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060 学校にて

 新学期が始まり四日が過ぎた九月五日月曜日。休み明けだと言うのに最悪のスタートだ。


「頭が痛い……」


 朝からその兆候はあったが、午後に近づくにつれ、ここまで酷くなるとは思わなかった。

 三時間目が終わった現在、俺の頭痛はピークを迎えていた。きっと熱も出ていることだろう。


「どうした? 寝不足か?」


 俺の漏らしたつぶやきを聞いた島本が声をかけてくる。


「いや、多分風邪だな」


「マジか! おいおい、ルスサイまであと三日だぞ。こんなタイミングでシャレになんないぞ」


 あれから運営による告知があり、ルスタリオ祭の開催が確定していた。島本が言うように、あと三日で<DO>の三年目が幕を開けるのだ。

 昨日、島本からイベント当日は一番から五番カジノのスロットで当たりの確立が上がる調整が入るという、どうでもいい情報を聞いていた。まだ懲りてないらしい。


 カジノだけじゃない。公式で発表しているだけでも、他にも内容は目白押しなのだ。発表されている以外にもサプライズで追加イベントがあるだろうと期待されている。

 そのせいでルスサイ当日にログインしないヤツは馬鹿だ、みたいな風潮ができつつあるらしい。

 つまり、島本が心配からくる焦りで興奮しても不思議ではないのだ。


「ちょっと保健室行ってくる」


 教室を出る際、心配そうにこちらを見る陽菜と目が合ったが、軽く頷き返してそのまま廊下に出た。

 階段を下りて校舎の一階にある保健室に足を進める。


 歩くと頭に響くな。これは早退したほうがいいかも。


 保健室の前までやって来てドアに手をかけようとすると、直前でドアが開いた。

 ドアの向こうにいたのは顔も知らない女子生徒だった。当然、俺より背は低いので見上げる形だ。


「「あ……」」


 同時に声を漏らす。俺は急にドアが開いて驚いたし、彼女は開けた瞬間に目の前に俺が立っていたので同じく驚いたはずだ。


「あ、ごめん。どうぞ」


 俺は横にずれて女の子に進路を譲った。しかし、女の子は俺の顔を見つめたまま固まっていた。

 不審に思い、俺も女の子の顔を怪訝そうな顔で見つめ返してしまうが、まったく見覚えがない。


 身長はおそらく百五十もないと思われ、小柄で華奢だった。制服のリボンの色から後輩の一年だとわかる。

 五秒ほど見つめ合うと女の子が視線を外して軽く頭を下げた。そして足早に階段のほうへ去って行った。


 ……なんだったんだ?


「一年か……」


 うちの学校の制服はブレザーで、今は夏期なのでジャケットは着ていないが、夏期用のシャツに男子はネクタイ、女子はリボンの着用が義務づけられている。

 そしてネクタイとリボンの色は学年により分けられているので、一目で所属している学年がわかるようになっていた。


 三年は紺色、俺たち二年は緑色、そして一年はえんじ色だ。つまり、今の子は一年ということだ。


「あ、痛ってぇ……」


 ズキンと側頭部に鋭い痛みが走る。これは風邪だな。

 俺は頭を押さえながら保健室へと入った。


 デスクで事務作業をしていた校医が振り返る。


「あら、忘れも…………の?」


 今すれ違った女の子と勘違いしたのか、校医である女性は俺の顔を見て固まってしまった。

 去年の二学期に赴任してきたばかりで、俺は全校朝礼で紹介された校医の顔を一度見たことはあるが、向こうは俺の顔など知らないはずだ。


「ああ、ごめんなさい。彼女だと思ったから……。二年生ね、どうしたのかしら?」


 やっぱり、さっきの女の子と間違っていたか。


「あの……、めちゃくちゃ頭が痛くて」


 校医は椅子から立ち上がって歩み寄り、俺の額に手を触れた。


「今日はもう早退したほうがいいわね」


 


 ***




 校医と顔を合わすや否や早退するように言われた俺は、四時間目の授業を受けることなく帰宅していた。よほど顔色が悪かったのだろう。

 だんだん酷くなっている気がする。とても病院に行ける気はしなかった。今日はこのままおとなしく寝て、明日学校を休んで病院に行ってみよう。


 俺が部屋で寝ていると、家にいた姉貴が食事を作ってくれた。正直、食欲はないのだが、せっかく用意してもらったのでお粥を口にする。

 ん……なかなか美味い。料理に自信がある俺よりも数段上の出来映えだった。


「ごちそうさま。姉貴、サンキューな」


「どういたしまして。ところで、大河はルスタリオ祭に参加するの?」


「姉貴もルスサイの話か……」


「ルスサイって略称を知っているってことは、少しは調べたんだ?」


 姉貴はニヤニヤしながらベッドで横になる俺を見下ろしている。


「……ほんの触りだけな。フレンドが詳しいみたいだから、そっちに任せてるよ」


「ふ~ん。陽菜ちゃん?」


 ウザい質問はスルーだ。


「…………ここにいたら風邪うつるぞ?」


「はいはい。今日は<DO>をプレイしないで、ちゃんと寝るのよ?」


「……いや、するわけないし。頭が痛くてそれどころじゃないって」


「そう。だったらいいけど」


 そう言って姉貴は市販の風邪薬を置いていった。家に常備されているものじゃなく、薬局のシールが貼られた未開封の薬だったので、わざわざ買いに行ってくれたようだ。

 普段はウザいが、こっちが体力的や精神的に弱っているときは姉貴らしいことをしてくる。


 心の中で改めて姉貴に感謝の意を述べつつ、俺は薬を飲んでから目を瞑った。




 目が覚めたときには午後十時を回っていた。薬が効いたのか、頭痛は治まっていた。まだ少し熱っぽいので、明日は病院に行くほうがいいだろう。


「八時間も寝ていたのか……」


 スマホを見ると、陽菜と島本からメッセージが届いていた。メッセージは対照的で陽菜は俺の体調を心配する内容で、島本は<DO>の待ち合わせ時間という内容だった。

 当然待ち合わせ時間は過ぎているので、みんな俺の体調を察してくれていることだろう。


 おそらく俺以外の三人と一匹が揃ってログインしているはずだ。考えて見れば、そこに俺だけがいないってパターンは初めてだな。

 普段はマップの進捗が遅れているの俺に合わせているが、俺以外の面子は先の地方までも進出しているから経験値効率のいい場所へ向かったかもしれない。

 今日はどこへ行き、どんなクエストをしているのだろうか。そう考えると少し寂しくなった。


 考えてるうちに俺は再び睡魔に襲われて、そのまま眠りに就くのだった。

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