046 サングローの海底神殿 1
<サングローの海底神殿>はドーム状の巨大で透明な膜に覆われていた。
ヒナがそれに触れるとまるで水面のように波紋が広がった。そのまま膜の向こうへと通過することができたヒナは、石でできた床に接地した。
俺も同じようにあとに続く。
「あっ、水がない!」
水中の浮遊感がなくなり途端に重力を感じる。普通に鼻で呼吸ができるので、地上にいるのと同じ感覚だ。
この透明な膜がそういった役割を果たしているのだろうか。
「ありゃ、息できるじゃん。【空気の実】十個も要らなかったんじゃね?」
「ダンジョンを進むと途中で必要になる場所があるらしいわ」
帰りに【空気の実】が一個必要だから、あと八個も使えるわけか。
上を見上げると海が見える。魚が泳いでいるのが視界に入った。
マップを確認すると現在地の周りは真っ黒だ。俺が初めてきたからだろう。
石畳の道が真っ直ぐ奥へと続いている。その道を挟むように左右には等間隔で柱が立っていた。
初めてのクエストで訪れた<アグラの洞窟>は初心者向けのダンジョンなので例外だし、コンリス地方にはダンジョンはなかった。
なので、<サングローの地下神殿>が俺にとっての初ダンジョンになる。
そんな俺にヒナが簡単にレクチャーしてくれたので、それをまとめる。
基本的にダンジョンは入る度に構造が変化する仕様だ。だから、他のプレイヤーと遭遇することはない。しかし、スタート地点で一緒だった場合、別パーティーでも同じ構造のダンジョンを一緒に進むことになる。
俺たちが今立っている場所は、この<サングローの地下神殿>のスタート地点にあたる場所だ。
スタート地点にはモンスターは存在しないので、いわゆる安全地帯というわけだ。
攻略サイトにはダンジョン攻略における推奨レベルというものが記載されている。
過去にそのダンジョンをクリアしたパーティーがレベルを報告することで、平均的なレベルを算出してくれるのだ。
ただし、この推奨レベルは四人パーティーを基準にしているので、現在のパーティー人数によって推奨レベルを目安に調整が必要だ。
仮にダンジョンの推奨レベルが30だった場合、三人パーティーなら平均レベル35で攻略する。五人パーティーなら平均レベル25で攻略する。といった具合だ。
かと言って攻略する人数が多ければ、極端にレベルが低くてもOKというようなことにはならない。
例えば三十人で攻略を開始したからといって、その中で一番レベルが高いプレイヤーのレベルが20とかだった場合、クリアは非常に困難となる。
なぜなら、ほとんどダンジョンにはボスモンスターがいるからだ。
人海戦術でダンジョンの最奥まで進もうとも、肝心のボスを倒せないのだ。
ちなみにパーティーの最大構成人数は五人だが、ダンジョンを同時に攻略できる最大人数は三十人となる。
<DO>ではクランという複数パーティーの集団を組むことができる。俺たちは知り合いのパーティーがいないのでクランを作ったり、また既存のクランに入る予定はなかったので特に気にはしていない。
要はクランというのは複数のパーティーが集まったものと考えればいい。定員の三十人以内なら四人パーティーを七組とソロを二人でもいいし、五人パーティーを六組でもいいのだ。
<サングローの地下神殿>の推奨レベルは35。
普通に進めていれば到達するであろう標準的なレベルより少し上になる。原因は装備制限による戦力ダウンがあるからだろう。
山賊退治のためにハオリオ地方でレベル上げをしていた俺や、ヒナやシマンといった高レベルのプレイヤーがいるので十分クリアできるダンジョンということになる。
「じゃあ、タイガくん。ここで装備を調えて」
石畳の道の先には海底神殿と呼ぶに相応しい、荘厳な建物がそびえ立っている。
あの中へ入るとダンジョン攻略が始まってモンスターが出現するので、安全に装備変更するならこのスタート地点ですることになる。
ヒナの指示に従って装備を変更する。
武器はさっきヒナに作ってもらった【木剣】に、防具は【水着A】。アクセは装備できるものはない。
通常時の装備と比べると戦力ダウンだが、元の装備がたかが知れていたのでそこまで弱くなったという実感はない。
ただ、見た目は水着に剣なので弱者感が出ている。しかも、ケツの剣のロゴがダサダサ感を底上げしている。
シマンは獣人なので、ぶっちゃけ水着だけでもカッコイイんだよな。しかし装備の点では結構な戦力ダウンだろう。
そしてヒナだ。
「ヒナちゃん、水着の【精霊騎士】もなんか様になってるなぁ」
「そ、そうかしら? やっぱり違和感があるのだけれど……」
「そんなことないって! めちゃくちゃ似合ってるよ!」
シマンの言うように違和感などないように思う。
水着に剣。どうしてこれほど俺と差が出るんだろう。
問題は装備面だ。
【精霊の剣】や【精霊の鎧】が装備できないのは大幅な戦力ダウンだ。俺やシマンの比ではない。
「それじゃあ、行きましょ」
「ああ、そうだな」
「なんだ、タイガ。初ダンジョンで緊張してるのか?」
「……別にしてないよ」
「だーはっはっは! 強がるなって、今の俺たちはソロじゃないんだから大丈夫だぜ!」
そう言ってシマンは俺の背中をバシバシと叩いた。
ソロか……。そう言えば俺たち三人ともこのパーティーを組むまではソロだったんだもんな。
そんなことを考えながら、俺たちは<サングローの海底神殿>へと足を踏み入れた。
ダンジョン内はヒカリゴケのおかげで、少し暗い箇所はあるが普通に見渡せた。
入口を進んですぐの部屋は広い場所だった。目視ではモンスターの姿はない。
「ここにはモンスターはいないようだな。ヒナ、ダンジョンの構造はその都度変化するとして、ここは何階まであるんだろう?」
外観だと三階建てくらいに見えたのだが。
もしかして、階層もその都度変化するのだろうか?
「地上……と言っても海底なんだけれど、上は三階層で固定よ。下は三階層から五階層でランダムに変化するわ」
「ということは、最小で六階層。最大で八階層か」
「そうなるわね。攻略サイトの情報だと、途中で水中を通るルートもあるそうよ」
「その言い方だと、水中を経由しないルートもあるんだな?」
「ええ、そうよ。そればっかりは運ね」
なるほど。俺は別に初ダンジョンで緊張しているわけじゃないが、初めてがこんな特殊なダンジョンというのに少し好奇心を覚えた。
「まぁ、考えても始まらないから、とりあえず先へ進もうぜ。右と左どっちに進む?」
シマンが左右にある長方形の穴を順番に指さした。
扉はない。あれをくぐれば先の通路か部屋があるんだろう。
「私はどちらでもいいと思うけれど、タイガくんやシマンくんはどちらに進みたいとかあるかしら?」
「俺もどっちでもいいぜ。間違ってたら戻ればいいんだし。タイガ決めろよ」
「……俺が?」
ヒナとシマンは俺に進路を委ねるようだ。
どちらでもいいなら勘でいいか。
「じゃあ、左で」
「わかったわ」
「オッケー」
ヒナが先頭で二番が俺、シマンが殿を務める。コンリス地方はずっとこの隊列で進行していたので、自然とこの形になる。
最初の部屋を出ると、長細い通路が延びていた。
「モンスターがいるわ」
体をずらしてヒナの視線の先を追う。すると通路の先にモンスターの背中が見えた。まだこちらには気づいていないようだ。
「ミノタウロス一匹か」
そのモンスターを知っているのか、シマンが答える。
見た目は獣人のようで、二本の角を生やした頭は牛だった。右手には棍棒のような武器を持っている。
「レベル30もないはずだし、タイガが戦うか?」
「レベルは個体差にもよるけれど、25~28だったわ。私が倒してもいいけれど」
言いながらヒナが腰の剣に手をかける。
「いや、俺にやらせて欲しい。少しでも経験値が欲しいところだからな」
ヒナが頷いて通路の端に避けると、俺はその前を素通りしながら【木剣】を抜いた。
距離は二十メートルほどだろう。
できるだけ足音を殺しながら、その距離を詰めていく。
ミノタウロスは通路の先に向かっている。その先には次の通路への入口が見えた。
俺との距離は十メートルまで詰まっている。これ以上はさすがに気づかれるだろう。
剣を構えて進む。
あと、五メートル。
ようやくミノタウロスが気づいたらしく、ゆっくりと振り返った。
恐ろしい形相で俺を睨みつけてくる。だが、すぐには動かない。俺の出方を待っているかのように凝視し、生臭い息を吐き出した。
「……よぉ」
静寂を破ったのは俺だった。
その呼びかけが合図かのように、ミノタウロスが棍棒を振り上げて突進してきた。
間近に迫るとその巨漢は圧巻だ。身長は二メートル半はあるだろう。シマンよりも大きい。
「Guooooooooooooooo!」
俺は冷静にミノタウロスの攻撃を躱すと、その胸を【木剣】で痛打した。
ミノタウロスが絶叫を上げ、HPバーが大きく減少する。
通常攻撃の一撃で八割以上のHPを削った。
「その筋肉に俺の剣のほうが折れるかと思ったが、全然大丈夫みたいだな」
念のため、ヒナには予備の【木剣】も作ってもらっている。しかし、予想以上に【木剣】の耐久力はあるらしい。
ミノタウロスが体勢を立て直す前に、俺の二撃目が脳天を叩く。
HPバーをすべて削りきり、ミノタウロスは床に倒れたあと粒子の光となった。
「そのレベルのモンスターなら今のタイガくんの敵じゃないわね」
「おお、かなり戦闘に慣れてきたみたいだな」
ヒナとシマンが言いながら、駆け寄って来た。
「まぁ、いちおうレベル40だからな。【木剣】の攻撃力は5しかないけど、全然問題ないみたいだよ」
俺はサムズアップで応えた。




