ナイトメア 前線戦闘部隊
(俺の思い出……俺はいつからここにいる?)
自室で入学当時の写真を見つめるレカム。その写真には確かに自分が写っている。
(俺だ、俺自身に間違いない。それでも何なんだ、この違和感は?)
真面目な顔で敬礼する自身の写真。その時の事を思い出していた。
「写真なんて、別にいいよ……」
「せっかくの晴れ舞台よ、1枚くらい取らせなさい――レカム」
「はあ、わかったよ」
(……誰だ? 誰と話している?)
王立騎士養成学校の門の前で、渋々と敬礼する自分。そして、カメラを構える女性……その女性の顔が思い出せない。
「いいわ、――レカム。カッコいいわ」
(誰だ、誰なんだ?)
「やめてよ、――。もう子どもじゃないから」
(何故思い出せない?)
「うん、いい写真ね。ほら、――レカムも1枚持っておきなさい」
「いらないって」
「いいからいいから」
(誰なんだ、この人は?)
頭を抱えるレカムの脳内に、突然現れるシオン。
「面白いね、君って」
「くっ!」
その幻聴に我に返る。どうやら悩みだしてから長い時間が経っていたのか、異様な喉の乾きを覚える。
(そういえばライラから、大人シリーズを貰ってたっけ)
冷蔵庫を開けて適当に置かれたパックの大人シリーズに口をつける。
(う……甘い)
予想と反して、むせ返るような甘さが口に広がり、ほんのりと後味に苦味を感じる。
(子どもが飲むコーヒー牛乳じゃないか)
(何が大人シリーズだ、こんなの子どもシリーズじゃないか)
甘さを堪えながらなんとか飲み切り、喉を潤したあと、外に出てコーヒーを買えばよかったとため息をついて、後悔した。
(考えてもキリがない。やめよう……やめよう)
ベッドに横になり、右手を額に当てて目を閉じる。
「面白いね、君って」
(まただ、何なんだ一体)
(悪夢か? 悪夢を見ているのか俺は)
「っ!」
眠れない夜、ひとり静かな夜に携帯端末から響くアラート音。耳障りなこの音は、招集でも起床の知らせでもない。
すぐに起き上がり、端末を操作して応答する。
「こちらレカム・スターチス。何用だクロス?」
「レカム、緊急事態だ。至急ナイトメア本部に装備を整えて来い。奴らが国境付近に来たぞ」
「ディアスキア軍……了解、直ぐに向かう」
服を整え、支給されたロングソードの隣にある、アタッシュケースを開き、ライラから渡された改造剣を背中に納めて部屋を後にする。
走りながら端末を操作し、ライラに呼びかける。
「こちら、ライラ。どうしたのかな、このアラート?」
「ディアスキア軍だ、国境近くに侵攻してきたらしい」
「こんな深夜に? 機械兵士も楽じゃないんだね」
(機械だから関係ないだろ)
言葉は心の中で留めて、走る速度を上げる。
「お前がくれたこの武器、早速試せそうだ」
「あくまで試作のものだから、良いデータが集まるといいなあ」
「時間がない。簡潔に武器の説明を頼む」
「それなら任せて! ちゃんと覚えとくよーに!」
改造剣は柄の部分に従来にはない、ハンドガンタイプのトリガーが取り付けてあり、柄の中は空洞で、計6発の弾丸が仕込めるマガジンがセットできるようになっている。
「銃剣ってとこか」
「剣の根本に銃口が取り付けてあるけど、その銃身は短い」
「つまり、威力は期待できないと」
「正解! そもそも剣だからね。狙って当てられるものじゃないし、弾速や距離も期待はしないでほしいかな」
真価を発揮すると考えられるのは、近接戦闘前にある。レカムの所属する前線戦闘部隊は、その圧倒的な戦闘力で敵の隊列に食い込み、混乱させるのが目的。
中近距離から発砲し、当らなくても敵は、一瞬弾丸に警戒する……その一瞬の隙に前衛部隊を突破する。
「制圧の時間が短くなるな」
「あとはレカムに任せるよ。面白い使い方、楽しみにしてるからね!」
「分かった」
「何度も言うけど、くれぐれも、弾は6発のみ。余計な荷物は増えないように、使い切ったらそれでお終い。だから、マガジンは専用のものになってるからね」
流石は技術開発部の天才、ライラック・アイリス。
(いい相棒を持ったな)
「それじゃ……気をつけてね、レカム」
「ああ。帰ったらいつもの頼んだ」
「まかせてっ!」
通信を切り、ナイトメア本部へと駆け込むと、既に前線戦闘部隊の騎士が集まっていた。
ナイトメア前線戦闘部隊。
この騎士隊はレカムを含めた、6名という少数精鋭の部隊で、戦闘値が全員85を超えた戦闘における、エリート騎士部隊。
「きたな、これで全員だ」
「遅れてすまない、クロス」
コクリと頷き、端末を操作し始めたのは、この隊のリーダー的役割を務める【クロス・ノード】。両手には銀色に輝くガントレット、そしてその鍛え上げられた屈強な身体は、銃弾を通さない。
「こんな時間に呼ばれるだなんて、今日はついてないわね」
その反対側には長身で、柔らかそうな唇、豊満な胸、大人の色気を感じさせる女騎士、【キラ・ソウン】。ため息をつきながら、2丁のダブルバレットを念入りに磨き上げている。
「やあ、レカム君。調子はどうだい? モグモグ」
(何か食べてる……)
(この時間にドーナツか)
「良かったら食べるかい? みんなのぶんもあるんだなあ」
(相変わらず、呑気なものだ)
「いらない」
きっぱりと断ると、嬉しそうな声で「レカム君のぶんは僕が食べるね」と笑みを浮かべてムシャムシャとドーナツを頬張るのは、スピア使いの【ミナツ・ソウタ】。
その姿を見て、テーブルの上に足を乗せて、イライラを隠せていない、ウォーハンマーを片手に持つ男、【ユーリ・イエロ】。
「チッ、ドーナツ食う馬鹿に、銃を磨いてる馬鹿……そんで遅刻してくる見習い馬鹿と来たもんだ。俺は悲しいぜ」
「坊やより少し早く来ただけの癖に、随分偉そうにするわね」
「何はともあれだ。レカムより俺のほうが先に来た。間違いはないだろ?」
「……くだらん」
「おい、レカム。今なんていった? んがっ!?」
額に血管を浮き出させながら、レカムに迫るユーリの足元で、足を出し、ユーリを転ばせたのは【アザミ・サラン】。全身に携帯しているナイフの数が悍ましさを語っている。
「いたた……アザミ、てめえ!」
「動くと死ぬ……死にたいなら別だけど」
首筋に当てられたナイフがギラリと輝き、その切れ味の良さを物語っている。
(やりすぎな気もする)
個性派揃いの前線戦闘部隊だが、クロスの端末から情報がモニターに映し出されると、全員人が変わったかのようにモニターを見つめる。
「聞こえるかね、前線戦闘部隊の騎士諸君」
モニターに映し出されたのは、ナイトメア総隊長兼総司令官の【オダマキ・ロクザ】。はじまりの騎士でありながら、ナイトメア最高、最強の騎士。その能力値は全てにおいて95という誰もが憧れる絶対的存在。
「現在サントリナ王国、国境付近でディアスキア軍の侵攻を許している。軍が応戦中だが、国境付近の警備兵を集めただけで軍と言えようか?」
(言えないな)
「そう、言えないのだ。そこで、君たちには軍に加勢してもらい、ディアスキア軍を国境から追い払うか、或いは……」
前線戦闘部隊には、掟のようなものが存在する。
戦いから目を背けるな。
情けをかけるな。
隙を見せるな、見落とすな。
機械、人とて余すことなく殲滅せよ。
「殲滅か」
(答えはひとつだろうに)
「判断は諸君等に委ねる。それとなんだが、今までの君たちの指揮官、本日をもって騎士の称号を剥奪し、新たな指揮官を配属することとなった」
「ケッ、やっといなくなったかよあのポンコツ野郎」
「気が楽になる……ね、レカム」
正直なところ、この前線戦闘部隊の指揮をするには、根気と気力が必要不可欠であり、個々の戦闘能力が高いが故に、指揮官の予測を遥かに上回ってしまうのだ。
よって本日までこの部隊の指揮は、レカムが兼用することで賄っていた。
「紹介……といきたいが、生憎の緊急事態。それに今回任務では、君たちに空へ上がってもらう。詳細は追って説明しよう」
(空?)
空に関わる任務は、今まで経験の無いこと。おそらく、新たな指揮官の突出した戦略になるのだろう。
(不安だ)
(任務でないなら絶対断る)
「了解!」
「敵に悪夢を、我等に勝利を」
「敵に悪夢を、我等に勝利を!」
(毎回やるんだよな、これ)
ナイトメア前線戦闘部隊の任務が始まろうとしていた。