば、レカムの斬撃も致命傷には至っていないようだった。


(……俺の斬撃は、致命傷じゃない?)


 そう……あまりにも不可解すぎるのだ。

 レカムの斬撃が致命傷でないなら、どうやってこの男は血を吐き、そして死んでいったのか。


(自決……か?)

(いや、そうだとしても意味が分からない)


 口の中や、薬らしき物を探してみても、毒物になるようなものの痕跡は全く無かった。そこで、謎の男が口にした言葉を思い出す。


『どうせ短い命だ。最後くらい奴らに花を持たせてやろうじゃないか!』


 花をもたせる……つまり、何者かに何かを譲るかのように取れるこの発言は、レカム個人に対してでは無いことが分かる。奴ら、つまり不特定多数の人物が謎の男の死に関わっているということ。


(嫌な予感がする……ん?)


 謎の男の身体を調べていると、右腕の肌に黒く刻まれた文字を発見した。


【H07】


(何かの手がかりになるかもしれない)

(技術部に回したほうが良さそうだ)


 考えても分からないことだらけで、とりあえず上着を脱いで死体に被せる。腕につけている端末を操作して途絶えていた本部との通信を試みるが、やはりノイズが走って繋がる素振りすら見せない。


 何者かによる妨害電波がこの付近に流されているのか、それとも単なる故障なのかは判別つかない。どちらにせよ、この死体をこのままにしておけない。


 ため息をつき、ナイフで刺された足を応急処置の止血剤と包帯で処理しながら、レカムはまたあの黒い文字のことを思い浮かべていた。


「……うっ!?」


 突如として耳の内に響くような耳鳴り、そして目眩と頭痛に襲われる。


【H07】

(頭が……割れる……)

【H0――】


 頭痛と耳鳴りに悶ながら、目に浮かんでくる似たような記号がぼやけている。


【H01――】

(見たことがある……?)


 耳奥で鳴り響く耳障りな高音が、次第に大きくなっていく。断片を見るかのように、途切れ途切れの光景が砂嵐のようにノイズとともに襲ってくるのだ。


【H0103】


 微笑む長い髪の女性。その口元が何かを呟いている。


(何なんだ……何なんだよ!)


『レカム……』


 高音とノイズが止み、女性の口元に釘付けになる。静まり返る灰色の世界で、彼女はそう呟いた。





 





「レカムッ!!」

「なっ!?」


 突然の聞き慣れた声に、現実世界に引き戻されるレカム。その声色の主は、相棒のライラの声だった。端末からの通信では無く、緊急用として以前に、ライラから手渡されていた旧式の通信機を改造したものからで、ライラのみが通信可能な機器。


「ラ……イラ? ライラ!」

「良かった! 無事なんだね、レカム!」

「ああ、なんとかな。ところでどうやって通信を?」

「そのことなんだけど、君たちの指揮官様から連絡が入ってね。レカムとの通信が途絶え、そして生体反応まで消えたって聞いて、試しにこれを使ってみたってわけさ」


 ライラが言うには、端末が故障した訳ではなく故意に何者かが端末の通信を妨害していたとのこと。おそらくその犯人は、レカムの目の前で倒れているこの謎の男。


(偶然じゃない……)

(俺を狙った意図的なものだ)


 妨害されていたのはレカムの通信機のみで、生体反応が消えたのもレカムのみ。


(だとするなら)

(何故……俺なんだ?)


 あまりにも理解できない事が起こり過ぎていて、考え事だけで爆発しそうな思考に目眩がする。ただひとつだけ言えるのであれば、脅威はすでに去ったということ、その事実だけでも十分すぎた。


「しかし、一体何があったんだい?」


 そう聞かれても、説明の仕様がない。謎の男の正体も分からず、端末の妨害の原因も分からない。何故サントリナ兵やディアスキア軍の機械兵士を手にかけたのかも理解できないことだらけ。


「話せば長くなる。それより、騎士のみんなはどうなってるんだ?」

「流石は前線戦闘部隊。無事も何も、機械兵士もディアスキア兵も全滅だよ」


 ライラによれば他の騎士たちは、淡々と敵軍に悪夢を見せていたらしい。たった数人の騎士たちで、機械兵士を含めたディアスキアの軍隊を殲滅する力を持つ、ナイトメア戦闘部隊のエリート集団、前線戦闘部隊だけはある。


 レカムは、ライラに自身の居場所の座標を特定してもらうとともに、ナイトメアに救援要請を出した。戦闘を終えていた前線戦闘部隊はすでに、輸送ヘリによって回収されていて、レカムだけが残されていた。


 いつの間にかかなりの時間が経過していたようで、まるで時の狭間に取り残されたような気分だった。


 暫くすると、レカムの指定した座標の上空にヘリが現れ、身を乗り出すようにしてライラが手を振っているのがよく見えた。そのおかげで緊張の糸が解れたのか少しだけ笑いが溢れて、ようやくあちこちが痛み始めたのを感じる。


「ごめん、遅くなったね……って、どうしたんだい、その怪我!?」

「正体も目的も不明な男に襲われた。戦ってみて分かったんだ……俺よりもソイツは強かった」

「レカムよりも強い……この人は一体?」

「何も分からない。それに、頭が混乱しそうなんだ。もう休みたい」


 ヘリに乗り込み、謎の男の遺体を乗せるのを見届けたあと、急な頭痛に襲われて頭を抱えるレカム。


「ごめんなさい……貴方をこんな目に……」

「さぁ、どきなさい。彼には【天才】になってもらわねばな。しかし、出来損ないにこんな使い道があったとは……いいデータがとれそうだ」

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

(頭が……頭が割れそうだ)


 訳もわからず吹き出る冷や汗。だが、この幻聴や幻覚は今に始まったことではない。稀に、今聞こえている男女が言い争う声、そして悲しそうに愛おしそうに囁く、この女の声が聞こえる……そんな夢を何度も見てきた。だがふたりの顔を見ようとする度に、肝心な所でいつも目が覚めてしまう。


 そんなレカムの姿を心配そうに見つめるライラ。


「レカム、顔が真っ青だよ? 体調が優れないのかい?」

「時々起こる頭痛が酷いんだ。頭が割れるように痛い」

「帰ったらメディカルルームに行って診てもらった方がいい。教官には僕から伝えておくから、学校も休むべきだよ」

「いや、それには及ばない。謎の男のことも気になるし、それにこの後の楽しみが待ってるんだ、寝込んでいられるか」


 そう言い、深呼吸をする。それだけで幾分痛みが楽になったのを感じ、ヘリのドアを開いて風に当たりながら戦場を眺める。 


 戦いが終わったこの僅かな間の静けさがどこか不安を掻き立てるようで、ため息をついたあとに再びドアを閉じた。


(そうだ。何も終わってなんかいない……何も)

 

 


「ご報告致します」

(うわっ、暗っ)

「ようやくか。それで?」


 モニターの明かりだけが白く光る薄暗い部屋。

 そのモニターには、先程まで戦場だった国境を上空から見下ろすように映し出されていて、その左端に謎の男の正面からの写真とデータらしき細かな文章が見て取れる。


 入口から入ってきた仮面の男が一礼し、報告書を読み上げる。


「先の戦いにて【天才】と【超人】が接触、及び予定通りに戦闘が開始されました。やはり【超人】の戦闘力は凄まじく、いかに【天才】といえど苦戦を強いられた模様です」

(暗い所が相当好きなんだなあ。電気あるんだから点ければいいのに)

「ほう。とどのつまり、その言い様は【天才】が勝ったようだな。実に愉快……いや、不愉快か」


 笑う男に対し、仮面の男は困ったように首を傾げて再び話し出す。


「い、いえ、それが……【超人】は自決をしました」

(暗い話が余計に暗く……鬱になるかも。気をつけないと)

「自決……そうか、死は恐れぬか。まあ良い、他にいくらても代わりは利く。引き続き実験を続けよ」

「はっ!」

(帰ったら子どもに癒やしてもらおう……)


 仮面の男が去った後、モニターに手を翳してその手を右から左へ動かすと、そこに新たな男の顔とデータが映し出された。


「面白い奴だ。次はどうしてくれようか……」


 暗く静かな部屋で響く、男の笑い声。そのモニターに映るのは、謎の男では無く……赤い罰印のついた、レカム・スターチスの写真だった。

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