030 ヒナ、バレる
「シマン……! 別の場所でレベル上げをしてるはずじゃ……」
「タイガくん……? どういうことなの? あの獣人がシマンくんなの?」
ヒナはシマンの容姿を知らない。俺がシマンだと言わなければわからなかっただろう。しかしシマンは違う。俺の隣にいるヒナを見られればクラスメイトの竜胆陽菜だと気づくだろう。いや、すでにヒナの存在に気づいているのかもしれない。
「ああ……そのシマンだ。なんでここにいるんだ……」
「タイガくんも知らなかった……のよね?」
「当たり前だろ。俺がヒナとパーティーを組んでいることは秘密にしていたんだ。俺はシマンはおろか誰にも喋ってないんだぞ」
「……うん、そうよね。でも、どうしようかしら……」
ヒナが困惑しているのがわかる。
予想外のシマンの登場に俺もどうしていいかわからない。
「やっぱり俺が来て正解だったなー」
俺たちの気を知ってか知らずか、シマンは笑みを浮かべながらこちらに向かってくる。
ヒナが一歩下がり、半身を俺の陰に隠すようにした。
「おっす、タイガ」
「ああ、なんでここに……?」
「お前のことだから、俺に迷惑をかけまいと一人で山賊と戦うつもりなんじゃないかって思ってさ。友達想いの俺はタイガに合流しようと、こっそり山賊の根城に向かっていたんだ」
なるほど。俺が山賊を倒したいという意思はシマンに伝えていたし、そのためにレベルを35まで上げると宣言していたからな。
俺が一人で向かったなら危ないと判断して、独自に合流する算段だったか。
しかし、ヒナが一緒のときに合流されるとは予想していなかった。
「でもよぉ、助けに来てみりゃ女の子二人も侍らせやがって。俺とパーティー組んでないときはハーレムかよ。それを俺に黙っていたのはちょっとショックだぜ」
シマンが後ろについてきていた魔法使い風の女の子に目をやった。どうやら、この女の子も俺のパーティーメンバーだと勘違いしたようだ。
「私はこの方のパーティーメンバーではありません。ただの通りすがりです」
「え、そうなのか?」
「山賊と交戦していたところ、この方たちがやってきたんです」
「ホントに?」
「嘘をつく意味がないんですが。あなたはこの方たちのお知り合いですか?」
「ああ、よくパーティーを組んでる仲間だ。そっか、きみは偶然居合わせただけなのか……。えっと、じゃあこっちの彼女も……」
シマンは俺の後ろにいるヒナに視線を移した。
ヒナは身を固くする。俺の背中に左手を触れさせていたヒナの緊張が伝わってきた気がした。
「ん……。ん、ん、ん? あの~、俺に会ったことある? なんか見覚えのある顔……なんだよなぁ。でも、俺がこんな可愛い子を忘れるなんてあり得ないし……。う~ん?」
シマンはヒナの顔をジロジロと眺めている。
ヒナのアバターは西洋風にカスタマイズしているとはいえ、ベースはあくまで竜胆陽菜本人のものだ。知る人が見ればいずれ気づかれるだろう。
俺は上手い言い訳が思いつかず、頭が真っ白になりかけていた。おそらくヒナも同じに違いない。
どうしたものかと焦っていると、女の子が片手を上げた。
「お取り込み中のようなので、私はこれで失礼しますね」
「ニャー」
『環 さんがパーティーを離脱しました』
俺のパーティーから黒猫が離脱したと表示される。
もう用はないとばかりに、女の子は俺たちに背を向けた。
「あ、ちょっと待って!」
「なんですか?」
女の子はあからさまに嫌そうな顔をしている。
まだ名前も知らない女の子だが、このまま別れたら、この広大な<DO>の世界ではもう二度と会えない気がした。
この女の子と一緒にいる環という黒猫……めちゃくちゃ強力なNPCだ。あのバフはチート級だし、ぜひとも今後を見据えて繋がりだけは残しておきたかったという打算的な考えもあった。
「あ、あのさ。ここで会ったのも何かの縁だし。フレンド登録だけでもしておかないか?」
「……私にメリットがあると思えませんが。それに一度会ったからと言ってフレンドになる理由はありません」
「いや、会ったのは二回目だろ? 前に<ハオリオの町>で俺の貧弱装備見て笑ったろ」
「……覚えてましたか」
「君もね」
女の子は肩を竦めた。彼女も俺のことを憶えていたようだ。
「ニャア」
すると黒猫が女の子の胸に向かってジャンプした。女の子は右手で黒猫を抱きかかえる。そして、女の子の胸に頬をすり寄せた。
「……環がそう言うのなら、わかりました、いいですよ、フレンド枠には若干余裕もありますし、フレンド登録だけなら構いません」
「もしかして、その黒猫と話せるの?」
「猫と人間では言語は違いますから。それともあなたは動物と話せるような、ユニークスキルでも持っているのですか?」
ユニークスキルとは、他の誰も持っていない唯一のスキルで、他のゲームでは存在するようだが、<DO>では聞いたこともない。攻略サイトにも記載はなかった気がする。
「いや、そんなのはないよ……。今、『環がそう言うのなら』って言ったから、会話できるのかなって」
「チャットメッセージですよ。彼女とは直接の会話はできませんが、チャットメッセージなら、こちらの言語に自動的に変換されますから」
そうなのか。また一つ勉強になった。
彼女……と言うからには、この黒猫は雌みたいだな。
「ところで、NPCとパーティーを組んでいるの? しかもかなり強力な……【使い魔】だっけ?」
「駄目ですか? あまり手の内を晒したくはないので、フレンド登録を済ませて終わりにしましょう」
女の子はシマンとヒナを見てから手元を素早く操作した。
『ロキ さんからフレンド申請が届いています』
ロキ……これが彼女の名前らしい。
続けて、新たなウィンドウが出現する。
『ロキ さんからのフレンド申請を受けますか? Yes/No』
俺は『Yes』をタップして、ロキとフレンド登録をした。
「では、私はこれで」
「えっと……ロキちゃん……でいいかな?」
アバター上では俺より年下に見える。容姿は中学生ぐらいだ。なのでロキちゃんと呼んだ。
「ちゃん付けはちょっと……。ロキと呼び捨てでいいですよ」
「わかった、じゃあロキ。きみはどうして山賊と戦っていたの? ここは山道から大きく外れているし、何か目的があったのかな?」
「目的ですか? 山賊を倒すためですよ。二日前、山賊討伐に向かったパーティーの話は知っていますか? そのパーティーに雇われて同行していたんですが、私を除く全員が返り討ちに遭いました。ですので、残った私が一人で山賊を探していたんです」
「え、そうだったのか? そのパーティーはレベル40越えと聞いていたけど、さっき逃げたドワーフにやられたのか?」
「中にはいましたね。それより手強そうなのもいましたが」
「さっきのドワーフよりもかしら?」
「はい、途中で乱入してきたんです。それより、もし山賊を見つけたら私に連絡ください。それ以外は連絡しなくて大丈夫です」
「あ、おい……」
作業は終えたとばかりにロキはそそくさと行ってしまった。
俺とヒナは顔を合わせて肩を竦める。
山賊を見つけたら連絡してくれ……か。逆にロキが山賊を見つけた場合、俺に連絡はしてくれるんだろうか?
なんにせよ、俺はヒナ、シマンに続き三人目のフレンドを得た。
俺のフレンドリストは3/70と表示されているから、あと六十七人フレンド登録可能だが、上限まで埋まる日はくるのだろうか。
ふと俺は、さっきから黙っているシマンが気になった。
シマンは顎に手をやりながら、ヒナをジッと眺めている。ヒナは助けを求めるような視線を俺に送るが、変に横やり入れたところで余計に怪しまれるだろう。もうなるようになるしかない。
と思いつつも、視線に晒されるヒナがいい加減可哀想になってきたので、話題を変えることにする。
「なぁ、シマン。【侍】のレベル上げはどんな感じなんだ? 【剣豪】は見えそうか?」
シマンの習熟度の進捗を確認する。
だがシマンは俺のほうに目もくれず、それを手で制した。今は黙ってろということだ。
「あっ! あ、あ、ああああぁああぁあッ!」
シマンが突然、大声を上げる。
あまりに急だったので俺は耳がキーンとした。
「あ、あ……おいタイガ! どういうことだよ! これは説明してくれないと、納得できないぞ!」
「え……なにがだ? というか、急に大きな声出すなよ」
シマンは俺の肩を両手で掴んだ。
あまりの迫力に、痛覚遮断しているにも関わらず痛いと錯覚を覚える。
「しらばっくれるなよ! なんでお前が陽菜ちゃんと一緒にいるんだよッ!」
「っ……!」
「ん……!」
声にならない俺の呻きと、背後でヒナが息を飲む呼吸を感じた。
どうやら、シマンにバレてしまったようだ。




