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044 無人島まで競争

 食事を終えた俺たちは、横一列に並んで立っていた。

 ゴールは四キロ先の無人島。

 そして、何故か俺とシマンは水着を履き替えていた。俺は膝上まであるタイプの水着。色は赤でケツの部分には剣のマークがデカデカと存在感を放っていた。ちょっと恥ずかしい。

 なんのロゴだよ、これ。

 シマンは足首まである体にフィットした水着で、色はピカピカと輝く金色だ。太陽の光に反射して眩しくてウザい。


 実はこの少し前に、ヒナから水着を買い換えるように提案があった。

 理由を訊いても含み笑いをするだけで教えてくれず、代金もヒナが支払ってくれると言う。さすがにそれは悪いので自分たちで購入するが、かなり割高だった。というか、普通の鎧より高い。


 どうして高いかというと、防御力がそれなりにあったのだ。もちろん、同価格帯の鎧には及ばないが、防御力が50もある。俺が前に装備していた【鋼の鎧】と同じ数値だ。しかもSTRを20も要求してくるし、この水着のどこにそんな要素がと考えたくもなる。何か特殊な素材なのだろうか。

 ちなみにさっきまでの水着は一番安いだけあって、防御力+2という服程度の強度だった。


 それにしても水着一着に9,000Gか。

 まぁ、コンリス地方での稼ぎがあったから、懐事情は大丈夫なのだけど。


「二人とも準備はいいかしら?」


「おう」


「俺がぶっちぎりで優勝してやるぜ!」


 シマンは首を左右に傾けてポキポキと小気味よい音を立てた。

 自信満々だ。とても現実世界で三メートルも泳げないやつの立ち居振る舞いじゃない。


「じゃあ、私が合図したら一斉にスタートね」


「了解っ!」


 勢いよく返事をしたシマンが頭につけていた水中ゴーグルを装着する。

 あー、そういやさっき水着と一緒に買っていたな。

 その姿はまるで競泳選手のようだった。 


 スタート地点はこの砂浜だ。波が足元に触れるか触れないかくらいの位置。ヒナの合図とともにダッシュして、それぞれのタイミングで泳ぎ始める。

 そうだな、俺は腰の辺りまでの深さになったら泳ぎ始めるか。


「行くわよ。よーい……ドン!」


「おしゃああああっ!」


 俺と二人の距離が一気に広がる。

 序盤のダッシュ勝負は単純にステータスの影響が大きすぎる。ヒナのAGIは116だし、シマンは109だ。AGI80の俺がどう頑張ってもこの差を埋めるのは至難の業だ。というかほぼ不可能だろう。


 だが、勝負は泳ぎに入ってからだ!


 四キロというそこそこの長丁場。

 ステータスに加えて泳ぎのテクニック、つまり現実世界の経験がものを言う。

 そして、それだけじゃない。短距離じゃないので、持久力も必要だ。

 しかし、泳ぎの場合ステータスのどの項目の数値が重要なのだろうか? VIT? それともSTRか? いや、AGIを含めた数値だろうか?

 STRとVITが一番高いのがシマンだ。持久力だけならこの二つが重要と思える。


 シマンは<DO>の中だけでは水を得た魚のように猛然と水泳選手ばりのバタフライを披露している。

 あれは完全に見た目だけで、バタフライを選択したな。

 追いかけるヒナはクロールだ。綺麗なフォームをしている。

 俺は後方から二人を観察しながら、優雅に平泳ぎで進んでいた。

 体力温存。


 ここで経験の差が出たな。

 現実世界で泳げないシマンはペース配分をまったく考えずに、全力で泳いでいるのが丸わかりだ。

 かなり先のほうまで進んでいるが、途中から絶対ペースが落ちるはず。

 あれはあとでバテるぞ。


 ヒナは最初からクロールを選択したが、力を抑えているようだ。学校で女子の水泳授業を目にする機会はないが、ある程度は泳げるのだろう。

 だが、最後まで保つかな?




 三キロほど進んだ辺りで、ようやくシマンに追いついた。

 今や最初のバタフライの面影はなく、ただの犬かきみたいな状態だ。よくここまでバタフライで泳げたなと褒めてやりたい。


「ま、待ってくれタイガ! 俺たち親友だろ?」


「じゃ、お先にー」


 俺は平泳ぎでシマンを抜き去った。

 ヒナは先行しているが、ペースはかなり落ちている。おそらく残った体力は俺のほうが上だろう。

 勝負をかけるなら今しかない。


 俺は平泳ぎからクロールに切り替える。

 そして、一気にスピードを上げた。


「タイガー! 嘘だろ!? 俺を置いていくのかよぉ!」


 後ろからシマンの声が聞こえるが無視する。

 シマンほどのステータスなら途中で溺れることなくゴールできるだろう。

 俺はヒナとの一騎打ちに集中した。


 水をかき、水を蹴る。筋肉が悲鳴を上げるが、構うことなく俺は突き進んだ。

 やがて、ヒナを射程圏に捉える。


 ゴールの無人島まではもう二百メートルを切っている。

 ついに横に並んだ。


 勝てる……!


 ヒナのフォームに乱れはないが、スピードは完全に落ちている。

 相当疲れているに違いない。


 ラストスパートをかける。ステータスで身体能力が上がっている今なら、残り五十メートルは息継ぎなしでいける。

 そう判断した俺は、最後の息継ぎを済ませる。


 だが、横に並んでいたヒナがここでスピードを上げた。


 マジか……!?


 ヒナも体力を温存していた!?

 ここで追い抜くつもりだったが、最後までもつれるか!


 うおおおおおおおおおおおおっ!


 俺とヒナはデッドヒートを繰り広げる。

 勝つのは――


 俺だああああああっ!


「やったぁ、勝ったわ!」


 ヒナの勝利宣言が聞こえた直後、俺の右手が無人島に触れた。


「はぁ、はぁ……。負けた……のか?」


「私のほうが少し早かったみたいね」


 ヒナはウインクして言った。

 あーくそ。悔しい……でも楽しかったから、よしとするか。


 ゴール地点は切り立った崖のようになっていた。でも三メートルほどの高さだ。それに足場になりそうな出っ張りもいくつか見えた。

 左右に迂回すると浜辺に辿り着けそうだが、疲れたしこのまま登ったほうが楽だろう。

 実際、ヒナは軽々と登っていく。ボルダリングみたいな感じか。俺もヒナを真似て登っていった。


「シマンくんはもう少しかかりそうね」


 ヒナがシマンを眺めながら両手を大きく振っている。シマンも気づいているらしく、それに応えるべく片手を挙げたが一瞬沈んだので笑ってしまった。


 ようやくシマンがゴールしたので、手を伸ばして助けてやる。


「ゴールお疲れさん」


「ふぅ、疲れたぜ。おっ、サンキュ」


 シマンの手をがっちり握り、シマンが足場に右足をかけながら水面から出る。

 そこで、俺は手を離した。


「お、おまっ……!」


 盛大な水飛沫が上がる。


「ぶはっ……! げほっ、鼻に水が入っ……!」


「さっきのお返しな」


「もう、やだ。タイガくん根に持ってたの?」


 ヒナは苦笑いしながら肩を竦めた。


 陸に上がったシマンがヘッドロックをしかけてきたので、俺も応戦していると「今どき、小中学生でもそんなことしないわよ。まったく……」と呆れられてしまった。


 少し休憩してからシマンが魚を釣ろうと提案したのだが、俺とヒナは釣り道具を持っていなかったので諦めた。

 なにより、ヒナが釣り自体に乗り気ではなかった。


「何かやりたいことでもあったのか?」


 俺の問いに待ってましたとばかりにヒナが含み笑いをする。

 これは何かを企んでいる顔だ。


「ねぇ、今から行ってみない?」


「えっ、行くってどこに?」


「<サングローの海底神殿>に」


「まさか、ヒナちゃん……それ目当てで!?」


 初めて聞く名称だったが、シマンは知っているようだ。


「ええ、一人で行くのは不安だったから、私もまだ行ったことないのよね」


 どうやらヒナが海水浴に承諾したのは、こういう裏があったらしい。


 <サングローの海底神殿>。

 この無人島の真下にあるというダンジョン。

 ヒナが興味を示すほどのダンジョンだ。俺も興味が湧いてきた。


「いいな、行ってみよう」

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