061 クラン
病院で処方された薬が効いたのか、翌日ゆっくり休むと俺の体は完全復調した。
そして、<DO>の年越しイベントであるルスタリオ祭の直前。
俺たちは<サングローの町>から<ポルカの町>を経由しないルートにある二つ先の港町<マリンの町>にいた。
サングロー地方では一番大きな町である。
ルスタリオ祭、通称ルスサイは各地方の一番大きな町でイベントが開催される。
開始は日付が変わり一月一日になった瞬間からだ。その数秒前にはカウントダウンがあり、みんなで一緒に数えるので、実質そこからがルスサイの始まりだと言っても差し支えないらしい。
現在、視界の端に表示されている時刻は『ルスタリオ暦2435年 12月31日 午後11:20』。
現実時間では平日ど真ん中、九月七日水曜日の午後十一時五十分だ。
本来なら就寝している時間だが、このイベントを見過ごすわけにはいかない。シマンの必死の説得によって、俺は眠い目を擦りながら<DO>にログインしていた。
「いくら大きなイベントだからって、これは明日に支障が出そうだな」
明日というのは現実世界でのことだ。ルスサイはルスタリオ暦ニ四三六年一月二日に変わるまで丸一日続く。しかし、現実時間では朝六時までのごく短い時間だ。
イベントをフルに堪能するということは、すなわち完徹を意味する。
「一日ぐらい別に大丈夫だろ。年に一回しかないイベントだぜ?」
二十時間ぐらい連続でゲームすることも苦としないシマンにとっては、どうということはないらしい。
「<DO>内ではそうだけれど、現実時間では三ヶ月に一度回ってくるんだからね」
ヒナが苦笑する。
この様子だと三ヶ月に一度は完徹を覚悟しないといけないようだ。
「この機会に私の所属しているクランを皆さんに紹介したかったんですが、ちょっと難しそうですね」
黒猫の環を抱いたロキが言った。
「えっと、そのクラン本拠地はエメリン地方にあるんだっけ?」
「はい、<エメリンの町>にあります」
ロキはあるクランに所属していた。
話を聞く限り、全員がレベル50を越える精鋭揃いのクランのようだ。ロキはソロプレイヤーとして所属しているらしい。
俺たちとパーティーを組むようになった報告を兼ねて、クランメンバーに俺たちを紹介したかったようだ。
しかし、クランの本拠地はこのサングロー地方から四つも先のエメリン地方にあるので、<ゲート>を使えるヒナやシマンは問題ないが、俺はそこに行けないのだった。
いっそのこと、俺が風邪でログインできなかった日に会いに行けばよかったのにと思ったが、その日はマキュラリウス地方でレベル上げをしていたそうだ。
シマンはマキュラリウス地方には初めて到達したので、興奮していたようだ。寝込んでいる俺のスマホに届いたメッセージからも、シマンの嬉しさが滲んでいた。
「ごめんな、俺がサングロー地方から出れないばかりに」
「いえ、大丈夫です。いちおう、クランのリーダーにはメッセージを送っていますし」
クランにはいくつかの役職があり、それぞれ権限が付与されている。
役職は、
リーダー…メンバーの承認・追放。クランの解散。役職の任命。
サブリーダー…メンバーの承認。(三人まで任命可能)
メンバー…特になし。
の三種類となっている。
構成されるメンバーの上限は三十人となっている。
基本的には複数の戦闘職パーティーと、【上級鍛冶師】などの生産職のメンバーとで構成されているようだ。クランお抱えの【鍛冶師】がいると思えばわかりやすいだろう。
クランに所属するメリットとしては、難度の高いダンジョンへ攻略の助けになったり、様々な恩恵を受けることができる。
その一つが無料の宿泊施設だ。
クラン設立時に本拠地となる町を決め、そこに家を建てる必要がある。その家はクランの<ホーム>となり、以降は無料で寝泊まりすることができる。
本来、宿などの宿泊施設ではお金がかかるが、<ホーム>はクランの所有物なので無償となるのだ。
他には<ホーム>がある町の任意の店と契約して、割引を受けることができる。
契約可能な店は武器防具の店や飲食店などだ。
つまりクランに所属するだけで、金銭面だけでも大きな恩恵が得られるのだ。
デメリットがあるとすれば、人間関係ぐらいだろう。ちょっとした行き違いから関係が悪化し、クラン内がギスギスした挙げ句に解散するといった話もシマンから聞いたことがある。
そんな話を聞いてしまえば、俺やシマンは余計にクランに所属しにくくなる。
いっそのこと俺たちでクランを作らないかと提案したこともあるが、最低人数が七人からということで断念した。
あのときからロキが増えたが、彼女は別のクランに所属しているという状況だ。
ちなみにロキのようにクラン外でパーティーを組むのは自由であるが、それを禁止しているクランもあるそうだ。
「そろそろ、カウントダウンが始まるみたいよ」
「おっ、それじゃあヒナちゃん。場所はどうしよっか?」
「あっちの高台がいいんじゃないかしら」
ヒナがみんなに振り向いて、町を見下ろせる高台のほうへ行こうと言う。
俺たちはヒナについて行った。
辿り着いたのは港が一望できる場所だった。
「俺たち以外にも道に人が集まり始めてるが、何が起こるんだ?」
「カウントダウンですよ。十秒前からみんなでカウントして、ゼロと同時に花火が上がるんです」
「ニャア」
俺の疑問に答えてくれたのはロキだ。環もそれに呼応したように鳴いた。
「花火? ああ……どうりでみんな空を見上げているわけだ」
深夜なので空は真っ暗だ。僅かに星の瞬きが見える。<DO>の世界にも宇宙とかあるのかな。太陽や月、そして夜空に輝く星があるのだから、宇宙だってあるのだろう。
俺は虚空を見つめながら静かに待っていた。




