国境防衛航空落下作戦
航空機で遥か上空へと向かう、ナイトメア前線戦闘部隊の騎士たち。機内に備え付けられていたバックパックを背負い、専用のゴーグルを付け終わった時、本部からの通信が入った。
「こちら、指揮統括隊司令本部。只今より、本作戦の説明をします。この通信に返事は不要です」
(若い女性の声? この声……どこかで……?)
「国境付近にてディアスキア軍の機械兵士、並びに新型の機械兵士が確認されました。現在、サントリナ軍が応戦しているものの、既に領内に侵攻を許している状況にあります」
ゴーグルの端に、新型の機械兵士の映像が映し出される。よく見る人型の機械兵士と違って、身体のラインが太く、装甲も厚めのものに換装されているのがよく分かる。
(動く盾か)
「この厚手の新型を前衛に並べて、真っ直ぐに領内を突き進んでいます」
(面倒だな)
「ここを正面突破するのはあまりにも愚策。そこで、背中に装備して頂いているナイトメアの新兵器の出番になります」
機内に入るなり、背負わされた妙なバックパックは、新兵器だった。
(通りで知らない訳だ)
「バックパック内にある空気を圧縮し放出することで、落下中の目的地を自在に変更できる……その名もエアシュートスラスターパック」
機能は理解したが、それよりも予測していたこと、各々がそうなるであろうと感じていたことが、今の話で騎士たちに重くのしかかる。
(落下……って言ったよな)
(本気か? この高さだぞ?)
「パック内の空気を使い切ってしまうと、当然空気の放出はできなくなりますが、前線戦闘部隊の皆さんなら使いこなせるでしょう。私はそう信じています」
真剣なその声を聞き、クロスに目をやると両手を上げてやれやれと首を振った。
「上空から降り注ぐ悪夢……面白えじゃねぇか」
「こんなにワクワクする作戦、久しぶりね」
「モグモグ……僕もそう思うだあねえ……ングング」
(まだ食べてたのか)
レカムの思いとは裏腹に、大胆で挑戦的な戦略に心躍らせる騎士たちの想いを感じたのか、声のトーンが少し大きくなる指揮官。
「着地ポイントは隊列中央、ゴーグルを暗視モードに。降下予定ポイントまで……カウントします!」
「クロス……みんな……楽しそうだね」
「戦争なんだがなぁ」
雲に覆われて地上は見えないが、雲の下は争いの真っ只中。大地は焼かれ、血が飛び交う……そして命を奪い奪われて、また戦いの火種が生まれる。
独立戦闘騎士団、ナイトメアはその名の通り、ディアスキア王国にとっての悪夢。だが、戦場に足を踏み入れて初めて感じる、秩序の無い、血で血を洗う混沌とした世界。
カウントの数が残り僅かに迫ってくる。
険しい顔をしているレカムの背中を叩くのは、クロスだった。
「考えるな、ただ目の前の敵を斬れ。でなきゃ死ぬだけだ」
「3……2……1……」
「生きて帰るぞ、レカム」
「了解」
「降下!」
その声と同時に、機体から身を投げるレカムを含めた前線戦闘部隊の騎士たち。
身体で風を切り、落下していく轟音……視界を遮っていた雲の世界を通り抜けた、その先に見える逃げ惑うサントリナ軍と、感情を持たない機械兵士。
(悪夢は俺たちなんかじゃない……)
全身を使って位置を調整し、エアシュートの空気を残したままポイントまで確実に落下していく。
「このまま奴らの基地を攻め落とせ! 機械どもに続け!」
ディアスキア軍の機械兵士たちの後方、人間の兵士で組まれた隊列の中に、支持を出す隊長格と思しき影を暗視ゴーグル越しに捉える。
「サントリナの悪夢など恐るるに足らず! 憎きサントリナ人を殺せ、生きて返すな!」
エアシュートパック内の圧縮された空気を一気に放出し、全身にかかる重力を堪えながら、空中でバックパックを脱ぎ捨てる。
(俺たちじゃない……悪夢は……)
「逃げる者に容赦はいらない、命を乞う者は撃ち殺せ! 我々が悪夢を見せてやるの……だ?」
悪夢は……この戦争だ。
隊長格の目に映る、空中で光る銀色の刃。それを目にした瞬間に視界が足元へと転がり、訳が分からぬまま最期に見たのは、次々と血を流して倒れる兵士の上に立つ、闇夜に紛れる黒い姿。
「悪夢だあああああああがっ!!」
恐怖に慄き、大声を上げる人間の兵士の喉に突き刺さるナイフ。
「大声は出さない……みんな起きちゃうよ……」
一斉に混乱し、我先へと後退しようとする兵士たちに向かって、情け無用で引き金を引いて殺していくキラ。
突如、レカムとクロスに指揮官から通信が入った。
「レカムはそのまま基地内の機械兵士を! クロスさん、足場を!」
「レカム、俺を足場にしていけ!」
(早い判断だ)
クロスの屈強な身体を蹴って、1回転しながら内部へはいると機械兵士が、逃げるサントリナ兵に発砲していた。
前方に3機を確認。
背後から隙間を狙って剣を突き刺し、動力部を停止させると、異変に気づいた奥の機械兵士がレカムに向けて、発砲を開始。
レカムは動かなくなった機械兵士を盾にしながら、奥の機械兵士に迫り、直前で剣を引き抜きながら兵士を蹴り飛ばした。
そのまま動かなくなったものごと貫こうとした時、レカムが反応するよりも早く、指揮官から通信が入った。
「レカム、後方2機接近!」
「分かってる」
身を低くして、素早く弧を描くような走りで弾丸を避けて、右の兵士の銃を持つ腕を切り落としながら、振り返り、左脇の下を通すように左の兵士に突き刺す。
そのまま居合い切りのように、引き抜きながら手のない兵士を袈裟型に切り上げた。
金属の鈍い音を響かせながら、崩れる兵士に目もくれず、倒れていた兵士が立ち上がった瞬間に銃口を向けて3発、頭部に向けて発砲した。
「……」
当たったのは2発で、胸部と頭部に弾丸が食い込み、火花を散らしながら力なく倒れた機械兵士。
(2発か、十分だな)
息を吐いてから辺りを見渡してみると、目に入る光景や気配に違和感を覚える。
(内部のこの惨状の割に、機械兵士が少ない。それに、新型はどこへ?)
航空機内で見た、重装甲の新型が見当たらない上に、さっきまで走り回っていたサントリナ軍の兵士たちも見当たらない。
いつの間にかこの戦場は、張り詰めた空気とともに静まり返っていた。
(通信も静かだ。終わったのか?)
腕に装着してある端末を操作して、こちらから指揮官にコールするが、ノイズが走ってまともに繋がらない。
同じ戦場にいるはずの騎士たちにも、ノイズが酷くて応答しない。
(故障……なのか?)
(いや、端末の問題じゃない)
何かがここで起こっている。
気付いた途端に向けられる、冷たい視線。全身の感覚が研ぎ澄まされるような、息が詰まりそうな空気に吐き気がする。
足音、息を殺してゆっくりと忍び寄る先にあるのは、備品などをしまっておく為の小さな倉庫。
扉に手をかけ、勢いよく開いて剣を構えると、そこにいたのはサントリナの兵士。
「ひ、ひいっ!?」
「安心しろ、敵じゃない。ナイトメアだ」
「な、ナイトメア……っ!」
(酷い怯えようだが一体?)
歯をガタガタと言わせながら、焦点の合わない瞳にはレカムは写っていない。
「何が起きているんだ? 通信が使えないんだ」
「ううう……う……後ろに……後ろにっ!」
(後ろ?)
振り向こうとした瞬間、押しつぶされそうな殺気に身体が硬直し、全身の穴という穴から汗が吹き出る。
振り向こうにも振り向けない……ディアスキア軍でもサントリナ軍でも、ましてやナイトメアとも違う異質な何かが、そこにいる。
明確に浮かぶ【死】のイメージ。
死を齎す何かが……確かにそこにいる。