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043 海水浴

 <サングローの町>から東へ進むこと四キロ。

 うっすらと海岸線が見えてきた。潮の香りが漂ってくる。まるで本物の海のようだ。


「海が見えたぞ! よし、タイガ! 海までダッシュだ!」


「あ、おい! 急にそんなっ……待てって!」


 テンション高いな、おい。

 俺の返事を訊かずに、シマンは猛ダッシュで海に向かって駆け出した。

 それを見てヒナがくすりと笑う。


「シマンくん、よっぽど海へ行きたかったのね」


「あー、そうみたい……だな」


 実際は海へ行きたかったのではなくて、ヒナの水着姿を見たかっただけなのだろうが、あえて口に出して彼女に不快感を与えたくはなかった。

 それに俺にもそういう気持ちがないといえば嘘になる。

 俺とヒナはシマンの後を追うように海へ歩いて行った。



 浜辺につくと、結構な人がいた。現実世界の夏のビーチと遜色はないだろう。砂浜にはいくつものビーチパラソルがあり、多くの人が海水浴を楽しんだり、日焼けに勤しんでいる姿まで見えた。

 ところどころに海の家らしきものまである。

 それを見ると小腹がすいてくる。焼きそばやカレーなんかが売っていたりするのだろうか。


 シマンは設置された更衣室の前で両手を大きく振っていた。


「おーい! ここだ、ここ!」


「はしゃぎすぎだろ、あいつ」


「そうね、もう着替え終わってるみたいだし」


 着替えを済ませ準備万端のシマンを見て、ヒナが苦笑した。俺も同じ顔をしているだろう。

 着替えると言っても、メニュー画面を開いて装備変更をするだけなのだが、通常の装備変更と違って、水着は素肌の上に身につけるものだ。

 そのため、観衆の前で水着に装備変更した場合、十秒ほど素っ裸の状態が発生する。なので更衣室が必要なのだ。


 更衣室は男女別に分かれているので、入口でヒナと別れた。

 中に入ると結構広めの空間で、さらに個室に区分けされていた。

 俺は『空』と書かれていた個室に入り、装備変更でさっき買った水着を装着する。

 水着を装着するまでの十秒間。俺の股間は見事なまでに現実世界のそれが再現されていた。


「マジかよ……」


 つまり<DO>のグラフィック技術が優れているのを改めて認識するとともに、俺のプライベートな情報が運営に知られているということに恐怖を覚えた。


 ちなみにこの仕様だと、フィールド上で故意に下半身を露出することは可能だ。しかし、そういった変態行為は厳重なペナルティを課せられるらしい。シマンが教えてくれた話によると、実質デスペナのようだ。

 過去にそういう行為に及んだ変態がいて問題になったそうだ。

 五度の下半身露出で永久退場。アホすぎる。


 そのような規制があることから、この<DO>内で男女の営みのような行為も実質不可能である。

 デスペナ覚悟で行為に及ぶ者もいないだろう。

 いや、中にはいるのだろうか。


 着替えを済ませた俺は外に出て、シマンと落ち合う。

 ヒナはまだ出てきていないようだ。

 現実世界と違って、装備変更で誰でもたった十秒あれば着替えは済むので、女性だからといって時間がかかる道理はないのだが……。


「ヒナちゃん、遅くね?」


「そうだな。中に入っても五分は経ってるな」


「まさか、何かあったんじゃ……」


 シマンがわざとらしく真剣な顔をして、俺の肩を鷲掴みにする。


「何かってなんだよ。ここはモンスターも出ないし、安全なはずだろ?」


「そうなんだけどよ、心配じゃん」


「まぁ、もう少し待とう。それでも出てこなければ、あそこにいる係っぽい人に言おう」


 浜辺にはライフセーバーのようなお兄さんやお姉さんが巡回したり、立っていたりする。

 俺は近くにいたお姉さんを指して言った。


 待つこと三分。

 ヒナが姿を現わした。

 その姿に俺は思わず生唾を飲み込んだ。


 水色のビキニにヒラヒラとしたフリルが付いている。紺色の海パンの俺たちと一緒にいると、ちょっと浮いてしまうかもしれない。


「ヒナちゃん! セクシー!」


「ちょっと、シマンくん変なこと言わないで」


 ヒナは恥ずかしそうに背中を向けた。

 う~ん、少し目のやり場に困ってしまうな。


「ところでさ、着替えに時間かかっていたみたいだけど、何かあったのか?」


「えっ……、ううん。なんでもないわ」


 振り返ったヒナは顔を赤らめていた。


「そ、そうか。いや、何でもないならいいんだ」


「待たせてごめんなさい。さ、行きましょ」


 そう言ってヒナは海に向かって足早に歩いて行く。

 シマンが追いかけるようにスキップしだした。

 おいおい、はしゃぎすぎだろ……。


 それにしてもヒナ……、もしかして水着を見られるのが恥ずかしかったのかな?

 ヒナを追い越して海にダイブしたシマンを眺めながら、俺は二人を追いかけた。


 海に入った俺はそのリアルな感覚に酔いしれた。

 本物の海に来ているみたいだ。

 太陽の日射しに冷たい海水。試しに舐めるとしょっぱかった。しかも、海水は透き通るような淡いブルー。現実世界より断然上だ。

 きっと周りで海水浴を楽しんでいるプレイヤーも同じことを考えているだろう。


「なーに、黄昏れてんだよ!」


「えっ、うわっ!」


 背後から忍びよったシマンが俺の腰に手を回し、そのまま持ち上げる。肩越しに振り返りシマンを見るが、その顔は笑っている。


「ちょ、待て待て!」


 これは嫌な予感がする。

 抵抗する間もなくシマンは俺を背後にぶん投げた。


「どわあぁぁぁぁっ!」


 目の前に海水が迫る。俺は諦めて目を瞑った。

 直後、大きな水飛沫が上がり同時にシマンの笑い声が聞こえてくる。


「ぶはああぁっ!」


「タイガくん、大丈夫!?」


 俺はもがきながら水中から顔を出す。

 シマンは手を叩いてまだ笑っている。隣にいたヒナは呆れたような表情だ。

 ……あの野郎。


 お返しをしてやろうにも俺とシマンのステータスには差があるので、簡単にはいかない。素直にシマンが俺の攻撃を受けてくれるとは思わなかったので、俺は隙を窺うことにした。




 しばらく遊んでから一旦砂浜に上がり休憩することにした。

 砂浜に座って沖のほうをぼうっと眺めていると、沖のほうに島があるのが見えた。


「あんなところに島があるのか……」


「あれは無人島よ」


 聞こえていたのか、ヒナが答えてくれる。


「ヒナは行ったことあるのか?」


 海には来たことあるみたいだし、知っていて当然か。

 俺が興味を示したと思ったのか、ヒナは沖に浮かぶ無人島を見ながら言った。


「ええ、ここからだと四キロほどの距離かしら。あそこは人はおろか、動物やモンスターもいないわよ。全長一キロほどの無人島よ」


「へぇ……。何もないのか」


「何もないことはないぞ。釣りができる」


 ジャンケンで負けて海の家に買い出しに行っていたシマンが戻って来た。手には三人分の食事と飲み物があった。


「釣り?」


「ああ、あの辺は珍しい魚が釣れるんだ。見せに売れば小金稼ぎにはいいぜ。で、その金をもってだな――カジノへレッツゴーだ」


 まだ言うか。


「私はギャンブルはしませーん」


「じょ、冗談だよヒナちゃん!」


 ヒナがわざとらしく拗ねたような素振りで頬をぷくっと膨らませたので、シマンは慌てて取り繕う。

 巨体の獣人が華奢なエルフの少女にペコペコ頭を頭を下げている絵面が面白くて、俺は思わず肩を震わせた。


「そうだ! ねぇ、あの無人島まで競争しない?」


「おっ、いいねぇ! 進化した俺の泳ぎを見せてやるぜ!」


「えっ、マジかよ? 四キロもあるんだろ?」


 いくら身体能力が強化されているからって、ちょっとキツいんじゃないのか?

 遊ぶつもりの海水浴が、水中トレーニングになっちゃうぞ?

 提案したヒナはもちろん、シマンもやる気十分だし、俺がここで意義を唱えるのは空気が読めていないみたいで気が引ける。


「タイガくん、行きましょ」


「なんだぁ? 俺に負けるのが恐いのかよ?」


「わかったよ。ご飯食べたら無人島まで行こう」


 無人島まで四キロ。泳ぎで競争か。

 ステータスでシマンやヒナに劣っていても、現実世界では俺のほうが泳げる。その経験を活かせば勝負は五分だ。

 それに、ギャンブルはともかく、魚釣りにも興味があるしな。


 俺は美味しくもなくマズくもない焼きそばを――これをリアルに再現する必要はあったのか? まぁ、雰囲気を味わうってことか――口に運びながら、無人島を眺めていた。

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