035 ヒナVSザックス
派手に吹っ飛んだシマンは血飛沫を上げながら、地面に叩きつけられた。その光景はまるで大型トラックにでも撥ねられた交通事故の現場を目の当たりにしてしまったような感じだった。
シマンの体からはおびただしい血が流れている。獣人の体毛がみるみる血に染まり赤くなっていく。
簡易ステータスには気絶のアイコンが点滅していた。
「シマン!」
地面にうつ伏せのまま動かない。
シマンのHPバーは赤く点滅している。それもそのはず、HPが最大値の6,433から493にまで減っている。たった一撃で九割以上のHPを持っていかれたのだ。
《一ノ太刀・白虎》は通常攻撃の二割増しのダメージに加え、確率で気絶を与えるスキルだ。
気絶状態のシマンが追撃を受ければ間違いなく終わる。
そう考えた俺はほとんど考えなしでザックスに斬りかかっていた。
「おおおおぉおおおぉぉッ! 《ヘヴィクラッシュ》!」
俺に対して半身の体勢だったザックスは牙を剥き出しにして威嚇してくる。《見切り》に絶対の自信を持っているのか、防ごうともしない。
回避する気かッ!
回避されると思ったが、俺の剣はザックスに命中した。そしてザックスのHPは一割以上減少した。
「ほう、俺様に当てたか。なんだ、《見切り》の回避率も大したことねぇな。今までが運がよかっただけか、危うく過信するとこだったぜ。まぁ、たまたま受けた攻撃が兄ちゃんの貧弱な攻撃でよかったわ。《ヘヴィクラッシュ》ってことは、【重戦士】か。その様子じゃ、メインもサブも大したジョブじゃねぇな」
「くっ……!」
反撃を受ける隙を与えないために、ヒナが俺とザックスの間に割り込んできた。
俺は押しやられる形で二歩後ろに下がる。
ヒナとザックスが剣と刀を打ちつけ合う。
今の言動から、ザックスは俺を完全に雑魚だと判断したに違いない。
あの場面で斬りかかるなら、一番ダメージの伸びるスキルで攻撃するのがセオリーだっただろう。その俺が放ったスキルが《ヘヴィクラッシュ》というクラス2ジョブ【重戦士】のものだったから――俺にとっては最大のダメージを誇るスキルなのだが、俺をヒナやシマンと比べて驚異ではないときっと判断したのだ。
シマンはまだ立ち上がらない。
気絶から復帰するにはアイテムや魔法を使う手段があるが、俺の手持ちにはもちろんない。
せめて近づいて【ポーション】を使ってやりたいが、俺が下手に動けばザックスは警戒して標的をシマンに変更するだろう。
俺はヒナとザックスの攻防を視界に捉えながら、シマンの様子を眺めるしかなかった。
頭が混乱しそうになるのを必死で抑え、俺は【剣豪】のスキルについて考える。
まず【剣豪】には四つの攻撃スキルがある。恐るべきは、そのすべてに何らかの状態異常が付与されていることだ。
一つ目のさっきシマンが受けた《一ノ太刀・白虎》は気絶だ。
二つ目の《二ノ太刀・青竜》は猛毒。
三つ目の《三の太刀・玄武》は失血。
四つ目の《四の太刀・朱雀》は即死。
状態異常が発生する確率ははっきりと名言されていないが、それほど高くないらしい。だがそれはオマケどころの効果じゃない。むしろ、ダメージのほうがオマケなぐらいだ。
自身のレベル以上の相手にはさらに低確率になる仕様らしいが、俺はザックスよりレベルが下なので注意が必要だ。
ザックスと戦うにはこれらのスキルを対処していく必要がある。それにサブでどんなスキルを持っているかわからないのも恐い。
かといって絶対勝てないのかと問われれば、そうでもないと言える。
事実、さっきは俺の攻撃が通った。
これには俺も驚きを隠せない。
前回戦ったときは基本0ダメージで、たまたまクリティカルが発生して1だけダメージを与えることができた。
だけど今回は違った。
HPが最大値まであった俺は、【狂戦士】のスキル《底力》の効果で攻撃力補正-50%という状況にも関わらず、ザックスのHPを一割以上削ることができた。
これで俺は少し自信が持てた。
単純に俺が強くなって、ザックスとの力の差が縮まったと考えていいだろう。あとは装備の問題もある。以前の黒い鎧より、今の和服のほうが防御力が低いのかもしれない。
このことから、《底力》が本来の効果を発揮し始めるHP50%以下以降、俺の攻撃はザックスを追い詰めることができる切り札になると考えた。
そう考えると……下手に攻撃力の上がった状態でダメージを与えて、し損じた場合、ザックスに俺の手がバレる可能性がある。
そうなった場合、俺のスキルに対して何らかの対処をされる可能性がある。
ザックスに警戒させないためにも、できるだけ俺のHPが少ない状態で《ヘヴィクラッシュ》を放つ必要があった。
でも……HPを上手く調整できるだろうか。失敗すれば死ぬ。一種の賭けみたいなものだ。
いや、そもそもザックスに挑むことが勝ち目の薄いギャンブルに手を染めるようなものだろう。
そう考えている間にもヒナとザックスの戦いは続いている。
一進一退の攻防だ。互いにスキルを繰り出しているが、ヒナは弾きザックスは回避と防御を併用している。
それでも僅かにヒナの攻撃力が上回っているのか、ザックスはHPを少しずつ減らしていた。
ヒナもHPを減らしているが、ザックスほどの減りはない。
おそらく俺なら致命傷となり得るダメージだろう。だが高レベルのヒナやザックスの防御力なら頷ける。
何もできない自分に苛立ちを覚える。
シマンは瀕死でヒナは今戦っている。だけど、俺は何をしてるッ……!
膠着状態からの脱却には良くも悪くも俺が鍵になる。だから、悪いほうに転じないように、上手く立ち回らないといけない。
前回ザックスと遭遇した<マクイナの森>では俺は完全な初心者だったけど、今の俺は違う。ヒナやシマンに手伝ってもらい中級者ぐらいにはなれただろうと思うと自然と力のこもった声が出る。
「あのときのようにはいかない……!」
俺が零した言葉に、ザックスが食いついた。ヒナの攻撃を防ぐと、俺のほうへと目を向けた。
「あぁ? なんだって?」
「前に戦ったときみたいにはいかないって言ったんだ!」
ザックスはヒナから離れて一旦戦闘を中断した。
「……なんだ? 兄ちゃん、俺様と戦ったことあんのか?」
「おい……本当に覚えてないのか?」
ザックスは構えを解いて首を傾げた。今やザックスの興味は戦いそのものよりも俺の言動に移っているようだ。
「おいおい、マジか? 誰だ、兄ちゃん? いや、マジで教えてくれや」
そのとき、ザックスの後方で地に伏していたシマンの体が微かに揺れたのを視界に捉えた。
シマン……!
無事だったか!
だがそれをザックスに気づかれるのはマズい気がした。幸いザックスの注意は俺に向いている。
「<マクイナの森>……覚えがあるだろう?」
「あん? あんな初心者の森がどうしたよ? ん……そこで俺様と会ったのか?」
「本当に私たちと会った記憶がないみたいね。あなたの去り際のセリフ、まだ頭に残っているわよ」
ヒナが剣をザックスに向けながら、俺の近くまで移動する。
「その剣……。【精霊の剣】……か。ん、見覚えあるぜ。どこだ、どこで見た?」
ザックスは自問するように眉間にしわを寄せ、目を細めた。




