037 逆転の手
ザックスは俺のほうを見ながら、倒れているシマンの顔を踏みつけた。
シマンのHPは残り少ない、殴ったり蹴られただけでもHPが尽きる可能性がある。ザックスがその足に少し力を込めるだけで、シマンは死んでしまう。
そう思った俺は、策もなしにザックスに向かって駆け出していた。
「タイガくん! 無茶よっ!」
ヒナの叫びを無視してその横を通り過ぎた俺は、ザックスとの距離を詰めていく。
ザックスは楽しむかのように足に力を入れる仕草を見せる。
おそらく俺が辿り着くと同時か直前に足を踏み抜いて、シマンを絶命させる気だろう。そうやってPKを楽しんでいるんだ、こいつは!
予想どおり、ザックスは口元に笑みを浮かべて一度足を上げて、そこから真下のシマンに向かって下ろした。
その瞬間、俺はスキル《庇う》を発動した。
俺の体がシマンを押しのけて、地面とザックスの足裏との間に滑り込んだ。
「がっ……!」
「あぁ?」
「タイガくん!?」
地面に横たわった俺の頬に、ザックスの重い足がのしかかってくる。
俺が受けたダメージは506だ。単に顔を踏みつけられるだけの行動で、武器での通常攻撃より大幅にダメージは少なかった。
それでも、間違いなくシマンが受けていたら危なかった。
そのシマンは瀕死で、意識はあるが体を動かすことすらままならない状態だった。今のうちに【ポーション】で回復してもらいたいところだ。
「あぁ? 何してんだ、兄ちゃん? このまま頭を潰してやろうか、あぁ?」
「くっ……!」
痛みはまったくないが、相当な力がかかっているらしく足を払いのけるのは難しそうだ。
ザックスは徐々に足に力をかけているのか、俺の右耳は完全に地面に埋まるほどだった。
HPはじわじわと緩やかに減少している。
「もっと抵抗しろよ、面白くねぇな」
ザックスの期待に応えるべく両手足をジタバタさせてみる。それを見てザックスは大笑いした。
今のうちに笑っていろ……!
思わぬ状況に陥ったが、これはこれでいいことがあった。
それはHPを上手い具合に減らせることだ。【狂戦士】のスキル《底力》を活かすには必要な手順だったが、ザックスのスキルや通常攻撃なら、下手すれば一撃で俺のHPは消し飛んでしまうだろう。
「ほれ、どうしたぁ? 起き上がってみろよ」
ザックスは俺を弄ぶのに夢中だ。
ヒナとシマンは苦しそうな顔で、こちらを見ている。
簡易ステータスではHPは減ったままだ。0に近かったSPは僅かに回復しているが、どうしてHPをそのままにしているんだ!?
ヒナには治癒魔法の《ヒール》があるし、シマンは大量に【ポーション】を持っていたはずだ。どうしてそれを使わないんだ!
ヒナやシマンに対する疑問に答えたのはザックスだった。
「助けを期待してるのかもしれねぇが、あの二人はしばらく動けねぇぞ? 半分死んだようなもんだからな?」
「ど……どういうこと……だ?」
「《影縛り》って知ってるか? クラス2ジョブ【忍者】のスキルだ」
《影縛り》!?
ヒナもシマンも《影縛り》にかかってるっていうのか!
レベルの低い俺ならともかく、なんであの二人が!
「どうしてって顔だな? あの二人のHPバーからして、ほとんどHPは残っちゃいないだろう。つまり瀕死状態ってわけだ。なら答えは簡単、弱って抵抗力がガタ落ちしてんだよ。だからあっさり《影縛り》にかかっちまうんだよ」
そうだったのか!
だとしたら、解除するには俺が触れるしかないのか!
だけど、この状況じゃ……!
「これは俺様の手でな。存分に弱らせてからの《影縛り》。あとは恐怖を刻みながら殺してやるんだよ」
「お……おまえっ!」
「何日か前にもこのやり方で山賊どもを仕切ってたボスを殺したところだ。三度殺したあとに永久退場になっちまったがなぁ」
「……! 三度……!?」
「普通に殺したら蘇生猶予時間終了後にどっかの町でリスポーンされるが、俺様は狙った獲物は逃さねぇ主義だ。面白ぇやつは何度も生き返らせて殺してやるんだよ」
ザックスは可笑しそうに語る。
「い、生き返らせ……る? ま、魔法……か!」
「違ぇよ、アイテムだアイテム。【生命の宝珠】ってレアアイテムを知らねぇのか? 兄ちゃん、本当に初心者なんだな。よく、それで俺様に突っかかってきたな」
【生命の宝珠】……死者を蘇生するアイテムなのか?
それを使って何度も生き返らせて繰り返しPKするなんて、こいつの考えは常軌を逸している。
心の底からPKを楽しんでいるんだ……!
俺のHPは841まで減っている。残りHPは21%か、それなら俺の攻撃力は今+58%の補正がついているはずだ。ザックスに大ダメージを与えるためにはもう少し減らしておきたいが、これ以上はリスクが高すぎるか。
それにどうやってこの状況から抜け出すかが問題だ。
その気になれば、ザックスは俺を殺すことなんて容易いだろう。
どうやってこの状況を脱する……?
「あぁ?」
ザックスが訝しげな声を上げたので視線で追う。するとザックスの首筋にナイフのような鋭利な武器が刺さっていた。
見覚えがある、それは俺が山賊ドワーフに投げつけられたものに似ていた。
「【クナイ】だと? 誰だッ!」
ザックスが【クナイ】と呼んだそれを引き抜いて地面に叩きつけた。
「タイガくん!」
ヒナが叫んだので、そちらに目をやる。
そこには、こちらに向かって駆け出しているヒナの姿が見えた。
え、《影縛り》は……!?
ヒナの後ろに立っていたのは、見覚えのあるドワーフだった。
「あ、あいつがヒナの《影縛り》を解除したのか……?」
「なんだぁ、あいつも仲間か?」
そう呟いてザックスが俺の脇腹に刀を突きつけた。
「おい、動くな。兄ちゃんが死んでも知らねぇぞ?」
ヒナはその場で止まった。
「卑怯よ! タイガくんを離しなさい!」
「俺様に指図するんじゃねぇよ。おい、ドワーフおまえも動くなって言ってんだろ。無視すんじゃねぇよ」
ドワーフはザックスの制止を無視して歩いてくる。その顔は憎悪に満ちているように見える。
「勝手にしろ、そいつがどうなろうと俺の知ったこっちゃない」
「あぁ? 何言ってんだ? おまえら仲間じゃねぇのかよ?」
「関係ない。俺が用があるのはおまえだけだ、ザックスゥゥッ!」
言うと同時にドワーフは駆け出した、ヒナを追い抜き瞬く間にこちらに迫る。
「ちっ、なんなんだ。次から次へとよぉ」
ザックスが俺から足を離し、ドワーフと戦闘に入った。
すかさず俺は体を転がすようにして、その場から離れる。立ち上がってシマンの傍に駆け寄って【ポーション】を使用してからその体を強めに揺すった。
「シマン、動けるか!」
「ああ、助かったぜタイガ!」
シマンは自分でも【ポーション】を飲んでHPを回復させる。
「今のうちにおまえも回復しとけ! 残りHPヤバいぞ!」
俺はそれを手で制した。
「俺はいい。HPは回復せずにこのままでいる」
「は? いや、おまえ何言って……おい、まさか!」
俺の考えに気づいたのかシマンが肩を掴んできた。
「おい、その策は無謀だ! 山賊相手ならまだしも、相手はあのザックスだぞ? 下手したら死ぬぞ!」
「でもこれならザックスに大ダメージを与えられる……だろ?」
「確かにそうかも知らねぇが、あまりにも無茶だろっ!」
「忘れたのか? 俺は【向こう見ずな男】なんだよ」
そう言って俺はザックスに向かって走り出す。
「お、おい、タイガっ!」
果敢に向かって行ったドワーフだったが、ザックスのスキルの前に攻めあぐねていた。
今はヒナも加わり、連続で攻撃を叩き込む。しかしヒナはSPを消耗しているので、さっきのようにスキルを連発できないでいた。
そこへ俺が加わった。
「うおおおおおおっ! 《ヘヴィクラッシュ》ッ!」
「雑魚が調子に乗るんじゃねぇッ! 《四ノ太刀・朱雀》!」
ザックスは即死効果のついたスキルをドワーフに浴びせる。
そしてヒナには蹴りを喰らわせると、俺に向き直った。
「兄ちゃん、望みどおりぶっ殺してやるぜッ!」
俺の《ヘヴィクラッシュ》を回避してザックスが肉薄する。
「《二ノ太刀・青龍》!」
「タイガくん!」
ヒナが俺に向かって手を伸ばした。
俺はヒナが何をしようとしたかわかった。
ヒナが俺のフォローに入ろうとする。スキル《庇う》を使用した際の素早くスライドするような動きが見える。
それに合わせるように、俺もあえて《庇う》を使う。
《庇う》と《庇う》。対象者の代わりに攻撃を受けるこのスキル。だが、対象者も同じスキルを使ったらどうなるのか?
俺は攻略サイトで調べていた。
答えは相殺される、だ。
「タイガくん!? どうしてッ!」
ヒナの《庇う》を打ち消して、俺はザックスの攻撃を剣で受け止めた。
ずしりと重い一撃が脳から足下まで一気に駆け巡る。
「うらああああッ! 俺様の攻撃に耐えられるのかぁ? あぁんッ?」
「うっ……! うぐっ……!」
直撃……いや、かすっても死んでいた。
だが俺はザックスの刀を剣で受け止めている。ダメージはあるが俺のHPは282で減少を止めた。
残りHPは7%、《底力》の効果で俺の攻撃力補正は+86%まで上がっている!
さぁ、準備は整った!
俺は反撃の狼煙を上げる!




