謎の男
「や、やめろおおおお! 殺さないでくれ!」
(……殺られる、確実に)
「やめてくええええ!」
「っ!」
暴れだした兵士によって、立てかけられていた鉄のパイプが崩れ落ちる。その一瞬で振り向き、剣を振るうが、いとも簡単に防がれてしまった。
しかし、なんとか押し勝って間合いを大きく確保できた。
そして暗視ゴーグル越しに見る、異質な謎の男。
「何者だ?」
「ほう、流石は天才レカム・スターチス。私で無ければ死んでいたところだ」
レカムの質問に答えることなく、謎の男は何故か嬉しそうに笑みを浮かべた。その笑みはとても不気味で、このまま野放しにしておくのはかなり危険だと、レカムの直感が判断している。
「質問に答えろ、何者だ?」
「答えろ? 答える理由がないから、答えない。お前に名乗る意味があるのか? お前に名乗る義務でもあるのか? そうだろう、レカム・スターチス」
「質問を質問で返すな。お前は俺の名を知っている、それだけで不公平だろう」
(奴の名を俺が知っていても、公平ではないだろうな)
ゆっくりと構えて、銃口を謎の男へと向ける。有効範囲内である限り、妙な真似をするようものならすぐにでも撃つ……殺気を限界まで押し殺して、平然を装う。
だがその間も謎の男に動きは無く、ただブツブツ呟きながら何かを考えているようだ。
(何なんだこの男は?)
(何故何も答えない?)
そんなレカムの背後では、サントリナ兵が隙を見てこの場から逃げ出そうとしていた。
謎の男はナイトメアの騎士によって、動かなくなり、逃げるのなら今と判断したサントリナ兵は、立ち上がり走り出した。
「うわああああああああ!!」
「なっ!?」
「……ふっ」
その瞬間。
ヒュンと風を切る音がしたかと思えば、レカムの右頬を掠るようにして、謎の男の手から放たれたものは、逃げるサントリナ兵の脳天に深く突き刺さっていた。
(ナイフを投げたのか!?)
サントリナ兵は自分に何が起こったのか、それを理解する間もなく身体を硬直させ、膝からゆっくりと崩れ落ちていく。そのまま倒れた後に、思い出したかのように溢れ出す赤い血。
(速かった……速すぎる)
レカムの頬も薄っすらと滲み出し、垂れた血を冷や汗とともに拭い去る。
「騒がしい奴だ。これで静かになる……ん? 何か不満か?」
「ここは戦場だ、誰がどう死のうが構わない」
「分かっているじゃないか。だが……隠せていないぞ、その殺気」
サントリナ兵を目の前で殺されたからではない。ましてや、助けられなかった自分に対してでもない。今レカムの中で湧き上がるのは、今まで感じたことのない、焦りと僅かな恐怖だった。
この謎の男は、今ここで殺さなければ。
「いい判断だ」
謎の男がそう言い終えた瞬間、レカムは動き出した。
指をかけていたトリガーを引き、弾丸を放った瞬間に走り出す。
謎の男は一瞬驚いたものの、ニヤリと笑ったあとに弾丸を剣で弾くと、迫るレカムに対して剣を振るった。
金属と金属がぶつかり、擦れ合う事で火花が散る。
「そうだ、レカム・スターチス。私達は剣で語り合うのが一番だ」
「知ったような口を……」
「知っているから、語るのだ!」
「っ!?」
不意に謎の男の力が一気に弱まり、体制を崩された上に背後に回られたレカム。体制を整えようにも、背後で剣を振りかぶる謎の男の攻撃に間に合わない。
「終わりだレカム……なっ!?」
トドメを刺そうとした謎の男に、体制を崩したまま剣を地面に突き刺して、無理矢理銃口を向けたレカムはそのまま至近距離で発砲した。
放たれた弾丸をギリギリで躱したのも束の間、空いた腹部にレカムからの蹴りが入り、地面を滑るようにして再び間合いが取られた。
既に放った弾丸は5発。残る弾丸はたったの1発しかない。
「やるな。だが、少し遅い」
「……くっ」
謎の男を蹴った足に痛みが走る。足の甲が燃えるように熱く、じんわりと血が滲んでいく感覚。
(いつの間に……?)
足に突き刺さっていたナイフを抜き捨て、頬を垂れる冷や汗を拭うレカム。
見えなかった。ナイフで足を刺されたのは、どう考えてもあの一瞬、謎の男の腹に蹴りを入れた、僅かなあの一瞬でしか考えられない。
謎の男の緩急のついた剣術、そしてナイフ等の近接戦闘術は、ナイトメアの戦闘部隊に引けを取らない……いや、それ以上の能力を有している。
純粋な戦闘だけでいえば、戦闘値92のレカムの先にいる。
「戦いの最中に……」
「っ!」
「考え事とは」
(しまった!)
既に目前まで迫っていた謎の男の斬撃をなんとか防いだものの、その力に耐えきれずに防御の構えが弾かれて、露わになった顔面を思い切り殴られ、吹っ飛ばされる。
痛みを堪えながら立ち上がるものの、転がった先でレカムの目に、おどろおどろしい光景が目に入った。
(これは……)
レカムの目に映るもの、それは新型を含むディアスキア軍の機械兵士の残骸と、切裂かれ、肉塊と化したサントリナ兵だった。
「ああ、それか。私は無駄な争いは好まないんだがね、これも実験の内のようなんだ。故に、彼らは私に殺される為に生まれたモノなのだよ」
「サントリナ軍でもディアスキア軍でもない……お前は何だと言うんだ?」
「私か? そうさなぁ……言うなれば、【超人】」
謎の男は確かに【超人】と言った。その顔はニヤけてはいるが、嘘ではなく、適当な事を言ったようには思えなかった。
「超人だと?」
「そうか、お前は知らないんだったな。だが、知らない方が幸せな事もある」
「どういう意味だ?」
「そういえば、お前は天才と呼ばれていたな。どうだ? 周りから持て囃される気分は? 嬉しかったろう、楽しかったろう、誇らしかったろう?」
(何が言いたいんだ?)
困惑するレカムに、追い打ちをかけるように続ける謎の男。
「だが天才のはずが、なぜお前は開発技術を持たない? いいや、持たされていないのだ」
(持たされていない?)
「お前の能力値は、お前のものだと思っていたのか? 天才? 違うさ、お前は天才などではない」
(惑わすつもりか)
妙に考えさせられるような事を、巧みな話術で引き込もうとしているようで、これに陥れば謎の男の術中にハマることになる。サントリナでもディアスキアでもない、ただのこの狂った謎の男の良いようにされるつもりはない。
「天才だか超人だか、そんなのはどうでもいい。ただ、善悪も無しに戦うお前を生かしておく訳にはいかない」
「善悪? 戦場に立ち、その手に武器を持った時点で、全員悪だ。殺しはいかなる理由であれ、正当化されることはないのだよ」
「そうだろうな。だが、心まで悪に染まった覚えはない」
言い終えるのと同時に、謎の男に迫るレカム。しかし、謎の男は鼻で笑っただけで動こうとはせず、手を広げてレカムが振るった剣を身体で受けた。
「何っ!?」
「が……がはっ!」
謎の男は何の躊躇いもなく、レカムに斬られたというのに、口から血を吹き出したあとで笑い始めた。
「ふははははっ! どうせ短い命だ。最後くらい奴らに花を持たせてやろうじゃないか!」
(何なんだ一体……)
「レカム・スターチスよ、覚えておくがいい。悪夢は決してこの戦場などでは無い。ましてや兵士、機械兵士そして、騎士などではないのだ!」
「何を言っている?」
口から血を吐き出そうが、不気味な笑みを浮かべて笑う謎の男の姿は、まるで【悪夢】そのもの。そして、そのまま謎の男は仰向けに倒れた。
「お前たちが【悪夢】だ。お前自身が【悪夢】なのだよ」
「違う、俺は【悪夢】なんかじゃない」
「そして……私もまた【悪夢】だ。お前と……同じ……【悪夢】を見る……モノ……だ」
その言葉を最期に動かなくなった謎の男は、既に絶命していた。
(悪夢……か)
(例えそうだとしても)
(俺は悪夢なんかじゃない)
不思議に思いながら、レカムは剣を背中に納めた。