052 珊瑚の剣
現実時間だと正午を回った頃だろう。ヒナは午後から用事があるらしくログアウトしたが、シマンはまだ続けるようなので俺も付き合うことにする。
ただここまでろくに休息も取っていないので、昼食休憩もかねて一度ログアウトすることにした。
一時間後、再び<DO>にログインした俺たちは次の町へ向かった。シマンが熱望していたカジノがあるという<ポルカの町>だ。
街道沿いに歩いて二時間ほどの距離だった。モンスターとも遭遇したが、【珊瑚の剣】を手にした俺の敵ではなかった。
<ポルカの町>に着く頃には【珊瑚の剣】はすっかり俺の手に馴染んでいた。
「まだ手にして数時間だけど、なんか愛着が湧いてきたな」
腰に携えた【珊瑚の剣】の鞘を撫でて、そう呟いた。
刃は淡いピンク色で、鞘も同じ素材でできている。見た目からしてヒナの【精霊の剣】に勝るとも劣らない美しさを兼ね備えている。
俺は一目見てこの剣を気に入ってしまったのだ。
<サングローの海底神殿>から無人島まで戻ったあと、俺たちは四キロ泳いで浜辺へと帰ってきた。海の家の並びに【上級鍛冶師】が経営している工房があったので【珊瑚】を持ち込んだところ、武器作成費用として30,000Gを要求された。
あまりの高額にビビったのと、【上級鍛冶師】に対して足元見やがってと不快感を持ってしまったのだが、ヒナやシマンの反応からすると相場とはそんなに乖離していないようだった。
無理を承知でヒナが頼み込むと、【上級鍛冶師】のおじさんはあっさり値引きしてくれた。結果、10,000Gで武器作成を請け負ってくれたのだ。
シマンが「ヒナちゃんの水着効果は抜群だな」と俺の脇腹をつついた。
確かに【上級鍛冶師】のおじさんは照れたように顔を逸らしつつも、視線はヒナに釘付けだった。
実はここに【上級鍛冶師】が店を構えているという情報は、ヒナが更衣室で貼り紙を見たのだそうだ。海水浴場に不釣り合いな【上級鍛冶師】に疑問を覚え、ヒナは即座に更衣室内の個室からログアウトした。そして現実世界で<DO>の攻略サイトから<サングローの海底神殿>の情報を得て、再度ログインしたというわけだ。
そのときにはすでに、<サングローの海底神殿>をクリアし宝物庫にある【珊瑚】を入手する考えがあったのだという。
これが更衣室から出てくるまで時間がかかった真相だ。
ヒナには感謝しかない。
この先、【真銀の剣】に装備変更するまでは、正直これ一本でいけるだろうからだ。
必要STRが300なので、おそらく持ち換えるのはレベル50を越えてからになるだろう。それに【真銀の剣】は店売りとはいえ、150,000Gという破格の値段だ。今のままではレベル50のときにギリギリ貯まっているかどうかというところだろうか。
だから、武器作成の費用が少しでも浮いたのは助かった。
「水属性が付与されてるのがいいよな。というか属性付与されている武器自体が珍しいんだぜ」
「そうらしいな。でも地属性とは相性が悪いから、モンスターの属性も覚えないといけないな」
一度戦闘で倒したモンスターの属性は視認できる。モンスターの体の輪郭に沿ってオーラのようなものが見えるのだ。赤色なら火属性、緑色なら風属性という感じで、そのオーラの色によって判別できる。
ただし、初見のモンスターの属性はわからないので、事前知識があったほうが有利となる。
今までは属性なんてまったく意識して戦ってなかったが、二つ先のモンテン地方以降は属性による相性も非常に重要になってくるようだ。
シマンが言うには、今から慣れておいたほうがいいらしい。
「俺が到達しているエメリン地方……いやヒナちゃんの行ったマキュラリウス地方まで地属性のモンスターが固まって出現する場所はなかったはずだ。それに次のエニグマ地方は火属性のモンスターが多くて有利に戦えるから、タイガが活躍できると思うぞ」
「そうなのか? それはちょっとテンション上がるな」
だとしたら、ヒナやシマンみたいに一撃でモンスターを倒すのも夢じゃない。
「あ、そうだ。あと<ウルカタイの迷宮>。あそこも確か火属性のモンスターが多かったはずだ」
「……! <ウルカタイの迷宮>……!」
ヒナのお兄さん――竜胆虎徹――が待っているという場所。レベルが100まで解放されたにも関わらず、未だクリアした者がいないという難攻不落のダンジョンだ。
「確か、前に言ってたよな? いずれ目指したい場所の一つだとかなんとか」
「あ、ああ……そうだな」
あれは<ハリザラ山>に入る前だったか、シマンに<ウルカタイの迷宮>について尋ねたときに俺はそう答えたはずだ。
そうか<ウルカタイの迷宮>に出現するモンスターには【珊瑚の剣】が有効なのか。ひょっとしたら、ヒナはそこまで計算していたのか?
どちらにせよ、俺が【珊瑚の剣】を入手できるように手伝ってくれたのはヒナの善意によるものだ。明日会ったときに再度お礼を言っておこう。
俺たちは<ポルカの町>に入った。
町の門から続くメインの大通りの両脇にはずらりと店が並んでいる。これがすべてカジノだというのだから驚かされる。
装備品やアイテムを買いたければ、大通りから横に入った立地の悪い場所にしかない。
本当にギャンブルするためだけの場所という感じだ。
実際<ポルカの町>をスルーして次の町へ行くことができる。というか、この町自体が寄り道となっている。
なのに俺たちが<ポルカの町>に来た理由。それはカジノだった。
俺にも少しは興味があったのと、シマンが【真銀の剣】を買うために少し稼がないかと提案してきたからだ。
シマンがそう言ったのはただの口実だろうが、力説されるうちに俺も乗り気になっていた。
「さあ、タイガ。カジノの時間だー!」
シマンのごつい腕が俺の肩に回された。




